学位論文要旨



No 116590
著者(漢字) 諸岡,倫子
著者(英字)
著者(カナ) モロオカ,ミチコ
標題(和) 高緯度オーロラ粒子加速領域における沿磁力線電流電圧特性に関する研究
標題(洋) On the current-voltage relationship in the upward field-aligned acceleration region at high latitudes
報告番号 116590
報告番号 甲16590
学位授与日 2001.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4055号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 林,幹治
 東京大学 助教授 早川,基
 東京大学 助教授 中村,正人
 東京大学 教授 星野,真弘
 東京大学 教授 寺沢,敏夫
内容要旨 要旨を表示する

 ディスクリートオーロラを発生させる電子は地球電離層上空に存在する上向きの沿磁力線電場によって加速されるが、この沿磁力線電場の発生は同じ領域に流れる沿磁力線電流が深く関係していると考えられている。また、地球磁気圏と電離層をつなぐこの電流は地球磁気圏−電離圏結合問題においては非常に重要な一面を担っている。この為、オーロラ粒子加速領域のcurrent-voltage relationは重要な問題である。沿磁力線電流と電場の関係はKnight relationと呼ばれる関係式で表せると考えられている。この関係式は、

・ 電流のcarrierは磁気圏起源の電子のみである。

・ 電子は定常的に存在する電場によってadiabaticな加速を受ける。

という仮定の上で成り立つ関係である。しかし実際のオーロラは時間空間的にも変化に富んだ現象であることを考えると、本当にこの関係式が成り立つかは疑問で、長い間議論されてきた問題の一つであり、本研究の大きなmotivationもまたそこにある。このモデルの検証はこれまで多くの衛星観測によって行われている。加速領域を横切る軌道を持つAkebono衛星ではこのモデルの関係は成り立たず、実際の電流の方がモデルの値よりも多いことが分かっている。しかし一方で、低高度衛星による観測では、モデルは良く合うという報告が多い。本研究では、なぜこの様な違いが起こるか、Akebono衛星で得られたデータによる統計解析の結果をもとに考えることで議論が進められる。本研究では、沿磁力線電流密度を3通りの方法で導出し比較することにより、加速領域内での電流のcarrierの違いからモデルを検証した。図1はこれら推定した電流の意味の違いを示している。

 はじめに、高度約9000kmの加速域中で得られた観測結果ではやはり、磁場データにより推定した電流(Jtotalとする)は、モデル電流(Jmodelとする)よりずっと大きな値を示すものが多かった。一方、モデル電流と粒子データのpeak energy以上のエネルギー電子の積分による電流(Jhighとする)はほぼ一致していた。このことは、加速過程はadiabaticであることと矛盾しない。一方、peak energy以下の電子も加えて積分計算した電流(Jlow+high)は、Jhighよりも大きく、値はJtotalに近づく。従って、モデル電流では実際の電流には足りない分の電流は、peak energy以下のエネルギーの低い電子が担っているのである。

 同じ解析を低高度で観測されたデータでも行ったところ、低高度ではpeak energy以下の電子による電流の寄与は少なく、peak energy以上の加速された電子による電流のみで電流は説明できる結果を得た。この結果は、他の低高度衛星での観測とconsistentであるといえる。

 図2は、peak energy以下の電子が電流に寄与する領域の季節・高度・緯度・地方時毎に統計解析した結果を表した図である。図は、加速領域(電子の加速があったイベントの中)でJlow+highとJhighの比が2以上になったイベントのある割合を色で表している。赤色は40%以上の割合で(Jlow+high/Jhigh)>2であったことを示している。この結果から、peak energy以下の電子が電流を担うイベントは特に冬半球の高高度の真夜中付近で多く、その比率は低高度になるにつれ低くなる傾向がある事が解かる。従って、これまでAkebono衛星が観測した様な高高度ではpeak energy以下の低いエネルギー電子の電流への寄与が重要であるが、それは高度と共に低くなる。従って低高度ではpeak energy以上の加速された電子だけで電流は説明でき、モデルと良く会う結果が得られる。またこの傾向は夏冬関わらずに見られるが、冬半球では6000km以下の低高度でもイベントは多いが、夏半球ではイベントの多い領域は8000km以上の高度でしかない。このような季節変化は、最近注目されているオーロラ現象の季節変化に関連があると考えられる。

 我々は更に、この様な領域が加速電場存在領域に対しどのような領域にあるのか調べるため、electron acceleration, UFIの発生率を調べ、電流の分布図との比較も行った。この結果、electron accelerationは夏半球では高高度から低高度まで比較的同じ確率で観測されているのに対し、冬半球では6000km以下の低高度で特に高い発生率が観測された。この結果は、夏半球では8000km以上の高高度に分布するのに対し、冬半球では6000km以下の低高度にある事が多いことを示している。UFIの発生率の分布もまた、electron accelerationの発生とconsistentな結果を示していた。この様に、オーロラ粒子加速領域の高度に季節変化が生じるのは、地球近傍のプラズマ密度に季節変化がある為であると予想している。UFIの分布関数をfittingすることによって推定される加速領域下端のion密度が、total potential differenceに対し反相関にはあるが季節によりその傾向が変わらない。この事と、地球近傍の密度が高度が上がるにつれ低くなる傾向をもつことを考え合わせると、加速電場が発生するべき密度となる高度は全体として密度の低い冬半球で低高度になるであろう。

 これまでの加速領域の高度分布と、沿磁力線電流carrierの高度分布構造を比較して考えると、peak energy以下の電子が電流に寄与する領域は加速領域ではまだpotential differenceが更に低高度にも存在していると予想される領域にある事、また加速領域自体の季節による高度変化の為にその領域の高度分布にも季節変化が生じる事がわかる。具体的には、加速領域が高高度に存在する夏半球ではpeak energy以下の電子が電流に寄与する領域は高高度にしか存在しないが、加速領域が低い冬側では、夏に比べ低高度でもpeak energy以下の電子の電流への寄与が観測されるのである。

 高高度の加速領域中での電子はしばしば、これまでの定常電場領域モデルでは説明できない分布を示している。これは、定常モデルにおいては磁気圏起源電子も電離層起源の電子も存在し得ない禁止領域に多く電子の分布が見られるものである。これらの電子の存在は、加速領域が時間空間的に変化していると考えることで説明できる。この事は、粒子加速領域はモデルの仮定の様に必ずしも定常的でなく、従来考えられていたよりも時間空間的に激しく変化している事を示唆する。

観測点の上のpotential deifferenceが小さいときにpeak energy以下の電子が電流に寄与する事と、高い高度でpeak energy以下の電子が電流に寄与する確率が高いという観測事実から考えると、観測点の下のpotential differenceが時間空間的に発達しており、この為にloss cornが急激に広がることによって磁気ミラー点と電場との間に補足されていた低エネルギー電子が電流に寄与できると考えられる。

加速領域が時間変化する提案はこれまでにも幾つかあり、主に3通りのモデルが提唱されている。

我々は更にtest particle simulationを用い、どの様な加速領域時間変化モデルが、実際の電流をどの程度説明できるか検討した。この考察の結果、低エネルギー電子が電流を担うためには、観測点の上下にそれぞれ加速領域が存在して、高高度の加速領域は補足電子を地球近傍の磁力線上に溜める働きを持ち、低高度の大きな電位差を持つ加速領域で補足電子を電離層に降下させるメカニズムが必要であると考えられる。もし観測点の下のpotential differenceが時間空間的に変化していると考えると、電流を担うpeak energy以下の電子は変化している下のpotential differenceによって更に加速されるため、低高度で観測される場合はpeak energy以上に含まれると考えられる。

 結論として本研究の結果では、オーロラ粒子加速領域の時間空間的な変化がcurrent-voltage relationに影響することを示唆した。また、季節による加速領域の存在高度の違いも見いだされた。

図1:解析で比較した電流密度の推定法

図2:peak energy以下の電子が電流に寄与する領域

審査要旨 要旨を表示する

この論文は6章からなり、第1章は導入部で、オーロラの巨視構造、磁気圏プラズマ、オーロラを起こす降下粒子の特性、オーロラ粒子と沿磁力線の関係、オーロラ粒子加速機構、オーロラ粒子の季節依存特性、オーロラ粒子加速域で成り立つ電流と電圧の関係、本論文の目的と構成を述べる。第2章は「あけぼの」観測衛星による、荷電粒子、磁場観測とそれらデータの夫々より沿磁力線電流値を得る手法、荷電粒子の分布関数から加速電圧を評価する方法について紹介する。第3章は、実際の衛星観測データから、オーロラ粒子加速領域の電流と電圧の関係について、高高度では従来のモデルで無視されていた低エネルギー電子束を含めたものが磁場の空間変化として観測される電流値に一致することを詳細な事例解析例として示し、次に統計的な事実としてこの傾向が高高度で顕著となること、地方時、季節による違いについて、「あけぼの」衛星の10年に渡る観測データに基づく解析結果を与える。第4章では、加速オーロラ粒子観測頻度を、粒子降下が顕著な異なる地方時の3つの領域と夏・冬の季節で加速電位差と観測高度関係について統計を行い、最も活動的な夜側オーロラ領域では加速電圧は他の領域より常に大きいにもかかわらず、冬に加速粒子の観測頻度が高く、加速域の高度は下がり、夏には加速領域が高高度に移るという事実を明らかにする。5章は高高度で低エネルギー電子が電流キャリヤーとして寄与する分布関数を作るために時間的に磁力線沿いの電位勾配を変化させる、テスト粒子シミュレーションを行い定性的に期待した通りの結果が得られることを示す。第6章ではこの論文の結論が述べられる。審査委員会の評価の過程:

 この論文はオーロラ上空の磁力線に沿って流れ出す沿磁力線電流の大きさと加速電圧の関係について、観測に基く各種の方法で評価を行いこれまで受け入れられてきた定常的な電流モデルが高高度では不十分であることを示すとともに、電流に寄与しないと考えられて来た低エネルギー電子の役割が重要となることを示した。この事実について全オーロラ帯の高度依存性を統計的に調べ、夜側オーロラ帯ではこの特性が顕著となる高度は冬に低く、夏に高いという結果を得た。著者は観測事実を説明するために時間発展する加速電場を導入し電子の分布関数を変えることにより低エネルギー電子が電流に寄与し得るように工夫した。この1次元の非定常モデルを数値実験的に調べ分布関数の中に電流に寄与する低エネルギー電子は形成される量的に不十分なため、更に別の変動加速電場領域を低高度に置くことによって改善を試みている。

 平成13年01月19日の第1回の審査会での質疑応答と提出された第1版論文について、各審査員はこの論文が10年間に渡る膨大な「あけぼの」衛星粒子観測データの解析に基づいてオーロラ沿磁力線電流電流キャリヤーの高度依存性を分布関数レベルで明らかにし、従来の定説に修正を求める結果を得た点を高く評価した。しかし、一方で改良すべき点が指摘され、審査員が3版までの論文について求めた改良要求は次の4点に要約される。(1)結果の表現方法、(2)データ処理上の誤差を減らすこと、(3)提案した数値実験の結果について他の可能性と比較して議論を深め観測結果との連係を図る、(4)加速領域の季節変化と高度変化に関する議論を深める。

 著者が第4版として提出した審査論文について、審査委員会は上記の改良が全て行われ博士論文としての要件を満たすことを認めた。

 なお本論文第3章の1部は、鶴田浩一郎、福西浩、早川基、向井利典との共著であるが、論文提出者が主体となって解析及び考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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