学位論文要旨



No 116578
著者(漢字) 山村,恵子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマムラ,ケイコ
標題(和) 油壺における地震波速度・減衰その場測定
標題(洋) In situ measurement of seismic velocity and attenuation at Aburatsubo, central Japan
報告番号 116578
報告番号 甲16578
学位授与日 2001.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4050号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 教授 歌田,久司
 東京大学 教授 川勝,均
 東京大学 教授 深尾,良夫
 東京大学 教授 栗田,敬
内容要旨 要旨を表示する

 潮汐やテクトニックな応力変動,地震による揺れ,地殻内流体の移動などによって地中の状態は時々刻々と変化している.応力変動や含水量変化に敏感な地震波速度・減衰は,地中の状態をモニターするのに有効な手段である.主に応力変化の検出を目的として弾性波速度その場測定が何例か行われた.地球潮汐に伴う地震波速度変動が報告されているが観測期間は最長でも8日間であり,歪計の記録との詳細な比較や潮汐定数の決定はなされていない.また,地震に伴うステップ状の変動が検出され,地震に伴う静的な応力変化が原因と報告されているが両者の相関関係に不明瞭な点がある.

 我々は歪計・加速度計が併置されている油壺で1年にわたる測定を行った.長期の観測によりP波速度Vpにおいて検出した潮汐変動の各分潮への分解が可能になった.精度良い波形を収録することによりP波減衰Qpの潮汐変動の検出に初めて成功した.歪計の記録との比較により,歪変化に対するVpの非線形な応答を検出した.また地震に伴うVp変動を検出し,歪計・加速度計記録との比較により地震に伴う静的な応力変化ではなく地震による揺れが原因であることを明らかにした.

 東京大学地震研究所油壺地殻変動観測所の壕内で1998年11月からP波速度・減衰その場測定を行った.海岸付近の高さ約10mの崖下に掘られた壕内の壁に発信子と受信子を埋め込んだ.測線距離は約12m,岩盤は三浦層群の安山岩質凝灰岩である(Vp=1.6km/s,Qp=20).発信子には圧電素子を使用し,10kHzの超音波を繰り返し発生させて重合処理した波形を30分おきに記録する.2000年7月からは重合処理の回数を減らし5分おきに記録している.波形の相互相関をとってP波相対走時を読み取り,記録パルスのピーク値を読み取って減衰の指標とした.測定精度はVpで0.1%,Qpで3%である.

 海洋潮汐による荷重変形に伴う振幅10-7の潮汐変動が歪では既に観測されていたが,Vpにおいても歪と相関の良いO1,K1,S2,M2,M3,M4に対応する0.3%の潮汐変動を検出した.Qpにおいて5%のO1,K1,S2,M2に対応する潮汐変動を検出した.面積歪が収縮の時にVp,Qpは増加する極性を持つ.収縮によって媒質中の空隙が閉じ,実効的な弾性定数が増加して弾性波速度が増加・減衰が減少する為と考えられる.Vp変化の対応力感度は10-6/Pa,Qp変化の対応力感度は10-4−10-5/Paのオーダーである.また,Vpにおいて14日周期の変動を検出した.歪には14日周期の変動はなく,歪に対して速度が線形に応答したのでは14日周期の変動は生じない.Vp変化の対歪感度が歪が圧縮の時に比べて伸張の時の方が良いという非線形性により14日周期の変動が説明できる.

 地震後に0.4%Vpが減少し,約4日かけて回復する現象が検出された.地震発生後5分以内に速度が減少し,地震に伴う静的な歪変化の大きさ・極性に関係なく速度はほぼ一定に減少する.加速度計の記録から最大加速度が閾値を越えたときに速度が減少することがわかった.応力によって空隙が開閉しVpが変化するという潮汐変動と同じメカニズムでは説明できない.揺れによって岩石の構造が一時的に変化したと考えられるが,詳細なメカニズムは未解明である.釜石鉱山でも三陸はるか沖地震に伴うの0.01%のVpの減少と約3日間かけての回復現象について報告がある.釜石の岩質は花崗閃緑岩である.岩質も地震に伴うステップ変化のオーダーも異なる二つの場所で観測されたことは,同様な現象が地震動に伴って普遍的に生じる可能性を示している.

図1 油壺における二週間の気圧・潮位・面積歪・剪断歪・P波相対走時と剪断歪・P波相対走時・Qp変化の記録(上から).

 説明本文参照.

図2 地震に伴うVp変化(左)と震源の位置(右).

 説明本文参照.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「油壷における地震波速度・減衰その場測定」の結果を報告したもので、IntroductionとAppendixを除くと、3つの章からなる。第2章は実験観測の方法、第3章は潮汐に伴う信号検出、第4章は地震に伴う信号検出に関する記述である。実験観測に関する章では、東大地震研究所油壷地殻変動観測所の観測壕における弾性波の発信・受信システムと記録の取得・処理方法を述べている。このシステムの設計・組立てを行ったのは山口大の佐野教授(現東大教授)であり、申請者はこの点では技術補助者の立場にあった。従って申請者独自の貢献は、第2章の後半(記録の取得・処理方法)以降ということになる。以下、独自の貢献部分について審査結果を報告する。

 油壷の岩盤は凝灰岩からなり弾性波の減衰がきわめて大きいため、波の到達時刻を精確に読み取ることができない。そこで申請者は相互相関法による到達時刻の時間変化測定とその誤差評価を行うことにより、第3章・第4章に述べる大きな成果を得た。また、申請者は、波形の振幅が潮汐変化に応じて微妙に変化することに気がつき、発信側の信号で規格化した波形振幅を測定することにより初めて弾性波減衰の潮汐変化を検出することに成功した。これらの測定法・誤差解析法は全て申請者の考案によるものであり、記録の中から信号を最大限抽出するのに役立っている。

 第3章は本論文の主要部分である。岩盤の弾性波速度が潮汐に応じて変化する現象については従来から報告があるが、申請者は初めて弾性波速度の潮汐変化を各種分潮に分解することに成功した(1日潮(O1,K1)、半日潮(M2,S2)、1/3日潮(M3)、1/4日潮(M4)、1/5日潮(M5)など)。弾性波減衰に関しては潮汐変化が存在すること自体が初めての発見であるが、申請者はこれを更に1日潮(O1,K1)、半日潮(M2,S2)に分解することに成功した。

 弾性波速度変化の測定を行っている壕から100m離れた別の壕では水平3成分歪が測定されており、申請者は弾性波速度変化と歪変化との比較を行った。直感的には、弾性波(P波)の速度変化と面積歪成分とは位相差がゼロか正で最も相関が高くなることが期待されるが、現実には位相差は負であった。この問題は長く申請者を悩ませたが、結局、わずか100mといえども、弾性波速度変化の測定場所と歪の測定場所とが異なることが問題であるとの認識に到った。この認識の下、申請者は弾性波速度変化の測定場所で昔行われていた歪観測のアナログ記録を発掘し、付近で当時から続けられてきた験潮記録との比較を行う巧妙な方法で、弾性波速度変化の測定場所における測定時の歪変化を復元した。その結果、P波の速度変化と面積歪成分変化とは位相差がゼロで最も相関が高くなることが明らかとなり、岩盤の空隙が最大になったときP波速度は最小、且つ減衰が最大になる、という明確な物理的描像が得られるに到った。これは、申請者の粘りと注意深い解析によって初めて明らかになった重要な成果である。

 しかし申請者は、弾性波速度は面積歪変化に線形に応答しているわけではないことにも気がついている。面積歪変化に対して弾性波速度が非線型に応答するため、歪変化では単なる唸り現象である大潮・小潮が明瞭な14日周期変動として現れていることを発見したのである。申請者はこの非線型性を簡単にモデル化し、面積歪から弾性波速度変化を計算して観測との良い一致を得た。このモデル化はまだ現象論の段階であり、非線型プロセスの実体を明らかにするまでには到っていないが、あと1歩の所まできており本論文において最も示唆に富む部分となっている。

 第4章は、地震に伴って岩盤の弾性波速度が急激に変化することを報告した章である。現象自体はシステム開発者の佐野教授によって釜石鉱山で既に発見されているもので、その点での新奇性はない。しかし、申請者は釜石とは全く異なる岩層の油壷においても同じ現象が起きていることを示し、豊富に観測例を蓄積することによりこの現象が従来考えられていたような歪ステップに対する応答ではありえないことを明らかにした。申請者は更にそのメカニズムについて定性的なモデルを提唱しており、今後の発展が期待される。

 以上、申請者の研究は、空隙と水を含む地殻岩盤の振舞いに関して新しい物理量の観測を行い、新発見の現象を見出すと同時に、その現象論モデルを提示して、今後の地殻物理学の発展に重要な寄与をなすものとなっている。従って、博士(理学)の学位を授与するに十分であると認める。

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