学位論文要旨



No 116593
著者(漢字) 伊藤,弓弦
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユズル
標題(和) アフリカツメガエルhedgehog遺伝子の初期胚における発現制御機構の解析
標題(洋) Regulation of hedgehog gene expression in early development of Xenopus laevis
報告番号 116593
報告番号 甲16593
学位授与日 2001.09.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4058号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 守,隆夫
 東京大学 助教授 三谷,啓志
 九州大学 助教授 田代,康介
内容要旨 要旨を表示する

 多細胞生物は発生過程を通じてそれぞれに特徴的な形態を形作ってゆく。この形態形成は、様々な因子の相互作用によって緻密にプログラムされており、それゆえ形態形成に関わる因子群が「どの様に限局して発現制御され」、「どの様に限局して作用していくか」は最も興味深い問題である。そこで脊椎動物の初期発生における形態形成を更に詳しく解明するため、位置や方向の決定に関与する因子、hedgehog(hh)に注目した。hhはショウジョウバエで最初に報告された分泌性因子で、ショウジョウバエの体節、肢芽、羽芽等の前後の方向を決定すると報告され、脊椎動物においても同様の働きを担うと考えられている。本研究ではXenopus hedgehog(Xhh)のツメガエル初期胚における発現、発現制御機構の解析を行った。

 まず初めにアフリカツメガエルから3種類のhhのホモログを単離した。マウスのhhとそれぞれ比較したところ、receptorに結合するN端側は3種類を通じて保存性が高かった。続いて、これらのXhh mRNAの発現場所を同定した。Xenopus sonic hedgehog(Xshh)mRNAは中胚葉ではシュペーマン・オーガナイザー、脊索、外胚葉では神経底板、脳においてまず限局した発現が見られた。これらと同様の発現は多種でも報告されており、ツメガエルにおいてもXshhは神経管及び体節の背腹軸を決定していることが示唆された。その後さらに内胚葉領域の咽頭、肛門、胆嚢での発現がみられた。これよりXshhは初期発生において尾芽胚期以降の内胚葉形成にも関わっていることが予想された。一方Xenopus cephalic hedgehog(Xchh)mRNAは嚢胚期から神経胚期にかけては内胚葉全域での発現がみられ、その後尾芽胚期になると内胚葉の前端及び後端におけるシグナルが強く検出された。これよりXchhは初期発生から内胚葉分化に関わっていると考えられる。以上のことから、この2種のXhhは発生過程の様々な局面において分化に関与していることが示唆された。

 次に、Xhh遺伝子の限局した発現を制御する因子について解析を行った。嚢胚期以降、内胚葉で発現するXchhについて解析した。胞胚期に植物極を取り出し神経胚期まで培養した細胞においてXchh mRNAの発現が検出された。これよりXchh mRNAの発現は胞胚期以前に決定されており、母性成分による自律的な制御を受けていると考えられる。これまで、内胚葉分化へのTGF-β及びFGFの関与が報告されている。そこでこれらの因子がXchh mRNAの発現に対して与える影響を調べた。8細胞期に種々の因子に対するdominant negative型receptor mRNAをinjectionした胚の植物極を単離して培養したところ、Vg-1やactivinのシグナルを阻害するdominant negative型-activin receptorを発現させた場合に、Xchh mRNAの発現量が減少した。これよりVg-1やactivin様の活性が、Xchh mRNAの発現制御に重要であることが判明した。

 続いて脊索、神経底板におけるXshhの発現制御機構を解析した。胞胚期に切り出した動物極、植物極どちらにおいても、無処理の条件下ではXshh mRNAの発現は認められなかった。一方、植物極においてdominant negative型-activin receptorや-BMP receptorを発現させることによりXshh mRNAの発現が誘導されたが、動物極においては同様の処理によっても誘導されなかった。このことから、Xshh mRNAの発現には(1)TGF-βfamilyのアンタゴニスト及び(2)植物極側に局在する未知の因子、の2つが必要であると考えられた。そこで内在していることが知られる種々の因子のうちTGF-β familyのアンタゴニストとしてFollistatinとNoggin、植物極に局在する因子としてTGF-β familyに属するXenopus nodal related gene-1(Xnr-1)に注目し、それらの因子を作用させた動物極におけるXshh mRNA発現を解析した。その結果、Xshh mRNAの発現はXnr-1、follistatin、noggin単独では誘導されなかったが、Xnr-1とNogginもしくはXnr-1とFollistatinとによって相乗的に誘導された。whole embryo内にこれらの因子を発現させたところ、Xnr-1、noggin、follistatin単独及びXnr-1とfollistatinの共発現では、不完全な二次軸が誘導され、Xnr-1とnogginを共発現した場合には頭部まで含んだ完全な二次軸が誘導された。これらの因子によって誘導された2次軸内における神経マーカー・N-CAM mRNAの発現を調べたところ、すべてのタイプの2次軸において検出された。これよりどの因子も2次軸内に神経組織を誘導していることが示された。一方、2次軸内におけるXshh mRNAの発現を解析したところ、Xnr-1、noggin、follistatin単独で誘導した2次軸内にはXshh mRNAの発現は検出されなかったが、Xnr-1とNogginもしくはXnr-1とfollistatinの共発現による2次軸内にはXshh mRNAの発現が検出された。組織切片によって解析したところ、Xshh mRNAは2次軸内に形成された脊索及びそれに隣接する神経管において発現していることが判明した。これより、whole embryo内においてもXshh mRNAの発現はXnr-1とNogginもしくはXnr-1とFollistatinとによって相乗的に制御されることが示された。以上のことからXshh mRNAの初期胚における発現は2つの因子(nogginもしくはfollistatinとXnr-1)によって制御され、限局した発現が2種類のシグナルの重なりによって引き起こされることが明らかとなった。

 このメカニズムをさらに詳しく解析するために、これら2種類のシグナルがXshhのゲノム領域にどのように作用するかを解析した。ツメガエルゲノムライブラリーよりXshhをコードするゲノム領域を単離した。シークエンスを決定したところ3つのエクソンによりXshhはコードされていた。ルシフェラーゼレポーターを用いて、ゲノム上のXnr-1とnogginに応答するシスエレメントを探索し、Xnr-1とnogginによって相乗的に活性化される領域-second intronic enhancer fragment (SIEF)をセカンドイントロン内に同定した。このSIEF内における転写因子の結合配列を検索したところ、Forkhead familyに属する転写因子HNF3の結合配列及び、TGF-β familyのシグナル伝達に関わるSmadの結合配列等の存在が予想された。そこでこれらの結合配列を中心にXnr-1とnogginに対する応答能を詳細に解析した結果、SIEFの中央に位置するHNF3とSmadの結合配列がXnr-1とnogginに応答することが判明した。次にSIEFが脊索、神経底板領域における発現を制御するかについてtransgenic frogを作成し解析した。その結果プロモーター上にSIEFを組み込んだレポーターGFP mRNAの発現は脊索、神経底板において検出された。以上のことから、SIEFが脊索、神経底板におけるXshh mRNAの発現を制御しているシスエレメントであり、細胞外シグナルとしてXnr-1及びnogginが作用していることが明らかとなった。

本研究において以下のことを明らかにした。

1.Xhh mRNAは外、中、内胚葉性組織において時間的にも空間的にも限局して発現している。これはXhhが初期発生において、様々な局面で位置情報を担う可能性を示唆している。

2.Xchh mRNAの発現は、内胚葉領域においてVg-1/activin様の因子によって制御されている。

3.Xshh mRNAの発現は脊索、神経底板においてXnr-1とBMPのアンタゴニストの協調作用によってなされている。

4.Xshh mRNAの転写制御は、Xshhゲノム上、第2イントロン内に存在するエンハンサーによって行われる。そのエンハンサーにはHNF3とSmadが作用すると予想される。

審査要旨 要旨を表示する

 動物の特徴的な形態が発生する過程では、初期胚において様々な形態形成因子が決められた時間と場所で発現し、細胞に作用することが重要である。そのような形態形成因子の一つ、hedgehog(hh)はショウジョウバエで発見された分泌性因子であるが、脊椎動物にも相同の蛋白質が存在して重要な働きをしていることが知られている。本研究ではhhがアフリカツメガエルの初期胚において、どのような発現制御を受けているかを検討したものである。

 本論文は4章からなる。第1章では、ツメガエルよりhedgehog遺伝子を単離し、その発現場所を同定した。3種のhh遺伝子が同定された。そのうちのひとつXshhは中胚葉の原口背唇部、脊索、外胚葉の神経底板、脳に限局した発現が見られた。発生が進むと内胚葉の咽頭、後腸、胆嚢での発現も見られた。一方Xchhは内胚葉の前端及び後端に偏って発現していた。以上のことから、この2種のhhは発生過程の様々な局面において細胞分化、形態形成に関与していると示唆された。

 第2章では、内胚葉で発現するXchhの発現制御機構を解析した。胞胚期で取り出して培養した植物極の細胞において、自律的なXchhの発現が検出された。これよりXchhの発現は胞胚期植物極に存在する母性成分の制御を受けていることが示唆された。さらに、内胚葉分化に関与することが知られているTGF-β familyに属するVg-1やactivinなどの因子がXchhの発現制御に重要であることを明らかにした。

 第3章では脊索と神経底板におけるXshhの発現制御機構を解析した。胞胚期に切り出した動物極、植物極どちらの細胞も、無処理の条件下ではXshhを発現しなかった。植物極においてはTGF-β familyのアンタゴニストの存在下でXshhの発現が誘導されたが、動物極においては同様の条件下で誘導されなかった。このことから、Xshhの発現にはTGF-β familyのアンタゴニストと植物極側に局在する因子の2つが必要であると推論された。そこで内在性のTGF-β familyのアンタゴニストとしてnogginとfollistatin、植物極に局在する因子としてXenopus nodal related gene-1(Xnr-1)に注目した。胚内にこれらの因子を発現させたところ、Xnr-1、noggin、follistatin単独ではXshhの発現を誘導しなかったが、Xnr-1とnogginもしくはXnr-1とfollistatinを共発現させると、Xshhの発現が見られた。よって、Xshhの発現はそのような2つのシグナルが共存する部位において協調的に制御されることが示された。

 以上の結果を踏まえ、第4章ではXnr-1とnogginがXshhのゲノム領域にどのように作用するかを解析した。ゲノムライブラリーよりXshhをコードするゲノム領域を単離した。次にXnr-1とnogginによって協調的に活性化される領域をセカンドイントロン内に同定した。この部位(Xnr-1/noggin response element:NNRE)には転写因子HNF3の結合部位及び、Smadの結合部位と考えられる配列が存在した。続いてNNREを含む断片を組み込んだGFPベクターを胚に導入したところ、Xshhと同様に、脊索、神経底板において発現が見られた。これらのことから、NNREが脊索、神経底板におけるXshhの発現を制御しているcis-elementであることが明らかとなった。

 以上のように本研究では、形態形成因子であるhhが限局して発現する機構として、細胞外からの2つのシグナルのバランスによって調節をうけるシステムが存在することを明らかにするとともに、その調節に関与するゲノム上の部位を同定することに成功した。これまで、形態形成因子の発現制御解析はほとんどなされていなかったので、多細胞生物の形態形成に本質的に重要なhh遺伝子群の転写制御を明らかにしたことは、基礎生物学、特に分子発生生物学の分野において重要な成果であると考えられる。

 なお、本論文第1章は塩川光一郎、田代康介と、また第2〜4章は久原哲、田代康介との共同研究であるが、一貫して論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク