学位論文要旨



No 116584
著者(漢字) 臼山,利信
著者(英字)
著者(カナ) ウスヤマ,トシノブ
標題(和) 中等教育における英語以外の外国語教育に関する調査研究 : ロシア語教育を中心として
標題(洋)
報告番号 116584
報告番号 甲16584
学位授与日 2001.09.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(文学)
学位記番号 博人社第336号
研究科 人文社会系研究科
専攻 欧米系文化研究専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 米重,文樹
 東京大学 教授 長谷見,一雄
 東京大学 助教授 沼野,充義
 慶應義塾大学 教授 金田一,真澄
 東京外国語大学 教授 中澤,英彦
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年広がりを見せている、日本の中等教育における英語以外の外国語教育の実状に関する全体像を示し、その上で高等学校におけるロシア語教育の現状・歴史・成果・課題などを実証的に明らかにしようとしたものである。

 基本的な研究方法は、まず文部省及び教育機関の調査資料、学校資料、さらには研究文献などを基礎資料として、中等教育段階において英語以外の外国語教育を実施している学校の当該外国語教育の実状を概括的に把握・整理する。次に、数字からは見えない点などについて、各学校を直接訪問して、担当教師をはじめとする学校関係者に当該外国語の教育現場の状況などを詳しく取材調査する。そうした実地調査によって得た様々なデータを全体として構造が見えてくるまで積み上げ、ある程度取材データが集まったところで類型化・体系化を図るという帰納法的な手法である。

 本論文の構成は「中等教育における英語以外の外国語教育」と「高等学校におけるロシア語教育」の二章立てであるが、その内容は以下のとおりである。

 第一章では、中学校、高等学校および高等専門学校の英語以外の外国語教育の実状を検討した。

 中学校では、ごく限られた一部の私学において英語以外の外国語教育が行われている。筆者の調査では、設置校総数は文部省の把握していない学校も含めて21校(1997年度)を数える。設置言語は5つで、設置校数の多い順から挙げると、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語、朝鮮・韓国語となっている。設置動機については、(1)設立・経営母体との関係、(2)国際(あるいは異文化)理解教育の一環、(3)帰国子女生徒の言語運用能力の保持・伸長という三つのタイプに分類される。(1)の類型に属する設置校が最も多く、半数以上を占めている。ここでは、ミッション系、文化教育団体系、民族系の三つの下位分類がさらに可能である。

 高等学校の英語以外の外国語教育は中学校よりも活発に行われている。実施校は公立343校、私立208校、計551校(1999年度)を数え、設置言語も22に及ぶ。設置言語上位6つを設置校数の多い順から挙げると、中国語、フランス語、朝鮮・韓国語、ドイツ語、スペイン語、ロシア語となっている。英語以外の外国語科目の設置動機は、(1)設立・経営母体との関係、(2)旧教育制度の伝統・遺産の継承、(3)時代・社会変化への対応としての教育課程編成の弾力化の実現、の三つの類型に大きく分けられる。(1)の類型は中学校の場合と同様である。(2)の類型に属する高等学校は、戦前の旧制中学や旧制高等学校の教育課程の伝統を引き継ぐ形で、従来の伝統的な教養教育の一環として戦後早い時期から例外的に開講してきたという経緯を持っている。(3)の類型では、新しいタイプの学科・コース(外国語系、国際系)において、その教育課程の特色化・個性化を図る目的で英語以外の外国語教育が導入される傾向が強い。この他、帰国子女生徒および中国引揚生徒の支援教育、観光科・調理科・音楽科等における実務教育、地域的事情に配慮した人権教育の一環として英語以外の外国語教育が行われている。

 高等専門学校は国立54校、公立5校、私立3校の計62校(1997年度)を数えるが、このうち1校を除く61校で英語以外の外国語教育が実施されている。ここでは伝統的にドイツ語教育が基本となっている。しかしながら、国際化に対応する気運も見られ、ドイツ語(61校)だけでなく、中国語(11校)、フランス語(7校)、ロシア語(4校)、スペイン語(2校)、朝鮮・韓国語(1校)を設置する学校も出てきている。履修年次については、後期中等教育段階に相当する1・2・3年次の設置校が全体の約3割を占めている。

 こうした中等教育段階における英語以外の外国語教育を、全体として時代性あるいは社会変動といったより大きな視野に立って眺め直してみると、「教養教育」から「国際(あるいは異文化)理解教育」への質的な転換という大きな構造的変化を読み取ることができる。

 第二章では、高等学校のロシア語設置校全21校(1997年度)の実地調査、教師の教育意識と生徒の学習意識の傾向性等を調べたアンケート調査の結果を中心に詳細に検討・考察した。

 ロシア語設置校の特徴は、まず北海道・東北・北陸を中心とする地域と、関東地域を中心とするそれ以外の地域ではロシア語教育の性格が異なっていることである。ロシア語設置校はこの二つの地域に集中しているが(北陸−6校、北海道−5校、東北−3校、関東−6校)、前者の地域では、旧ソ連邦解体後、ロシアとの様々な地域間交流が活発化・拡大し、それに積極的に対応しようという地域社会の要請等を背景としてロシア語科目が設置された学校が相対的に多い。その意味で、この地域の高等学校におけるロシア語教育は、基本的に教養教育としてではなく、地域性という色合いを非常に強く持った国際(あるいは異文化)理解教育の一助として行われている。それに対して、関東地域などにおけるロシア語設置校では、地域性という要素はほとんどなく、国際(あるいは異文化)理解教育を基本とした、複数ある多様な外国語科目の一つとしてロシア語教育が実施されている。ロシア語設置校の大半はロシア語を第二外国語として導入しているが、ロシア語コースを持つ2つの高等学校(関東国際、敦賀気比)では、第一外国語としてロシア語教育が行われている。ロシア語の開設年については、旧ソ連が解体した1991年以降の開設が最も多く、全体の8割以上を占めている。これは、高等学校におけるロシア語教育が全体として比較的新しい現象であることを示すものである。

 アンケート調査から判明したロシア語教育の成果と課題をごく簡潔にまとめると、次のとおりである。

 成果としては、1.英語以外の外国語の存在の実感・認識、2.ロシア語の基礎的運用能力の習得とロシア(語)への関心の増大、3.世界に対する視野の拡大、4.ロシア(人)に対するイメージの改善、5.ある種の自信の獲得、6.英語学習に対する相乗効果、一方、課題としては、1.大学入試制度の改善、2.中等教育段階の教授法の研究、3.高校生用の教材開発、4.教師間の情報交換、5.大学教育との連携、などが挙げられる。

 この他、周辺的な事項として第二章において、初等・中等教育段階におけるロシアの学校との国際交流、大学入試における英語以外の外国語科目の現状、新学習指導要領の「外国語」の記述内容についても詳しく言及した。

 また、上記の本編に加えて、ロシア語設置校に関する取材調査票、アンケートの全集計結果、大学入試における英語以外の外国語科目の現状に係る詳細なデータなどを収めている資料編も併せて付した。

審査要旨 要旨を表示する

 日本の中等教育における英語以外の外国語教育については,すでに文部省による調査統計の他に個々の教育機関等による散発的な報告があるが,現場に即した全国的規模での調査が皆無であることから,その全体像を把握するには至っていなかった。本論文は,著者自らが行った全国規模での初めての調査を基に,現在の日本の中等教育における英語以外の外国語教育という全体的な枠組みの中でロシア語教育を位置づけ,その現状と成果・課題を考察したものである。

 本論文は,本編と資料編の2部から成っている。本編第1章においては,英語以外の諸外国語の設置の理念・経緯に関しての類型化を通して中学校と高等学校との性格のちがいが明らかにされ,全体として「教養教育」から「国際・異文化教育」へという大きな構造的変化が見られることが具体的に指摘された。第2章の前半においては,高等学校におけるロシア語教育について,北海道・東北・北陸地域とそれ以外の地域(主として関東)とでは設置理念において性格を異にすること,また,ロシア語の開設が他の諸外国語に比して比較的最近の新しい現象であることが明らかにされた。第2章の後半においては,ロシア語教育の現場に焦点を当て,教師と生徒の双方を対象としたアンケート調査を基に,教育・学習成果と問題点について考察がなされ,今後の具体的課題が抽出された。さらに,「国際教育」の一環としての学校単位でのロシアとの交流の現状も明らかにされた。資料編においては,ロシア語設置校に関する調査取材の基礎データ,学習現場を対象としたアンケートなどの基礎資料が収められている。

 本論文は,著者自らによる調査により得られたデータを基に分析・考察されたものであるが,調査,特にアンケートの方法とそのデータ処理に関して再考を要する点がないとは言えない。しかしながら,日本の中等教育における英語以外の外国語教育についての全国規模の調査そのものが初めてなされたことの社会的意義と同時に,具体的資料を踏まえた分析と考察を通して抽出された結果は,中等教育のみならず大学段階での語学教育のカリキュラム,教授法,教材開発,さらには,日露言語対照論などの分野の研究に新たな視点から貢献する学術的意義を有するものである。よって,審査委員会は,本論文が博士(文学)の学位に相当するものと判断する。

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