No | 116580 | |
著者(漢字) | 小島,伸彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コジマ,ノブヒコ | |
標題(和) | サイトカインと細胞密度による肝臓の機能的成熟 | |
標題(洋) | Functional Maturation of Fetal Liver | |
報告番号 | 116580 | |
報告番号 | 甲16580 | |
学位授与日 | 2001.07.31 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4052号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 肝臓は生命維持に必須の代謝機能を行う器官であり、ウィルスの感染などによる肝不全は個体存続の危機に繋がる。このような状況では肝臓移植が効果的な治療法であり技術も確立されているが、レシピエントに対するドナーの数は圧倒的に少なく、人工肝臓の開発はこのような状況を打開する目的で始まった。現在は単離した肝細胞を非生物的な足場に接着させたものや、細胞を凝集させたスフェロイドと呼ばれる細胞塊を反応装置内に充填したいわゆるハイブリッド人工肝臓が開発され、一部は臨床応用される段階にまで至っている。しかしながら、ブタなどの成体肝から単離した肝細胞はほとんど増殖せず肝機能も急速に低下するため、増殖相と分化相を人為的に操作できる次世代型ハイブリッド人工肝臓の開発が望まれている。そのためには肝細胞の増殖・分化に関する分子機構を十分に理解する必要がある。 個体発生において、胎生期の肝細胞は肝機能をほとんど発揮せず、旺盛な増殖能を有している。出生前後に急速に肝機能が誘導され、それと同時に増殖能は低下する。このような増殖相と分化相の切り替えは発生時に限らず、成熟した肝臓でも見受けられ、肝臓の部分的な切除などで肝再生が起こる際には肝細胞は一時的に増殖相に入り、元の肝重量にまで増殖した後に再び分化相に移行する。このように生体内においては状況に合わせて増殖と分化の調節が行われることが知られているが、これまで試験管内において肝分化を誘導する系が存在せず、詳細な解析が困難であった。 本研究では、近年報告された胎生肝細胞の分化誘導系に注目して、分化誘導した肝細胞の種々の肝機能獲得の有無、ならびに未分化な状態にある胎生肝細胞を分化・成熟させる機序について解析した。胎生14.5日目のマウスより単離した胎生肝細胞は、同時期に肝臓に存在する血球系細胞が産出するIL-6ファミリーのサイトカイン:オンコスタチンM(OSM)などによって新生仔様の肝細胞へと分化・成熟する。胎生肝細胞は、この異種細胞間によるパラクライン的制御によって、上皮系細胞様の形態変化、肝分化マーカーとされる糖新生やアミノ酸代謝に関する代謝酵素の発現、肝機能の一つであるグリコーゲンの蓄積といった表現型を獲得する。 まず、OSMによって分化・成熟した肝細胞が人工肝臓に求められる機能を獲得しているかどうかを調べる目的で、アンモニアの除去やアルブミンの産生、脂質の蓄積等の肝機能について測定したところ、各肝機能を獲得していることが明らかとなった。また、OSM以外の肝分化誘導因子の探索もおこない、高密度で細胞を播種することによりOSMと同様の分化・成熟が誘導されることを発見した。したがって肝分化には異種細胞間のみならず、同種細胞間の相互作用も重要であることが示された。人工肝臓の一つの指標であるアンモニア代謝のデータは成熟肝細胞と十分比較しうる値であり、胎生肝細胞のもつ接着性の高さや旺盛な増殖能を考慮すると、OSMや高細胞密度によって分化誘導をおこなった胎生肝細胞が人工肝臓のマテリアルとしての資質を十分備えていることが示唆された。 次に、IL-6ファミリーのサイトカインに共通のレセプターサブユニットであるgp130の欠損マウスを用いた実験により、OSMによる分化・成熟にはgp130が必須であるが、高細胞密度による分化誘導においては必要でないことが明らかとなった。さらにOSMによる分化・成熟にはgp130の下流に存在するSTAT3の活性化の重要性が指摘されているが、細胞密度による分化・成熟ではSTAT3の活性化も見られなかった。したがって、OSMと高細胞密度による分化誘導は、少なくとも初期段階は全く別の経路を用いてシグナルが伝達されていると考えられた。 OSMと高細胞密度は異なる様式によって細胞内に分化誘導シグナルを入力しているにもかかわらずその表現型は似ており、シグナル伝達経路の後半では同じ経路を共有している可能性が考えられた。このように複数の分化誘導シグナル経路が存在することはシグナル伝達という観点から興味深いだけでなく、その解析は人工肝臓マテリアルの開発にも非常に重要であると考えられた。両分化誘導経路の共通分子を探索する目的で、肝細胞の分化誘導に関わる実行因子の一つと考えられるC/EBPαの欠損マウスから分離した胎生肝細胞を用いて実験をおこなった。野生型マウス由来の胎生肝細胞では通常と同様の分化誘導がみられたが、C/EBPα欠損マウス由来の胎生肝細胞ではOSMおよび高細胞密度培養による分化誘導が抑制された。また、C/EBPα欠損胎生肝細胞にレトロウィルスベクターを用いてC/EBPαを強制発現させたところ、OSMや高細胞密度に非依存的な成熟誘導が観察され、十分量のC/EBPαが肝細胞分化を誘導する能力を有すること、ならびに少なくとも肝機能誘導に関してはC/EBPαタンパク質は胎生14.5日目まで必要とされない可能性が示唆された。これらの実験からOSMおよび高細胞密度による胎生肝細胞の分化にはC/EBPαが必須であることが証明された(図1)。 OSMと細胞密度がどのようにしてC/EBPαの活性を調節しているのかを知るためにC/EBPαのmRNA量とタンパク質量を調べたが、顕著な変化は見られず、分化が誘導されない条件においてもmRNAとタンパク質の発現が認められた。したがって、調節分子との結合や何らかの修飾等によってC/EBPαの転写活性が賦与されている可能性を考え、C/EBPα応答配列を用いたルシフェラーゼアッセイを行って転写活性を測定した。対照ベクターと比較して明らかな転写活性の賦与がOSMと高細胞密度培養で観察され、マーカー発現などの分化誘導はC/EBPαの転写活性の上昇に起因することが示唆された。OSMによる転写活性の賦与はNIH-3T3細胞株でも確認されたが、高細胞密度による転写活性の上昇は観察されなかった。さらに、OSMによる分化ではその下流の分子STAT3の活性化が重要だとされているが、NIH-3T3の系においてドミナントネガティブ型のSTAT3を強制発現させると、やはりC/EBPαの転写活性が抑制された。したがって、OSMによるC/EBPα活性化はSTAT3を介したもので肝細胞に特異的なシグナル経路ではないが、高密度培養によるC/EBPα活性化には肝細胞特異的な分子が細胞密度を検知している可能性が考えられた。 本研究で得られた結果は、C/EBPαが複数のシグナル経路による肝細胞分化の誘導において必須であることを示しており、人工肝臓のマテリアルとして胎生肝細胞を利用する際に、この分子の制御が重要であることを示している。また、C/EBPαの活性制御は肝分化に関与する遺伝子の探索にも有用である。 図1 肝細胞の分化・成熟のシグナル経路 | |
審査要旨 | 本論文は5章からなり、第1章は序論、第2章は方法、第3章はオンコスタチンM(OSM)と高細胞密度培養による胎生肝細胞の多機能的な分化誘導、第4章はOSMと高細胞密度培養による肝細胞分化誘導における転写因子C/EBPαの役割、そして第5章では総合討論が述べられている。 まず始め(第3章)に、in vitroの胎生肝細胞培養系にて未熟な肝細胞が成熟肝臓でみられる機能を発現するかどうか検討した。未熟な胎生肝細胞がIL-6ファミリーのサイトカインの一つであるOSMによって、新生仔肝臓で発現するいくつかの酵素の発現が誘導されるin vitroの分化系が確立されていたが、この系で、さらに成熟した肝細胞に見られる多機能を発揮するかどうかについて検討を行った。その結果、in vitroで分化させた肝細胞はアンモニアの分解、アルブミンの分泌、脂質合成を行うことが分かり、この実験系は多機能を誘導しうる系であることを確認した。また、興味深いことに、サイトカインとそのレセプターによって引き起こされる肝分化が、高い密度で細胞を播種する、高細胞密度培養によっても誘導できるということを発見している。さらには、高細胞密度培養による分化誘導ではIL-6ファミリーのサイトカインが共通に必要とするレセプター構成分子の一つであるgp130を必要としないことを、gp130欠損マウスを用いて証明した。したがって、高細胞密度培養による分化誘導はOSM-gp130によるシグナル伝達とは全く異なる様式でありながら、分化の到達点は類似していることから、高細胞密度培養により誘導されるシグナル伝達系に興味がもたれる。 3章でOSMと高細胞密度培養によるシグナル伝達系は独立したものであることを示したが、第4章では、これらのシグナル伝達経路の下流部分においては、いずれも転写因子C/EBPαを介して遺伝子発現を誘導することを示している。C/EBPα欠損マウスや、遺伝子の強制発現系を用いた実験ではC/EBPαが存在しないときには、両分化誘導シグナルによる肝成熟が抑制され、過剰量のC/EBPαタンパク質が細胞内に存在するときには、OSMや高細胞密度による分化誘導シグナル非依存的に肝分化マーカーの発現が見られた。in vivoにおいても発生の過程でC/EBPαのタンパク質量が増加していくことから、OSMや高細胞密度培養による肝細胞の分化誘導は、C/EBPαのタンパク質量を調節していると予想されたが、ウェスタンブロット法を用いた検討では、C/EBPαのタンパク質量の大きな変化は観察されなかった。しかしながら、C/EBPαが認識するターゲット配列をレポーター遺伝子の上流につないだレポーター遺伝子アッセイを行い、C/EBPαの転写活性の変化を測定したところ、OSM存在下や高細胞密度培養条件下という、肝分化が誘導される条件において転写活性が上昇することが証明された。したがって、OSMや高細胞密度培養によるシグナルは、タンパク質量を変化させるのではなく、その活性を変化させることで肝分化を誘導している可能性が示唆された。OSMによる分化誘導ではgp130の下流に存在するSTAT3の重要性が知られているが、C/EBPαの転写活性上昇にもSTAT3が重要な役割を果たしているというデータも示しており、これまでの報告とも整合性のある内容となっている。このようなサイトカインや高細胞密度培養によってC/EBPαの転写活性が調節されるという事実は、これまでに報告が無く、肝発生の研究分野において重要な報告である。 なお本論文第3章は、木下大成、紙谷聡英、中村康司、中島欽一、田賀哲也、宮島篤との共同研究、第4章は、木下大成、塩尻信義、宮島篤との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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