学位論文要旨



No 116551
著者(漢字) 與名本,欣樹
著者(英字)
著者(カナ) ヨナモト,ヨシキ
標題(和) Co(100)上のMn超薄膜及び吸着したCO,NO分子の磁性のX線磁気円二色性による研究
標題(洋) X-ray Magnetic Circular Dichroism (XMCD) study for the magnetism of Mn ultrathin films and adsorbed CO and NO molecules on Co (100)
報告番号 116551
報告番号 甲16551
学位授与日 2001.06.11
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4047号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 岩澤,康裕
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 藤森,淳
 東京大学 助教授 小森,文夫
内容要旨 要旨を表示する

金属薄膜はバルクの時とは大きく異なる性質を示すことが知られている。その一例が、磁気モーメントの増大である。これまで基礎と応用の両面から盛んに研究がなされてきたが、近年特に注目を集めているのが薄膜の容易磁化軸の向きが変わるという現象である。NiをCu(100)上で薄膜にすると、その容易磁化軸が11 ML(原子層)以下では面内、11〜50MLでは面外、そして50ML以上では再び面内へと変化することが知られている。また、薄膜の磁性は気体の吸着でも大きく変わり得る。Ni薄膜にCOを吸着させると、転移の膜厚が11 MLから7 MLまで減少することが報告されている。しかし、気体の吸着による変化については実験例が少なく、また、理論的な考察もまだ十分とは言い難い状況にある。そこで私は気体の吸着が薄膜の磁性に与える影響について知見を得るべく、次の2つの研究を行った。

一つはMn薄膜への酸素の吸着である。バルクでは反強磁性体のMnは強磁性体の上に薄膜化すると強磁性になることが知られている。しかし、薄膜では非常に酸化され易く、酸素がMnの磁気モーメントを逆転させるという報告もなされている。しかし、その理由はまだ明らかになっていない。そこでこの原因を探るべく、Co上に作成したMn薄膜の磁性と電子構造の酸化による変化をX線磁気円二色性(XMCD)を用いて観察した。

もう一つの研究は吸着した分子自身の磁性についてのものである。吸着種の磁性について、過去にはほとんど知られていない。これは吸着系の実験の困難さに原因があるが、最近の実験技術の進歩により、それが可能になりつつある。最近我々のグループでは面内磁化を持つCo上に吸着したCO分子のOのK吸収端XMCDを測定して、COとCoの軌道磁気モーメントが互いに反平行であるという結果を得た。これは基礎科学的な見地からも非常に重要なデータといえる。この種の研究はまさに最近になって始まったばかりであるので、データも少ない上に、解明されていない点も多い。例えば、薄膜の容易磁化の方向が面内でなく面外の場合はどうなのか、吸着種が変わった場合にはどのように違った現象が観測されるのか、などである。そこで面内、また面外磁化方向を有するCo薄膜上にNOを吸着させた系でK吸収端XMCDの測定を行った。

すべての実験は物質構造科学研究所放射光研究施設に設置されているビームライン11Aにて、我々が設計、製作したXMCD測定用チェンバーを用いて行った。清浄化したCu(100)にCo薄膜を成長させ、さらにその上にMn薄膜を0.5ML蒸着した。左図に、Mn薄膜に酸素を吸着させていった時のL吸収端XAS(X線吸収分光)を示す。酸素の量とともにピークが成長するのが見られる。これは酸化でMnの3d軌道の電子が減少したことを意味するものである。なお、5.5 Lの酸素を付けた後のMnのスペクトルはMnOのそれに非常に似ていることが分かった。つまり、高スピンの2価イオンになっていると考えられる。同じ系で測定したXMCDの結果を図2にのせる。〜640eV付近のピークが酸素の増加とともに0になり、遂には逆向きになることが分かる。XMCDは強磁性でないと出現しないこと、また、その符号は磁気モーメントの向きに対応していることから、酸化によってMnの磁気モーメントが逆転したことが分かる。この結果が意味することは、バルクでは反強磁性体のMnOが薄膜では強磁性になり得る、ということである。XMCDを数値的に解析して磁気モーメントを求めることが可能である。結果を図3に示す。特にMnの軌道磁気モーメントに注目したい。酸化する前には0.06μBになっているが、これはHundの規則によると酸化する前にはd6の電子状態が混ざっていることを意味するものである。酸化した後にはd5の状態であり、軌道磁気モーメントは消失している。したがってこの変化は、酸化によって変化したMnの電子状態が構造変化を促し、それに伴って交換相互作用の強さが変わったものと理解される。詳細な理論計算や直接的な構造解析の研究が待たれるところである。

次に、Co上に吸着したNO分子の軌道磁気モーメントについての結果を図4に示す。吸収スペクトル(N K吸収端NEXAFS)には2本のピークが明瞭に観測されるのに対して、XMCDではπ*に相当するピークのみが観測されている。これはπ*軌道にのみ、磁気モーメントが誘起されているためと考えられる。K吸収端XMCDでは磁気モーメントについて定量的な議論はできないが、そのピークの符号からCoとの磁気カップリングの向きが分かる。この場合には、CoとNOの軌道磁気モーメントは互いに平行であることが判明した。この結果はCoの容易磁化軸の向きによらない。以前に我々が行った面内磁化を持つCo上のCOの軌道磁気モーメントはCoと反平行に向いていたが、これはNOとCOの電子構造の違いによるためと推測される。

 以上の結果をまとめると、図5のようになる。これらは誘起される軌道磁気モーメントの由来から理解できる。面直の場合では、ほぼ縮重している2つの2π*はCoの3d軌道と強く混成している。その結果、Coと同じ向きの軌道磁気モーメントが誘起されることになる。また、NOがもともと有している軌道磁気モーメントもCoの作る磁界のために同じ向きになる。面内の場合にも同様のメカニズムが作用しているが、誘起された軌道磁気モーメントはCoのそれとは逆を向くのに対してNOがもともと持つ軌道磁気モーメントはやはり同じ向きとなる。この様に、分子の電子状態の違いが異なる磁気構造を生み出すという結果が得られたが、それと同時に更なる疑問点も浮上してきた。今後も引き続いての研究が必要な分野であろう。

図1.MnLIII,II吸収端XAS

図2.MnLIII,II吸収端XMCD

図3.MnとCoの磁気モーメント

図4.NK吸収端NEXAFSとXMCD

図5.軌道磁気モーメントの向き

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる。第1章は序論であり、磁性薄膜の最近の急速な発展、垂直磁気異方性、巨大磁気共鳴の発見とその産業利用、これらに関する基礎研究の重要性を述べている。また、磁性薄膜表面上に分子が吸着する事によって薄膜の磁性がどのように変化するか、吸着分子にどのような磁性が誘起されるかという新しい問題を提起している。そして、表面磁性を調べる手段として、X線磁気円二色性(XMCD)法の原理、表面の局所構造を調べる手段としてX線吸収近傍微細構造(NEXAFS)の原理について述べている。

 第2章にはX線源としての放射光、そしてX線吸収分実験のために建設された軟X線分光ビームラインの性能評価について述べている。また、光の純度を向上させるために、高次光除去用の2枚組ミラーを設計製作し、波長掃引と同期してミラーを回転させることにより十分満足な高次光カットができたことが述べている。

 第3章ではXMCDとNEXAFSについて、特に本論文で取り扱うMnやCoの磁気的性質、L吸収XMCD、及び、酸素などのK吸収XMCDの解析方法、

 及び、偏光依存NEXAFSの解析法について述べている。

 第4章では、Co薄膜上のMn超薄膜の磁性と、これが酸化によってどのように変化するかについて述べている。非磁性のCu基板上にCo薄膜を作成するとCoの磁気モーメントはバルクよりも増加するが、Mnを0.5ML蒸着することによって減少する。そして、この表面を酸素にさらすと、Coの磁性はほとんど変化せずMnのみが大きく変化することが分かった。これはMnを選択的に酸化されることを示している。MnのXMCDシグナルは0.5Lの酸素によってほとんど消失し、更にドーズ量を増やして5.5LにするとMn0になり、XMCDシグナルは逆転し、Coと逆向きの磁気モーメントを持つことを示している。磁気総和則によって軌道磁気モーメントを見積もると、酸化前0.06μBであるが、酸化後はほとんど零になっている。Hundの規則によると酸化前はd6の電子状態が混ざっていたのが酸化後はd5状態になると解釈できる。したがって、この変化は、酸化によって変化したMnの電子状態が構造変化を促し、それに伴って交換相互作用の強さが変わったものと理解される。

 第5章では金属薄膜上に吸着したCO,NO分子に誘起される磁性について述べられている。非磁性Cu(111)上にCoを3ML吸着させると面内に異方性を持った磁化をするが、Niを30ML蒸着した後にCOを2ML蒸着すると面直方向に磁化した状態を作ることができる。このような磁気異方性の異なるCo表面にCO,NOを吸着させ、O-K,N-K XMCDの測定を行っている。NOの場合はCoと磁気異方性の方向に関わらず強磁性的なカップリングをするが、COの場合、Coが面直磁化しているときは強磁性的に、面内磁化しているときは反強磁性的にカップリングをすることを明らかにした。そして、これらの誘起される軌道磁気モーメントの方向について、簡単な化学結合論に基づいて解釈している。即ち、NO,CO共に2π*軌道の軌道磁気モーメントが存在し、Coの3d軌道と強く混成している。その結果、Coが面直磁化の場合にはいずれもCoの磁気モーメントに平行になる。Coが面内磁化しているときにも同様の機構で説明できるが、このためにはCO,NOが静的、又は、動的に傾いた構造をとることが重要な要因となる。NOとCOの磁化の振る舞いの違いはNOでは2π*に電子が1個存在していることによるとして説明できる。このような軽元素の分子吸着系でのK吸収端XMCDの研究は世界的にも初めてのことである。

第6章は結論と要約である。

 以上のように本論文は、表面磁性において、特に分子吸着による磁性の変化、そして、吸着分子への磁性の誘起について研究したものであり、分子吸着系の構造と電子状態と磁性の相関を研究する端緒を開いたものとして、表面科学、磁気化学研究への寄与が大きく、博士(理学)に値する。

 なお、本論文は太田俊明、横山利彦、雨宮健太、小出常晴、浜田康広、北川聡一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験、解析、および、考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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