学位論文要旨



No 116555
著者(漢字) 李,軍
著者(英字)
著者(カナ) リ,グン
標題(和) 脂環式ポリイミドの構造と物性の相関に関する研究
標題(洋) A study on the structure-property relationship of alicyclic polyimides
報告番号 116555
報告番号 甲16555
学位授与日 2001.06.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5021号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 工藤,一秋
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 教授 畑中,研一
 東京農工大学 教授 堀江,一之
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 脂環式ポリイミドは全芳香族ポリイミドの溶解性を改良するために開発されたもので,可溶,無色透明,低誘電率などの特徴を持つ。このような物性上の特長は,脂環式構造の導入が高分子鎖間のπ−πスタッキングなどの相互作用を減少させた結果である。一般に,可溶性ポリイミドの設計指針として,1)脂肪族の構造を取り入れる,2)非対称構造を持たせる,3)主鎖の繰り返しユニットの2つのイミド平面が互いにねじれた構造をとるようにする,といったことが挙げられる。1)および3)を満たすようなものとして,主鎖中にスピロ構造を有する脂環式ポリイミドが白石らにより報告されているが,それらの溶解性は必ずしも高くはない。ところで,そのポリイミドは,無水イタコン酸とイソプレンとのDiels-Alder付加物を酸化して得られるテトラカルボン酸を原料としている。このモノマー合成法に従えば,ジエンとしてシクロペンタジエンを用いることより,上記の2)の条件も満たすような脂環式二酸無水物を得ることが可能で,それを用いて得られたポリイミドは高い溶解性を持つことが期待できる。本研究では,そのような二酸無水物を合成してポリイミドへ応用するとともに,他の脂環式ポリイミドとの物性の比較を行うことにより,脂環式ポリイミドにおける構造と物性との相関についての知見を得ることを目的とする。

2.非対称スピロ骨格を持つ三環式二酸無水物(DAn)の合成,反応及びポリイミドへの応用

 無水イタコン酸とシクロペンタジエンを原料とし,Diels-Alder反応,硝酸酸化,脱水閉環の三段階の反応により,通算収率21%で目的とする二酸無水物DAnを合成した。Diels-Alder付加物1は4:1のジアステレオマ−混合物であったが,酸化生成物2の再結晶時に一方の立体異性体のみが結晶化し,このため得られたDAnはexo体のみであった。その構造はX線構造解析及びNMRの結果によって確認した。

 DAnと2等量のアニリンとの反応を行ったところ,単一の開環生成物3を与えることを見出した,また,DAnと1等量のアニリンを作用させたところ,主に生成物4を与えた。このことから,DAnの4つのカルボニル基は反応性が異なり,また,六員環酸無水物の反応性が五員環酸無水物より高いことが分かった。

 DAnと種々なジアミンとを反応させてポリアミド酸とし,熱また化学イミド化法によって,主鎖にスピロ骨格を有するポリイミドPIを合成した。

 得られたポリイミドの粘度は0.10-0.49 dL/gであり低〜中程度の分子量のポリマーの生成を示唆した。Tgは216-279℃で,PIbとPIeは分解の始まる温度まで,Tgが見られなかった。化学イミド化により得られた全てのポリイミドはNMP, DMSO, DMF, DMAcなどの極性溶媒に易溶であり,またPIe, PIf, PIhはアセトンやクロロホルムなどの溶媒に対しても高い溶解性を示した。柔軟なフィルムができたPIb, PIc, PIdは無色透明であった。

3.主鎖に非対称スピロ骨格を持つ脂環式ポリイミドの特性

 DAnはスピロ骨格を持つため,二つの酸無水物部位が互いに垂直に近く,この構造上の特徴とポリイミドの物性との相関に興味が持たれる。これを明らかにするために,DAnと組成式が同じでスピロ骨格を持たない酸無水物TCAAHならびにTCAAH1を用いて,3種のジアミンとの反応によりポリイミドを合成し,それらの物性について比較を行った。

 主鎖にDAnユニットを有するポリイミド(以下,PI-DAnと称する)は,同じジアミンを用いた他の二つのポリイミドと比べ,高い耐熱性(Tg, Td)を示すことが分かった。室温での力学的性能では顕著な違いは見られなかったが,ジアミンとしてPPDを用いた場合はPI-DAnが他に比べて著しく高い切断伸び率を持つこと,また,350℃では,用いるジアミンの種類によらずPI-DAnが最も高い弾性率を持つことが分かった。溶解性の点でも,PI-DAnが最も良好な結果を与えた。

 得られたポリイミドの屈折率を測定したところ,同じジアミンを用いた場合,PI-DAnが最も大きな面内−面外異方性(Δn)と小さな平均屈折率(nAV)を示し,これは主に面外屈折率(nTM)の相違に基づくものであることが分かった。

 さらにジアミンとしてPPDを用い,DAnとTCAAHをコモノマーとして,コポリイミド(CoPI)を合成し,主鎖中のDAnユニットの量によるPIの物性への影響を検討した。

 主鎖中のDAnの量が多くなるにつれ,CoPIの成膜性と溶解性が向上し,Tgが高くなったことが分かった。また,面内屈折率(nTE)はあまり変化しないものの,nTMはだんだん小さくなったことも見い出された。これらの結果から,先に見られたホモポリイミド間の物性の相違は,用いたモノマーの構造の違いを反映していることが明らかとなった。

4.DAnの二つの酸無水物の反応性の相違を利用した主鎖定序性を持つ脂環式ポリイミドの合成とその物性

 DAnは非対称構造を有しており,また,先に述べたように六員環,五員環の二つの酸無水物間で反応性の違いがあることが見い出されている。このことを利用すれば,主鎖に「頭−頭」及び「頭−尾」の定序性を持つポリイミドを合成できるものと考えた。

 DAnと4-ニトロアニリンとを反応させ,引き続きメタノール中で加熱還流することで,2つの酸無水物がそれぞれ開環した生成物を単一の位置異性体として得ることができた。次いで,水素添加によりニトロ基を還元して「頭−尾」型ポリイミド(HTPI)用のモノマー(MHT)を得た。MHTは室温で安定であり,溶液状態で加熱することによりHTPIを与えた。

 2当量のDAnと1当量のPPDとの反応で,「頭−頭」型ポリイミド(HHPI)の合成素子である二酸無水物(MHH)が得られ,それを用いて,通常の二段階法によってHHPIを合成した。

 ポリイミドの生成はIRとNMRにより確認した。非対称ユニットを有するポリイミドについて,HTPIとHHPIの両方を合成したのは本研究が初めての例である。

 得られたHHPIとHTPIは粘度がそれぞれ0.24と0.26dL/gであり,分子量の低いものであった。いずれも,Tgは分解の始まる温度まで観察されず,Tdは430℃前後であった。また,強極性溶媒中によく溶けることが分かった。DAnとPPDから,One-pot法で得られたランダムポリイミドと比べ,主鎖に定序性のあるHHPIとHTPIは大きなΔnを持つようになったことが分かった。

5.総括

 以上述べてきたように,主鎖に非対称スピロ骨格を導入することによって,脂環式ポリイミドの溶解性をこれまでよりもさらに高めることができ,またポリイミドに良い耐熱性,力学的性能および大きな光学異方性などの特性を与えることが分かった。

審査要旨 要旨を表示する

 脂環式ポリイミドは,透明性,可溶性を有するという点で芳香族ポリイミドよりも優れており,今後電子材料,光学材料などの用途への応用が期待されている。一方,脂環式ポリイミドは耐熱性,力学的特性の点では芳香族ポリイミドよりも劣る。脂環式ポリイミドの長所を損なうことなく,耐熱性や力学的特性を向上できればその応用範囲が広がり,工学的見地から意義は大きい。そのためには,脂環式ポリイミドにおける構造と物性の相関を明らかにすることが一つのアプローチとなりうるが,そのような観点からの研究はこれまで行われていない。本論文は,主鎖中に非対称スピロ骨格を有する新規脂環式ポリイミドを中心とした構造−物性相関に関する研究について述べたものであり,5章より構成されている。

 第1章は序論であり,本論文の研究の背景と目的および構成について述べている。

 第2章では,非対称スピロ骨格を有する新規脂環式二酸無水物であるrel-[1R,5S,6R]-3-オキサビシクロ[3.2.1]オクタン-2,4-ジオン-6-スピロ-3'-(テトラヒドロフラン-2',5'-ジオン)(DAn)の合成と,それを用いたポリイミド合成ならびに物性評価について述べている。まず,DAnを無水イタコン酸より三段階で合成し,その構造を単結晶X線構造解析により決定している。次いで,DAnとアニリンとの反応を行い,適当な条件下ではDAnに対する求核攻撃が2位,次いで5'位のカルボニル炭素に対して高位置選択的に進行することを明らかにしている。さらに,DAnと種々のジアミンより,ポリアミド酸を経て固有粘度0.10ないし0.49のポリイミドを合成している。ガラス転移温度はおおむね250℃前後であったが,分解点以下で明確なガラス転移温度を示さないものもあった。化学イミド化法により得られたポリイミドは全て汎用の非プロトン性極性溶媒に易溶であった。いくつかのポリイミドは無色透明で柔軟なフィルムを形成可能であった。

 第3章では,主鎖中への非対称スピロ骨格の導入が脂環式ポリイミドの物性に影響を及ぼすことを対照化合物との比較によって明らかにしている。まず,DAnの他に分子式がDAnと同じでスピロ骨格を有しない2種の非対称脂環式二酸無水物を用い,それらを共通のジアミンと反応させることにより一連のポリイミドを得て,物性の比較を行っている。その結果,DAnより得られたポリイミドは,ガラス転移温度や分解温度が高い,高温での弾性率が高い,溶媒への溶解性が高い,屈折率が小さいといった特徴があることが分かった。さらに,DAnとスピロ骨格を持たない二酸無水物とをコモノマーとしてモノマー比を変えて4種類の共重合ポリイミドを合成し,それらの物性を測定したところ,主鎖中のDAn単位の比率と物性との間に相関関係が認められ,先に見られたホモポリイミド間の物性の相違は,用いたモノマーの構造の違いを反映していることを明らかにした。以上の結果につき,DAn由来の非対称スピロ骨格の大きくねじれた構造が高分子鎖のパッキングを妨げるために,大きな溶解性や小さな屈折率を示したものと解釈している。一方,DAnより合成されたポリイミドの主鎖はスピロ骨格を含んでいるために対照化合物よりも剛直であり,これが高い耐熱性を示した理由であると考察している。

 第4章では,第2章で見出されたDAnに対する求核付加反応の位置選択性を利用し,単一の非対称モノマーから頭−尾型および頭−頭型の2種の定序性ポリイミドを作り分けることに初めて成功している。DAnを1当量の4-ニトロアニリンと,次いで過剰のメタノールと反応させることで,単一のジカルボン酸モノアミドモノエステルを得,次いで還元,重縮合,脱水環化を経て頭−尾型ポリイミドを合成している。また,DAnを0.5当量のp-フェニレンジアミン(PPD)と反応させて得られる擬鏡面対称の2:1付加物を単離し,これを改めてPPDと反応させることにより,ポリアミド酸を経て頭−頭型ポリイミドを得ている。さらに,DAnの溶液に1当量のPPDの溶液を室温で徐々に加えても頭−頭結合に富んだポリイミドが得られることを見出している。主鎖定序性をもつこれらのポリイミドは,対照化合物であるランダムポリイミドと比較して溶解度や熱的特性に有意な差は見られなかった。これは,用いたジアミンが剛直すぎたために主鎖に定序性を導入した効果が表れにくかったためと考察している。

 第5章では,本研究を総括して得られた結果をまとめている。

 以上要するに,本論文は,主鎖への非対称スピロ骨格の導入が脂環式ポリイミドの物性の改善につながることを見出すとともに,定序性脂環式ポリイミドの合成に進展をもたらしたものであり,その成果は,高分子化学ならびに高分子材料分野の発展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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