学位論文要旨



No 116579
著者(漢字) 道上,達広
著者(英字)
著者(カナ) ミチカミ,タツヒロ
標題(和) クレーター形成による小惑星のレゴリス層進化
標題(洋) Evolution of Asteroid Regolith Layers by Cratering
報告番号 116579
報告番号 甲16579
学位授与日 2001.07.31
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4051号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水谷,仁
 東京大学 教授 藤原,顯
 東京大学 教授 宮本,正道
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 助教授 佐々木,晶
内容要旨 要旨を表示する

 小惑星は、太陽系の他の惑星に比べて、熱変成、再溶融、浸食などの再変成作用の影響が少なく、太陽系のより古い時代の衝突進化の情報をより多く残していると考えられる。小惑星レゴリスは小惑星同士の衝突の結果生じたものであり、それは小惑星のクレーター分布とともに、小惑星の衝突進化、広くは太陽系の衝突進化を知る上で重要な手がかりとなる。

 小惑星のレゴリス層は、小惑星に衝突した隕石様天体がつくるクレーターからの放出物が堆積することによって形成され、その小惑星の寿命(より大きな隕石様天体の衝突によってその小惑星が破壊されるまでの時間)までレゴリスの成長は続く。そのため、隕石様天体の衝突頻度、それによって作られるクレーターの大きさ(クレーターから放出される物質量)、クレーターから放出される物質のうち小惑星に重力的に捕らえられるものの割合、小惑星の寿命によってレゴリス層の進化は決定される。それらは小惑星の現在の年齢、構造と密接に関わっており、レゴリス層の厚さが時間と共にどう進化するか明らかになれば、現在の小惑星から遡って、過去の衝突の履歴、小惑星の力学的構造が明らかになる。

 過去に行われた数少ない理論的研究(Housen et al. 1979)によると、直径が数10kmよりも小さい小惑星にはレゴリスはほとんどない。しかし最近の小惑星探査から、そのような小さな小惑星にもレゴリスが存在する証拠が見つかっている(Veverka et al. 2000)。この理論と観測の違いは以下のように考えられる。過去の理論的研究では、小惑星の物質強度を玄武岩程度(圧縮強度で数100MPa)と大きく見積もっていた。物質強度が大きいと、クレーター形成過程によってできる破片の速度は十分大きい。そのため、重力の小さい小惑星においては、ほとんどの破片は脱出速度を越えてしまい、小惑星表面に堆積することができない。一方、最近の観測結果(例えば、C型小惑星253Mathilde, 45Eugenia)からは小惑星の強度は以前考えられてきたよりも弱いことが見積もられる。物質強度が小さいと破片の速度も小さくなることが予想され、母天体に堆積しやすくなるだろう。

 過去において、クレーター形成における破片の速度分布を調べた衝突実験は2例しかなく、統計的に扱うには不十分である。そこで、小惑星のレゴリス進化を考える上で、これまでもっとも不確定であった、クレーターから低速度で放出される破片の速度分布について実験的研究を行った。この実験では、直径50μmのガラスビーズと中空ガラスビーズを温度を変えて焼結させることで、様々な物質強度(圧縮強度0.5-250MPa)を持つ標的物質を作成し、それに対してクレーター形成の衝突実験を行った。その結果、標的の物質強度が小さくなるにつれて平均的な破片の速度が減少することが発見された。例えば、圧縮強度約0.5MPaの標的物質において、秒速1mよりも遅い速度を持つ破片の質量は、破片の総質量の約40%を占める。

 実験室スケールの衝突現象を小惑星スケールに応用するにはスケーリング則が必要である。過去のスケーリング則は、速度の速い破片しか扱えない。そこで、我々の実験結果を小惑星スケールの現象に適用するために、次元解析的手法を用いて経験的な破片速度分布に関するスケーリング関数を導いた。このスケーリング関数を用いて、考えられる小惑星の強度範囲で弱い物質強度を仮定すると、小さな小惑星にもレゴリス層が存在できることが分かった。例えば、直径1km、引張強度1MPaの小惑星のレゴリスの平均的な厚さは約1mである。

 小惑星表面にクレーターが形成されるとともに、レゴリス層は進化していく。しかしそのレゴリス層進化は、クレーター形成がレゴリス層の上や、その下の岩盤まで及ぶので、より定量的な見積もりが必要になる。そこで、レゴリス層の時間的変遷、空間的分布を推定するために、モンテカルロ法を用いた数値モデルを構築した。モデルは以下の通りである。小惑星表面を2次元平面に置き換えて、格子点を考える。最初にレゴリス層のない状態から計算を始める。隕石様小天体の衝突と共にクレーターがその表面に生成される。このときのクレーターができる時期や大きさ、また位置は、ランダムに与える。隕石様小天体の平均的な衝突頻度は、現在の小惑星帯での平均衝突頻度から計算する。またクレーターの大きさについては、Holsapple(1993)のスケーリング則を用いる。クレーターから放出された破片の速度分布は、物質強度が支配的な領域については、本研究で得たスケーリング則を、重力が支配的な領域ではHousen et al.(1983)のスケーリング則を用いた。それらを用い、さらに母天体の脱出速度よりも遅い破片はすべて降り積もると仮定することで、クレーター形成によって堆積する破片の総量を求めた。破片の堆積する位置は、小さな小惑星では表面全体に一様に、大きな小惑星ではejecta blanketを考えて決める。レゴリス層の厚さ、地形の起伏の情報は、各格子点に与えられ、クレーター形成によって時間とともに変化する。

 数値シミュレーションの結果から、レゴリス層の厚さは十分時間を与えるとある種の定常状態になることがわかった。これはレゴリス層がある程度厚くなると、クレーター形成がレゴリス層の中だけで頻繁に起こるようになり、レゴリス層の一部が宇宙空間に失われ、レゴリス層の浸食が起こるためである。すなわち、この浸食作用と新たに岩盤を掘り起こすことによってできる放出物の堆積が拮抗するため、レゴリス層の厚さは定常状態に達する。ただし小惑星レゴリスの厚さが定常になるまでの時間は小惑星の寿命に比べてかなり長いことがわかった。例えば直径50kmの小惑星の定常状態になる時間は1000億年であるが、このような小惑星が破壊されないで存在しえる時間(寿命)は20億年程度である。一方、大きな小惑星(直径500km)では、ejecta blanketの効果により、レゴリス厚さの空間的なばらつきが見られた。それは平均と標準偏差が同じで空間的な確率分布は指数関数になる。

 天体の衝突頻度、クレーターの大きさ、破片の降り積もる割合、小惑星の寿命をパラメーターとして考え、どのパラメーターがレゴリス形成に、一番寄与しているのかを解析解と数値計算のいずれかで見積もった。より具体的には、それぞれパラメーターの値を変えることでレゴリスの厚さがどう変わるのかを調べた。パラメーターの上限値、下限値は現在の小惑星の統計的振る舞いから決めた(例えば、衝突は速度秒速1-10kmの間で確率的に起こる)。それによると、直径20km以下の小惑星では、レゴリスの厚さは現実的な物質強度の範囲で1桁程度変わり、その他のパラメーターは数倍しか変わらないことが分かった。例えば、直径20kmの小惑星は、伸張破壊強度100MPaから0.001MPaの範囲で、レゴリスの厚さは約25mから250mになる。このことから、小さな小惑星では、物質強度がレゴリス形成に大きく寄与していることがわかった。

 以上のことから直径20km以下の小さな小惑星では、物質強度とレゴリスの厚さに大きな相関があることがわかった。さらにこれらの結果を用いて、最近の米国の探査機による小惑星Eros、Gaspraの画像を解析し、典型的なSタイプ小惑星の伸張破壊強度を約10MPa以下と見積もることができた。将来、探査機によって他のタイプの小惑星のレゴリスの厚さがわかれば、その小惑星の物質強度を決めることができる。物質強度を推定することは、小惑星の起源、進化を理解する上で、もっとも重要なひとつの手がかりとなるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章よりなる小惑星表層を構成するレゴリス層の進化に関する実験的、理論的研究についての成果を述べたものである。第1章は序論であり、本研究の動機、背景と目的が述べられている。そこでは小惑星のレゴリス研究がいかに小惑星の衝突進化ならびに太陽系全体の進化の理解に大きな意味を持つかを指摘している。また最近行われた小惑星探査の結果はこれまでの小惑星レゴリス層の厚さに関する研究と矛盾したものであることを指摘し、将来の我が国の小惑星探査MUSES-Cにおけるサンプル回収技術との関連も議論している。

 第2章は小惑星のレゴリス形成にあずかった4つの重要な物理的プロセスについてこれまでの理論的研究、実験的、観測的研究を批判的にレビューしたものである。小惑星のレゴリス層は、小惑星に衝突した隕石様天体がつくるクレーターからの放出物が堆積することによって形成され、その小惑星の寿命(より大きな隕石様天体の衝突によってその小惑星が破壊されるまでの時間)までレゴリス層の成長が続く。そのため、隕石様天体の衝突頻度、それによって作られるクレーターの大きさ(クレーターからの放出される物質量)、クレーターから放出される物質のうち小惑星に重力的に捕らえられるものの割合、小惑星の寿命によってレゴリス層の進化は決定される。第4章に述べられる申請者独自のレゴリス進化モデルの基礎がここで述べられている。

 第3章は小惑星のレゴリス進化を考える上で、これまでもっとも不確定であった、クレーターから低速度で放出される物質の速度分布についての申請者の実験的研究をまとめたものである。この実験で申請者は様々な物質強度をもつ標的物質を作成し、それに対してクレーター形成実験を行った。その結果、標的の物質強度が小さくなるにつれて、クレーターから放出される平均的な破片の速度が減少することが発見された。さらにこの実験結果を惑星スケールの現象に適用するために、次元解析的手法を用いて経験的な破片速度分布に関するスケーリング則を導いている。

 第4章は小惑星レゴリス層の時間的変遷、空間的分布を推定するための数値モデルを提出したものである。これは小惑星表面を2次元的平面に置き換えて、その表面にランダムに隕石様小天体の衝突を起こさせて、クレーターを作り、その放出物の蓄積、逸散を追いかけるというものである。クレーターから放出される物質の速度分布に関して、ターゲットの物質強度が支配的な領域については本論文第3章で得たスケーリング則を、重力が支配的な領域ではHousen et al.(1983)のスケーリング則を用いている。

 第5章は数値シミュレーションの結果について議論したものである。数値シミュレーションの結果から、レゴリス層の厚さは十分時間を与えるとある種の定常状態になることが発見された。これはレゴリス層がある程度厚くなると、クレーター形成はレゴリス層の中だけで行われ、レゴリス層の一部が宇宙空間に失われ、レゴリス層の浸食が起こるためである。すなわちクレーター形成による放出物の堆積と浸食作用が拮抗するために、レゴリス層の厚さが定常状態に達する。ただし小惑星レゴリスの厚さが定常になるまでの時間は小惑星の寿命に比べてかなり長いことも明らかにされた。例えば直径50kmの小惑星のレゴリス層が定常状態になるまでの時間は約1000億年であるが、このような小惑星が破壊されないで存在しえる時間(寿命)は20億年程度である。さらに数値シミュレーションの結果から、直径20kmよりも小さな小惑星では、レゴリス層の厚さを決めるもっとも重要なパラメーターは小惑星の物質強度であることを明らかにした。従って、将来の探査機によって小惑星のレゴリス層の厚さが分かるようになると、それから小惑星の物質強度が推定できるようになり、それは引いては小惑星全体の物質の集合状態についての知見を与えることになることを指摘している。

 第6章では数値シミュレーションの結果を理解するための単純なレゴリス進化に関する解析的表現を求めている。この解析的表現は数値シミュレーションの結果の平均的姿を比較的良く現している。これにより、小惑星レゴリスの進化を決めている重要な要素の理解が著しく進んだといえる。さらにこれらの結果を用いて、最近の米国の探査機による小惑星Eros、Gaspraの画像を解析し、これの小惑星の伸張破壊強度はおよそ10Mpaであることを求めている。

 第7章は本論文の全体のまとめであり、本研究が太陽系内の小天体の衝突進化を考える上で重要な成果となっていることを強調している。

 以上、本研究は小惑星のレゴリス進化過程において本質的に重要なプロセスであるクレーターから放出される破片の速度分布についての実験的研究とレゴリス進化の数科学の発展に寄与する成果を収めた。よって博士取得を目的とする研究として十分であると審査員全員一致で認めた。なお、本論文のいくつかの章は複数の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったもので論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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