No | 116545 | |
著者(漢字) | 宮崎,浩二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤザキ,コウジ | |
標題(和) | 低分子量G蛋白質Rhoの細胞内局在変化と平滑筋収縮における機能の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116545 | |
報告番号 | 甲16545 | |
学位授与日 | 2001.05.23 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1856号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 平滑筋収縮は、ミオシン軽鎖のリン酸化によるミオシンモーター活性の上昇によって引き起こされ、このミオシン軽鎖のリン酸化は、基本的には細胞質カルシウム濃度の変化によって制御されるカルシウムーカルモジュリン依存性ミオシン軽鎖キナーゼによってなされると考えられている。しかしながら、近年軽鎖のリン酸化は、カルシウムーカルモジュリン依存性ミオシン軽鎖キナーゼのみによって制御されるのではなく、別のシグナル伝達系によっても、二義的に変化されることがわかってきた。スキンドファイバーの実験系で生理的アゴニスト、ホルボールエステルやアラキドン酸、G−蛋白活性化アナログ(GTPγ−S)などの刺激によって、低濃度の細胞内カルシウム条件下でも平滑筋の収縮がおこるというカルシウム感受性の亢進という現象が示されてきたが、このことが、ミオシンホスファターゼの不活性化による脱リン酸化の抑制によるものであることが示された。このうち、特にG−蛋白質を介する経路については、その収縮がC3トキシン存在下で消失することから、そのG−蛋白質の候補として、低分子量G−蛋白質、とくにRhoが示唆されてきた。最近Rhoのターゲットの一つとしてRho依存性キナーゼがいくつかのグループからクローニングされ、in vitroの系でこのキナーゼが、直接、あるいはミオシンホスファターゼを介して、ミオシンのリン酸化レベルを上昇させることが示唆され注目を浴びている。 本研究の中心テーマは、平滑筋収縮におけるRhoの活性化とミオシン軽鎖リン酸化の時間的、空間的関係の解析である。すなわち、生理的アゴニストによる細胞外からの刺激が、細胞膜のレセプターを介して、いかにRho/Rhoキナーゼ経路を活性化し、細胞内部に存在するミオシンのリン酸化レベルを上昇させるかということである。一般的に、Rhoは、不活性型の状態では、GDI(グアニンヌクレオチド解離阻害蛋白)に結合し細胞質に存在するが、活性化されGTP結合型になると、細胞膜に移動するということが信じられている。平滑筋においても、生化学的手法を用いて、活性化にともない細胞質画分から膜画分に移動することが示された。しかしながら、Rhoの移動カイネテイクスとミオシンリン酸化の連動については、不明な点が多い。このことは、ミオシンホスファターゼを介するミオシンリン酸化制御機構が、生理的にいかなる意義をもつのかといった問題にも関連しており、意義深いことである。つまり、上述したように、平滑筋の収縮は細胞内カルシウム上昇によるミオシン軽鎖キナーゼによって数秒以内に引き起こされるが、そのなかでその裏方ともいうべきミオシンホスファターゼの不活性化を介する経路が、何時どのように制御に加わっているのかということである。また、活性化したRhoが細胞膜に存在するとすれば、そのシグナルが、細胞表面から比較的距離のある収縮装置へいかに伝達されるのか。この問題に答えるには、生きた平滑筋細胞での解析が不可欠である。 本研究において、アゴニスト刺激からのシグナルがミオシンのリン酸化上昇をきたす、分化型平滑筋培養系をもちい、GFP(緑色蛍光蛋白質)で標識されたRhoA蛋白質をその細胞内で発現させることによって、生きた平滑筋細胞内で、アゴニスト刺激によるRho蛋白質の移動を可視化するのに成功した。また、リン酸化ミオシン軽鎖特異的モノクローナル抗体をもちいて、個々の細胞内でのミオシンリン酸化レベルを解析することにより、ミオシンリン酸化レベルの推移との関連を検討した。 まず、GFP標識RhoA蛋白質およびその変異蛋白(活性型、不活性型)が確かに細胞内に発現していることをウエスタンブロットで確認し、発現させたGFP標識RhoAが、機能蛋白質であることを確認した。つまり、in vitroで、野生型、変異型ともに、妥当なGTP加水分解能を有すること、さらに、in vivo(細胞内)で、ストレスファイバー誘導およびミオシンリン酸化の亢進を、野生型、変異型に関してそれぞれ発現蛋白による影響を確認した。野生型過剰発現細胞および活性型RhoA発現細胞では、ストレスファイバーが誘導され、ミオシンリン酸化の亢進がストレスファイバーに沿って認められたが、不活性型RhoA発現細胞では、むしろストレスファイバーは減少し、ミオシンのリン酸化も低かった。 つぎに、分化型平滑筋培養細胞において、GFP標識RhoAの野生型、変異型の細胞内局在を生きたままの状態で観察した。野生型発現細胞では、一部細胞膜に局在が認められるが、大部分は細胞質に局在した。活性型RhoA発現体では、はっきりと細胞膜に局在したが、依然、多くのシグナルは、細胞内に認められ、網状パターンを示し、細胞内膜器官への局在を示唆した。不活性型RhoA発現体では、完全に細胞質にほぼ均一に分布しており、コントロールとしてGFPのみを発現させた細胞と類似していた。この変異体の細胞内局在は、アゴニスト刺激による野生型RhoAの局在変化(細胞質から、膜へ)を予想させるものである。次に、アゴニスト刺激による野生型RhoAの局在変化を、ひとつの生きた細胞の3次元デジタル画像を時間経過を追ってとることによって、可視化した。アゴニスト刺激後、次第にGFP標識RhoAの細胞膜におけるシグナルは増加し10分以内に最大に達した。しかし、細胞質内のシグナル強度に有意な差は認められなかった。これは、比較的発現量の低い細胞においても認められており、RhoAの行くべきターゲットが飽和したことによる影響とは考えにくい。 最後に、ミオシンリン酸化との関連を調べた。分化型平滑筋培養細胞を、アゴニスト刺激後、時間経過を追って固定し抗リン酸化ミオシン特異的抗体と抗汎ミオシン軽鎖抗体をもちいて共染色することにより、細胞毎に抗リン酸化ミオシン特異的抗体と抗汎ミオシン軽鎖抗体の各々のシグナル強度の比をもとめ、野生型、変異型RhoA発現細胞間で比較した。コントロールとして、GFPのみ発現させた細胞をもちいた。コントロール細胞では、アゴニスト刺激により、ミオシンリン酸化レベルは、1分以内に急速に増加しピークに達したあと、比較的速やかに減少し、非刺激レベルまで戻った。しかし、野生型RhoA過剰発現体および活性型RhoA発現体はピークに達した後のミオシンリン酸化レベルの消退が遅れアゴニスト洗浄後もしばらく保持された。この傾向は、不活性型発現体にはみられなかった。また、活性型発現体をRho依存性キナーゼの特異的阻害剤であるY-27632をあらかじめ作用させた後で同様の実験を行ったところ、活性型変異体のミオシンリン酸化の保持作用は、ほぼ完全に消失した。つまり、RhoおよびRho依存性キナーゼ系の活性化は、アゴニスト刺激によるミオシンリン酸化を増加させたが、これは、数秒以内の早い時期(phasic)ではなく、比較的遅い時期(tonic)のミオシンリン酸化の保持に寄与していることが示唆された。これは、ちょうどGFP標識RhoAが細胞膜に移動する時期とほぼ一致またはやや遅れており、RhoAの細胞膜への移動が、RhoAの活性化を反映していることが、これらのミオシンリン酸化の推移の検討から予想される。これまで、平滑筋収縮の緊張期(tonic phase)の収縮は、刺激後の細胞内への持続的カルシウム流入による細胞内カルシウムのわずかな上昇によっておきると考えられてきたが、この結果から、RhoおよびRho依存性キナーゼ系が、少なくともその一旦を担っていることが示唆された。 本研究の結論として、生きたままの平滑筋培養細胞系でアゴニスト刺激による低分子量G蛋白質の局在変化の可視化に成功した。刺激により細胞膜へ移動したが、大部分は、細胞質内にとどまっており、また活性型RhoAも細胞膜以外の細胞内部分に比較的多く存在していることを考えると、Rhoの活性化が細胞膜への移動と連動しているにせよ、Rhoの下流のターゲット分子の活性化は、細胞膜のみならずそれ以外の場においても起こりうることが示唆された。平滑筋収縮において、RhoおよびRho依存性キナーゼ系は、後期の緊張期(tonic phase)のミオシンリン酸化レベルの亢進に関与しており、これは、Rhoの活性化のキネテイクスと時間的に呼応していることが明らかとなった。また、Rho依存性キナーゼの特異的阻害剤であるY-27632が、高血圧ラットの血圧を下げ、正常ラットの血圧に大きな影響をもたらさなかったという最近の報告を考えあわせると、高血圧さらには、慢性気管支喘息といった病態に密接に関与している可能性がある。 本研究は、委託先のマサチューセッツ大学医学校生理学教室の池辺光男教授の御指導のもとで、なされたものである。 | |
審査要旨 | 本研究は平滑筋における低分子量G−蛋白質Rhoの機能を明らかにするため、その蛋白質の細胞内局在変化を、緑色蛍光蛋白質GFPを用いることにより培養平滑筋細胞においてin vivoで経時的に観察し、下記の結果を得た。 1.低分子量G−蛋白質Rhoの機能がGFP標識の影響を受けないことが、生化学的にGTPase活性によって、また細胞生物学的には、その活性型、非活性型の変異体をもちいて、それぞれのストレスファイバー誘導能およびミオシンリン酸化の変化によって示された。 2.分化型平滑筋培養細胞系を確立し、その細胞におけるGFP標識RhoAの野生型、変異型の細胞内局在を生きたままの状態で観察した。野生型発現細胞では、一部細胞膜に局在が認められるが、大部分は細胞質に局在し、活性型RhoA発現体では、はっきりと細胞膜に局在したが、依然、多くのシグナルは細胞内に認められ、網状パターンを示し、細胞内膜器官への局在を示唆した。また、不活性型RhoA発現体では、完全に細胞質にほぼ均一に分布しており、対照実験としてGFPのみを発現させた細胞と類似していた。以上より、アゴニスト刺激による野生型RhoAの細胞内局在が細胞質から、細胞膜へ移動することが示唆された。 3.アゴニスト刺激による野生型RhoAの局在変化を、生きた細胞の3次元デジタル画像を経時的に記録して、可視化した。アゴニスト刺激後、次第にGFP標識RhoAの細胞膜におけるシグナル強度が増加し、10分以内に最大値に到達することが示された。ここで、細胞質内のシグナル強度には有意な差は認められなかった。これは比較的発現量の低い細胞においても認められ、RhoAの移動先が飽和したことによる影響とは考えにくい。つまり、刺激により全てのRho蛋白質が膜へ移動するわけではないことが示唆される。 4.次にRhoの局在とミオシンのリン酸化との関連を検討した。分化型平滑筋培養細胞をアゴニスト刺激後、経時的に固定し、抗リン酸化ミオシン特異的抗体と抗汎ミオシン軽鎖抗体をもちいて二重染色することにより、各細胞で抗リン酸化ミオシン特異的抗体と抗汎ミオシン軽鎖抗体の各々のシグナル強度の比をもとめ、野生型、変異型RhoA発現細胞間で比較した。対照として、GFPのみ発現させた細胞をもちいた。対照細胞では、アゴニスト刺激により、ミオシンリン酸化レベルは1分以内に急増し、ピークに達したあと、比較的速やかに減少し、刺激前のレベルまで戻った。しかし、野生型RhoA過剰発現体および活性型RhoA発現体はピークに達した後のミオシンリン酸化レベルの消退が遅れ、アゴニスト洗浄後もしばらく保持された。 この反応は、不活性型発現体には認められなかった。また、活性型発現体をRho依存性キナーゼの特異的阻害剤Y-27632で前処置後に同様の実験を行った結果、活性型変異体のミオシンリン酸化の保持作用はほぼ完全に消失した。即ち、RhoおよびRho依存性キナーゼ系の活性化はアゴニスト刺激によるミオシンリン酸化を増加させたが、これは数秒以内の早い時期(phasic)ではなく、比較的遅い時期(tonic)のミオシンリン酸化の保持に寄与していることが示唆された。この遅い時期のミオシンのリン酸化の保持はGFP標識RhoAが細胞膜に移動する時期とほぼ一致またはやや遅れており、RhoAの細胞膜への移動がRhoAの活性化を反映することが、これらのミオシンリン酸化の推移の検討から予想された。 5.従来、平滑筋収縮の緊張期(tonic phase)の収縮は、刺激後の細胞内への持続的なカルシウム流入による細胞内カルシウムのわずかな上昇によっておきると考えられてきたが、Rhoの強制発現によって細胞内カルシウム変化に影響があるか否かを細胞内カルシウムセンサーとしてFura-2AMを負荷して検討した結果、この平滑筋細胞の系において野生型と変異型Rhoの強制発現によって細胞内カルシウムに差を認めなかった。この結果から、RhoおよびRho依存性キナーゼ系が平滑筋収縮の緊張期における収縮の一旦を担っていることが示唆された。 以上、本論文は分化型平滑筋細胞において、蛍光標識蛋白質の細胞内遺伝子導入法を用いて、その標的蛋白質であるRhoの細胞内局在変化の可視化に成功し、アゴニスト刺激によるミオシンリン酸化の上昇とのかかわりを経時的に解析した。本研究は蛍光標識蛋白質による新しい手法を用いて、平滑筋収縮における低分子量G−蛋白質Rhoの機能を理解する上で重要と考え、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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