学位論文要旨



No 116596
著者(漢字) 伊藤,正次
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,マサツグ
標題(和) 日本型行政委員会制度の形成 : 組織と制度の行政史
標題(洋)
報告番号 116596
報告番号 甲16596
学位授与日 2001.09.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第163号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森田,朗
 東京大学 教授 北岡,伸一
 東京大学 教授 塩川,伸明
 東京大学 教授 田邊,國昭
 東京大学 助教授 山本,隆司
内容要旨 要旨を表示する

 アメリカの独立規制委員会をモデルとして占領期に設置された日本の行政委員会は,占領終結に伴う行政機構改革によって,その多くが廃止された.それゆえ,行政委員会制度は,日本の統治システムに馴染みにくい,異質な「移入法制」と捉えられてきた.本稿は,こうした通説的な見解の当否を検証するため,戦後日本における行政委員会制度の形成過程を分析することを目的とするものである.本稿の特徴と意義は,次の点に求められる.第1に,既存研究が,日本官僚制の民主化という観点から,もっぱら人事院に研究対象を限定しがちであったのに対し,本稿は,多数の合議制行政組織の創設・改廃を広く分析の対象とすることによって,研究の視野を大幅に拡張した.第2に,既存研究が,占領終結に伴う行政委員会の減少を行政委員会制度の衰退と同視するとともに,残存した行政委員会の存立根拠を政治的中立性や専門的判断の必要性等の機能要件に求めているのに対して,本稿は,新制度論の分析枠組みを採用し,「組織」の改廃と「制度」の存続を区別しつつ,両者の相互関係という観点から日本型行政委員会制度の形成過程を捉えた.第3に,日本型行政委員会制度の歴史的起源を探り,その構造的特質に接近した本稿は,現代日本の行政組織改革と規制改革に対する示唆を与えている.

 序章では,既存研究のレヴューを踏まえ,本稿が依拠する新制度論の分析枠組みを提示しているが,その中心は,制度による組織の「同型化」という概念である.組織を新設・改廃する場合,合理的選択制度論が主張するように,各アクターは,組織に対する政治的統制可能性を考慮に入れ,その取引コストが最小になるように組織形態の選択を行うと考えられる.だが,その選択肢自体は,公式の制度によって限定されている.この公式の制度的選択肢に照らして組織形態の選択を行うことを,本稿では,組織社会学の新制度論の用語を援用し,制度による組織の「同型化」と呼ぶ.各々の「行政委員会」は,公式の行政組織制度としての一形態たる「行政委員会制度」によって枠づけられた,すなわち「同型化」された組織として理解することができるのである.具体的に言えば,戦後日本における行政委員会とは,国家行政組織法第3条第2項の規定に基づいて設置された合議体であって,同法第8条に根拠規定をもつ審議会等とは,行政組織制度として外形的に区別される.両者の制度的差異,さらには各制度内部において取り得る組織形態は,組織に対する政治的統制可能性を左右すると考えられるため,各アクターは,組織を制度に「同型化」するに際して,(1)「行政委員会制度」の適用範囲を限定的に設定するか,包括的に定めるか,(2)「行政委員会」の組織形態の多様性をどこまで認めるか,という2つの軸に照らして,「限定的画一化」,「包括的画一化」,「限定的多様化」および「包括的多様化」という4つの戦略を展開すると考えられる.あるいは,そもそも国家行政組織法に定められた制度に対する「同型化」に肯んぜず,同法の適用を免れる「多型化」を試みる場合もある.これら5つの戦略類型の提示は第2章で行っているが,この戦略の対象となる各種合議制組織が生成する過程を検討することが,第1章の課題となる.

 第1章では,占領期に簇生した合議制行政組織を,その設立経緯に従って,(1)内務省等,解体された官庁の後継機関として設置された組織(地方財政委員会,全国選挙管理委員会,国家公安委員会),(2)経済民主化を目的にアメリカの独立規制委員会をモデルとして設立された組織(公正取引委員会,証券取引委員会),および(3)総司令部の明確な指示に基づくことなく日本側が主導して創設された組織(中央労働委員会,船員労働委員会,統計委員会),の3種に分類し,計8つの合議制組織の設立過程を検討した.その結果,日本の行政委員会の組織的起源は,占領期に創設された各種の合議制組織にまでさかのぼることができるものの,これらの組織は,必ずしもアメリカの独立規制委員会をモデルとしていたわけではなく,日本の行政組織と政策体系の民主化を目的としながら,多様な背景の下に設立されたことが明らかになった.すなわち,(1)と(2)に属する組織は,基本的に総司令部の要求に基づいて設置されたが,日本側は,新憲法が議院内閣制を採用したことを論拠に,大統領制・三権分立制下で発達した独立規制委員会を移植することに抵抗し,(2)の類型においても,アメリカのSECをモデルとしながら大蔵大臣の所轄下に組み入れられた証取委の事例が示すように,アメリカ型の独立規制委員会を直輸入することに成功したわけではなかった.また,とくに(3)の類型に属する諸組織は,委員構成等において変則性・特異性がきわめて高く,アメリカの独立規制委員会とは明らかに異なる組織特性を備えていた.このように,占領民主化の過程で多数の合議制組織が誕生しながら,その統治システムにおける位置づけは,曖昧なままに残されていたのである.

 これに対し,第2章では,新憲法の制定に伴い,行政組織法制の体系化に向けた動きが始まり,各種合議制組織の統治システム内部における位置づけが問い直されたことによって,行政組織制度としての「行政委員会制度」が成立する過程を分析した.1949年6月の国家行政組織法の施行は,議院内閣制国家としては異例の行政機関法定主義を宣言するとともに,同法第3条第2項に基づく「委員会」,あるいは第8条に定める「審議会等」という2種類の選択肢を提示することによって,従来雑然と存在してきた各種合議制組織に体系性と秩序を与えることを意味していた.ここに日本の「行政委員会制度」が成立し,同時に,「行政委員会」という組織類型が誕生したのである.だが,日本政府は,審議会等に比べて政治的統制が困難な組織類型として創設された行政委員会を増設することを好まず,国家行政組織法の立案主体たる行政調査部・行政管理庁は,行政組織制度としての行政委員会制度の存続を維持しつつも,その適用範囲をできるだけ限定化して行政委員会の設置数を抑制するとともに,行政委員会という組織形態の画一性を確保することを目指した.ところが,統計委員会や中労委の行政委員会化に関する事例分析からも明らかなように,この「限定的画一化」戦略に対して,総司令部各局や当の合議制組織,さらに場合によっては日本政府各省が対抗戦略を発動したことから,行政管理庁等の基本方針は,修正を余儀なくされた.しかも,運輸審議会の設立や社会保障制度審議会への事務局設置により,行政委員会制度と審議会等制度の境界は曖昧化し,さらには総司令部の強い意向の下,組織的変則性を備えた電波監理委員会や公益事業委員会が設立されるに及んで,行政委員会制度は,行政管理庁等の意図に反して,「包括的多様化」を遂げてしまったのである.

 しかしながら,23に及ぶ多様な行政委員会を包括するに至った日本の行政委員会制度は,占領終結に伴い大きな転機を経験した.第3次吉田内閣による行政機構改革の一環として,1952年7月31日をもって12の行政委員会が廃止されたのである.第3章では,この組織改廃過程を分析した.第3次吉田内閣による行政機構改革は,統計委員会や公益事業委員会といった特異性の高い組織の廃止を含んでいたという意味において,一面では,確かに,行政管理庁等が希求した「限定的画一化」の実現であると捉えることができる.しかし,この行政委員会の改廃を主導したのは,行政管理庁等の官僚制ではなく,政党であった.しかも,講和独立後における「政党政治」の本格的な復活は,行政委員会の改廃に指針を与えるのみならず,行政機関法定主義を媒介として,行政委員会の組織的多様化を促し,行政委員会制度の外延のさらなる希薄化を招いた.保守・革新陣営の激しい対立の末,1954年に実現した警察法改正により,国家公安委員会は,国務大臣を長に戴く行政委員会に改組され,その下部組織として,警察庁という特殊な機関を包摂した.他方,保革の超党派的合意に基づいて設立された原子力委員会は,実際には8条機関であるにもかかわらず,「委員会」という名称を獲得した.このように,講和独立後,行政委員会は量的に減少する一方で,その組織的多様化傾向はさらに加速した.すなわち,日本の行政委員会制度は,行政機関法定主義という制度的要因と,占領終結に伴う政党勢力の復活という政治的要因に支えられ,「限定的多様化」を遂げたと結論づけることができるのである.

 以上の経過は,終章において,行政委員会制度の「日本化」,すなわち「日本型行政委員会制度」の形成過程と捉えられる.この日本型行政委員会制度は,自民党一党優位体制と行政機関法定主義を前提に,戦後,安定性を享受してきた.換言すれば,通説的見解と異なり,これらの要因こそが,日本に行政委員会制度を定着させる役割を果たしたのである.しかし,日本型行政委員会制度の下では,合議制組織の権限や活動内容を定める際,常に国家行政組織法上の位置づけという問題と絡めて議論が進むため,金融,競争政策,情報通信等の分野で模索されている規制改革の推進に支障を来す可能性がある.一連の中央省庁等改革により,行政委員会制度は「限定的画一化」の方向に歩み出す一方,合議制組織の制度的選択肢自体は「多型化」したが,規制組織の設計に際して,組織の行政組織法制上の位置づけが議論の中心となる状況は変わっていない.本稿の知見から得られる1つの展望的示唆として,実効的な規制改革を推進するため,組織設計の権限を内閣に一元化し,「行政委員会」を国家行政組織法の拘束から解き放つことが考えられよう.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、日本における行政委員会制度の形成過程の分析を通して、同制度に関するこれまでの通説を批判的に検証し、わが国における行政委員会制度の構造的特質を明らかにすることを目的とした、400字詰め原稿用紙にして831枚に及ぶ論文である。

 アメリカの独立規制委員会をモデルとして占領期に設置された日本の行政委員会は、占領の終結に伴う行政機構改革によって、その多くが廃止された。そのため、通説的な見解は、行政委員会制度をわが国の統治システムに馴染みにくい異質な「移入法制」と捉えてきた。すなわち、既存研究は、日本官僚制の民主化という観点から、もっぱら人事院に対象を限定しがちであるとともに、占領終結に伴う行政委員会の減少を行政委員会制度の衰退と同一視してきた。そして、残存した行政委員会の存立根拠を政治的中立性や専門的判断の必要性等の機能要件に求めてきた。

 それに対して、本論文は、第1に、多数の合議制行政組織とその創設・改廃過程を広く考察の対象とすることによって、研究の視野を大幅に拡大している点、第2に、「新制度論」の枠組を用いることにより、「組織」の改廃と「制度」の存続を区別しつつ、両者の相互関係という観点から、日本型行政委員会制度の形成過程の分析を行っている点、そして第3に、日本型行政委員会制度の歴史的起源を探り、その構造的特質に接近し、現代における行政組織改革と規制改革に対して一定の示唆を与えている点に特徴をもっている。

 本論文は、序章と終章を含む全5章からなり、序章「課題と視角」では、行政委員会制度に関する既存研究のレビューと本論文で採用した分析枠組が提示され、第1章では、占領初期において多数設置された合議制行政組織の形態と特質が明らかにされている。第2章では、国家行政組織法による組織の規格化、著者のいう「同型化」の試みとその当時形成された行政委員会の実態が論じられ、第3章では、大規模に行われた占領終結に伴う組織改廃の過程およびそれ以後の行政委員会制度のあり方が論じられている。そして、終章において、日本型行政委員会制度の特質について総括し、この論文の行政学研究における意義を明らかにした後、近年の中央省庁等改革における合議制行政組織の制度的変革の可能性と展望について述べて論文を締めくくっている。

 序章「課題と視角」では、既存研究の検討を踏まえて、本論文が依拠する「新制度論」的分析枠組を提示する。著者が、新制度論においてとくに援用するのは、制度による組織の「同型化」という概念である。組織を新設・改廃する場合に、合理的選択制度論が主張するように、各アクターは、組織に対する政治的統制可能性を考慮に入れ、その取引コストが最小となるように、組織形態の選択を行うと考えられるが、その選択肢自体は、公式の制度によって限定されているのであり、この公式の制度的選択肢に照らして組織形態の選択を行うことを、著者は、制度による組織の「同型化」と呼ぶ。

 各「行政委員会」は、公式の行政組織制度としての一形態である「行政委員会制度」によって限定される、換言すると「同型化」された制度として理解することができる。具体的には、戦後のわが国の行政委員会とは、国家行政組織法第3条第2項に基づいて設置された合議体であって、同法第8条に規定根拠をもつ審議会とは、行政組織制度として外形的に区別される。両者の差異および各制度内部において採りうる組織形態は、組織に対する政治的統制可能性、換言すれば政治からの自律性を左右すると考えられるため、各アクターは、組織を制度に同型化するに際して、「行政委員会制度」の適用範囲を限定するか、包括的に広く定めるかという軸および「行政委員会」の形態の多様性をどこまで認めるかという軸の二つの軸に照らして、「限定的画一化」、「包括的画一化」、「限定的多様化」、「包括的多様化」という4つの戦略を採ることができると考えられる。あるいは、国家行政組織法に規定された制度に対する「同型化」を受け入れず、同法の適用を免れる「多型化」を試みる場合もある。

 第1章「占領初期における合議制組織の簇生」では、序章で展開された分析枠組を用いて、占領期に多数形成された合議制行政組織を、その設立経緯に従って、次のような3類型に分類し、計8つの合議制組織について、その設立過程の考察を行っている。第1の類型は、内務省等、解体された官庁の後継機関として設置された組織であり、たとえば地方財政委員会、全国選挙管理委員会、国家公安委員会などがそれに該当する。第2の類型は、経済の民主化を目的にアメリカの独立規制委員会をモデルとして設立された組織であり、公正取引委員会、証券取引委員会がそれである。第3の類型は、総司令部の明確な指示なしに日本側が主導して創設した組織であり、中央労働委員会、船員労働委員会、統計委員会がそれに当たる。

 これらについての分析の結果、著者は、日本の行政委員会は、起源としては占領期に創設された各種の合議制組織にまで遡ることができるが、これらの組織は必ずしもアメリカの独立規制委員会をモデルとしていたわけではなく、日本の民主化を目的としつつ、多様な背景の下に設立されたと述べる。すなわち、第1,第2類型に属する組織の場合は、確かに総司令部の指示に基づいて設置されたが、日本側は、わが国の新憲法が議院内閣制を採用したことを論拠に大統領型のアメリカで発達してきた独立規制委員会を移植することに反対し、第2類型の組織においても、アメリカの証券取引委員会(SEC)をモデルとしながらも証券取引委員会を大蔵大臣の所管の下に置いたという事例が示すように、アメリカ型の独立行政委員会制度をそのまま輸入したわけではなかった。さらに、第3類型に属する諸組織は、委員構成等においても変則的なものが多く、アメリカの独立規制委員会とは明らかに異なる組織特性を有していた。

 このように、占領初期に設置された合議制組織には、学識経験者や利益団体代表が多数参加しており、このような合議制組織を多数設置することは、日本の「民主化」に資するものとされたのであるが、他方において、多様な性格をもつ合議制組織が次々と誕生し、行政組織が複雑化することは、統治運営上の不確実性を増大させることになる。そこで、合議制組織の簇生に直面した政府は、立法技術を駆使して、行政組織の複雑性を縮減することを試みたのである。

 第2章「国家行政組織法による組織の同型化」では、新憲法の制定に伴って、行政組織法制の体系化に向けた動きが始まり、行政組織制度としての「行政委員会制度」が成立する過程が分析される。1949年の国家行政組織法の施行は、議院内閣制国家としては異例の行政機関法定主義を宣言するとともに、同法3条2項に基づく「行政委員会」と8条に定める「審議会等」という2つの類型を提示することによって、従来雑然と存在していた合議制組織に一定の体系性と秩序を与えようとした。それによって、わが国の「行政委員会制度」が成立し、「行政委員会」という組織類型が形成されたということができる。

 しかし、政府は、行政委員会を政治的統制が困難な組織類型として、その増設を好まず、国家行政組織法の立案主体である行政調査部・行政管理庁は、制度としての行政委員会の存続は認めつつも、その適用範囲をできるだけ限定して行政委員会の設置数を抑制するとともに、行政委員会という組織形態の画一性をできるだけ確保することをめざした。

 ところが、統計委員会や中央労働委員会の事例にみられるように、この「限定的画一化」戦略に対して、総司令部や当該合議制組織、所管省庁が抵抗したことから、行政管理庁等の基本方針は修正を余儀なくされた。さらに、運輸審議会の設立や社会保障制度審議会の事務局設置によって、行政委員会と審議会の境界が不明確になるとともに、変則的な電波監理委員会や公益事業委員会が設置されるに及び、行政委員会制度は、「包括的多様化」を遂げてしまったのである。

 このように、国家行政組織法の制定に伴う「行政委員会制度」の成立と各「行政委員会」の設置とは区別して論ぜられるべきであり、「行政委員会制度」が設けられたとしても、合議制組織をこの「制度」に当てはめ、「行政委員会」とするか否かに関しては、選択の契機が存在し、その選択は機能的にアプリオリになしうるものではない。「制度」の創設も個々の「行政委員会」の設置も、政治の産物であり、それらはすぐれて政治的な色彩に彩られた問題である。

 第3章「占領終結に伴う組織の改廃と制度の存続」では、占領終結後、1952年に吉田内閣によって実施された行政機構改革による行政委員会の廃止の過程が分析される。この改革では、一面において統計委員会や公益事業委員会といった変則的な組織が廃止され「限定的画一化」が追求されたが、改革の推進者は、官僚制ではなく政党であり、講和独立後の「政党政治」の本格的な復活は、行政委員会の改廃に指針を与えるのみならず、行政機関法定主義を媒介として、むしろその組織的多様化を促し、行政委員会制度の外延をさらに希薄なものにした。すなわち、保革の激しい対立の結果、1954年に実現した警察法改正によって、国家公安委員会が、国務大臣を長に戴き、下部組織として警察庁を置く行政委員会に改組されるとともに、保革の合意によって設立された原子力委員会は、8条機関であるにもかかわらず、「委員会」という名称を獲得し、審議会との境界を不鮮明にした。要するに、講和後、行政委員会は量的には減少する一方、その組織的多様化は一段と進み、日本の行政委員会制度は、行政機関法定主義という要因と占領終結に伴う政党勢力の復活という政治的要因に支えられ「限定的多様化」を遂げたということができる。

 終章「総括と展望」では、以上の分析を通して、行政委員会制度の「日本化」、すなわち「日本型行政委員会制度」の形成過程とその特質が述べられ、この制度が自民党一党優位体制と行政機関法定主義を前提にして、戦後安定性を享受してきたとする。換言すれば、通説的見解と異なり、これらの要因こそが、日本型行政委員会制度を定着させる役割を果たしてきたと総括される。

 そして、著者は、最後に、日本型行政委員会制度の下では、合議制組織の権限や活動内容を定める際に、つねに国家行政組織法上の位置付けが問題とされるため、そのことが金融、情報通信等の分野で追求されている規制緩和の推進に適した組織の設置を妨げる可能性があると指摘する。そして、近年の中央省庁等改革において、「限定的画一化」へ向かうとともに「多型化」したものの、基本的な状況は変わっていないという認識を示し、今後の展望として、実効的な規制改革を推進するためには、内閣に組織設計の権限を一元化し、「行政委員会」を国家行政組織法の拘束から解き放つことを提案している。

 以上が本論文の要旨であり、以下はその評価である。

 本論文の長所としては、第1に、これまで言及されることはあったものの、本格的な研究の非常に少なかった日本における行政委員会について、戦後初期に創設された多数の行政委員会についての実証的な分析に基づき、体系的な考察を行っている点があげられる。しかも、本論文は、行政委員会と呼ばれている合議制組織に射程を限定しつつも、広くわが国における行政組織全体を視野に入れて考察している点、および多数のそれぞれ組織特性の異なる合議制組織の実証的な分析を通して類型化を行い、組織設計における一定の傾向を抽出している点は、高く評価できる。

 第2に、戦後実際に設置された行政委員会の組織特性について緻密かつ多角的な分析を行っているだけではなく、「行政委員会制度」と実際に設置された具体的な「行政委員会」とを区別し、後者について多様な形態が存在することを示した上で、その多様化をもたらす要因と、それを抑制する要因(同型化)を明らかにし、具体的な行政委員会の形成過程において、それをめぐる法技術的な議論とその背景にある政治的なダイナミクスとを鮮やかに示してみせた点である。この組織を規定する「制度」と具体の「組織」を区別する分析枠組は、行政委員会のみならず、他の行政組織の考察においても有効な視座を提供してくれるものといえる。

 第3に、戦後改革期から、今次の中央省庁等改革に至るまで、多数の資料を渉猟し、一つのテーマについて、一貫した行政史を完成させていることである。しかも、文章は平易であり、論旨も明快でわかりやすい。

 しかし、本論文にも短所がないわけではない。

 第1に、本論文は、行政組織としての行政委員会がもつ組織特性について詳細に論じているが、それがもつ対社会的な機能についての考察が必ずしも充分になされていないことが指摘できる。アメリカにおける独立規制委員会が、まさに経済活動等の規制という機能の担い手として考案されたように、行政組織は、統治過程において特定の機能を果たすために設置される。この機能面についての考察がもう少し加われば、本論文はより一層厚みのあるものになったと思われる。

 第2に、序章で新制度論や合理的選択論に依拠した精緻な分析枠組が提示されているが、第1章以下の分析において、その枠組が充分に活かされているとはいいがいたい点である。とくに、制度設計に関わる政治的諸アクターの特性と彼らが展開するダイナミクスについての分析がやや粗いことが惜しまれる。

 第3に、1章から3章までの、戦後初期から占領終結時までの、客観的な叙述に比べて終章での中央省庁等改革に関する、今後の行政委員会のあり方の提言を含む叙述がやや唐突な印象を与える点である。尤も論文全体の構成からみると若干唐突であることは否定できないものの、この点は、むしろ著者の行政事象についての関心の広さと能力の高さを示し、著者の分析枠組が、過去の歴史的事象の分析のみならず、現在そして将来の制度設計の指針としても充分有効であることを示している証左として評価すべきであろう。

 以上のように、本論文にも、若干の短所はあるものの、それらは上述した論文の価値を損なうものではなく、本論文で示された知見は、今後、行政組織の研究に大いに資するものと評価できる。したがって、本論文は、博士(法学)の学位を授与されるにふさわしいものと認められる。

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