学位論文要旨



No 116563
著者(漢字) 呂,品琦
著者(英字)
著者(カナ) ロ,ヒンキ
標題(和) 単軸引張りを受ける膜材のしわ発生及びその性状に関する実験的研究
標題(洋)
報告番号 116563
報告番号 甲16563
学位授与日 2001.07.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5023号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 助教授 高田,毅士
内容要旨 要旨を表示する

 膜構造は大空間構造の一つシステムとして、近年、数多く建設されている。膜構造に用いられる膜材は、曲げ剛性及び圧縮剛性が非常に小さいため、引張力には抵抗できるが圧縮力には全く抵抗することができない。そのため外力の作用によって初期張力が消失する部分に、しわ(リンクリング)や弛みが生じる。しわは張力の消失を意味し、このことは膜構造物にとって単に美観を損ねるだけではなく、膜構造の力学性状に影響を与え、その部分の繰り返し変形による膜材の破断の原因になったり、雨水や雪がその箇所にたまるポンディングという現象の原因になるなど、膜材の維持管理上好ましくない諸々の事柄を引き起こすことになる。このため、しわ発生時の応力状態及び変形状態の解析や、しわの発生の予防および制御問題は膜構造の重要な課題である。

 膜構造に発生するしわの問題については現在まで多くの理論解析的研究が行なわれてきている。理論解析の大部分は張力場理論と分岐座屈理論のいずれかの理論に基づいている。張力場理論ではしわの方向と発生領域が得られる。一方、分岐座屈理論はしわの詳細な形状を求めることを目標としている。これらの理論においては、膜材は等方性または異方性の弾性体であると仮定している場合が多い。しかし、実際には膜材料に複合材料であり、複雑な材料性状を呈する。適切に評価しないと、解析上大きな誤差が生じることになる。

 しわの研究において、解析理論の研究と比較すると、実験的研究は非常に少ない。最も多く研究されているモデルは、捩りを受ける円形張力膜のしわ発生問題である。また、せん断力を受ける膜のしわの発生問題についての実験も見られる。過去に行われた実験の多くは、理論解析手法を確かめるため、特殊なモデルについて簡単な実験を行っているだけの場合が多い。また、発生するしわ形状を詳細に検討することがなく、写真撮影と解析形状を外形的に比較しているのみである。

 本研究では、上記のような状況を踏まえ、単純な境界条件でありながら従来あまり調査されていない、一方向引張力下で膜に発生するしわについて、精密実験を行い、しわの発生及び性状について検討することを目的とする。また、既往の実験では、試験材料として、主にフィルムや薄い鋼板を用いている。この性状は実際の膜建築物に使用されている直交異方性膜材料とは、性質が大きく異なっている。実際に膜構造物に用いられる膜材料は縦糸と横糸とを編んだものの両面にコーティングが施されている材料であり、剛性、強度とも繊維が主役を勤めており、方向性が強く、異方性特性をもつ。本実験では、複合膜材料のもととなる基布、コーティングされた膜材料及び等方性のフィルムを用いて、材料の材質がしわの性状に与える影響ついて検討する。また、しわの引張方向と膜材料の縦糸方向とのなす角度の影響についても検討する。

本論文の目的は主に以下に示す点にある。

 1.しわの力学性状を把握するに当たり、一般的な理論を整理する。

 2.単軸引張りを受ける膜材のしわ発生の精密実験を行い、しわの発生及び形態について検討する。

 3.膜材料の材質の違いによる、しわの形態の違いについて調査する。特に、膜構造に使用されているC種膜材料とコーティングされていない基布のしわ性状の関連について調査する。

 4.膜材料に発生するしわ形状の測定システムを提案し、しわの形態を詳細に測定し、その結果について検討する。

 5.引張力方向と直交異方性膜材料の縦糸方向とのなす角度の違いが、しわの性状に与える影響について検討する。

 6.膜材料の形状によるしわの性状の変化を検討する。

 7.フーリエ・スペクトル解析を用いた、しわ波の定性的調査法を試みる。

 8.2次元平面応力有限要素解析法を用いて、単軸引張を受ける平面張力膜の応力・変形解析を行い、解析結果と実験結果を比較する。

本論文は、以下の7章から成っている。

1章では、本研究の背景及び本論文の目的について述べ、本論文の構成について概説する。

2章では、既往研究として、しわに関する理論解析的研究を整理する。また、しわの実験的研究を調査し、本論文の位置付けを明らかにする。

3章では、直交異方性平面応力解析、直交異方性板の座屈解析の基礎式を示す。次いで、張力場理論と座屈理論を統一したしわ解析理論の構築について紹介する。

4章では、本論文の中心となる、単軸張力下の平面矩形膜のしわ発生実験について説明する。

 本実験では、単純な境界条件でありながら従来あまり調査されていない、一方向引張力下で平面矩形膜に発生するしわについて実験を行い、しわの発生、本数及び形態を観察し、また、しわ発生時の引張力を調査する。また、膜材料の材質を検討するため、等方性材料である2種類のフィルム及び実際に膜構造に使われているC種膜材料を用いて実験を行っている。特に、複合材料としての膜の材質が、しわ性状に与える影響を調べため、C種膜材料とC種膜材料のコーティングの無い基布についても同じ実験を行った。材料形状について、3つのアスペクト比の試験体を選択し、実験を行った。直交異方性膜材料の場合には、引張方向と縦糸方向との角度が0°と45°それぞれに対応する試験体を作成し、実験を行った。また、レーザー変位計によるしわ形態測定法についても報告する。しわ波の測定結果を用いてフーリエ・スペクトル解析でしわ波を定性に分析する。

5章では、二次元平面応力有限要素解析法を用いて、単軸引張を受ける平面張力膜の応力・変形解析を行い、張力膜の応力及び変形性状を調査し、しわ発生機構及び性状を解明する。解析結果と第4章に示した実験結果との比較を行う。

6章では、本論文の結論をまとめている。

 本論文を通して、28種類の試験体を用いて行った実験結果について報告し、単軸張力下の平面矩形膜におけるしわ発生のメカニズムの把握を試みている。実験の結果に基づいて、膜材料の曲げ剛性、試験体のアスペクト比の影響、発生したしわ波の振幅及び波長、膜面のひずみ分布及び引張方向と膜材料糸方向とのなす角度の5つ方面から、しわ発生及び性状について定性的な考察を行い、得られた知見をまとめている。また、有限要素法による数値解析結果は、実験におけるしわ発生領域、しわの方向等とよく対応していることが示されている。

審査要旨 要旨を表示する

 膜構造に発生するしわの問題については現在まで多くの理論解析的研究が行なわれてきている。理論解析の大部分は張力場理論と分岐座屈理論のいずれかの理論に基づいている。張力場理論ではしわの方向と発生領域が得られる。一方、分岐座屈理論はしわの詳細な形状を求めることを目標としている。これらの理論においては、膜材は等方性または異方性の弾性体であると仮定している場合が多い。しかし、実際には膜材料に複合材料であり、複雑な材料性状を呈する。適切に評価しないと、解析上大きな誤差が生じることになる。

 しわの研究において、解析理論の研究と比較すると、実験的研究は非常に少ない。最も多く研究されているモデルは、捩りを受ける円形張力膜のしわ発生問題である。また、せん断力を受ける膜のしわの発生問題についての実験も見られる。過去に行われた実験の多くは、理論解析手法を確かめるため、特殊なモデルについて簡単な実験を行っているだけの場合が多い。また、発生するしわ形状を詳細に検討することがなく、写真撮影と解析形状を外形的に比較しているのみである。

 本研究では、上記のような状況を踏まえ、単純な境界条件でありながら従来あまり調査されていない、一方向引張力下で膜に発生するしわについて、精密実験を行い、しわの発生及び性状について検討することを目的としている。また、既往の実験では、試験材料として、主にフィルムや薄い鋼板を用いている。この性状は実際の膜建築物に使用されている直交異方性膜材料とは、性質が大きく異なっている。実際に膜構造物に用いられる膜材料は縦糸と横糸とを編んだものの両面にコーティングが施されている材料であり、剛性、強度とも繊維が主役を勤めており、方向性が強く、異方性特性をもつ。本実験では、複合膜材料のもととなる基布、コーティングされた膜材料及び等方性のフィルムを用いて、材料の材質がしわの性状に与える影響ついて検討している。また、しわの引張方向と膜材料の縦糸方向とのなす角度の影響についても検討している。

本論文の目的は主に以下に示す点にある。

 1.しわの力学性状を把握するに当たり、一般的な理論を整理する。

 2.単軸引張りを受ける膜材のしわ発生の精密実験を行い、しわの発生及び形態について検討する。

 3.膜材料の材質の違いによる、しわの形態の違いについて調査する。特に、膜構造に使用されているC種膜材料とコーティングされていない基布のしわ性状の関連について調査する。

 4.膜材料に発生するしわ形状の測定システムを提案し、しわの形態を詳細に測定し、その結果について検討する。

 5.引張力方向と直交異方性膜材料の縦糸方向とのなす角度の違いが、しわの性状に与える影響について検討する。

 6.膜材料の形状によるしわの性状の変化を検討する。

 7.フーリエ・スペクトル解析を用いた、しわ波の定性的調査法を試みる。

 8.2次元平面応力有限要素解析法を用いて、単軸引張を受ける平面張力膜の応力・変形解析を行い、解析結果と実験結果を比較する。

本論文は、以下の7章から成っている。

1章では、本研究の背景及び本論文の目的について述べ、本論文の構成について概説している。2章では、既往研究として、しわに関する理論解析的研究を整理している。また、しわの実験的研究を調査し、本論文の位置付けを明らかにしている。3章では、直交異方性平面応力解析、直交異方性板の座屈解析の基礎式を示している。次いで、張力場理論と座屈理論を統一したしわ解析理論の構築について紹介している。4章では、本論文の中心となる、単軸張力下の平面矩形膜のしわ発生実験について説明している。本実験では、単純な境界条件でありながら従来あまり調査されていない、一方向引張力下で平面矩形膜に発生するしわについて実験を行い、しわの発生、本数及び形態を観察し、また、しわ発生時の引張力を調査している。また、膜材料の材質を検討するため、等方性材料である2種類のフィルム及び実際に膜構造に使われているC種膜材料を用いて実験を行っている。特に、複合材料としての膜の材質が、しわ性状に与える影響を調べため、C種膜材料とC種膜材料のコーティングの無い基布についても同じ実験を行っている。材料形状について、3つのアスペクト比の試験体を選択し、実験を行っている。直交異方性膜材料の場合には、引張方向と縦糸方向との角度が0°と45°それぞれに対応する試験体を作成し、実験を行っている。また、レーザー変位計によるしわ形態測定法についても報告している。しわ波の測定結果を用いてフーリエ・スペクトル解析でしわ波を定性に分析している。5章では、二次元平面応力有限要素解析法を用いて、単軸引張を受ける平面張力膜の応力・変形解析を行い、張力膜の応力及び変形性状を調査し、しわ発生機構及び性状を解明しようとしている。解析結果と第4章に示した実験結果との比較を行っている。6章では、本論文の結論をまとめている。

 本論文を通して、28種類の試験体を用いて行った実験結果について報告し、単軸張力下の平面矩形膜におけるしわ発生のメカニズムの把握を試みている。実験の結果に基づいて、膜材料の曲げ剛性、試験体のアスペクト比の影響、発生したしわ波の振幅及び波長、膜面のひずみ分布及び引張方向と膜材料糸方向とのなす角度の5つ方面から、しわ発生及び性状について定性的な考察を行い、得られた知見をまとめている。また、有限要素法による数値解析結果は、実験におけるしわ発生領域、しわの方向等とよく対応していることが示されている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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