学位論文要旨



No 116591
著者(漢字) 佐藤,政充
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,マサミツ
標題(和) 14−3−3タンパク質による分裂酵母の減数分裂制御因子Mei2pの制御機構
標題(洋)
報告番号 116591
報告番号 甲16591
学位授与日 2001.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4056号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 横山,茂之
 東京大学 助教授 榎森,康文
 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

 細胞の分裂様式には、体細胞分裂と減数分裂という2種類が存在する。体細胞分裂は、動植物の体細胞や酵母細胞などが通常に増殖する場合の分裂様式である。これに対して減数分裂は、生殖細胞の産生に必要な分裂様式である。減数分裂は、体細胞分裂と同様に、酵母から高等な哺乳類に至るまで真核細胞生物において幅広く保存された分裂様式であるが、その制御過程については、体細胞分裂において得られているほどの知見が得られていない。そこで本研究では、減数分裂機構の解明のためのモデル生物として優れている分裂酵母Schizosaccharomyces pombeを用いて解析を行った。

 分裂酵母は通常、富栄養条件下では一倍体細胞として栄養増殖するが、培地中の栄養源(主に窒素源)が枯渇すると、異なる接合型の一倍体細胞同士による接合、減数分裂、そして胞子形成という一連の有性生殖過程に導かれる。減数分裂過程は、減数分裂前DNA合成、減数第一分裂、減数第二分裂からなる。分裂酵母mei2変異株は、減数分裂前DNA合成の前で減数分裂過程が停止する変異体のひとつとして得られた。遺伝子クローニングの結果、mei2遺伝子はRNA結合タンパク質をコードすることが分かった。

 その後の解析から、分裂酵母の減数分裂が進行するためにはMei2タンパク質(Mei2p)の活性化が必要十分であることが明らかとなった。体細胞分裂時には、Mei2pはPat1キナーゼによるリン酸化を受けてその機能が抑えられているが、減数分裂誘導条件下にPat1キナーゼは不活性化され、脱リン酸化型のMei2pが蓄積して減数分裂が開始する。Mei2pは減数分裂前DNA合成および減数第一分裂という減数分裂の異なる2つの段階において減数分裂の進行に必須の活性を担っている。

 また、GFPとMei2pの融合タンパク質の局在観察の結果から、Mei2pの減数分裂における挙動についても興味深い知見が得られている。体細胞分裂周期にある細胞ではGFP-Mei2pは細胞質に存在する。Mei2pが必要とされる減数分裂前DNA合成開始時も同様に細胞質局在を示すが、その後、減数第一分裂の進行に必須の機能を果たすために、Mei2pはmeiRNAと呼ばれるRNA分子と結合して、核内でドット状に局在する。meiRNA欠損株は減数第一分裂の前で停止する減数分裂不能の表現型を示し、Mei2pの核内ドットを形成しない。しかし、Mei2pに核移行シグナル(NLS)を付加すると、核内に高濃度に蓄積したMei2-NLSpがドットを形成し、meiRNA欠損株の減数分裂不能を高い効率で抑圧することが可能であった。このことから、meiRNAは減数第一分裂開始時にMei2pを核内に移行させる活性をもつ可能性が想定されていた。しかし、Mei2pが常時、核−細胞質間を行き来(シャトル)している場合には、meiRNAがMei2pの核への移行を促進する可能性に加えて、meiRNAがMei2pを核内に繋留してドット形成能を高めている可能性がある。これらの可能性を検討するために、本研究ではまず核外輸送因子exportin 1の阻害剤であるleptomycin B (LMB)を用いて解析した。

1. LMBを用いたMei2pの核−細胞質間輸送の解析

 体細胞分裂により増殖している細胞では、Mei2-GFPは細胞質に存在する。しかしLMBを添加すると、Mei2-GFPの核への蓄積が観察された。これはmeiRNA欠損株においても同様であった。すなわち、Mei2pはmeiRNA非依存的に核内に流入し、exportin 1に依存した経路で細胞質に排出される、核−細胞質間をシャトルするタンパク質であることが明らかとなった。さらに、meiRNAを過剰発現させた細胞にLMBを添加しても、GFP-Mei2pの核蓄積率は野生型と同等であった。しかしながら、meiRNAを過剰発現させた株では、野生型と比較してきわめて高い頻度でGFP-Mei2pが核内にドットを形成していた。逆にmeiRNA欠損株ではドットが殆ど形成されなかった。以上の事実から、meiRNAはMei2pの核内への輸送を助けるのではなく、核内に流入したMei2pを核内に繋留してドット状に局在させることで減数分裂を進行させるという機能を持つことが示唆された。以上の結果をまとめると、体細胞分裂条件下ではMei2pは核−細胞質間をシャトルしているが、減数分裂条件下では、少なくとも一部のMei2pがmeiRNAと結合することによって核内に繋留されてドット状に局在し、その結果減数分裂を進行させるという制御機構の存在が示唆された。

2. 14-3-3タンパク質Rad24pによる、Mei2pを介した減数分裂制御機構の解析

 次に、Mei2pが減数分裂を制御する分子機構をさらに解析するために、two-hybrid法を用いてMei2pと相互作用する因子を検索した。その結果、いくつかのタンパク質がMei2pと相互作用する候補として得られた。本研究ではその中から分裂酵母の14-3-3タンパク質であるRad24タンパク質(Rad24p)に注目して解析を進めた。14-3-3は酵母から高等真核生物に至るまで高度に保存されており、様々なタンパク質と相互作用することで、細胞周期制御やシグナル伝達など、多岐にわたる細胞内現象において重要な役割を担うことが知られている。14-3-3と結合する様々なタンパク質の配列比較から、14-3-3はリン酸化された特定のモチーフに結合することが明らかとなっている。本研究ではMei2pのPat1キナーゼによるリン酸化部位がこの14-3-3結合モチーフに相同性を有することに着目し、免疫沈降実験などによって、Rad24pが脱リン酸化型のMei2pよりもPat1キナーゼによってリン酸化されたMei2pとより強く結合することを実証した。

 一方、遺伝学的な解析から、Rad24pは減数分裂を抑制する活性を持つという結果が得られた。すなわち、二倍体のrad24遺伝子破壊株は、増殖条件下でも高頻度に減数分裂を開始した。また、Rad24pの過剰発現は、pat1-114温度感受性変異株の高温での減数分裂を抑圧した。これらの観察から、Rad24pがPat1キナーゼによるMei2pの活性抑制機構に関与している可能性が強く示唆された。

 さらに、rad24遺伝子を破壊することによって、meiRNA欠損株の減数分裂不能が抑圧された。すなわち、meiRNA欠損株はMei2pのドットを形成できないが、rad24を破壊することによってMei2pのドット形成能が回復し、減数分裂が進行できたと考えられた。言い換えると、Rad24pはMei2pのドット形成を抑制しているといえる。このことは、rad24破壊株内でGFP-Mei2pを発現させると、本来核内ドットを形成しない増殖条件下でもドット形成が見られたという事実によっても裏付けられる。

 Rad24pがどのような分子機構でMei2pのドット形成を抑制しているかを追究した。アフリカツメガエル卵母細胞での14-3-3によるCdc25の局在制御の実験では、14-3-3はリン酸化されたCdc25と結合することによって、Cdc25の核移行を阻害しているとされる。ところが分裂酵母rad24破壊株においてMei2pの核移行速度は野生型と同等であり、14-3-3はMei2pの核移行を阻害しないことが分かった。また、核内に強制的に移行させたMei2-NLSpはrad24破壊株の核内で高頻度にドットを形成したが、野性株の核内ではドット形成率が低かった。以上の結果は、Rad24pはMei2pの核移行段階ではなく、核内に移行したMei2pのドット形成過程を直接阻害していることを示唆している。

 Mei2pのドット形成を阻害するRad24pと促進するmeiRNAの作用が互いに関連しているかについて検討した。in vitroでの実験の結果、Rad24pはPat1キナーゼによってリン酸化されたMei2pに強く結合することによって、リン酸化型Mei2pのmeiRNAとの結合を阻害することが示された。

 以上をまとめて、減数分裂の開始制御機構として従来のモデルをより具体化した以下のモデルが導かれた。体細胞分裂時にわずかに発現されるMei2pは、核−細胞質間をシャトルしているが、Pat1キナーゼによるリン酸化を受けているため14-3-3が結合している。その結果Mei2pはmeiRNAと効率よく結合できずにドット形成に至らず、exportin 1によって核外に排出される。これに対して減数分裂条件下では、Pat1キナーゼが不活性化され、またMei2pの発現も増加する結果、脱リン酸化型のMei2pが蓄積するが、これらには14-3-3が結合しないか、ごく弱い結合しかしない。従って減数分裂条件下で発現が増大したmeiRNAは14-3-3による阻害を受けずにMei2pと結合し、ドット状のMei2p-meiRNA複合体を形成して減数分裂を進行させる。

 このように、meiRNAはMei2pの核内への輸送を助けるのではなく、Mei2pを核内に繋留してドットを形成させることによって減数分裂を進行させること、およびPat1キナーゼによるMei2pの不活性化機構は、少なくとも部分的には14-3-3によるMei2pのドット状局在阻害の結果であることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

 分裂酵母のMei2タンパク質(Mei2p)は減数分裂が進行するために必須の機能をもつRNA結合タンパク質である。体細胞分裂時には、Mei2pはPat1キナーゼによるリン酸化を受けてその機能が抑えられているが、減数分裂誘導条件下ではPat1キナーゼは不活性化され、脱リン酸化型のMei2pが蓄積して減数分裂が開始する。Mei2pは減数分裂前DNA合成および減数第一分裂という減数分裂の異なる2つの段階において減数分裂の進行に必須の活性を担っている。

 体細胞分裂周期にある細胞ではMei2pは細胞質に局在する。減数分裂前DNA合成開始時も同様に細胞質局在を示すが、その後、減数第一分裂の進行に必須の機能を果たすために、Mei2pはmeiRNAと呼ばれるRNAと結合して、核内でドット状に局在する。meiRNA欠損株は減数第一分裂の前で停止し、Mei2pの核内ドットを形成しない。このようにmeiRNAはMei2pを核内に局在させる機能を持つことが示唆されていたが、その具体的な作用機構は不明であった。佐藤政充は学位論文の第一章でこの問題を解決すべく、Mei2pの核−細胞質間輸送について解析を行った。

 核外移行阻害剤を用いた解析の結果、体細胞分裂条件下においてもMei2pはmeiRNA非依存的に核内に流入し、またexportin 1に依存した経路で細胞質に排出される、核−細胞質間をシャトルするタンパク質であることが明らかとなった。さらに核外移行阻害条件下でMei2pの核内蓄積速度を検討した結果、Mei2pの核内への輸送にはmeiRNAは関与していないことが示され、meiRNAはMei2pの核内への輸送の促進ではなく、核内に輸送された後のMei2pを核内に繋留してドット状に局在させるのに必要な因子であることが結論された。

 第二章において学位申請者は、Mei2pが減数分裂を制御する分子機構をさらに解析するために、two-hybrid法を用いてMei2pと相互作用する因子を検索した。得られた因子の中から分裂酵母の14-3-3タンパク質であるRad24pに注目して詳しい解析を進めた。14-3-3は酵母から高等真核生物に至るまで高度に保存されており、様々なタンパク質と相互作用して多岐にわたる細胞内現象に重要な役割を担うことが知られている。14-3-3はリン酸化された特定のモチーフに結合することが明らかとなっている。学位申請者はMei2pのPat1キナーゼによるリン酸化部位がこの14-3-3結合モチーフに相同性を有することに着目し、Rad24pが脱リン酸化型のMei2pよりもPat1キナーゼによってリン酸化されたMei2pとより強く結合することを明らかにした。

 一方、遺伝学的な解析から、Rad24pは減数分裂を抑制する活性を持つことを見出し、Rad24pがmeiRNAとは反対にMei2pの核内ドット形成を阻害していることを示唆する結果を得た。その分子機構を追究した結果、Rad24pはMei2pの核移行ではなく、核内に移行した後のドット形成段階を阻害していることが示された。さらに具体的に、Rad24pはPat1キナーゼによってリン酸化されたMei2pに強く結合することによって、リン酸化型Mei2pがmeiRNAと結合するのを阻害することが示された。

 以上をまとめて、学位申請者は減数分裂の開始制御機構として以下のモデルを提唱した。体細胞分裂時にわずかに発現されるMei2pは、核−細胞質間をシャトルしているが、Pat1キナーゼによるリン酸化を受けているため14-3-3が結合している。その結果Mei2pはmeiRNAと効率よく結合できずにドット形成に至らず、exportin 1によって核外に排出される。これに対して減数分裂条件下では、Pat1キナーゼが不活性化され、Mei2pの発現も増加する結果、脱リン酸化型のMei2pが蓄積し、これらは14-3-3とごく弱い結合しかしない。従って、減数分裂条件下でやはり発現が増大したmeiRNAは14-3-3により阻止されることなくMei2pと結合し、ドット状のMei2p-meiRNA複合体を形成して減数分裂を進行させる。このように、Pat1キナーゼによるMei2pの不活性化機構は、少なくとも部分的には14-3-3によるMei2pのドット状局在阻害の結果であることが明らかとなった。また、14-3-3がRNA結合タンパク質のリン酸化されたセリン/スレオニンに結合することにより、RNA結合モチーフを被い隠してRNAとの結合を阻害するという、興味深い機構の存在が示唆された。

 以上、佐藤政充は分裂酵母の減数分裂開始制御因子Mei2pの核内ドット形成機構をを解析し、Mei2pが核−細胞質間をシャトルするタンパク質であること、meiRNAがMei2pを核内に繋留してドット状に局在させる因子であること、このmeiRNAの機能に対し14-3-3タンパク質が拮抗して作用すること、14-3-3タンパク質はリン酸化されたMei2pに選択的に作用し、それによってリン酸化が減数分裂を阻害する理由がうまく説明されることを示した。この成果は、減数分裂の分子機構の理解に対して重要な寄与をなすものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は篠崎(矢花)聡子、山下朗、渡辺嘉典、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、佐藤政充に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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