学位論文要旨



No 116601
著者(漢字) 内山,靖智
著者(英字)
著者(カナ) ウチヤマ,ヤストシ
標題(和) C型肝炎RNAポリメレースの解析と活性測定法の開発
標題(洋)
報告番号 116601
報告番号 甲16601
学位授与日 2001.09.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5030号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 輕部,征夫
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 助教授 浜窪,隆雄
 東京大学 助教授 油谷,浩幸
内容要旨 要旨を表示する

 C型肝炎は、C型肝炎ウィルス(HCV)の感染により高頻度に慢性化し、慢性肝炎が20-30年続いた後、肝癌へと移行することが知られている。C型肝炎治療に関してはこれまで主としてインターフェロンが用いられているが、有効例は約1/3とされており、無効例への治療法については確立されていない。HCVの有する非構造タンパク質のうちNS5bタンパク質はRNA依存性RNAポリメラーゼ活性を有することが報告されている。NS5bタンパク質は、プラス鎖のHCV RNAからマイナス鎖のRNA、さらにマイナス鎖のRNAからプラス鎖のRNAへの複製を触媒する酵素である。その阻害剤がHCVのインターフェロン療法に付加しうる薬剤となる可能性が高いと考えられる。

 本研究においては、C型肝炎の治療薬としてRNAポリメレース阻害剤のスクリーニングのための基盤技術として、活性を保持した酵素タンパク質の多量発現方法の開発と、安定的かつ良好なシグナル/ノイズ比を示す活性測定法の開発を行った。また得られた酵素活性を有するNS5bタンパク質に結合するRNA配列の同定をインビトロ選択法により行った。

 第一には、安定的な酵素活性をもつタンパク質を多量に精製する技術の開発である。既存のNS5b発現、精製法では、酵素活性が安定せず疎水性部分を含むため可溶性の問題があり、ポリオウィルスのRNAポリメレース活性と比べ、百分の一程度の活性しか得られていないことが阻害剤開発を困難にしている。

 まず発現ベクターとして、構造予測から疎水性の高いC末端21アミノ酸残基を欠失させ、N末端には精製効率を向上させるためglutathione S-transferase(GST)に結合したNS5bタンパク質(以下GST-NS5bC21と略す)を発現するコンストラクトを作成した。大腸菌を用いたGST-NS5bC21の発現は、温度感受性が強い事を発見し、25℃で多量のGST-NS5bC21タンパク質を発現することに成功した。

 次ぎの問題は発現タンパク質の精製であるが、既存の精製法は5段階以上の煩雑なものであり、精製途上で酵素活性、酵素タンパク量ともかなりの部分が失われてしまう問題があった。そこでGST融合タンパク質の精製法を高い塩濃度のもとでグルタチオン添加による溶出とすることで精製効率を改善し、その一方で精製への寄与が低くタンパク質量、酵素活性の喪失の原因となる2つのステップを省略できた。

 得られたタンパク質分画は、SDSポリアクリルアミド電気泳動上で、GST-NS5bC21に相当する94 kDaタンパク質と、マイナーな混入物として70 kDaのタンパク質が確認された。NS5bタンパク質に対するモノクロナール抗体でのイムノブロット解析によりこの70 kDaタンパク質はGST-NS5bC21の分解産物と考えられ、比較的純度の高いGST-NS5bC21タンパク質を多量に精製する方法が確立された。この酵素標品は下記に述べる活性測定法において安定的な活性を示し、1回ならば-70℃での凍結保存後も活性低下は見られなかった。

 第二は、阻害剤開発のための安定的で良好なシグナル/ノイズ比を示す活性測定法の開発である。既存のNS5bポリメレース活性測定法は、ラベルした核酸の取り込みの絶対値自体が非常に低く、これがハイスループットな薬物スクリーニングを困難にしている。本研究では多量に利用可能となったGST-NS5bC21タンパク質を用い、多数検体に応用しうるフィルターアッセイ法の開発を進めた。

 RNAポリメレースの活性測定反応系には、鋳型RNA、プライマー、酵素タンパク質濃度、二価陽イオンの適正条件の決定が必要である。平均鎖長400塩基のポリCを鋳型に、12ヌクレオチドのオリゴGをプライマーとし、[3H]GMPの取り込みをフィルターアッセイ法により検討した。最適な条件として鋳型RNA 50 ng、プライマー50 nMが選ばれた。既存の方法の問題点は酵素濃度との容量依存性に問題があり、特に酵素量を50 nM以上に上昇させるとパラドキシカルに酵素活性が抑制されることであった。今回のアッセイ系では50 nMまでの酵素濃度に依存した直線的な酵素活性の上昇が示され、酵素活性抑制は450 nMまで認められなかった。

 NS5bのRNAポリメレース活性には二価の陽イオンが必要である。本研究ではMnイオンが2.5-20 mMで最も高い活性を誘導することを確認し、5mMをアッセイ系に用い、既存のMgイオンを用いた方法の5倍の活性を得ることができた。これら以外の二価陽イオンには活性促進効果は認められなかった。

 ポリオウィルスのRNAポリメレース阻害剤として知られるグリオトキシンは、本活性測定法に用いてHCV NS5b RNAポリメレースも阻害することが確認された。

 HCVのNS5b RNAポリメレースはHCV 3'末端のRNAからコピーバック方式でマイナス鎖を合成することが知られるが、NS5bタンパク質がどのようなRNA配列に高い親和性を有するかは知られていない。本研究で高い活性を示すGST-NS5bC21が多量に利用可能となった。そこでインビトロ選択法によりこのタンパク質への高い親和性を有するRNA配列の同定を試みた。25ヌクレオチドのランダムRNAプールから、GSTアガロースによりGST-NS5bC21と結合するRNAを沈降させ、それをRT-PCR法により増幅することを7サイクル行った後に得られたクローンは、GST-NS5bC21に高い親和性を示した。アサイクル目で得られたRNAのクローンを増幅し、その塩基配列を決定した。

 本研究では、NS5b RNAポリメレースの阻害剤開発に必要な基盤技術として、簡便で安定的な酵素の精製と、ハイスループットな活性測定法を開発した。得られた酵素標品は活性測定のみでなく、結合RNAの同定などにおける広い応用可能性を示した。これらの基盤技術は、HCV RNAポリメレース阻害剤のハイスループットなスクリーニングを可能とし、新たなC型肝炎治療薬開発に道を開くために重要なものである。

審査要旨 要旨を表示する

 C型肝炎はC型肝炎ウィルス(Hepatitis type C Virus;以下HCVと略す)の感染により慢性化し、肝硬変、肝癌へ移行することが知られており、我が国における肝癌発症の最大の要因と考えられている.C型肝炎の治療には現在インターフェロン投与が有効であることが知られるが、副作用の多いインターフェロン投与をもってしてもウィルスが消失する患者は1/3以下と考えられ新規治療薬の開発が求められている.C型肝炎の増殖にかかわる非構造領域蛋白(non-structural proteins;以下NSと略す)のNS5Bは、ウィルス増殖にもっとも重要都考えられるRNA依存性RNAポリメレース活性を有することが報告されている.

 本論文では、C型肝炎の治療薬としてのRNAポリメレース阻害剤開発のための基盤技術として、活性を保持した酵素蛋白の多量発現法の開発と、安定的なシグナル/ノイズ比を示す活性測定法の開発を行った結果を報告している.

 まず、安定的な酵素活性をもつ蛋白質を多量に発現、精製する技術の開発である.NS5B蛋白の疎水性の高いC端側21アミノ酸残基を欠失させ、Glutachione S Transferase(以下GSTと略す)と結合させたGST-NS5BC21蛋白を大腸菌にて多量に発現させる技術を開発した.既存の精製法を改良し、GST融合蛋白精製を高い塩濃度でのグルタチオン添加による溶出で精製効率を改善し、その一方で精製への寄与が低く活性低下につながる2ステップを省略できる方法を開発した.得られた蛋白は凍結保存後も高い活性を保持した.

 このGST-NS5BC21蛋白を用いて、RNAポリメレースに最適な、テンプレートRNAとして平均鎖長400塩基のポリCを用い、12オリゴヌクレオチドのオリゴGをプライマーに、放射性標識GMPの取り込みをフィルターアッセイで検出する方法を開発した.その際、Mnイオンが2.5-20mMでもっとも高い活性を誘導することを確認し、5mMをアッセイ系に用い、従来のMgイオンを用いた方法の5倍の活性を得る事ができた.本RNAポリメレース活性測定法によりポリオウィルスのRNAポリメレース阻害剤として知られるグリオトキシンがHCVRNAポリメレース活性を阻害することを確認した.

 GST-NS5BC21蛋白を用いてSELEX法により、HCVRNAポリメレースに高い親和性を有する25マーのオリゴヌクレオチドが選択され、配列が決定された.

 本論文HCVRNAポリメレースの阻害薬開発に必要な基盤技術として、安定的な酵素蛋白の精製法とハイスループットな活性測定法を開発し、新たなC型肝炎治療薬開発に道をひらき、さらに今後のRNAポリメレース研究に新たな可能性を開拓した.

 よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる.

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