学位論文要旨



No 116572
著者(漢字) 野家,環
著者(英字)
著者(カナ) ノイエ,タマキ
標題(和) 肝門部胆管癌に対する選択的胆管ドレナージの有用性に関する実験的検討
標題(洋) Selective versus total biliary drainage for obstructive jaundice in hilar cholangiocarcinoma : an experimental study
報告番号 116572
報告番号 甲16572
学位授与日 2001.07.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1859号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 河原崎,秀雄
 東京大学 講師 河原,正樹
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】 拡大半肝切除予定の肝門部胆管癌患者に対する術前減黄処置として、片側ドレナージ(selective biliary drainage,SBD)と全肝ドレナージ(total biliary drainage,TBD)のどちらを選択すべきかは意見が分かれている。古くからの実験的片側胆管結紮、臨床的片側胆管閉塞に関する知見からは、SBDにより残肝側の術前代償性肥大が予想され、大量肝切除後の肝不全予防のために有利であると考えられる。一方近年Kanaiらは、ラット片側胆管結紮自験結果から、残肝側ミトコンドリア機能を良好に保つためには、TBDが望ましいと報告した。SBDとTBDでは、どちらが残肝機能に関して有利であるかを検討する。

【方法】 雄性Wistarラット(329.9+/-25.3g)を用い、コントロール(n=7)、SBD(n=44)、TBD(n=37)の3群を作製した。SBD群とTBD群では、エーテル麻酔下の初回手術時に、外径0.965mmのポリエチレンチューブを総胆管に挿入結紮固定し、他端を空腸を通して右下腹部皮下に誘導固定し、同部でチューブ端を結紮することにより閉塞性黄疸を作製した。SBD群ではさらに、左葉(全肝の約70%)をドレナージする左肝管を結紮切離した。1週間の閉塞性黄疸の後、エーテル麻酔下に第2回手術を行い、皮下に固定されたチューブ端を切離し、空腸内に落とすことによりドレナージを施行した。TBD群では全肝がドレナージされたのに対し、SBD群では、左葉はドレナージされず、残り約30%領域(右葉とする)のみがドレナージされた。コントロール群(n=7)は、健常ラットのデータを得るために初回手術時に犠死せしめ、SBD群とTBD群は、ドレナージ前、ドレナージ後1週、2週、4週(SBD群:n=7,7,7,6、TBD群:n=6,6,7,6)で犠死せしめた。犠死時、体重、肝葉重量、一般肝機能(T.Bil、AST、ALP)、ミトコンドリア呼吸能(state III O2 consumption、RCI、ADP/O、ATP synthesis rate)、ミクロソームチトクローム量(cytochrome P450、cytochrome b5)を測定した。

【結果】 Mortalityは、SBD群7/44、TBD群7/37(P=0.72)、ドレナージ不成功は、SBD群10/37、TBD群5/30(P=0.31)で、いずれも両群間に差を認めなかった。SBD群での側副胆管発達によるSBD不成功は、ドレナージ後1週3/7、2週2/7、4週1/6で、側副胆管発達例は以後の検討から除外した。

 体重の変化には、両群間で差を認めなかった。右葉の重量は、TBD群に比しSBD群で有意に増加した(対体重比:コントロール群1.0+/-0.1%、ドレナージ後4週SBD群2.2+/-0.4%、同TBD群1.2+/-0.2%、P<0.01)。

 一般肝機能検査値は、両群とも、閉黄1週間で有意に増加し、ドレナージ後1週でコントロール値に回復し、いずれの時点でも両群間に差を認めなかった。

 ミトコンドリア呼吸能は、閉黄1週間で低下し、減黄後回復する傾向を認めたが、すべてのパラメータでいずれの時点でも両群間に差を認めなかった。ATP synthesis rateの右葉での合計値(Overall rate of ATP synthesis in the right lobes/100 g body weight)では、ドレナージ後4週で、SBD群(24.4+/-9.4μmole/min/100 g body weight)はTBD群(10.9+/-2.0μmole/min/100 g body weight)よりも有意に高値を示した(P<0.05)。

 ミクロソームチトクローム量(per mg microsomal protein)は、cytochrome P450・cytochrome b5とも、閉黄1週間で有意に低値を示し(右葉値、コントロール群:P450:0.74+/-0.12,b5:0.27+/-0.03、ドレナージ前SBD群:P450:0.32+/-0.10,b5:0.17+/-0.04、TBD群:P450:0.29+/-0.11,b5:0.16+/-0.04 nmole/mg microsomal protein)、ドレナージ後徐々に回復した。右葉では、いずれの時点でも両群間に差を認めなかったが、左葉では、SBD群でドレナージ後の回復が遅れる傾向が認められた。ミクロソームチトクロームの右葉の総量(per 100 g body weight)は、cytochrome P450・cytochrome b5とも、ドレナージ後4週、SBD群(P450:31.9+/-14.1,b5:12.2+/-5.7 nmole/100 g body weight)でTBD群(P450:15.9+/-2.3,b5:6.1+/-0.9 nmole/100 g body weight)よりも有意に多く(いずれもP<0.05)、同SBD群値はコントロール群値(P450:14.1+/-2.8,b5:5.1+/-1.0 nmole/100 g body weight)よりも有意に高値を示した(いずれもP<0.005、ANOVA with Bonferroni's correction)。

【考察】 閉塞性黄疸により肝のミトコンドリア機能・ミクロソーム機能は障害を受け、減黄によりこれら肝機能障害は徐々に回復することが知られている。よって、術後肝機能障害の危険性を伴う大量肝切除術前には、閉塞性黄疸を伴う患者に対し減黄処置が必要と考えられている。

 一方、肝門部胆管癌患者の術前減黄処置としては、SBDとTBDのどちらが好ましいかに関しては議論がある。残肝のミトコンドリア機能を良好に保つためにはTBDが望ましいと報告したKanaiらの実験は、モデルが閉塞性黄疸を伴わない片側胆管結紮であること、結紮領域が90%と過大であること、肝の容積変化を考慮に入れていないことなどに問題がある。

 今回の実験モデルは、閉塞性黄疸後のSBDとTBDであり、Kanaiらの実験に比し、はるかに臨床状況に近い。

 肝の容積変化に関しては、SBD後、非ドレナージ側は萎縮し、ドレナージ側は代償性に肥大した。実験的片側胆管結紮、臨床的片側胆管閉塞と同様の現象が、SBD後にも起きることが示された。

 肝機能の評価には、ミトコンドリア機能とミクロソームチトクローム量を用いたが、容積変化も考慮に入れて部分肝の総機能を評価するために、ATP synthesis rateの各葉での合計値(Overall rate of ATP synthesis in the right or left lobes/100 g body weight)とミクロソームチトクロームの各葉の総量(per 100 g body weight)も検討した。

 ミトコンドリア機能のうち、単位を持たないRCIとADP/O、mgミトコンドリアあたりのstate III O2 consumptionとATP synthesis rate、さらにmgミクロソームあたりのcytochrome P450およびcytochrome b5の量は、右葉では、SBD群とTBD群とでいずれの時点でも差を認めなかった。これは、残肝側の質に関しては、SBDとTBDで差がないことを示すものである。

 一方、右葉のATP synthesis rateの合計値とミクロソームチトクロームの総量は、ドレナージ4週間後、TBD群に比しSBD群で有意に大きかった。これは、残肝側の術前(肝切除)予備能からみて、SBDがTBDよりも有利であることを示すものである。

【結論】 残肝機能に関しては、SBDはTBDより望ましい。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、拡大半肝切除予定の肝門部胆管癌患者に対する術前減黄処置として、片側ドレナージ(selective biliary drainage,SBD)と全肝ドレナージ(total biliary drainage,TBD)のどちらを選択すべきか議論があるところであるのに対して、大量肝切除後の肝不全予防のためにSBDが有利であることを明らかにするために、ラットを用いた実験により、1週間の閉塞性黄疸後のSBDおよびTBD後4週間の肝の形態的・機能的変化を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.体重の変化には、両群間で差を認めなかったが、将来の残肝となる右葉の重量は、TBD群に比しSBD群で有意に増加した。

2.一般肝機能検査値は、いずれの時点でも両群間に差を認めなかった。

3.ミトコンドリア呼吸能は、閉黄1週間で低下し、減黄後回復する傾向を認めたが、すべてのパラメータでいずれの時点でも両群間に差を認めなかった。ATP synthesis rateの右葉での合計値(Overall rate of ATP synthesis in the right lobes/100 g body weight)では、ドレナージ後4週で、SBD群はTBD群よりも有意に高値を示した。

4.ミクロソームチトクローム量(per mg microsomal protein)は、cytochrome P450・cytochrome b5とも、閉黄1週間で有意に低値を示し、ドレナージ後徐々に回復した。右葉では、いずれの時点でも両群間に差を認めなかったが、左葉では、SBD群でドレナージ後の回復が遅れる傾向が認められた。ミクロソームチトクロームの右葉の総量(per 100 g body weight)は、cytochrome P450・cytochrome b5とも、ドレナージ後4週、SBD群でTBD群よりも有意に高値を示した。

 以上、本論文はラットでの実験において、残肝機能に関してSBDがTBDよりも有利であることを明らかにした。本研究は、臨床上議論のある両ドレナージ方法のうちSBDが優れていることを初めて証明したものであり、今後の肝門部胆管癌外科治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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