学位論文要旨



No 116604
著者(漢字) 吉川,究
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,キワム
標題(和) IV型コラーゲン生合成に対するアスコルビン酸の効果
標題(洋)
報告番号 116604
報告番号 甲16604
学位授与日 2001.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第329号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,利彦
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
内容要旨 要旨を表示する

 コラーゲンタンパク質は、一般に、3本鎖らせん構造をとったもののみが細胞外に分泌されると考えられている。しかし、IV型コラーゲンタンパク質は、3本鎖らせん構造をとらないものも細胞外に分泌されることが報告されている。ただし、腫瘍細胞、およびIV型コラーゲン遺伝子を強制発現させた細胞培養系についての研究であることから、品質管理機構が適切にはたらかず、アーティファクト的に、3本鎖らせん構造をとらないIV型コラーゲンα鎖が産生された可能性が考えられていた。コラーゲンタンパク質分子を構成する各ポリペプチド鎖を「α鎖」と呼ぶ。IV型コラーゲンのα1鎖を「α1(IV)鎖」と表記する。α1(IV)鎖2本、α2(IV)鎖1本からなる3本鎖らせん構造をとった分子を、「[α1(IV)]2α2(IV)分子」と表記する。

 ところが、高橋らは、3本鎖らせん構造をとらないIV型コラーゲンα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖が、正常ヒト肺線維芽細胞TIG-1によって産生されることを報告した。通常、α1(IV)鎖は、α2(IV)鎖とともに、[α1(IV)]2α2(IV)分子を構成する。3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖だけでなくα2(IV)鎖も産生されたことは、どちらかのα(IV)鎖が過剰に翻訳され、3本鎖らせん構造を形成する相手が不足したことが原因ではないと考えられた。ポリペプチド鎖に翻訳された後に、3本鎖らせん構造形成がなされなかったことが原因であると考えられた(Takahashi, Yoshikawa, et al., Connective Tissue 31, 161-168, 1999)。この現象の重要な点は、正常細胞で見られる現象であることだけでなく、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生が、培養条件に依存したことである。3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生は、培地中の血清の有無に相関した。無血清で培養すると、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子のみが産生された。一方、血清を添加して培養すると、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子と、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖が産生された。

 3本鎖らせん構造をとらないα鎖が培養条件に依存的して産生されることは、コラーゲン生合成においてはじめて明らかにされたことである。そこで、私は、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生についての現象を詳細に検討することにした。それにより、IV型コラーゲンに特徴的な生合成・分泌機構を解明するための糸口をとらえることが可能であると考えた。血清中の生化学的な因子を同定できれば、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生という観点から、IV型コラーゲン生合成のメカニズムについて、分子レベルで検討することが可能になると考えた。

 以下に、本研究で得られた主な結論と、その根拠となる結果および考察を要約するが、その前に、本研究で用いた方法論のユニークな特徴について記す。

 培養上清中に分泌された、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子は、3本のα(IV)鎖間にジスルフィド結合を有する。3本鎖らせん構造をとらずに分泌されたα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖は、鎖間ジスルフィド結合を有していない。それ以外の状態、例えば、鎖間ジスルフィド結合を有するが3本鎖らせん構造をとらない状態の分子は検出されない。すなわち、3本鎖らせん構造の有無と鎖間ジスルフィド結合の有無が、現象論的に常に相関する。したがって、非還元条件でSDS-PAGEを行うことで、3本鎖らせん構造の有無を調べることができる。非還元のSDS-PAGEにおいて、[α1(IV)]2α2(IV)分子はα(IV)鎖3本分の移動度(約500 kDa)を示す。3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)およびα2(IV)鎖はα(IV)鎖1本分の移動度(約180 kDa)を示す。本研究では、ヒトの細胞を数日間培養し、回収した細胞培養上清を非還元条件でSDS-PAGEを行い、α(IV)鎖の移動度(500 kDaか180 kDaか)を3本鎖らせん構造をとっているかどうかの指標とした。

(1)IV型コラーゲンタンパク質の分泌フォームはアスコルビン酸により制御される。

 ヒト腎臓メサンギウム細胞をasc 2-pを添加して培養すると、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子が産生された。一方、asc 2-p無添加で培養すると、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖が産生された。

 asc 2-pは、生理的には生体内には存在しないが、細胞膜上でリン酸基が除かれアスコルビン酸となってから細胞に取り込まれるか、あるいはasc 2-pのまま細胞内に取り込まれた後、細胞内フォスファターゼによりリン酸基が除かれアスコルビン酸に転換されていると推定されている。アスコルビン酸は非常に酸化されやすく、37℃の培地中では1日程度しか活性を持続しないが、asc 2-pは酸化されにくく、長期間にわたり活性を持続すると考えられている。このため、コラーゲン生合成の研究にたびたび用いられる。

 3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生を抑え、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子のみを産生するには、培地に添加する血清濃度が高いほど、より高濃度のasc 2-pを添加する必要があった。先に示した高橋らの研究では、培地交換のときのみに、常にasc 2-pを比較的低濃度培地に添加して培養していた。このasc 2-p濃度では、無血清培地中においてはasc 2-pが十分働き、10%血清添加培地中においてはasc 2-pの効果が低下しているものと考えられた。すなわち、血清成分ではなく、asc 2-pがIV型コラーゲンタンパク質の産生フォームと直接相関すると考えられた。

 以上は、asc 2-pの効果についての観察である。しかし、実際に生体内および細胞内ではたらくのはアスコルビン酸であるので、次に、アスコルビン酸がIV型コラーゲンの分泌フォームにおよぼす効果について検討した。アスコルビン酸を、培養開始時に培地に添加しただけでは、7日間培養した後の培養上清中には、[α1(IV)]2α2(IV)分子よりも、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の方が多く産生された。しかし、毎日、培地にアスコルビン酸を添加し続けると、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖は産生されず、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子のみが産生された。IV型コラーゲンの産生フォームにおよぼす効果については、アスコルビン酸とasc 2-pの間で本質的な差異は無いと考えられた。

(2)アスコルビン酸はIV型コラーゲンタンパク質の3本鎖らせん構造形成に関与する。

 3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖とα2(IV)鎖の産生は常に相関していた。また、培養上清中に分泌されたα1(IV)鎖の総量を、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖の量、および3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子中のα1(IV)鎖の量を合計したものとみなすと、これは、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖の分泌量に関わらずほぼ一定であった。α2(IV)鎖についても同様であった。すなわち、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子の産生が少ないときは、そのぶん、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生が多かった。

 3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生の原因は、IV型コラーゲン遺伝子の転写、ポリペプチド鎖への翻訳、あるいは分泌制御に対するものではないと考えられる。アスコルビン酸は、これらのステップには関与せず、3本鎖らせん構造の形成に関与するものと考えられる。その結果、分泌されるときの3本鎖らせん構造の有無を決定することになる。

(3)以上の現象・メカニズムはIV型コラーゲンタンパク質を産生している種々のヒト細胞に普遍的である。

 胎児肺線維芽細胞、大動脈平滑筋細胞、臍帯血管内皮細胞、線維肉腫細胞HT-1080、胎児骨格筋肉腫細胞RDについても、(1)と同様の現象が観察された。

 コラーゲンタンパク質分子の3本鎖らせん構造形成は、3本のα鎖の会合と、会合後のらせん形成の、2つのステップに大きく分けて考えられる。この2つのステップに分けて、IV型コラーゲンタンパク質の3本鎖らせん構造形成に対するアスコルビン酸の効果を検討した。

(4)アスコルビン酸はIV型コラーゲンポリペプチド鎖のプロリン残基の水酸化を促進する。

 小胞体内において、翻訳されたI型プロコラーゲンポリペプチド鎖中のプロリン残基が水酸化されると、らせん形成が促進されることが知られている。これに対するアスコルビン酸の作用として、プロリン水酸化酵素(コラーゲンポリペプチド鎖中のプロリン残基を水酸化する酵素)の活性中心に存在するFe2+がFe3+に酸化されないように作用し、酵素活性の安定化に寄与することが知られている。アスコルビン酸は、プロリン残基の水酸化を促進し、会合後のらせん形成を促進すると考えられている。ヒドロキシプロリン含量を調べたところ、asc 2-p無添加で培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖の方が、asc 2-pを添加して培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子中のα1(IV)鎖よりも少なかった。

(5)アスコルビン酸は3本のα(IV)鎖の会合に関与する。

 α1(IV)鎖に対するモノクローナル抗体を用いたアフィニティーカラムにおいて、asc 2-p無添加で培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとらないα2(IV)鎖は、素通り画分に回収された(3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖は結合画分に回収された)。asc 2-p無添加で産生された、3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖とα2(IV)鎖は、互いに結合した状態ではないことが判明した。この結果は、アスコルビン酸が無いと、3本鎖らせん構造形成の過程でα1(IV)鎖とα2(IV)鎖が会合できない可能性を示唆している。つまり、アスコルビン酸は3本のα(IV)鎖(2本のα1(IV)鎖と1本のα2(IV)鎖)の会合に必要であることを示唆している。

 上記2点以外に、3本鎖らせん構造の形成に関して興味深いことが見いだされた。

(6)ムチン型糖鎖の付加

 asc 2-p無添加で培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖には、O−結合型糖鎖付加の一種であるムチン型糖鎖が付加していることが明らかとなった。asc 2-pを添加して培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子中のα1(IV)鎖には、付加していなかった。3本鎖らせん構造形成とムチン型糖鎖の付加の間に何らかの相関がある可能性が示唆された。

 以上で示したように、IV型コラーゲン生合成には、ポリペプチド鎖に翻訳された後、3本鎖らせん構造を形成する経路と、3本鎖らせん構造を形成しない経路の2種類存在する。そして、そのどちらの経路をとるかをアスコルビン酸が制御する。これは、従来考えられていたコラーゲン生合成のモデルでは全く考えられておらず、本研究において、IV型コラーゲンを研究することによりはじめて明らかにされたことである。IV型コラーゲンタンパク質は、3本鎖らせん構造をとった分子として、あるいは、3本鎖らせん構造をとらないα(IV)鎖として、それぞれ別の生理活性を有することになるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 I型プロコラーゲン分子は細胞内で遺伝子情報から翻訳されたポリペプチド鎖三本が会合し、コラーゲンらせん構造を形成した後、細胞外へ分泌される。しかし、何らかの原因で安定な三本鎖らせん構造が形成されないプロコラーゲンは細胞から分泌されないような品質管理機構が行われているとされている。これに対し、高橋誠一郎らはらせん構造を持たない一本のポリペプチド鎖からなるIV型コラーゲン遺伝子産物α1(IV)鎖およびα2(IV)鎖(コラーゲンタンパク質分子を構成する一本のポリペプチド鎖をα鎖と呼び、その後に示すローマン数字でコラーゲンの型を表す)が分泌過程が抑制されるわけでもなく、また、分解されることなく、分泌されることを示した。正常ヒト胎児肺由来線維芽細胞(TIG-1)の培養において、血清が存在することにより、らせん構造を持たないIV型コラーゲンポリペプチド鎖の産生・分泌が顕著となり、血清の非存在下では殆ど検出されない。これらの結果に関して、論文提出者は特に次の2点に注目した。1) 3本鎖らせん構造をとらないIV型コラーゲンα鎖の分泌は正常細胞で見られ、細胞外の環境にのみ依存し、可逆的に観察される現象である。すなわち、生理的にもありうる現象である。2) α1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生量は培養液中の血清の有無に関係なく一定であり、立体構造の違いのみが血清の有無に依存する。すなわち、IV型コラーゲンポリペプチド鎖が翻訳されてから分泌へ至るまでの過程が細胞外因子によって制御されている。これらはコラーゲン生合成についての従来からの研究では全く想定されなかった現象である。さらなる解析のために、血清中のどのような因子によってIV型コラーゲンポリペプチド鎖の立体構造が影響を受けるのかに焦点をあてて検討した。その結果、細胞外に存在するアスコルビン酸濃度がその因子であることを見出した.以下に論文の内容の概要を記す.

 第一に、ヒトメサンジウム細胞から分泌されるIV型コラーゲンポリペプチド鎖の量は血清の添加、アスコルビン酸の濃度によって殆ど変化しないが、らせん構造を有するIV型コラーゲン分子の産生量を減少は血清濃度が高いほど大であり、アスコルビン酸の有効濃度が減少していることに対応していることが分かった。ヒト腎臓メサンギウム細胞を無血清中、アスコルビン酸2リン酸(以下asc2-pと略記する)を添加して培養すると、500kサイズのIV型コラーゲンポリペプチド鎖のみが産生された.500kは還元後α鎖サイズ(180k)になることから、3本鎖らせん構造をとっている[α1(IV)]2α2(IV)分子由来である。一方、無血清で、asc2-p無添加で培養した培養上清には、還元前から180kサイズのα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖がウェスタンブロッティングにより同程度の濃さで検出された。これは高橋らがヒト胎児肺線維芽細胞の血清存在下の培養で見出した,らせん構造を持たないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖と同一のものである.血清が存在することにより、asc2-p濃度が下がったために、らせん構造を持たないIV型コラーゲンα鎖が分泌されたと推察し検討した。3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖の産生を抑え、3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子のみを産生するには、培地の血清濃度が高いほど、より高濃度のasc2-pを添加する必要があった。さらに細かくasc2-pの濃度を変えて検討し、asc2-pの濃度がらせん構造を持ったIV型分子の産生量と直接相関することを見いだした。リン酸エステルでない、アスコルビン酸ナトリウムを毎日1回、培地に添加すると、長期培養においても、3本鎖らせん構造を持たないα1(IV)鎖およびα2(IV)鎖は産生されず、3本鎖らせん構造を持つ[α1(IV)]2α2(IV)分子のみが産生された。

 第二に、3本鎖らせん構造をしたIV型コラーゲンタンパク質分子の分泌過程のどの段階にアスコルビン酸が関わっているかを検討した。3本鎖らせん構造を持たないα1(IV)鎖の産生量はらせん構造を持たないα2(IV)鎖の産生量と常に互いに連動しており、らせん構造をとっているときのポリペプチド鎖の割合である2対1を保っていた。培養上清中に分泌されたα1(IV)鎖の総量を、3本鎖らせん構造を持たないα1(IV)鎖の量、および3本鎖らせん構造を持つ[α1(IV)]2α2(IV)分子中のα1(IV)鎖の量を合計は、3本鎖らせん構造を持たないα1(IV)鎖の分泌量に関わらずほぼ一定であった。α2(IV)鎖についても同様であった。すなわち、アスコルビン酸はポリペプチド鎖の翻訳量に影響しなかった。すなわち、アスコルビン酸はIV型コラーゲンポリペプチド鎖が翻訳された後、3本鎖らせん構造の形成するまでの過程に関与するものと考えられる.これらの現象はヒト胎児肺線維芽細胞、ヒト大動脈平滑筋細胞、ヒト臍帯血管内皮細胞、ヒト線維肉腫細胞HT-1080、ヒト胎児骨格筋肉腫細胞RDなど、IV型コラーゲン遺伝子を発現している種々のヒト細胞の培養において、普遍的に見られた。

 血清存在下、0.2mMのasc2-pの添加により、I型プロコラーゲン生合成・分泌され、線維への形成が促進される。コラーゲンタンパク質生合成過程に重大な役割を果たしているプロリルヒドロキシラーゼ(コラーゲンポリペプチド鎖中のプロリン残基を水酸化する酵素)の活性中心に存在するFe2+がFe3+に酸化されないようにasc2-pが作用すること、すなわち、プロリルヒドロキシラーゼ活性の安定化にアスコルビン酸は寄与する。asc2-p無添加で培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとらないα1(IV)鎖の方のヒドロキシプロリン含量はasc2-pを添加して培養した時に産生された3本鎖らせん構造をとった[α1(IV)]2α2(IV)分子中のα1(IV)鎖(約60%)よりも少なかった(14%)。ヒドロキシプロリン含量が少ないために3本らせん構造が不安定であることが、らせん構造をとっていないIV型コラーゲンポリペプチド鎖の分泌をもたらしたと考えられる。一方、IV型コラーゲン分子が3本鎖らせん構造を形成する前提条件として三本のポリペプチド鎖がカルボキシ末端のNC1ドメインで三量体を形成する必要がある。そこで、培養上清中の非らせん構造のIV型コラーゲンα鎖同士がNC1ドメインで非共有結合性の相互作用により会合しているかどうか検討した。asc2-p無添加で培養した上清をα1(IV)鎖に対するモノクローナル抗体を結合したアフィニティーカラムに展開した。らせん構造を持たないα2(IV)鎖は、素通り画分に回収され、らせん構造をとらないα1(IV)鎖は結合画分に回収された。asc2-p無添加で産生された、非らせん構造のα1(IV)鎖とα2(IV)鎖は非共有結合性の相互作用によっても互いに結合していないことが判明した。これはアスコルビン酸が欠けていると、3本のα1(IV)鎖とα2(IV)鎖が会合できないこと、すなわち、アスコルビン酸は3本のα(IV)鎖の会合に必要な因子であることを示唆している。

 本論文により、IV型コラーゲンポリペプチド鎖が生合成され、分泌に至るまでには2つの経路があることがはじめて示唆された。3本のα鎖が会合し、らせん構造を形成する経路、コラーゲンタンパク質に共通する経路の他に、ポリペプチド鎖が会合せず、らせん構造も形成しないで細胞外へ分泌される経路である。3本鎖の会合の形成および安定化にアスコルビン酸が関与していることが示唆された。ポリペプチド鎖が会合せず、らせん構造を形成しないまま分泌される経路は従来は全く考えられておらず、本論文ではじめて明らかにされた。この機構が他のコラーゲンタンパク質にも当てはまるのか、という、新たな課題をもたらしたことも重要な成果である。さらに、らせん構造を持たないコラーゲンポリペプチド鎖に何らかの生理的な機能がありうるのか、これまで、誰も想像もしなかった課題が生まれた。腫瘍細胞の転移や腫瘍組織の拡張を抑えると報告されている、マトリックスメタロプロテアーゼの阻害作用物質あるいは血管新生の阻害物質としてIV型コラーゲンNC1ドメインが提唱されている。実際に組織の中でNC1ドメインがこのような機能を発揮する機構として、らせん構造を持たないα(IV)鎖の産生・分泌があげられる。本論文で得られた研究成果はIV型コラーゲン生合成機構に新しい観点を提供する画期的な発見である。異なるポリペプチド鎖が複数以上集まって機能しているコラーゲンタンパク質ファミリーをはじめ種々の高分子の構造と機能およびその制御について、新たな分野を展開する糸口としてとらえるならば、ポストゲノムの中の一つの柱にもなりうると思われる。

 以上の論文の内容の一部は共同研究として公表されているが、論文提出者の貢献度が最も高い。これらの内容について審査委員会で評価し、投票した結果、審査委員全員一致して、本論文は博士(学術)の学位にふさわしい内容を有すると結論した。

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