学位論文要旨



No 116588
著者(漢字) 青池,寛
著者(英字)
著者(カナ) アオイケ,カン
標題(和) 丹沢,御坂および巨摩地域の地質 : 伊豆衝突帯の構造発達
標題(洋) Geology of the Tanzawa, Misaka and Koma Districts, Central Japan : Tectonic Evolution of the Izu Collision Zone
報告番号 116588
報告番号 甲16588
学位授与日 2001.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4053号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳山,英一
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 助教授 芦,寿一郎
 東京大学 教授 平,朝彦
内容要旨 要旨を表示する

 伊豆衝突帯は未成熟島弧(海洋性島弧)である伊豆−小笠原弧と成熟島弧である本州弧の間で現在進行中の島弧−島弧衝突・付加作用が起きている場所である.同地域には海洋性島弧の地殻深部が付加体として露出し,島弧−島弧衝突に関わる様々な構造が現れており,その地質や構造発達史を明らかにすることは,海洋性島弧の地殻成長,島弧−島弧衝突・付加作用の過程を理解するための本質的な情報を与える.本研究では特に島弧付加体が広く分布している地域の詳細で統一的視点に立つ地質図を野外踏査.微化石年代を主とする地質年代の検討,および既存のデータを集約することにより作成し,層序の確立を行った.調査対象地域であるいわゆる「南部フォッサマグナ」は衝突付加した伊豆−小笠原弧地殻そのものであり,その語が本来意味している"断裂帯"とは呼べない地域であるので「付加島弧区:Accreted Arc Province」と呼称する.

 付加島弧区および伊豆半島の地質は第四紀の火山体を除けば,花崗岩質岩体を伴う海成の火砕岩・火山岩類が広く分布し,これを取り囲むように泥岩,砂岩泥岩互層,礫岩などの砕屑岩類が卓越する領域が分布することで特徴づけられる.これを巨摩,御坂,丹沢,富士川,伊豆テレーンの5つの地質区に分ける.

このうち,火砕岩・火山岩類の卓越する巨摩,御坂,丹沢,伊豆テレーンはそれぞれ概ね北方に湾曲した大きな構造線(衝上断層)によって画されており,それら構造線の内側に砕屑岩帯が分布している.このことは砕屑岩帯の形成が衝上断層の活動と密接に関わっていることを示しているが,砕屑岩帯は通常下位の火砕岩・火山岩を不整合で被うか,整合漸移で重なり,衝上断層両側に分布する地質体を起源とする砕屑物で構成され,全体として上方粗粒化する堆積相を示す.その堆積年代は一部例外はあるが基本的に南に分布するものほど新しく,堆積場が南にジャンプしながら移動していったことを示している.主体をなす海成火山岩・火砕岩類はその上部を除き,本州起源の粗粒砕屑物を挟在せず,本州からの粗粒砕屑物が到達し得ない海洋域でその大半が堆積したことを示す.富士川テレーンは覆瓦構造をなす砕屑岩帯であるが,基盤は御坂テレーンあるいは丹沢テレーンの延長部の火山岩・火砕岩である.現地性を含む火山岩・火砕岩卓越層も挟在しており,活発な火山活動のある堆積場であったことを示す.テレーンを画する衝上断層は,先新第三系本州弧と伊豆−小笠原弧間のあるいは伊豆−小笠原弧島弧内の沈み込み・衝突境界として働いていたもしくは現在も働いている構造線であり,砕屑岩帯は各テレーンの境界部に短期間形成されたトラフの充填堆積物と見なされる.また,各テレーンはインブリケートした島弧地殻セグメントである.

 付加島弧区を形成する各々のテレーンの岩相,層序,年代はテレーン内の主要構造線によって画されるブロック毎に確立し,各ブロックを対比してテレーン全体のそれを構築した.丹沢テレーンは南フェルゲンツのドーム状構造をなし,その中央部に花崗岩質貫入岩体,それをルーフとして取り巻く主に火砕岩類からなる21〜10Maの丹沢層群,それを不整合で被うトラフ充填堆積物と火砕岩類からなる7.5〜4Maの西桂層群が構成している.巨摩テレーンは,北〜北西にインブリケートした3つの大きな島弧地殻セグメントからなっており,主に火砕岩類からなる18〜15Maの巨摩層群,これを整合漸移で被うトラフ充填堆積物と火砕岩類からなる桃の木層群から構成され,北東部に花崗岩質岩体を伴う.溶岩が比較的少なく火砕岩が卓越する丹沢,巨摩テレーンおよびこれらと同様な岩相からなる中新世伊豆テレーンは伊豆−小笠原弧内の火山島ないし海山群およびその山麓部を構成していたものと考えられる.一方,御坂テレーンは東北東トレンドの比較的短波長の褶曲を繰り返し,同トレンドの横ずれあるいは衝上断層群によって分断された15.5〜12Maの西八代層群から構成され,東部には四万十帯とをアマルガメートする花崗岩質岩体を伴う.15〜13.5Maの大量の玄武岩枕状溶岩と同時異相の泥岩が広く分布し,それを珪長質優勢のバイモーダルな火砕岩が被うが,この層序は現在の伊豆−小笠原弧の活動的背弧リフトであるスミスリフトの層序と非常に類似し,御坂テレーンが当時同様なセッティングにあった可能性が考えれる.御坂テレーン東部の13〜12Maの上部西八代層群は礫岩類と火砕岩類からなるトラフ充填堆積物が構成し,西部ではトラフ充填堆積物から主に構成される富士川層群に整合ないし一部不整合で被われる.

 トラフ充填堆積物の年代,伊豆衝突帯およびその周辺の構造運動イベントを集約することで以下のような衝突史が明らかになった.衝突は糸魚川−静岡構造線〜藤野木−愛川構造線を衝突境界として17〜16Ma頃には始まりつつあって,15Ma頃にクライマックスを生じ,トラフ充填堆積物として桃の木層群を堆積した.13Ma頃に最初の島弧地殻の大きなパーティッションが生じ,御坂テレーン東部内〜西部南端に島弧内沈み込み帯が形成され,そのトラフは1 m.y.後には富士川トラフに繋がるものに成長した.12Maには関東シンタクシス西翼の反時計周り回転は終了しており,富士川トラフのフレームワークはこの時期に完成した.11Ma頃に北部伊豆−小笠原弧全体が構造変形を受け,御坂・丹沢テレーンの大部分はこれ以降に褶曲と隆起を開始する.8Ma頃に2回目の島弧地殻の大きなパーティッションが生じ,御坂テレーンと丹沢テレーンの間〜富士川テレーンの南部に新たな島弧内沈み込み帯が形成される.それまでの古・藤野木−愛川構造線沿いでの沈み込み成分は北東に湾曲した伊豆−小笠原弧北端の初期形状のために関東シンタクシス東翼の時計周り回転を生じつつもわずかで,侵食のみが進行し,堆積物すなわち西桂層群が溜まるようになるのはこれ以降である.5.5〜3.5Maにかけて富士川トラフ内での2回の比較的大きな地殻パーティッションが生じ,3.5Ma頃には衝突帯西部の主衝突境界が北に一旦移動し,巨摩テレーンと御坂テレーンの間で島弧内沈み込みが生じた.丹沢テレーン東部では5Maに島弧地殻パーティッションが起き,新たな島弧内沈み込み帯が生じた.これらが全体として3回目の大島弧地殻パーティッションに相当する.4回目の島弧地殻パーティッションはそれまでの最大規模のもので,2.5Ma頃に生じ,丹沢テレーンと伊豆テレーンの間に主衝突境界は大きくジャンプし,新たな島弧内沈み込み帯沿いにトラフ充填堆積物として足柄層群を堆積し始めるようになった.

 最も深部までの島弧地殻を露出させている丹沢テレーンからは,中期中新世の伊豆−小笠原弧の中上部地殻の代表的な地殻層序が得られる.火砕岩・火山岩パイルの20〜30%は珪長質岩で構成され,その下9〜11kmに花崗岩質岩体が存在している.近年北部伊豆−小笠原弧で得られているP波速度構造から予想される地殻層序と比較すると,火砕岩・火山岩パイルに対比される上部地殻5km/sec層は丹沢の半分程度しかなく.花崗岩質岩体に対比される中部地殻,6km/sec層が非常に厚くなっている.現在の中部地殻の上部が変成した火砕岩・火山岩で構成されているか,後期中新世以降中部地殻が更に成長したかの何れかの可能性が考えられる.後者の場合は付加島弧区・伊豆半島の珪長質火山活動がエピソディックに起きているという地史上の事実から,中部地殻の成長もエピソディックであった可能性を指摘できる.

 伊豆衝突帯のように島弧がその伸長方向に衝突する場合,非活動的な前弧域や背弧域では表層堆積物を残すのみでほとんどの地殻は沈み込んでいるが,活動的島弧域では地殻スケールの付加が生じている.陸上地質とその発達史,既往の地殻構造についての地球物理学的知見を集約して衝突帯中軸付近の地殻断面を作成し,衝突関わった地殻量,衝突における島弧地殻の収支を見積もった.衝突帯中軸部の断面では100%近い地殻が付加体として保存されているが,それからやや東に外れる丹沢を通る断面では下部地殻のデラミネーション/デタッチメントが生じている可能性が示唆される.このことから見積もられる直交型の島弧−島弧衝突での島弧地殻の生存率は非活動域を含めた島弧地殻全体のほぼ30%である.この結果は大陸成長過程における島弧地殻の付加作用の寄与する割合についても重要な示唆を与える.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は全7章からなり、伊豆衝突帯の地質学的な研究から、そのテクトニクスおよび大陸成長に関しての意義が述べてある。

 第1章では、論文の背景となる島弧衝突テクトニクスの重要性について簡潔にまとめてある。

 第2章は、地質データの記載に関しての用語と方法が記述されており、フィールドでの岩相記載、年代の推定などが詳しく述べてある。ここは論文における記載の根幹をなす所であり、十分な説明がされており、評価できる。

 第3章では、伊豆衝突帯の地質・テクトニクスの概要がまとめられている。ここでは、伊豆衝突帯の地域区分がされており、主要衝突帯をAccreted Arc Provinceとして定義し、従来の成果が良くまとめられている。この章は、伊豆衝突帯の全体像を見直したもので、本研究の全体の位置づけが良くされている。

 第4章は本論文の主体となす部分であり、Accreted Arc ProvinceをTanzawa Terrane, Misaka Terrane, Koma Terraneの3つのTectono-stratigraphic Terraneに区分し、その層序、構造、年代が記述されている。さらに全体のまとめを行い、伊豆・小笠原島弧地殻との比較がなされている。岩相の記載は詳しくなされており、地質学的な研究として十分なデータが整理されていると判断できる。

 第5章では、伊豆衝突帯の構造発達史についてまとめと議論がなされている。ここでは、構造発達史を主な事相に区分し、それぞれの時期でのテクトニクスと堆積作用の特徴が記述され、解釈されている。この章も良くまとまっている。

 第6章では、伊豆衝突帯における地殻の付加の実態と、その大陸成長モデルヘの意義について議論がなされている。

 第7章は、結論が述べられている。

 本論文は、フィールド調査に基づく膨大な地質学的なデータの取得と、既存のデータのまとめによって、世界でも有数な活動的島弧衝突帯の地質とテクトニクスを解明しようとしたものである。地質学的データは現在、考えられる最良の質のものであり、大変な労作と言える。また、データのまとめ方には、斬新なアイデアが生かされており、単なる伝統的な野外地質学の論文とは一線を画す。アイデアとして取り入れられているのは、この地域を構造線で区分されたTectono-stratigraphic Terraneとして扱うことであり、その中で層序を組立、年代を推定し、Terrane間で対比を行なったことである。また、トラフ充填堆積物に注目し、その分布と年代を詳細に検討した。この結果この衝突帯では、衝上断層の前縁への漸次移動によって地殻の付加が起ったと解釈した。さらに衝突帯での地殻の短縮量を見積もり、付加量の定量的議論を行なっている。これらは、いずれも詳細な地質調査データによって初めて可能となったことである。

 以上のフィールド調査、データのまとめ、論文の作成は、論文提出者が独力で行なった研究である。本論文は、莫大な地質データを一貫した視点からまとめて、島弧衝突帯の地質構造発達史に新しい知見をもたらした研究であり、高く評価できる。

 したがって、博士(理学)を学位を授与できると認める。

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