学位論文要旨



No 116595
著者(漢字) 打越,綾子
著者(英字)
著者(カナ) ウチコシ,アヤコ
標題(和) 自治体事業部局における政策形成活動の構造と過程 : 川崎市の政策領域別基本計画を素材にして
標題(洋)
報告番号 116595
報告番号 甲16595
学位授与日 2001.09.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第162号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 教授 小早川,光郎
 東京大学 教授 高橋,進
 東京大学 教授 田邊,國昭
 東京大学 助教授 城山,英明
内容要旨 要旨を表示する

 積年の課題であった分権改革の本格化に際して、地方自治体の行政能力が問われている。様々な権限委譲が行われて自律的な政策形成や意思決定が可能になると、地域内の政治的・経済的・社会的対立を、法制度的限界や国の政策の不備を理由にして傍観することが許されなくなる。加速度的に自治体内の行政課題が深化し、行政機構内外の事前・事後の調整手続が一層複雑化することが予想される。

 従来、自治体行政機構における調整を論ずる場合には、中央各省庁と従属関係あるいは相互依存関係にある事業部局の分立と、地域の総合行政を目指す頂上スタッフ機構による統合という構図が前提とされていた。しかし、分権改革が進行した場合には、中央集権的な制度に起因する外在的な割拠性が弱まるのと反比例して、地域内の利害対立に起因する割拠性や、あるいは組織規模の拡大に必然的に付随する割拠性など、自治体に内在的な分立要因が顕在化する可能性が高い。地方分権改革は、自治体行政機構の割拠性に関する限り、それを解決するのではなく、原因を変化させるのである。ここで問われるのは、新たなシステムの中で自治体の行政活動の整合性を確保するためには、具体的には如何なる仕組みが有効であるのかということである。

 本稿は、以上のような問題意識を受けて、自治体行政機構の割拠性が自治体にとって内在的なものに変化しつつあることを記述し、従来分立要因として批判されてきたアクター自身による政策調整の可能性を求め、そのために政策領域ごとの企画調整能力の向上が有効であると指摘するものである。

 本稿における作業は、以下の二点に集約される。第一に、具体的実証作業として、地方自治体内部のダイナミズムを、構造と過程の両面から描写する。その際に、全国の自治体全般を調査の対象とするのではなく、敢えて一つの政令指定都市(川崎市)の内部観察を徹底する方針をとった。

 第二に、理論的分析作業として、行政活動の整合性を確保するために、頂上部分と個別下位部分との中間地点の機能を拡充する重要性を考察する。筆者は、拡大していく自治体行政活動を頂上スタッフ機構が全体的に調整することの限界とコストを考慮した場合、政策領域ごとの企画調整能力の向上が、新たな処方箋として十分な有用性を備えていると考える。ただし、中間部分的な最適化の積み重ねが、全体的な最適化と矛盾する可能性もある。従来分立要因とされてきた諸活動の重複と間隙、そこから来る浪費と矛盾を如何にして克服するかという問題を避けて通ることはできないのであって、政策領域ごとの企画調整能力の向上が、単なる組織的分断性に堕する可能性にも配慮せねばならなくなる。これを解決する試みとして有用であるのが、各政策領域において長期的・体系的な視野から課題や施策を検討し、その解決に向けて手段を整理し、事前の調整を図るシステムとしての「政策領域別基本計画」である。これは組織の分断化・遠心化を惹起するよりも、関係組織間の求心的機能を果たすものである。本稿は、この「政策領域別基本計画」の策定の構造と過程の理論的検討を目的とするものである。

 本稿の構成は、第一章=分析枠組みの提示、第二章=川崎市の概要説明、第三章〜第八章=川崎市における具体的事例研究という構成になっている。

 第一章では、本稿の分析枠組みを説明している。中心となる構想と概念を説明するのは第三節であり、第一節と第二節はその準備作業である。

 第一節では、「政策領域別基本計画」を「計画」として位置づけることを目的とする。従来の計画論は、規範的にも記述的にも、詳細で合理的な計画を前提として理論を発展させてきた。しかし、本稿が検討しようとする政策領域別基本計画は、行政職員が如何に努力しても具体性を完全に確保するのが困難であり、また詳細な内容に拘泥するよりも基本的な方向性を示す方が望ましい文書である。この「政策領域別基本計画」という一見曖昧な実体を、計画論一般の中に位置づけるのが第一節の役割である。ちなみに、この節は、本稿全体から見れば若干迂回的な位置づけにあるが、「基本計画」なるものを精緻に検討することが第三節の議論の前提となるために、敢えて一節を割くこととした。

 第二節では、第一節の議論を現実状況と照合させ、第三節に備えるために、自治体の計画行政の歴史を振り返り、全国的な傾向や現状を説明する。まず、自治体総合計画の歴史と現状を把握する。次に、自治体の総合調整を阻害する要因として批判されてきた、部門別の事業計画(例えば、各種の通達や補助金に基づく公共事業五箇年計画など)を把握する。第三に、「政策領域別基本計画」の登場・発展の様相を追跡する。先進的な自治体の自主的な努力によって、縦割り構造を助長させるのではなく、むしろ関係する政策領域を束ねようとする体系的な行政計画が登場し始めている。ここでは、自治体が中央省庁に先行して取り組んできた「環境基本計画」「男女共同参画プラン」「住宅マスタープラン」「生涯学習推進基本計画」の四計画を例にとって、都道府県と政令指定都市の動向を整理している。

 本稿の分析枠組みの中心となるのは第一章第三節である。ここでは、自治体事業部局によって政策領域別基本計画が策定されることの意味を、構造的特性と過程的特性とを反芻・結合させながら分析することを目的とする。

 まず、「政策領域別基本計画」の策定目的や役割を整理する。「政策領域別基本計画」は、利害対立が先鋭化しがちな具体的な意思決定を行う前に、政策のディスコースや思考回路を整えていく初期段階にあたる。従って、長期的な政策対応の準備を可能にするとともに、策定担当部局の影響力や重要性をアピールする機能をも果たすことになる。

 次に、策定構造に関する分析枠組みを提示するために、「自治体の事業部局」という位置づけと、「事業部局の中の横断的セクション」という位置づけを解明する。基本計画の策定担当部局がタテ割り部局とヨコ割り部局の中間的立場にあることが、計画策定過程の良い意味での複雑化をもたらしていることを検討する。

 最後に、策定作業に必要となる政策形成能力について検討する。本稿における政策形成能力とは、企画能力・実務能力・調整能力の三つの能力から構成される能力を意味している。これは、計画策定を成功裏に進めるための必要不可欠な条件であるとともに、策定経験を通じてさらに醸成されていくものであり、自治体行政の改革にとって重要な意味を持つと考えられる。

 第二章では、本稿の分析対象である川崎市について、市政の沿革、行政機構の編成、庁内の行政計画の概観を説明する。第三章以降の事例研究に進む前に、川崎市に関する最低限の紹介をすることが目的である。

 第三章以降は、第一章の分析枠組みや概念を積極的に利用しながら、参加するアクターの範囲に応じて三つの段階を設定し、二つずつ対照的な事例に関して、基本計画の策定構造と過程を比較検討する。第三章と第四章では行政機構内部が中心的アリーナであった二つの事例(「環境基本計画」と「住宅基本計画」)を、第五章と第六章では自治体行政機構と不即不離の関係にある議会と職員組合が関与してくる二つの事例(「一般廃棄物処理基本計画」と「地域防災計画」)を、第七章と第八章ではさらに市民参加の成否が鍵となる二つの事例(「生涯学習推進基本計画」と「高齢者保健福祉計画」)を扱っている。

 最後に、結語にて、第一章の分析枠組みと第三章以降の事例研究の齟齬を再確認することで、本稿が実務の改革に向けて如何なる意味を持ちうるのか検討する。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、著者のいう「政策領域別基本計画」の策定過程の分析を通して、わが国の地方自治体における政策形成活動の構造と過程について考察した、400字詰め原稿用紙にして1400枚に及ぶ論文である。

 従来、地方自治体の行政機構における調整を論ずる場合には、国の各省庁との従属関係にある事業部局の分立による割拠性と、地域の総合行政をめざす頂上スタッフ機構による統合という構図が前提とされていた。しかし、分権改革が進むと、前者の要因が弱まることの反面として、むしろ地方自治体に内在的な分立要因が顕在化する可能性が高い。そのため、行政活動の整合性を確保するためには、頂上スタッフ機構によるコストのかかる調整よりも、政策領域ごとに担当する部局を中心とした企画調整能力の向上を図ることが有効と考えられる。しかし、そのような部分的最適化の積み重ねは必ずしも全体的な最適化をもたらすとは限らない。そこで、割拠性を克服する方法として有用と考えられるのが、各政策領域において長期的・体系的な視点から課題や施策を検討し、解決手段を整理し、事前調整を図るシステムとしての「政策領域別基本計画」である。著者は、このように主張し、神奈川県川崎市において1990年代に策定された6つの計画に関する膨大かつ詳細な分析を通してその論証を試みる。

 本論文は、序論と結語と8つの章から構成されており、「序論」で本論文の目的と考察の準備作業を行い、第1章「分析枠組み」において、従来の計画論の検討に基づき「計画」に関する概念の整理および自治体計画の沿革と現状の分析を行い、「政策領域別基本計画」の特性を明らかにする。第2章では、本論文で調査のフィールドとした川崎市についてその概要を説明している。第3章以下では、川崎市の環境基本計画、住宅基本計画、一般廃棄物処理基本計画、地域防災計画・震災対策編、生涯学習推進基本計画、介護保険事業計画・高齢者保健福祉計画についてそれぞれ詳細な分析を行っている。そして、最後に「結語」において、それまでの議論を締めくくっている。

 以下、各章の内容について述べる。

 まず、「序論」では、従来自治体行政機構の分立要因として批判されてきた各事業部局の担当者自身による自覚的な政策調整の可能性を追究し、政策領域ごとの企画調整能力の向上が行政活動の総合性を確保する上で有用であることを示す、という本論文の目的を述べる。そして、以後の考察の準備作業として、行政組織における各部局の職務の「所管体系」と、その前提として存在する政策・施策・事業等の政策内容からなる「政策体系」の概念を提示し、組織における調整の課題が両体系の関係を調整し、それらに整合性をもたせることであり、従来その方法としてトップダウン的方法が主張されてきたがそれには限界があること、他方、現実には非公式な二者間の水平的調整の仕組みが存在していることが明らかにされてきたが、この方法にも制約があることを指摘したあとで、その中間に位置する調整の仕組みとして「政策領域別基本計画」の重要性を指摘する。そして、具体的な実証の方法として、広く多数の地方自治体について調査を行うのではなく、各事業部局が一定の自律性を有する規模をもち、しかも先進自治体としての評価の高い川崎市を対象として選択し、同市の複数の政策領域別基本計画について、濃密な分析を行う方法を選択すると述べる。

 第1章「分析枠組み」では、本論文で用いる分析枠組みを、既存研究の検討を踏まえて、提示する。まず第1節で、これまでの行政計画論を検討して、政策領域別基本計画の概念を明らかにすることを試みる。行政計画の概念には多様なものがあるが、計画の機能、計画の要素を検討した上で、計画が将来の活動に対してもつ「事前の確定化の意図」を重要な要素として指摘し、次いで、単一計画・複合計画、全体計画・部分計画、基本計画・実施計画等、計画の類型化を行い、複数の事業に関わる複合計画であって、地方自治体の一定の政策領域を対象とした部分計画であり、既存の制度や所掌事務の区分にとらわれずに当該政策領域の課題状況を認知して施策を体系化した案を構築しようとする「基本計画」を「政策領域別基本計画」と位置付ける。

 第2節では、このような観点から、これまでのわが国の自治体計画の沿革と現状について考察する。多くの研究が存在している自治体の総合計画の歴史と現状について述べたあと、地方自治体の行政活動の総合性を阻害する要因として批判されてきた、公共事業五カ年計画等の部門別の事業計画について検討し、次いで、「政策領域別基本計画」の登場・発展の経緯、すなわち、いくつかの先進的な自治体の努力によって、タテ割構造に沿うのではなく、むしろ関係する政策領域を束ねようとする、「環境基本計画」、「男女共同参画プラン」、「住宅マスタープラン」等の体系的な行政計画が登場した経緯について論じる。

 第3節では、本章の中心的部分である政策領域別基本計画の策定過程における行政組織の構造的、過程的特性が、先行研究の検討を踏まえて、論じられる。政策領域別基本計画の策定は、利害対立が先鋭化しがちな具体的課題についての意思決定を行う前に、政策の論理や思考回路を整えていく初期の過程であり、長期的な政策対応の準備を行う段階であるとともに、策定担当部局の影響力や重要性をアピールする段階でもある。この政策領域別基本計画の策定過程の構造的要素としては、それぞれの政策領域を所管するタテ割の「自治体の事業部局」に対して、事業部局の中にあってその所管を超えて調整役を果たすヨコ割りの「事業部局の中の横断的セクション」の役割が重要である。このような計画策定担当部局には、企画能力・実務能力・調整能力といった政策策定能力が必要とされるが、その能力を計画策定の経験を通して蓄積していくことが、地方自治体の総合的な発展をもたらす上で重要な意味をもつと述べる。

 第2章「川崎市政の歴史と概要」では、第1章で展開した分析枠組みに基づいて6つの政策領域別基本計画についての考察を行う前提として、フィールドとして選択した川崎市の概要が示される。すなわち、戦後高度成長期の金刺市政から、革新自治体としての伊藤市政、そしてそれを承けた高橋市政に至る市政の沿革を述べたあとで、川崎市役所の行政機構について、その組織的特徴や意思決定の方式等が明らかにされ、最後に、川崎市における行政計画を一覧し、同市の政策領域別基本計画について概観する。それらには、法令に根拠を有するもの、市の条例に基づくもの、それらの根拠を有しないものがあり、策定主体の組織単位のランクも一様ではない。また、計画の対象や内容も、当該部局の活動のみに限られるもの、広く他部局の協力を要するもの、市民や企業を対象としているもの等、多様なものがある。

 第3章「川崎市環境基本計画」と第4章「川崎市住宅基本計画」では、それぞれ行政機構の内部構造が重要な意味をもった事例が取り上げられている。環境基本計画の策定においては、環境保全局という一局内においても緑政、公害というタテ割り原課と、計画策定を担当した当時の環境政策室の間で相克があった。一方における現場の実情や制度的制約に苦しむ原課から、計画担当課の企画は机上の空論にすぎないという批判が出され、このような局内における認識の不一致は、開発、産業を所管する他局との対立、交渉の場面で、理想主義的側面や組織的脆弱性を露呈する要因にもなった。

 他方、住宅基本計画の改定に当たっては、新規の政策体系を構築しようとするヨコ割りセクションと公営住宅の建設管理という地味な作業に慣れたタテ割りセクションの間の温度差は縮まってはいなかったが、住宅部門の企画課は、強い使命感と組織能力を活用し、局内外の関係部局との協力関係を一つずつ積み上げていった。そして、その結果として、基本計画の策定を通じて、新しいアジェンダと具体的な目標数値を設定し、自らの組織の重要性を内外に積極的にアピールすることに成功した。課題は残されているものの、理想像に近い策定プロセスであったと評価できるとしている。

 第5章「川崎市一般廃棄物処理基本計画」と第6章「川崎市地域防災計画・震災対策編」では、地方自治体の行政活動を取り巻く政治状況が重要な役割を果たした事例を取り上げている。これらの章では、革新自治体の登場といった高度に政治的な状況によって、その影響力を変容させてきた地方議会と職員組合という要素が付け加えられる。これらの二つのアクターは、行政機構の活性化を促すこともあれば、その思考様式とは異なるベクトルをもつこともある。一般廃棄物処理基本計画の策定過程においては、これらの要素が清掃部門の活動方針を大きく転換させる契機となった。すなわち、清掃局企画課の主導性によって、客観的データに基づき、廃棄物のリサイクルという理念の下に熱心で幅広い議論が行われ、それを通じて、対立しがちな本庁と現場、当局と組合の関係が融和していった。しかしながら、他のタテ割り部局が所管する施策との連携には必ずしも成功しなかった。この事例は、地方自治体の事業部局において、政策形成能力が向上し始める原初形態であると述べられている。

 地域防災計画は、国・都道府県・市町村の三層構造を維持しながら、毎年改定されることになっており、制度的制約が多い。しかも、阪神・淡路大震災を契機に大規模な改訂作業が行われた、政治的に危機管理の問題がクローズ・アップされた時期における時間的制約下での作業であり、一方で、世論の盛り上がりや議会での質問など追い風となる要素もみられたものの、選挙で選出される市長や議員の行動様式と、防災の専門家たる職員の判断の方向との間に齟齬がみられた事例である。

 第7章「川崎市生涯学習推進基本計画」と第8章「川崎市介護保険事業計画・高齢者保健福祉計画」では、さらに市民参加が重要な影響を与えた事例が分析される。今日、政策の形成において市民の要望に応え、市民の意見を反映する行政を否定することはできないが、そのことを承認したとしても、現実に行政活動を実施していく上で、理想的な市民参加を実現することは難しい。市民参加を踏まえた政策形成を成功させるためには、行政機関の側に政策に関する高い知識と能力が要求される。生涯学習推進基本計画の事例は、この市民参加の意義と課題の両面を示した事例である。

 介護保険事業計画と高齢者保健福祉計画は、同時並行的に策定作業が行われたが、福祉部門の職員は、福祉事務所等の現場での経験から、利用者や対象者の要求の強さを日常的に実感として知っている。そこで、彼らは、それらの強い要望を「市民参加」の結果によるものとして用い、高めの数値目標を設定しようとする。しかし、そのような高い目標は、財政・企画部門の容認するところではなく、そこから、担当部局は、一方で財政部門との交渉において市民の要望をリソースとして用いるとともに、他方で行政機構内部で説得力のある議論を展開するために、市民の要求を抑制する必要がある。そこで市民参加のあり方を真剣に考えなくてはならなくなるわけであり、この事例は、財政当局と市民との間に挾まれて計画策定担当部局が、学習を重ねていった事例ということができる。

 最後に、「結語」において、「政策領域別基本計画」の策定はすべての政策領域で可能ではないこと、計画の策定に従事する職員の一定の努力が前提とされていること、計画そのものの実効性ではなく、計画策定作業が有する組織活動面における機能を重視すべきであることを述べた上で、地方自治体における行政機構の割拠性、さらには地方議会や関係団体、一般住民等を含めた政治力学に鑑みるならば、事業部局自身による「政策領域別基本計画」の策定活動は、行政活動の総合性を高め、政策形成能力の向上をもたらし自治体行政の改善に資する可能性が高いと結んでいる。

 以上が本論文の要旨であり、以下はその評価である。

 本論文の長所としては、第1に、行政組織における政策決定において、行政活動の有効な調整と総合性を確保するためには、これまでの有力な見解であった企画調整部門による総合調整よりも、一定の条件下では「政策領域別基本計画」に具現される事業部局レベルにおける局企画が有効でありうることを、地方自治体についての豊富な事例分析を通して示したことである。

 第2に、従来の行政学における行政計画論が「総合計画」や「事業計画」の機能や性質にもっぱら関心を向けていたのに対し、それ以外の事業部局レベルにおける計画類型に着目し、それを「政策領域別基本計画」として抽出するとともに、これまでそれほど触れられてこなかった、計画策定過程自体が行政組織における調整と総合性の確保において重要な役割を果たしうることを示したことである。

 第3に、それらを、特定の地方自治体の内部に入り込み、多分野にわたる長期的観察を通して実証していることである。もとより、こうした観察方法には、得られた結論の普遍的妥当性や観察対象自体がもつバイアスの問題があるが、本論文で示された膨大な観察の記述は論旨に強い説得力を与えている。それはまた、それ自体行政の実態についての貴重な資料ということができる。

 このような長所をもつ本論文にも、もちろん短所がないわけではない。

 第1に、第1章で、行政計画および行政組織における調整等に関する先行研究の検討がなされ、多数の分析枠組みや概念が提示されているものの、第3章以下の事例分析において、それらの分析装置が充分に活かされているとはいいがたい点である。

 第2に、従来の行政計画論が目を向けていなかった計画策定の作業過程がもつ機能に着目した点が本論文の特色であるが、そのような計画策定のもつ特定の機能が強調されている反面において、長期的な視点に立った資源の効率的な利用や体系的な施策の実施という行政計画がもつ本来の機能や政策内容についての考察が少ないことである。また、計画策定過程の政治的調整機能が強調されているにしては、行政機構内部の諸部門や議会、関係団体、一般住民等の諸アクターが織りなすダイナミクスについての分析が少ない点も惜しまれる。

 第3に、行政組織の内部から観察を行っているが、それが観察対象である職員の価値観や意識への同化をもたらし、叙述がバイアスをもっている印象を払拭できないことである。もう少しクールな分析と叙述がなされれば、主張はさらに説得力をもったと思われる。また、文章は平易でわかりやすいが、やや厳密さを欠く表現がみられる点も惜しまれる。

 以上のように、本論文にも若干の短所があるが、それらは上述した本論文の価値を損なうものではなく、本論文は、行政計画論、自治行政論等の分野における研究に大いに資するものと評価できる。したがって、本論文は、博士(法学)の学位を授与されるにふさわしいものと認められる。

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