学位論文要旨



No 116556
著者(漢字) 安藤,義浩
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ヨシヒロ
標題(和) 亜熱帯汽水土壌微生物による海洋性底泥の分解
標題(洋)
報告番号 116556
報告番号 甲16556
学位授与日 2001.06.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5022号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 助教授 関,実
 東京農工大学 助教授 池袋,一典
内容要旨 要旨を表示する

 内湾などの水の出入りが少ない閉鎖性水域において発生する赤潮は対策が急がれる環境問題のひとつである。赤潮が発生すると、魚介類が多量に死滅し甚大な被害となる。赤潮の発生する原因は、水域のリン、窒素などの栄養塩類過多による富栄養化である。

 富栄養化の発生要因として、閉鎖性水域に流れ込む栄養塩類を多量に含んだ工業排水、生活排水が考えられるが、最近発生要因として注目されるようになったのが、養殖で過剰に与えられた餌、魚介類の排出物・死骸が長年にわたり海底に蓄積された結果形成された海洋性底泥である。底泥から栄養塩類が上層水に溶出し、富栄養化を引き起こす要因となることが明らかになったからである。

 海洋性底泥のこれまでの処理方法には、浚渫、覆土、建築資材としての再利用などあるが、浚渫では埋めたて地のスペースの問題、覆土では栄養塩類の再溶出の問題、再利用では処理に多大なエネルギーを使わなければならないという問題があり、新たな処理方法が切望されている。

 そこで、本研究では、海洋性底泥を微生物の力を利用し効率よく迅速に分解することに関する研究を行った。すなわち、海洋性底泥を効率よく分解する微生物を探索し、その微生物を同定することを試みた。探索する微生物として、マングローブの生育する亜熱帯汽水域土壌中の微生物に着目した。

 第1章は緒論であり、海洋性底泥について概説し、次に、これまでの海洋性底泥の処理方法を述べ、そして、理想的な海洋性底泥の処理の流れを提示し、微生物を利用した処理方法を紹介した。さらに、マングローブの生育する亜熱帯汽水土壌微生物が、探索する微生物として最適であることをマングローブ周辺の生態系の観点から説明し、本研究を行う上でこの微生物に期待される性質について述べた。

 第2章では、海洋性底泥の分解を効率的に行う亜熱帯汽水土壌の探索を行った。探索する亜熱帯汽水土壌は、マングローブの生育する沖縄県西表島の2地点において4種類の土壌のサンプリングを行った。海洋性底泥は、赤潮の被害に毎年見舞われている三重県英虞湾でサンプリングを行ったものを使用した。

 通気性向上のため、海洋性底泥にもみがらを加え、さらに亜熱帯汽水土壌を添加した試料を、60℃に設定した恒温槽中で好気的に反応させることによって分解実験を行った。二酸化炭素発生速度を指標として、亜熱帯汽水土壌による底泥の分解能を測定した。

 その結果、船浦港周辺でサンプリングを行った1種類の土壌を添加したバッチの二酸化炭素発生速度のピークが、他の3つのバッチを用いた時のピークよりも早く現われ、かつ大きかった。したがって、この土壌は、海洋性底泥を効率よく迅速に分解することが明らかとなった。すなわち、この土壌中に底泥中で有機物を効率的に分解する微生物が存在することが示唆された。

 第3章では、第2章で海洋性底泥の分解能が高いことが確認された亜熱帯汽水土壌から、分解に関与する微生物の単離を試みた。単離した微生物自身の分解能を正確に測定するため、人工海洋性底泥を調製し、海洋性底泥のかわりに分解実験で使用した。人工海洋性底泥を調製するにあたり、前もって海洋性底泥の成分を調べた。

 土壌からプレート培養によって微生物を単離し、それぞれの微生物を人工海洋性底泥に添加した。これらのバッチを用いて第2章と同様の条件で分解実験を行い、分解能を調べた。さらに、分解能の高かった微生物について、その微生物の16S rRNA遺伝子の一部(194bp、V3領域)の塩基配列を決定し、系統関係を調べた。また、Denaturing Gradient Gel Electrophoresis (DGGE)を用いて、単離した微生物が底泥中で機能していることを確認した。

 その結果、プレート培養により主に3種類の微生物が単離された。これらをそれぞれ人工海洋性底泥に添加したところ、その中の1つの微生物が底泥を効率よく迅速に分解することが明らかとなった。系統関係解析の結果から、この微生物はBacillus属であること、特にBacillus fumarioliおよびBacillus属のuncultured bacteriumと最も相同性が高いことが示唆された。また、DGGEの結果、分解のピーク時に採取した試料から特徴的なバンドが現われた。そこで、このバンドの塩基配列(16S rRNA遺伝子の一部、V3領域)を決定したところ、添加した微生物の塩基配列と完全に一致した。よって、添加した微生物が底泥中で働いていることが確認された。

 第4章では、第3章で発見した人工海洋性底泥を効率よく分解する微生物を実際の海洋性底泥に応用し、分解能を示すかどうか確認した。また、この微生物を同定するため、形態観察、グラム染色、胞子の有無、胞子の形および胞子のうの膨らみの観察、カタラーゼ活性のテスト、GC含量測定、16S rRNA遺伝子の全塩基配列(約1500bp)を決定し系統解析を行った。

 その結果、この微生物は実際の海洋性底泥を効率よく分解することが明らかとなった。そして、同定試験の結果、この微生物はBacillus属であり、Bacillus fumarioliと最も相同性が高いこと分かった。また、この微生物のGC含量が37.4%であったのに対し、Bacillus fumarioliの基準株のGC含量は40.7%であり、その差は3.3mol%であった。このことから、この微生物はBacillus fumarioliではなく、新種の可能性があることが示唆された。

 第5章は結論であり、本研究から得られた結果をまとめた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、海洋性底泥を微生物の力を利用し効率よく迅速に分解することに関する研究であり、5章より構成されている。

 第1章は緒論であり、本研究の行われた背景について述べ、本研究の目的と意義を明らかにしている。

 第2章では、海洋性底泥の分解を効率的に行う亜熱帯汽水土壌の探索を行っている。探索する亜熱帯汽水土壌については、マングローブの生育する沖縄県西表島の2地点において4種類の土壌をサンプリングしている。海洋性底泥は、赤潮の被害に毎年見舞われている三重県英虞湾でサンプリングしたものを使用している。

 通気性向上のため、海洋性底泥にもみがらを加え、さらに亜熱帯汽水土壌を添加した試料を、60℃に設定した恒温槽中で好気的に反応させることによって分解実験を行っている。二酸化炭素発生速度を指標として、亜熱帯汽水土壌による底泥の分解能を測定している。

 その結果、船浦港周辺でサンプリングを行った1種類の土壌を添加したバッチの二酸化炭素発生速度のピークが、他の3つのバッチを用いた時のピークよりも早く現われ、かつ大きかったと述べている。したがってこの土壌は、海洋性底泥を効率よく迅速に分解することを明らかにしている。すなわち、この土壌中に底泥中で有機物を効率的に分解する微生物が存在することが示唆されたと述べている。

 第3章では、第2章で海洋性底泥の分解能が高いことが確認された亜熱帯汽水土壌から、分解に関与する微生物の単離を試みている。単離した微生物自身の分解能を正確に測定するため、海洋性底泥のかわりに人工海洋性底泥を調製し、分解実験で使用している。人工海洋性底泥を調製するにあたり、前もって海洋性底泥の成分を調べている。

 土壌からプレート培養によって微生物を単離し、それぞれの微生物を人工海洋性底泥に添加している。これらのバッチを用いて第2章と同様の条件で分解実験を行い、分解能を調べている。さらに、分解能の高かった微生物について、その微生物の16S rRNA遺伝子の一部(194bp、V3領域)の塩基配列を決定し、系統関係を調べている。また、Denaturing Gradient Gel Electrophoresis (DGGE)を用いて、単離した微生物が底泥中で機能していることを確認している。

 その結果、プレート培養により主に3種類の微生物を単離している。これらをそれぞれ人工海洋性底泥に添加したところ、その中の1つの微生物が底泥を効率よく迅速に分解することを明らかにしている。系統関係解析の結果から、この微生物はBacillus属であること、特にBacillus fumarioliおよびBacillus属のuncultured bacteriumと最も相同性が高いことが示唆されたと述べている。また、DGGEの結果、分解のピーク時に採取した試料から特徴的なバンドが現われたと述べている。このバンドの塩基配列(16S rRNA遺伝子の一部、V3領域)を決定したところ、添加した微生物の塩基配列と完全に一致したと述べている。以上より、添加した微生物が底泥中で働いていることを確認している。

 第4章では、第3章で発見した人工海洋性底泥を効率よく分解する微生物を実際の海洋性底泥に応用し、分解能を示すかどうかを確認している。また、この微生物を同定するため、形態観察、グラム染色、胞子の有無、胞子の形および胞子のうの膨らみの観察、カタラーゼ活性のテスト、GC含量測定、16S rRNA遺伝子の全塩基配列(約1500bp)を決定し系統解析を行っている。

 その結果、この微生物は実際の海洋性底泥を単独で効率よく分解することを明らかにしている。同定試験の結果、この微生物はBacillus属であり、Bacillus fumarioliと最も相同性が高いことを明らかにしている。また、この微生物のGC含量が37.4%であったのに対し、Bacillus fumarioliの基準株のGC含量は40.7%であり、その差は3.3mol%であったと述べている。このことから、この微生物はBacillus fumarioliではなく、新種の可能性があることが示唆されたと述べている。

 第5章は結論であり、本研究を要約して得られた研究成果をまとめている。

 このように本論文では、亜熱帯汽水土壌を利用して海洋性底泥を分解できることを明らかにしている。さらにこの土壌の中からこの分解に関わる微生物を単離・同定し、この微生物が単独で海洋性底泥を分解できることを明らかにしている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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