学位論文要旨



No 116573
著者(漢字) 緒方,泰子
著者(英字)
著者(カナ) オガタ,ヤスコ
標題(和) 訪問看護サービスの相対的価値付けに関する研究 : 実際に提供された訪問看護サービスを対象として
標題(洋)
報告番号 116573
報告番号 甲16573
学位授与日 2001.07.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第1860号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 菅田,勝也
 東京大学 講師 國井,修
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 1991年の老人保健法の一部改正により老人訪問看護制度が創設され、訪問看護ステーション(以下、ステーションとする)の活動が開始された。1994年には、健康保険法が改正され、ステーションによる訪問看護サービスの受け手の年齢範囲が広がり、高齢者以外へも対象者層が拡大された。急速に進む高齢化、疾病構造の変化、介護保険による在宅療養の推進等により、在宅療養高齢者の増加が予想され、また、在院期間短縮へ向けた政策的誘導の様相が強まっていることから、在宅療養者のニーズは、病状安定期のケアのみならず、不安定期のケア、医療的に複雑なケア等を含む広範囲なものへと変化していく可能性がある。

 今後、ステーションが、提供するサービスの質を確保し、在宅ケアにおける役割を十分に発揮していくためには、資源投入量に応じた適正なコストを償還する仕組みが必要であり、「適正なコスト」の設定には、投入資源のうち、特にサービス提供に要する労働を適切に評価する必要がある。しかし、先行研究では、時間に注目した評価が多く、密度を含めた看護の労働投入量を測定するための確立した方法論があるとは言い難いのが現状である。また、このような労働投入量について、実際に提供されたサービスを対象とした検討は行われていない。

 そこで、米国で医師を対象に行われたResource Based Relative Value Scale (RBRVS)研究等をもとに、密度の代理変数として精神労働・肉体労働を設定し、各々「専門的技術・判断・手順の複雑さ・精神的疲労・負担」「身体的疲労・体力」を表すものとし、時間とこれら2つを合わせて「サービス属性」とした。さらに本研究では、「仕事の大変さ」という表現を用いて、実際に提供された訪問看護サービスの相対的価値付けを行い、1)「仕事の大変さ」が時間のみならず密度(精神労働、肉体労働)をも反映し、訪問看護サービスの労働投入量を表す妥当な変数であることを検証する、2)「仕事の大変さ」に影響する利用者特性とその影響程度を明らかにすることを目的とした。「仕事の大変さ」とは、「訪問看護サービスにおける行為に要する時間や行為の数だけでなく、身体的な疲労、専門的技術・判断、精神的疲労・負担などの質をも考慮した総合的評価」と定義した。

2.方法

(1)調査方法および対象

 調査対象は、都市部のステーション3ヶ所の訪問看護職32人であり、1週間の調査期間中、各訪問先で提供した訪問看護サービスの種類、「仕事の大変さ」、サービス属性について調査票への回答を得た。「仕事の大変さ」と精神労働・肉体労働の程度への回答にはMagnitude Estimation法を用い、足浴に基準値50を割り当て、他の訪問看護サービスの「仕事の大変さ」、精神労働・肉体労働の程度が、相対的に何倍の数値で表現できるかを尋ねた。数値に上限下限はなく、回答者は、ゼロ・負の値・無限大以外のあらゆる数値を回答できる。訪問看護サービスに要する時間については分単位で回答を得た。回答者特性、利用者特性については自記式調査票により回答を得、主疾患や医療機器装着状況については記録類から研究者が転記した。なお、全体の調査期間は平成12年4〜9月である。

(2)分析方法

 Magnitude Estimation法で得られた値の分布が右に裾を引いていたこと、Magnitude Estimation法では、5と50、500と5000は同じく「10倍である」と感じるという前提があることから、「仕事の大変さ」と3サービス属性の回答値は常用対数に変換した上で分析に用いた。また、対数変換後の値が平均値から標準偏差の3倍以上離れた値を外れ値として分析から除外した。以降、特に断らない限り、「回答値」という場合は「対数変換後の回答値」を、「平均値」という場合は「対数変換後の平均値」を指すものとする。

 (1)「仕事の大変さ」と3サービス属性

 提供回数20回以上の訪問看護サービス(18種類)について、「仕事の大変さ」とサービス属性のサービス毎の平均値を求め、前者を従属変数、後者を独立変数とした重回帰分析を行った。「仕事の大変さ」への回答者個人やサービスの種類による影響と、サービス属性による影響の相対的大きさを比較するため、各回答値を用いて、「仕事の大変さ」を従属変数、回答者個人やサービスの種類を因子、サービス属性を共変量とした共分散分析を行った。

 (2)各訪問看護サービスの「仕事の大変さ」と利用者特性

 提供回数50回以上の訪問看護サービス7種類について、各回答値を用いて、訪問看護サービスの「仕事の大変さ」を従属変数、利用者特性を独立変数として重回帰分析を行った(ステップワイズ法)。利用者特性は、予め「仕事の大変さ」との関連を検討し(相関係数、分散分析)、その上で利用者特性間に関連がある場合には何れか一方の変数を選択して重回帰分析に用いる変数を決定しておいた。

 (3)タイムスタディ

 3サービス属性のうち「時間」については、Kステーションの訪問看護職10人の行う訪問看護サービスを他計式タイムスタディ法により分単位で実測し、回答された値と比較した。対応のあるt検定、相関係数の算出、実測値を従属変数、対数変換前の回答値を独立変数とした単回帰分析を行った。調査期間は平成12年2月8〜24日であった。

 (4)仮想患者に関する2回の回答値の比較

 訪問看護職による「仕事の大変さ」や3サービス属性の値の再現性を確認するため、首都圏のステーション3ヵ所の訪問看護職28人を対象に、仮想患者に対する訪問看護サービス20種類の相対的価値付けについて、調査環境を等しくして2回の面接調査を実施した。足浴(基準値)以外の訪問看護サービス19種類の対数変換後の平均値を用いた相関係数、2回の回答値をプロットした散布図により、2回の回答値の大きさを比較した。調査時期は、平成10年3〜5月(1回目)、同年12月(2回目)であった。

3.結果

(1)「仕事の大変さ」と3サービス属性との関連

 調査期間中に提供された訪問看護サービスは99種類であり、各訪問看護サービスの提供回数は1〜238回であった。提供回数20回以上の訪問看護サービスにおける「仕事の大変さ」の幾何平均値は、浣腸・摘便84.3、全身清拭82.9、入浴介助79.2等が相対的に高く、爪きり12.8、バイタルサインの観察18.7、連絡・調整22.1等が相対的に低かった。平均値を用いた重回帰分析の結果、「仕事の大変さ」への3サービス属性によるadjusted R2は0.956であり、標準偏回帰係数は、精神労働0.777**、肉体労働0.277**、時間0.083、定数-0.373**であった(**P<0.01)。

 「仕事の大変さ」を従属変数、回答者個人・訪問看護サービスの種類を因子、3サービス属性を共変量とした共分散分析を行った結果、回答者個人および訪問看護サービスの種類による影響を調整した上での、3サービス属性によるadjusted R2の増分は0.424であった。

(2)各訪問看護サービスの「仕事の大変さ」と利用者特性との関連

 「仕事の大変さ」を従属変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)の結果、選択された利用者特性によるadjusted R2は、0.155〜0.357であり、選択された利用者特性は訪問看護サービスの種類により異なっていた。複数の訪問看護サービスに共通して、「仕事の大変さ」と関連していた利用者特性は、MDS-HC2.0による問題領域(Client Assessment Protocols:CAPs領域)、ADL関連変数、認知機能・理解に関連する変数、主疾患、病状の変化を表す変数であった。

(3)タイムスタディ

 訪問看護21回に研究者が同行し、訪問看護サービス50種類を実測した。実測値と対数変換前の回答値間に有意差はなく(対応のあるt検定)、相関係数は0.959(P<0.01)であった。また、対数変換前の回答値による実測値の予測式は、原点近くを通り(切片19.58(秒)、P=0.295)、傾き0.984(P<0.01)の直線となり、adjusted R2は0.919であった。

(4)仮想患者に関する2回の回答値の比較

 回答者は訪問看護職28人で、全員女性、平均年齢34.0歳であった。総訪問看護経験年数は平均3.4年であった。1回目と2回目の対数変換後の値の相関係数は、「仕事の大変さ」では0.819(p<0.01)、精神労働では0.963(p<0.01)、肉体労働では0.949(p<0.01)、時間では0.972(p<0.01)であった。

4.考察

 各訪問看護サービスの提供回数は1〜238回と異なり、提供回数による結果への影響を減少させるため、サービス毎の平均値を各訪問看護サービスの代表値として分析に用いた。平均値を用いた重回帰分析の結果、3サービス属性による「仕事の大変さ」へのadjusted R2は0.956であり、共分散分析では、「仕事の大変さ」と3サービス属性との関連が、回答者やサービスの種類との関連よりも相対的に大きく、「仕事の大変さ」が3サービス属性を反映した値であることが確認された。これらより、「仕事の大変さ」は労働投入量を表す妥当な変数であり、労働投入量を適切に反映した費用償還を行うためには、訪問回数や滞在時間のみならず、密度を反映した評価を行っていく必要があると考えられる。

 本研究のような「仕事の大変さ」の意味内容に関する相対的価値付けは、資源投入量(看護労働の投入量、機会費用、看護関連経費等)を反映した報酬体系の確立に向けて、様々な応用が可能である。例えば、患者類型毎に訪問看護ニーズ(提供するケアの種類)を特定できるような患者分類法が開発されることにより、労働投入量に応じた費用償還への応用が可能になると考えられる。

 各訪問看護サービスの「仕事の大変さ」と利用者特性との関連を検討した結果、「仕事の大変さ」に影響する利用者特性とその影響程度は訪問看護サービスの種類によって異なることが確認された。利用者特性のうち、CAPs領域、ADL関連変数、認知機能・理解に関連する変数、主疾患、病状の変化を表す変数が複数の訪問看護サービスにおいて関連していたことから、これらの利用者特性は「仕事の大変さ」との関連を検討していく際に重要な変数であると考えられる。分析に含まれる利用者構成や訪問看護サービス毎の例数が異なる場合に、今回選択された変数やadjusted R2値が再現されるかどうかについては、今後の検討が必要であると考えられる。

 訪問看護サービスに要する時間の対数変換前の回答値と実測値間に有意差はなく、相関が高かったこと等から、時間について回答された値は妥当であると考えられる。

 仮想患者への訪問看護サービスの「仕事の大変さ」および3サービス属性の2回の回答の平均値間の相関係数rは、r=0.819〜0.972であり、散布図の形状からも、仮想患者に対する訪問看護サービスの「仕事の大変さ」や3サービス属性の平均値は、再現性のある値であると考えられる。実際に提供された訪問看護サービスにおける「仕事の大変さ」やサービス属性の値の再現性の確認方法については、今後の検討課題であると考えられる。

5.結論

 実際に提供された訪問看護サービスを対象に、「仕事の大変さ」という表現を用いて訪問看護サービスの相対的価値付けを行い、「仕事の大変さ」と3サービス属性(時間および密度(精神労働、肉体労働))との関連を検討した。その結果、「仕事の大変さ」が3サービス属性を反映し、労働投入量を表す妥当な変数となりうることが示された。特に、3サービス属性のうち、精神労働による「仕事の大変さ」への影響が大きいことが明らかになった。また、各訪問看護サービスについて「仕事の大変さ」と利用者特性との関連を検討した結果、「仕事の大変さ」は利用者特性により15.5〜35.7%説明され、「仕事の大変さ」に影響する利用者特性とその影響程度は、訪問看護サービスの種類により異なることが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、「仕事の大変さ」という表現を用いて実際に提供された訪問看護サービスの相対的価値付けを行い、時間および密度(精神労働、肉体労働)を反映した訪問看護サービスにおける労働投入量を表す変数としての「仕事の大変さ」の妥当性、「仕事の大変さ」に影響する利用者特性とその影響程度の側面から分析し、以下の結果を得ている。

1.調査期間中に提供された訪問看護サービス99種類のうち、20回以上提供された訪問看護サービスにおける「仕事の大変さ」の幾何平均値を従属変数、3サービス属性(時間、密度:精神労働および肉体労働)の幾何平均値を独立変数として重回帰分析を行った。その結果、adjusted R2は0.956、標準偏回帰係数は、精神労働0.777**、肉体労働0.277**、時間0.083、定数-0.373**であり(**P<0.01)、「仕事の大変さ」が3サービス属性によって説明されることが確認された。

2.「仕事の大変さ」を従属変数、回答者個人・訪問看護サービスの種類を因子、3サービス属性を共変量とした共分散分析を行った結果、回答者個人および訪問看護サービスの種類による影響を調整した上での、3サービス属性によるadjusted R2の増分は0.424であった。「仕事の大変さ」値は、回答者個人・訪問看護サービスの種類による影響を受けるものの、3サービス属性による影響の方が相対的に大きいことが確認された。

3.「仕事の大変さ」を従属変数、利用者特性を独立変数とした重回帰分析(ステップワイズ法)を提供回数50回以上の訪問看護サービス毎に行ったところ、選択された利用者特性によるadjusted R2は、0.155〜0.357であり、選択された利用者特性は訪問看護サービスの種類により異なっていた。複数の訪問看護サービスに共通して、「仕事の大変さ」と関連していた利用者特性は、MDS-HC2.0による問題領域(Client Assessment Protocols:CAPs領域)、ADL関連変数、認知機能・理解に関連する変数、主疾患、病状の変化を表す変数であり、これらの利用者特性は「仕事の大変さ」との関連を検討していく際の重要な変数であると考えられた。

4.訪問看護21回に研究者が同行し、訪問看護サービス50種類を実測し、実測値と回答値の対数変換前の値について比較したところ、両者に有意差はなく(対応のあるt検定)、相関係数は0.959(P<0.01)であった。また、回答値による実測値の予測式は、原点近くを通り(切片19.58(秒)、P=0.295)、傾き0.984(P<0.01)の直線となり、adjusted R2は0.919であった。これらより、時間に関する訪問看護職の回答値は妥当であることが確認された。

5.仮想患者に関する2回の回答値を比較した結果、1回目と2回目の対数変換後の平均値の相関係数は、「仕事の大変さ」では0.819(P<0.01)、精神労働では0.963(P<0.01)、肉体労働では0.949(P<0.01)、時間では0.972(P<0.01)であり、x軸に1回目の回答、y軸に2回目の回答を示した散布図は原点近くを通り傾き1の直線近くに集中しており、2回の回答が良く一致していることが確認された。相関係数の大きさと散布図の形状から、仮想患者に関する「仕事の大変さ」や3サービス属性の回答値が再現性のある値であることが確認された。

6.これらの結果より、「仕事の大変さ」が3サービス属性を反映し、労働投入量を表す妥当な変数となりうることが示され、特に、3サービス属性のうち、精神労働による「仕事の大変さ」への影響が大きいことが明らかになった。また、「仕事の大変さ」に影響する利用者特性とその影響程度は、訪問看護サービスの種類により異なることが確認された。

 以上、本論文は、実際に提供された訪問看護サービスにおいて、「仕事の大変さ」が各訪問看護サービスに要する時間および密度(精神労働、肉体労働)を反映した相対評価値であること、その値は利用者特性による影響を受け得ることを示した。本論文は、仮想患者ではなく実在する患者へ実際に提供された訪問看護サービスを対象とした点で独創的であり、訪問看護サービスにおいて時間と密度を反映した労働投入量の測定可能性が示された点では有用性も兼ね備えており、学位の授与に値するものであると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク