No | 116589 | |
著者(漢字) | 高木,征弘 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカギ,マサヒロ | |
標題(和) | 金星大気における熱潮汐波と山岳波 | |
標題(洋) | Thermal Tides and Topographic Waves in the Atmosphere of Venus | |
報告番号 | 116589 | |
報告番号 | 甲16589 | |
学位授与日 | 2001.09.17 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4054号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 金星の自転周期は243日で非常に長く一太陽日も117日である。このため大気の運動に対して自転や太陽熱源移動の効果は第一近似としては無視できるものと考えられ、大気大循環として昼側で大気が加熱されて上昇し夜側で冷却されて下降するような、いわゆる夜昼間対流が卓越しているものと予想された。ところが探査機などによる観測から金星大気中では自転を追い越す向きの高速東西流が卓越していることが明らかになった。高速東西流の風速は地表から高さとともにほぼ線型に増大し、高度65km付近で約100m/sに達する。これは金星の自転速度の60倍にも相当するスーパーローテーションである。高速東西流は鉛直方向だけでなく南北方向にも広がっており、時間的に変動して剛体回転に近い状態や中緯度ジェットが顕著な状態を示すことが知られている。 このような大気スーパーローテーションの生成・維持メカニズムについて、これまでに多くの研究がなされたが未だ不明の点も多く首尾一貫した理論はないのが現状である。しかしながら興味深い幾つかの説が提出されている。その一つが熱潮汐波に着目したメカニズムである。熱潮汐波とは太陽加熱によって励起される大気波動のうち、太陽からみて定常なものを指す。Fels and Lindzen(1973)はこの波の伝播に伴って運動量が輸送されることに注目し、波が励起される領域で太陽の動きと逆方向の平均流が加速されることを示した。これをスーパーローテーションの生成と解釈する訳である。金星大気中の高度45〜70kmの領域には硫酸の液滴からなる雲層が全球に渡って存在し入射太陽光を効率良く吸収しているため、ここで励起される熱潮汐波がスーパーローテーションを生成・維持しているのではないかと考えられたのである。時間発展モデルを用いた研究では熱潮汐波の効果によって10m/s程度の平均流加速が得られることが示されている(Baker and Leovy,1984)。しかしながら、計算に用いた初期値や基本場が非現実的であったことや、時間発展の結果として得られた平均東西流の構造が観測事実を再現しているとは言い難いといった問題点があり、スーパーローテーションに対する熱潮汐波の役割が十分に明らかにされた訳ではない。また、波の鉛直構造や波に伴う風速場といった熱潮汐波自体に関する考察もあまりなされておらず、熱潮汐波に関しては基礎的な研究も十分とは言えない段階にある。そこで本研究では、観測に基づく現実的な基本場を用いて熱潮汐波を計算しその構造を詳しく調べる。次に、得られた風速分布を基に運動量輸送を計算し、熱潮汐波による平均流加速の評価を行なう。これによって現実の金星大気中での熱潮汐波の役割をある程度定量的に見積もることが可能となる。山岳波についても同様の検討を行なうこととする。 基礎方程式はlogp座標系を用いた球面上の運動方程式と静水圧平衡の式、熱力学の式、連続の式である。これらの式を基本場の周りで線型化する。水平方向には赤道対称性を仮定した球面調和関数の15モードで展開し、鉛直方向には250層を取って差分化する。鉛直方向の領域は地表から高度120kmまでとする。境界条件は上下両端でw'=0である。但し、山岳波の計算においては下端でw'B=uBgradhを与えた。ここでhは地形を表すものとする。強制項として与えた太陽光フラックスの鉛直構造はPioneer Venusの観測(Tomasko et al., 1980)を参照した(図1)。太陽光加熱は雲層上部の高度60kmを中心とした分布になっている。大気成層度は、Veneraの観測やMagellanのradio occultationによる最近の結果(Hinson and Jenkins,1995)を参照した。平均東西流としては剛体回転の場合と中緯度ジェットが存在する場合の二通りを与えた。いずれの場合も鉛直シアはVeneraやPioneer Venusの観測と矛盾しないものである。温度場はcyclostrophic balanceの関係を用いて平均東西流分布とバランスするように決定した。モデル大気上端における波の人工的な反射を抑えるためNewton冷却とRayleigh摩擦を用いた。これらの値についてはPechmann and Ingersoll(1984)を参考にした。高度100kmでの緩和時間は約1日である。 熱潮汐波の計算は太陽光加熱の東西波数1と2の成分に対して行なった。東西波数1の熱潮汐波を一日潮、2を半日潮という。以下、それぞれの結果を示す。 一日潮の鉛直構造を図2に示す。鉛直波長は5km、波に伴う東西流速は5m/s、温度偏差は10K程度である。高度80km以上で波は急速に減衰しそれより上層にはほとんど伝播しない。一方、温度偏差に〓をかけた量でみると、一日潮は下方に伝播し高度20km付近で減衰していることがわかる。これまでの研究では雲層内部の大気成層度の小さい領域を波は伝播できないと考えられてきたが、必ずしもそうではないことが示されている。南北流の鉛直構造の高度60〜80kmの領域にみられる10m/s程度の極向きの流れは夜昼間対流の一部と考えられる。Rossow et al.,(1990)は雲のトラッキングによって子午面循環に伴う南北流速を10m/sと推定したが、この値は夜昼間対流の影響を受けて過大評価になっている可能性がある。子午面循環を観測によって推定するためには東西波数1の夜昼間対流成分を分離することが必要不可欠である。図3に一日潮による平均流の加速・減速の分布を示す。加速・減速とも加熱域に集中し運動量の分配はその領域だけで起こるため、スーパーローテーションに対する一日潮の寄与は小さいと考えられる。 次に半日潮の鉛直構造を図4に示す。一日潮の場合と異なり、東西流、南北流、温度偏差とも良く似た鉛直構造を示している。鉛直波長は一日潮より長く約10kmである。太陽加熱の強度は一日潮より半日潮の方が小さいにも拘らず、半日潮に伴う水平流速は15m/s、温度偏差は20Kと一日潮よりも大きな振幅になっている。これは半日潮が一日潮よりも上層まで鉛直伝播するためと考えられる。このような一日潮と半日潮の相違はWKB近似を用いて評価した内部重力波の分散関係からある程度理解することが可能である。上層に伝播した半日潮は高度80〜100km付近で減衰し平均流を減速する(図3)。減速の大きさは一日当たり10m/s程度である。加熱域では平均流を加速するが、下層では密度が大きくなるため加速度自体は小さい。角運動量の変化率でみると高度50〜70kmの領域で平均流が加速されていることがわかる。このような運動量輸送は主に波に伴う東西流u'と鉛直流w'の相関〓によってなされている。半日潮は上層だけでなく下層にも伝播し地表にまで到達する(図4の右のパネル)。これによって地表付近の東西平均流は減速されるため下層では東風が生じる可能性がある。この東風が地表との摩擦によって解消されるならば、半日潮は金星の固体部分から大気に西向き運動量を汲み上げることになりスーパーローテーションの生成・維持に重要な役割を持っている可能性がある。 太陽光は雲層ですべて吸収される訳ではなく17W/m2程度が地表面に到達する。これを考慮し太陽光の地表面加熱よって励起される一日潮と半日潮の計算も行なった。一日潮はほとんど鉛直伝播せず上層での振幅は非常に小さくなることが示された。雲層付近での現象やスーパーローテーションに対する寄与などはほとんど無視できると考えられる。これに対して半日潮は上層まで伝播し高度100kmでの東西風速は5〜10m/s程度になる。この波が減衰することによって一日当たり0.1m/s程度の平均流減速が生じる。しかしながら、絶対値としては雲層付近で励起される半日潮の効果の方が大きく、地表面加熱によって励起される熱潮汐波のスーパーローテーションに対する寄与は小さいことが示された。 金星の大規模地形で励起される波の特性を調べるため、赤道を中心とした振幅を持つ理想的な地形を仮定し下端で励起される鉛直流速は東西波数に依らず一定とした。下端の東西風速は1m/sである。結果を図5に示す。東西波数2の波よりも波数4,8の波の方が上層で大きな振幅を持っている。また東西波数1の波はほとんど上層に伝播しなかった。これは内部重力波の群速度が東西波数に比例して大きくなることと定性的に一致している。東西波数16の波は波数8の波とほとんど相違がないのは内部重力波の鉛直波数が東西波数が大きくなるに従ってN/uに漸近することと定性的に一致している。地形で励起された波は上層に効率良く伝播しそこで減衰して平均東西流を減速させる。高度100kmで波が減衰しているのは人工的なダンピングのためで、実際にはより上層にまで伝播しそこで平均流を減速するものと考えられる。金星の中間圏では夜昼間対流と平均東西流が交互に卓越する現象が知られており、以上の結果は鉛直伝播する熱潮汐波や山岳波が無視できない影響を持っている可能性のあることを示している。 図1:基本場の鉛直構造(左から太陽光吸収率、大気成層度、平均東西流) 図2:一日潮の鉛直構造(左から東西流、南北流、温度偏差、温度偏差×〓) 図3:熱潮汐波による平均流加速。 左が一日潮、右が半日潮の場合で、それぞれについて一日当たりの加速度と角運動量の変化率を示す。 図4:半日潮の鉛直構造(各パネルは図2と同様) 図5:山岳波に伴う東西風速の鉛直構造(左から東西波数2,4,8,16) | |
審査要旨 | 本論文は金星大気中の熱潮汐波と山岳波についての研究論文である。その波動に関して、少ないながらも観測で得られている平均東西風と大気安定度を基本場として、線形の潮汐波および山岳波をきちんと解いている。さらに波の運動量輸送を評価して、その波動の平均東西風における役割を高速平均風(4日循環)とのからみで問題を考察し、その役割を調べたものである。 金星大気は地球大気とは大きく異なり地表気圧も約92気圧に達し、温室効果により地表面気温は約730Kに達する高温である。さらに硫酸の雲が存在することで観測も困難なため、金星大気大循環のようすは明確でない。その中で上層の高速東西風は顕著な現象として知られている。しかしその生成メカニズムははっきりとは決着がついていない。そのメカニズムの中で潮汐波動の非線形相互作用により高速東西風が作られているという仮説が提唱されている。一方、金星の潮汐波についての研究は昔からあるが、どの程度の振幅があるのか観測もなく、数値計算の結果も人によって異なっており、それについても決着がついていない。このような金星大気研究の状況の中、論文提出者はこの潮汐波の問題をきちんと解くことを試みている。 第2章では、線形モデルの概要が述べられている。地球の熱潮汐波の場合は位相速度が早く、基本状態として静止大気が仮定され、そのために水平と鉛直が変数分離可能であるので解くのが容易である。一方、金星大気では変数分離が出来ず、膨大な次元の連立一次方程式を解くことが特徴である。基本場に関しては可能なかぎり現実的な場を用いて解いている。 それをもとに、一日潮をまず議論している。解の特徴として雲層上端での鉛直波長が5-7kmの潮汐波を得ている。さらに子午面風、鉛直風は温度偏差とはまっったく異なる構造を持っている。これは夜/昼対流的な構造をもっているのが特徴である。振幅は南北流速で10m/sもの大きさとなっている。これは昼間の観測で得られている南北風と同じ大きさをもち、これまで子午面循環と見積もられていたが、上の潮汐成分を考慮すると過大評価の可能性があり今後の観測が期待されている興味ある結果となっている。さらに運動量輸送を見積もっている。加速は加熱領域で複雑な構造をもちながらも、高速回転に対する寄与は小さいようである。 次ぎに半日潮汐の議論をおこなっている。この波動は鉛直伝播性がよく(鉛直波長は雲層上端で15km)、加熱の領域から遠くまで伝播する。上方に伝播した半日潮汐は減衰されて東西風の大きな減速をもち、観測で得られている弱い東西風を説明できるかもしれないことを示している。また下方伝播した潮汐波は地上付近まで伝達可能であり、高速風の維持に重要な役割を果たしているかもしれないことを示している。 さらに太陽加熱は地表まで到着可能であるので、地表面加熱でつくられる潮汐波も議論している。半日潮は上層まで伝播し、90kmで東西風速の振幅は8m/sであった。但し、非線形作用はそれほどおおきくはないようである。 最期に金星大気中の山岳波についても議論している。赤道域に大きな山岳波がありその伝播性を議論している。大きな東西波数依存性をもち東西波数8の波がもっともよく伝播するようである。さらにその非線形効果により上層大気におおきな影響をあたえる可能性を示唆している。 以上のような結果は、金星大気潮汐の研究に重要な貢献をするものと思われ、惑星気象学に新しい知見をあたえ、惑星気象学の発展に大きく寄与したと判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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