学位論文要旨



No 116577
著者(漢字) 手塚,貞治
著者(英字)
著者(カナ) テヅカ,サダハル
標題(和) 日本における研究開発型ベンチャー企業の組織間知識共有構造の分析
標題(洋)
報告番号 116577
報告番号 甲16577
学位授与日 2001.07.26
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第327号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹羽,清
 東京大学 教授 玉井,哲雄
 東京大学 助教授 山口,泰
 東京大学 助教授 藤垣,裕子
 東京大学 助教授 植田,一博
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、日本の研究開発型ベンチャー企業が企業間提携を通じて構築している知識共有構造を明らかにすることである。企業間提携では、ベンチャー企業と提携先との双方向の知識交換から両社に知識が共有される。本研究ではそれを組織間知識共有と呼ぶ。それを促進することがベンチャー企業の成功可能性を高める一助にもなると考えられるため、その対策立案の第一歩として、知識共有構造を分析することを目的とした。

 序論に次ぐ第2章では、研究開発型ベンチャー企業の成功可能性を高める条件として、経営資源調達と知識習得との2つがあることを述べた。日本でも近年制度面での整備が急速に進み、ベンチャー企業が経営資源を調達できる環境は整っている。しかしベンチャー企業の成長には、経営資源の調達だけでなく知識の習得が重要である。前者は環境整備によって満たされつつあるが、後者は事業活動の実務経験を通じて習得するしかなく、依然課題として残っている。その知識習得という課題を克服する手段として、企業間提携が有効と考えた。企業間提携とは他企業と共同で事業活動を行うことであり、その共同事業を通じて知識習得が促進されると考えたからである。

 第3章では、先行研究をレビューした。企業間提携に関する先行研究、知識習得に関する先行研究、及び企業間提携による知識習得に関する先行研究をレビューした。多くの研究は、提携企業のうち一方の企業が、他方の企業より一方向的に知識習得することを対象としていた。その中で、提携企業双方の間に共有されている知識を対象とする概念が、松田(1990)の「組織際知能」と野中(1990)の「組織間知」とに見られた。本研究も、一方向の「知識習得」ではなく、提携企業間双方向による「知識共有」を研究対象とするため、松田(1990)と野中(1990)に基づいて概念形成することとした。

 第4章では、企業間提携による知識共有の構造を組織間知識共有構造と呼び、その分析枠組を提示した。まず「組織間知能」概念を提示した。組織間知能とは、組織集合体における集合的な問題処理能力と定義づけ、特に企業間提携における組織集合体を「提携共同体」と呼んだ。そのうえで、事業フロー別に基本構想立案能力,資金調達能力,研究開発能力,生産能力,販売能力の5つの機能に分類した。組織間知識共有構造の分析にあたっては、組織間知能概念とその実例から、組織間知能の機能特性分析、組織間知能向上と提携成功との関連分析、組織間知能の向上プロセス分析という3つの分析枠組を提示した。

 第5章では、本研究の分析方法を提示した。実証研究の各種手法を比較検討した結果、本研究の方法としてはアンケート調査と事例研究が適切であることを述べた。アンケート調査は、日本の研究開発型ベンチャー企業を対象としたものであり、主に序数尺度(7点尺度)による設問を設定し、定量的分析に利用できるものとした。提携実施企業の他に比較対象として非実施企業にも送付し、有効回答数は、提携実施企業50(有効回答率30.3%)、非実施企業43(有効回答率36.8%)であった。一方事例研究は、アンケート調査に表れない企業実態を把握し、アンケートの分析結果を確認するためにインタビュー調査の形式にて実施した。アンケート調査の回答企業を中心に5つの成功事例を抽出し、提携両社の経営者及び提携責任者にインタビューを行った。

 第6章では、前述の分析枠組に基づいて、アンケート分析及びインタビュー事例分析から研究開発型ベンチャー企業の知識共有構造を分析した。その結果、下記3点が明らかになった。

 第1に、組織間知能の機能特性を分析するために組織間知能と組織知能を比較したところ、事業フローの最も上流に関係する基本構想立案能力の面で、組織間知能の向上度が組織知能の向上度を上回るということが分かった。組織間知能は、基本構想立案能力の向上という点で組織知能とは異なる性質をもち、事業推進に寄与することが示唆された。

 第2に、提携成功を従属変数、各能力を独立変数とする重回帰分析を行った結果、基本構想立案能力の向上が提携成功と関連性があることが明らかになった。また販売能力の向上は事業成功と関連があることが分かり、企業間提携は業績向上に影響することが示唆された。

 第3に、提携経過年数と各能力との相関関係を調査した結果、組織間知能の向上は2段階のプロセスをとることが分かった。すなわち、基本構想立案能力以外は、日々の業務遂行のたびにその都度短期的に習得できるが、一方基本構想立案能力は、より普遍的・抽象的能力のため事業全体の把握が必要であって習得には長期間かかる、ということが示唆された。

 第7章では、組織間知能向上と提携成功が関係することから、その成功要因を分析した。提携内容別,競合状況別,業種別,提携先規模別の各分類方法によって提携パターンを規定し、そのパターンごとに提携成功に寄与するマネジメント条件を明らかにした。各分類の成功要因は、主に下記のとおりである。

(1)提携内容別(分担提携型,開発提携型,販売提携型,包括提携型)

 分担提携型の場合は情報伝達手段の整備、開発提携型の場合は対等性の保持、包括提携型の場合は個人間信頼が、特に重要であることが分かった。

(2)競合状況別(顕在的競合,潜在的競合,無競合)

 顕在的競合の場合はコスト負担ルールの設定、潜在的競合の場合は事前調査とコスト負担ルールの設定、競合関係にない場合は個人間信頼が、それぞれ重要であることが分かった。

(3)業種別(組立型製造業,サービス業)

 組立型製造業ではコスト負担ルールと対等性、サービス業では個人間信頼が重要であることが分かった。

(4)提携先規模別(対中小企業,対大企業)

 対大企業の場合は、情報伝達手段整備やベンチャー企業側の自社技術優位性の保持が特に重要であることが分かった。

 本研究の意義は次の3点である。

まず第1は、ベンチャー企業における企業間提携の相乗効果を定量的に分析したことである。従来から、2つの企業が提携することによって2倍以上の成果を生むという相乗効果を指摘する見解は多かった。しかし実務上の経験に基づく見解にとどまっており、学術研究としてそれを検証したものは少なかった。特に本研究のように実際のベンチャー企業に対するアンケート調査から定量的に分析したものは稀有である。本研究では、組織間知能という形で組織単体の場合よりも基本構想立案能力が向上することを明らかにした。定量的に提携の重要性を明らかにしたという点で本研究の意義は大きいと考えられる。

 第2は、提携共同体による複数組織間の「組織間知能」という概念を構造化した点である。従来でも複数組織間の知識共有形態についての概念が、松田(1990)や野中(1990)にて提示されてはいた。しかしあくまでそれらは付加的に指摘されているのみであった。本研究では、複数組織間の「組織間知能」を中心概念にすえ、その構造を明らかにしたという点で独自性が高いものと考える。事業経験の乏しいベンチャー企業の場合は、単一企業だけで事業を完遂するのは困難な場合が多い。単一企業だけでは不可能だったが、提携することによってはじめて可能となる事業プロジェクトの場合、このように「提携共同体」という1つの主体ととらえることがより実態に近い。そこに創出する知能も単一企業を想定した組織知能とは異なるものと考えられる。アンケート調査の定量的分析の結果、基本構想立案能力の向上という点で組織知能とは異なること、それが提携成功とも有意に関係していること、2段階の知能向上プロセスを経ることなど、その性質も明らかとなった。

 第3は、日本におけるベンチャーの成功要因が明らかとなったことである。さまざまな分類別に成功要因を明らかにしたことは、実務上にも大きなインプリケーションを与えている。提携内容別,・競合状況別,業種別,提携先規模別の各分類方法によって提携パターンを規定し、それごとに成功要因を明らかにした。提携パターン別の成功要因を明らかにした研究はきわめて少なく、独自性があるものと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、企業組織間における知識共有の構造と生成の過程を、日本における研究開発型ベンチャー企業の企業間提携を事例として、実証的に解明したものである。経営情報学においては、一つの組織内における知識共有形態に関する研究は多いものの、組織間についてはその研究の蓄積は十分ではなかった。その一方で、産業界では企業間の提携事例が多くなっている。特に、今後の活躍が期待されるベンチャー企業においては、その成功の要因のひとつは効果的な企業間提携であるともいわれる中で、組織間提携における知識共有に関する研究の進展が待たれていた。このような状況において、この研究課題に取りくんだ本論文の意義は高く評価される。

 本論文は8章からなる。第1章は序論であり、以上のような研究の背景と目的が述べられている。第2章では、研究開発型ベンチャー企業が成功可能性を高めるには、企業間提携による知識習得が重要であることを明らかにしている。

 第3章では、企業間提携と知識習得に関して先行研究をレビューし、多くの研究が、提携企業のうち一方の企業が、他方の企業から知識を習得することを対象としていることを述べている。そのような中で、本論文は、提携企業双方の間に共有されている知識を研究対象とするという新しい研究の視点の重要性を明らかにしている。

 第4章では、既に提案されている概念である「組織知能」、即ち、組織における集合的な問題処理能力との対比において、新たに「組織間知能」を、組織集合体における集合的な問題処理能力と定義している。そして、この両者の比較を行うことで、企業間提携における組織集合体、即ち、「提携共同体」における知識共有を分析するという研究の新しい枠組を提示している。

 第5章では、本研究の分析手順と方法を述べている。アンケート調査により、日本の研究開発型ベンチャー企業のうち提携実施企業50社、非実施企業43社から、主に序数尺度による回答を得て、定量的分析に利用できるものとした。これに加えて、5つの提携成功事例に関して、提携両社の経営者及び提携責任者にインタビューを行う事例研究を行っている。

 第6章では、前記のデータを分析して、次の3点を明らかにしている。第1に、基本構想立案能力において、提携企業体の組織間知能の向上度が、個々の企業の組織知能の向上度を上回った。第2に、基本構想立案能力の向上が提携成功と関連性があった。第3に、組織間知能の向上には2種類のプロセスが存在した。長時間を要する基本構想立案能力の習得プロセスと、それ以外の能力、即ち、資金調達能力、研究開発実施能力、生産や販売能力の短期習得プロセスである。このようにベンチャー企業における企業間提携の相乗効果を実証的に明らかにしたという点で本論文の意義は大きいと考えられる。

 第7章では、研究開発型ベンチャー企業における企業提携の成功要因を分析している。提携内容別,競合状況別,業種別,提携先規模別の各分類によって基本提携パターン11種を規定し、それごとに提携成功に寄与するマネジメント条件を明らかにしている。例えば、分担提携型の場合は情報伝達手段の整備、開発提携型の場合は対等性の保持、包括提携型の場合は個人間信頼が、おのおの成功要因であることを明らかにした。このように提携パターン別の成功要因を分析した研究は少なく、本論文は独自性が高いものと考える。

 第8章は結論であり、本研究で得られた結果が要約されている。

 以上のように本論文は、組織間知能という概念を提案することで組織間の知識の共有構造を分析するための新たな研究の枠組みを提示し、さらに、それを用いて、日本の研究開発型ベンチャー企業の企業間提携における知識の共有の実態を定量的に明らかにしたもので、経営情報学分野に学問上貢献するところが十分あると評価できる。よって、本論文は博士(学術)の学位論文としてふさわしいものであると審査委員会は認め、合格と判定する。

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