学位論文要旨



No 116586
著者(漢字) 北澤,健生
著者(英字)
著者(カナ) キタザワ,タケオ
標題(和) 血液脳関門及び血液脳脊髄液関門における胆汁酸、有機アニオン排出輸送系に関する研究
標題(洋)
報告番号 116586
報告番号 甲16586
学位授与日 2001.09.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第968号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

 中枢作用性ペプチドや抗痴呆効果を有する抱合型ステロイドには、脂溶性から予測される程、脳内移行性が良好でないものの存在が報告されている。これらの化合物の脳内動態を明らかにする上で、血液脳関門(BBB)や血液脳脊髄液関門(BCSFB)における排出輸送系に関する研究は重要である。既に我々はBBBにタウロコール酸(TCA)感受性の胆汁酸排出輸送系の存在を明らかにしている。胆汁酸輸送系は肝臓では一部のペプチドや薬物の抱合代謝物(硫酸抱合体、グルクロン酸抱合体)等の有機アニオンをも基質とすることが知られている。これまで主に肝臓において胆汁酸を輸送する輸送担体として複数種の蛋白がクローニングされているが、これらの蛋白がBBBに発現し、In vivoにおいてペプチドや有機アニオンの脳からの排出に機能しているかについては、未だ不明である。一方、脳と血液を隔離するもう一つの関門であるBCSFBにグルクロン酸抱合酵素が高発現していることが最近、明らかになった。しかし、抱合化を受けた薬物の排出を担う輸送担体がBCSFBに発現し、In vivoにおいて有機アニオンの脳からの排出に機能しているかについては、未だ不明である。

 本研究では、アニオン性のBQ-123(エンドセリン受容体拮抗薬)、カチオン性のOctreotide(ソマトスタチン類似体)の2つのペプチド性薬物と、硫酸抱合型エストロン(E1S)、グルクロン酸抱合型エストラジオール(E217βG)の2つのステロイドホルモンの抱合体のBBB及びBCSFBにおける排出輸送系の特性を明らかにすることを目的とした。

 (1)Brain Efflux Index(BEI)法を用いてin vivoにおけるBQ-123、Octreotideの脳からの排出過程を解析し、さらにRT-PCR法を用いて各種胆汁酸輸送担体のBBBにおける発現を調べることで、ペプチドの脳排出におけるBBB胆汁酸排出輸送系の関与を明らかにする。

 (2)E1S、E217βGのラット脳室内投与実験を行い、in vivoにおける脳脊髄液からの排出過程を解析する。その後、in vitroにおけるラット単離脈絡叢への取り込み実験を行い、E1S及びE217βG排出輸送機構を詳細に解析し、さらに、E1Sについては条件的不死化ラット脈絡叢上皮細胞株(TR-CSFB3)を用いて、脈絡叢上皮細胞のみによるE1S排出輸送を解析することで、BCSFBにおけるE1Sの排出機構を明らかにする。

 (3)RT-PCR及びWestern blotを用いてE217βGを含むグルクロン酸抱合体を基質とする輸送担体MRP1(multidrug resistance-associated protein 1)の脈絡叢における発現を調べることで、E217βGのBCSFBでの排出におけるMRP1の関与を明らかにする。

以上の3点を目的とした。

(1)BBBにおけるBQ-123、Octreotideの排出輸送

 BEI法による解析の結果、ラット大脳に直接投与したBQ-123の脳内残存率は、同時投与したBBB非透過性物質Inulinのそれに比べて有意に経時的に減少し、半減期約100minで脳から排出することが明らかになった。このBQ-123のBBB排出は濃度依存的に阻害されたことから、BBBにBQ-123を排出する担体輸送系の存在が示唆された。BQ-123は肝臓においてはTCAとともに胆汁酸輸送系の基質になることが知られている。そこでBQ-123のBBB排出における胆汁酸排出輸送系の関与を調べる為、BQ-123とTCAの相互阻害実験を行った。TCA及びBQ-123のBBB排出は相互に阻害された。しかし速度論的解析の結果、Km値とIC50値が一致しなかったことから、BQ-123とTCAの排出輸送系は全てが共通の輸送系を介しているとは結論できなかった。

 一方、肝臓において胆汁酸輸送系の基質になることが知られているOctreotideはTCAのBBB排出を阻害するものの、Octreotide自身は見かけ上脳から排出されなかった。

(2)BBBにおける各種胆汁酸輸送担体遺伝子の検出

 BBBにおけるTCAとBQ-123の輸送担体の共有性を解析するには、BBBの脳実質側膜及び血液側膜に存在する可能性が考えられる輸送担体そのものを解析する必要がある。そこで既に肝臓においてTCAやBQ-123を輸送する担体のBBBにおける発現をRT-PCR法を用いて解析した。その結果、oatp(organic anion transporting polypeptide)、mEH (microsomal epoxide hydrolase)、spgp/bsep(sister P-glycoprotein/bile salt export pump)のプライマーを用いた場合に、肝臓のpoly A+RNA(ポジテイブコントロール)を用いた場合と同じ分子量の断片が増幅された。oatpのプライマーを用いた場合に増幅された断片を解析した結果、oatp2と99.2%の相同性を有することがわかった。oatp2はTCAとBQ-123の両方を輸送することが最近明らかになったことから、BQ-123とTCAのBBB排出には、少なくとも一部oatp2の関与が示唆された。

(3)BCSFBにおけるE1Sの排出輸送系の解析

 脳室内投与実験の結果、E1Sは半減期3.9分でCSFから消失し、bulk flow(CSFの流速)以上の顕著な排出輸送が示唆された。BCSFBでのE1S排出輸送系の特性を解析するため、単離脈絡叢へのE1Sの取り込み実験を行った。その結果、輸送速度は飽和性を示し(Km:18.1μM)、oatp1の基質である胆汁酸やステロイドホルモンの硫酸抱合型デヒドロエピアンドロステロン(DHEAS)、そしてブロモスルホフタレイン(BSP)等の有機アニオンで有意に阻害された。一方、oatp2に特異的な基質であるジゴキシンや、oatp familyとは別の有機アニオン輸送担体に属し、脳に多く発現することが報告されているOAT3(organic anion transporter 3)の基質であるパラアミノ馬尿酸(PAH)、そして腎臓に特異的に発現している有機アニオン輸送担体OAT-K1の基質であるメトトレキセート(MTX)によってE1Sの輸送速度は有意に阻害されなかった。また、単離脈絡叢へのE1Sの取り込みはNa+やCl-イオンの影響を受けなかった。さらにラット条件的不死化脈絡叢上皮細胞株(TR-CSFB3)へのE1Sの取り込み実験の結果からoatp3の基質である甲状腺ホルモン(T3、T4)でもE1S輸送は阻害されなかった。

 以上のことから、E1Sの脈絡叢への取り込み過程に、少なくとも一部oatp1の関与が示唆され、oatp2、oatp3、OAT3、OAT-K1等の有機アニオン輸送担体やmEH、Ntcp(Na+/TCA transporting polypeptide)等のNa+依存性の胆汁酸輸送担体の関与の可能性は低いことが示唆された。

(4)BCSFBにおけるE217βGの排出輸送系の解析

 脳室内投与実験の結果、E217βGは半減期4.2分でCSFから消失し、bulk flow(CSFの流速)以上の顕著な排出輸送が示唆された。BCSFBでのE217βG排出輸送系の特性を解析するため、単離脈絡叢へのE217βGの取り込み実験を行った。その結果、輸送速度は飽和性を示し、そのKm値(3.43μM)はoatp1 oocyte発現系へのE217βGのKm(報告値約3μM)とほぼ一致した。E217βGの単離脈絡叢に対する取り込みは有機アニオン輸送阻害剤であるプロベネシドで阻害されたが、OAT3の阻害剤であるベンジルペニシリン(PCG)では阻害されなかった。

 以上のことから、E217βGの脈絡叢への取り込み過程に、少なくとも一部oatp1の関与が示唆され、OAT3の関与の可能性は低いことが示唆された。

(5)BCSFBにおけるグルクロン酸抱合体の輸送担体遺伝子(MRP1)の検出

 BCSFBにおける排出機構を解明するには、さらに脈絡叢から循環血液への排出過程に関する解析が必要である。MRP1はE217βGを基質とし、これまで肺に最も高発現していることが報告されている輸送担体である。そこでBCSFBにおけるE217βG排出機構にMRP1が関与している可能性を調べるため、脈絡叢におけるMRP1の発現を解析した。半定量的PCRの結果、脈絡叢には肺の4〜5倍のMRP1 mRNAが検出された。さらにWestern blotの結果からMRP1は蛋白レベルでも脈絡叢に高発現していることが明らかになった。

 BBBとBCSFBには、ペプチド性薬物であるBQ-123、そしてE1S、E217βGのステロイドホルモンの抱合体の有機アニオン化合物を脳内から循環血液中へ排出するTCA感受性の担体輸送系が機能していることが示唆された。BBBにおけるBQ-123の排出には少なくとも一部、oatp2が関与していること、そしてBCSFBにおけるE1S、E217βGの排出には少なくとも一部、oatp1及びMRP1が関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 中枢作用性ペプチドや抗痴呆効果を有する抱合型ステロイドには、脂溶性から予測される程、脳内移行性が良好でないものの存在が報告されている。これらの化合物の脳内動態を明らかにする上で、血液脳関門(BBB)や血液脳脊髄液関門(BCSFB)における排出輸送系に関する研究は重要である。既に修士課程の研究によりBBBにタウロコール酸(TCA)などの胆汁酸を排出輸送する機構の存在することを、速度論的な手法により明らかにしている。一方、これまでの研究により、胆汁酸輸送系は肝臓では一部のペプチドや薬物の抱合代謝物等の有機アニオン化合物をも基質とすることが知られている。本研究では、アニオン性のBQ-123(エンドセリン受容体拮抗薬でpentapeptide)、カチオン性のOctreotide(ソマトスタチン類似体でoctapeptide)の2つのペプチド性薬物と、硫酸抱合型エストロン(E1S)、グルクロン酸抱合型エストラジオール(E217bG)の2つのステロイドホルモンの抱合体のBBB及びBCSFBにおける排出輸送系の特性を明らかにすることを目的とした。

1.BBBにおけるBQ-123、Octreotideの排出輸送

 Brain Efflux Index (BEI)法を用いてラットにおけるBQ-123及びOctreotideのBBB排出速度を測定した。BQ-123をラット大脳に直接投与後の脳内残存量の時間推移を解析した結果、半減期約100minで排出された。さらにTCA及びBQ-123のBBB排出は相互に阻害が観察された。速度論的解析の結果、Km値とKi値が一致しなかったことから、BQ-123とTCAのBBB排出は少なくとも一部異なる輸送系を介していることが推定された。一方、Octreotideの脳からの排出速度は極めて遅いことが示された。

2.BBBにおける各種胆汁酸輸送担体遺伝子の検出

 BBBにおけるTCAとBQ-123の輸送担体の共有性を解析するには、BBBの実体である脳毛細血管内皮細胞の脳実質側膜及び血液側膜に存在する可能性が考えられる輸送担体そのものを解析する必要がある。そこでラット単離脳毛細血管から調製したpoly A+ RNAと、肝臓においてTCAやBQ-123に対する輸送担体と考えられているoatp(organic anion transporting polypeptide)を始めとする幾つかの輸送担体のプライマーを用い、BBBにおける発現をRT-PCR法を用いて解析した。その結果、oatp2と99.2%の相同性を有する断片が増幅された。oatp2はTCAとBQ-123の両方を輸送することが最近明らかになったことから、BQ-123とTCAのBBB排出には、少なくとも一部oatp2あるいはそれと極めて近い輸送担体の関与が示唆された。

3.BCSFBにおけるE1S、E217bGの排出輸送系の解析

BCSFBはBBBに加えて、脳と血液を隔離するもう一つの関門である。BCSFBの実体である脈絡叢上皮細胞にはグルクロン酸抱合酵素が高発現していることからE1S、E217bG等の抱合型ステロイドの脳排出にBCSFBが関与している可能性が考えられる。ラット脳室内投与実験の結果、E1S、E217bGは各々、半減期3.9分、4.2分で脳脊髄液(CSF)から消失し、bulk flow(CSFの流速)以上の顕著な排出輸送が示唆された。BCSFBでのE1S排出輸送系の特性を解析するため、単離脈絡叢へのE1Sの取り込み実験を行った結果、輸送速度は飽和性を示し、oatp1の基質である胆汁酸やステロイドホルモンの硫酸抱合型デヒドロエピアンドロステロンで有意に阻害された。一方、oatp2に特異的な基質であるジゴキシンや、oatp familyとは別の有機アニオン輸送担体に属し、脳に多く発現することが報告されているOAT(organic anion transporter 3)の基質であるパラアミノ馬尿酸(PAH)によってE1Sの輸送速度は阻害されなかった。さらにラット条件的不死化脈絡叢上皮細胞株(TR-CSFB3)へのE1Sの取り込み実験の結果からoatp3の基質である甲状腺ホルモン(T3、T4)でもE1S輸送は阻害されなかった。一方、E217bGの単離脈絡叢に対する取り込みは飽和性を示し、そのKm値はoatp1 oocyte発現系へのE217bGのKm値とほぼ一致した。E217bGの単離脈絡叢に対する取り込みは有機アニオン輸送阻害剤であるプロベネシドでは阻害されたが、OAT3の阻害剤であるベンジルペニシリン(PCG)では阻害されなかった。以上のことから、E1S及びE217bGの脈絡叢への取り込み過程に、少なくとも一部oatp1の関与が示唆され、OAT3の関与の可能性は低いことが示唆された。

 BCSFBにおける排出機構を解明するには、さらに脈絡叢から循環血液への排出過程に関する解析が必要である。MRP1はE217bGを基質とし、肺に最も高発現が報告されている輸送担体である。そこでBCSFBにおけるE217bG排出機構にMRP1の関与の可能性を調べるため、脈絡叢におけるMRP1の発現を解析した。ラット単離脈絡叢と肺から調製したpoly A+ RNAとMRP1のプライマーを用いて半定量的PCR解析を行なった結果、脈絡叢にはMRP1の高発現臓器である肺の4〜5倍のMRP1 mRNAが検出された。さらにラット単離脈絡叢と肺を用い、抗MRP1抗体を用いてWestern blotを行った結果、MRP1は蛋白レベルでも脈絡叢に高発現していることが明らかになった。

 以上の結果から、BBBとBCSFBには、ペプチド性薬物であるBQ-123、そしてE1S、E217bGのステロイドホルモンの抱合体の有機アニオン化合物を脳内から循環血液中へ排出する胆汁酸感受性の担体輸送系が機能していることが示唆された。BCSFBにおけるE1S、E217bGの排出には少なくとも一部、oatp1が関与していることが示唆された。一方、BBBにおけるBQ-123の排出にも、oatp familyが関与している可能性が示された。これらの知見は中枢作用性ペプチドや抗痴呆効果を有する抱合型ステロイドの脳への送達法を開発する上で重要であり、博士(薬学)の学位を授与するのに値するものと認めた。

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