学位論文要旨



No 116605
著者(漢字) 櫻井,大雄
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,マサオ
標題(和) 細胞性粘菌の細胞質分裂におけるIQGAP様タンパク質の機能に関する研究
標題(洋) Studies on functions of IQGAP-related proteins in cytokinesis of Dictyostelium
報告番号 116605
報告番号 甲16605
学位授与日 2001.09.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第330号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 馬渕,一誠
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 助教授 足立,博之
内容要旨 要旨を表示する

 細胞分裂では、核分裂の後に進行する細胞質分裂によって細胞質が等分され、母細胞は2つの等価な娘細胞に分裂する。したがって、細胞分裂により核を含む細胞成分が均等に分配されるためには、細胞質分裂が時間的・空間的に厳密に制御されている必要がある。このような細胞質分裂の制御では、細胞形態を決定する細胞骨格系と、それを再構築させるシグナル伝達系が重要な役割を果たしていると考えられているが、その詳細な分子メカニズムは、まだ十分には明らかになっていない。この細胞質分裂の分子メカニズムの一端を解明することが、本研究の目的である。研究材料としては、細胞性粘菌Dictyostelium discoideumを用いた。細胞性粘菌は、ゲノムが半数体で変異株を利用でき、遺伝学的・分子生物学的手法が確立しているうえ、酵母のように細胞壁を持たず、細胞分裂における形態変化が動物培養細胞に似ているため、細胞質分裂研究のモデル生物として用いられている。

 本研究では、細胞性粘菌で細胞質分裂に関わることが知られているIQGAP様タンパク質、特にGAPAの機能を中心に解析を行った。細胞性粘菌では、2つのIQGAP様タンパク質、GAPAとDGAP1/DdRasGAP1が報告されている。GAPA欠損株は、懸濁培養および基質上の培養いずれの場合でも細胞質分裂の欠陥により巨大多核細胞を生じる。DGAP1欠損株は、細胞質分裂の欠陥を示さないが、GAPAとDGAP1の二重欠損株はGAPA単独欠損株よりも重篤な細胞質分裂の欠陥を示すことから、GAPAとDGAP1は細胞質分裂において何らかの重複した機能を持つと考えられている。

 まず、IQGAP様タンパク質の機能を知る手がかりとして、GAPAとDGAP1の細胞内局在を調べた。それぞれのN−末端にgreen fluorescent protein(GFP)を融合させたGFP-GAPAとGFP-DGAP1を作成し、それぞれの欠損株にシャトルベクターを使って発現させた。いずれのGFP融合タンパク質も、それぞれの欠損株の欠陥を相補したことから、GAPAもしくはDGAP1としての機能を保持していることが示された。蛍光顕微鏡による観察から、GFP-GAPAとGFP-DGAP1は、いずれも主として細胞表層に一様に局在していることがわかった。GFPのみではこのような表層への局在は見られなかった。さらに、細胞質分裂中の局在を観察したところ、いずれも細胞表層に局在するだけでなく分裂溝部分の表層に濃縮してくることがわかった。この集積は、分裂溝陥入の初期から分裂直後まで続いていた。GAPAとDGAP1は、なんらかの機構で分裂溝部分に集積し、分裂溝局所で細胞質分裂に関わっていると考えられる。また、GFP-GAPAについては、界面活性剤存在下で主として高速沈殿画分に回収されることから、表層の細胞骨格と相互作用をしていることが裏付けられた。

 さらに、GFP-GAPAとGFP-DGAP1がきわめて類似した局在パターンを示したことから、両者は共通の機構によって分裂溝に濃縮することが予想された。このことを傍証するために、GAPA欠損株におけるGFP-DGAP1の局在と、逆にDGAP1欠損株におけるGFP-GAPAの局在を観察した。その結果、いずれの場合も、予想通り細胞周期を通じて表層に局在し、分裂溝に濃縮する正常な局在パターンを示し、GAPAとDGAP1は相互に独立に局在することがわかった。

 ミオシンIIは、細胞質分裂において分裂溝に集積し、アクチン収縮環を収縮させることで分裂溝陥入に働くと考えられている。実際に、細胞性粘菌のミオシンII欠損株は、懸濁培養下で全く細胞質分裂を行うことができず、巨大多核化する。しかし、この細胞性粘菌ミオシンII欠損株は、基質上でほぼ正常に近い細胞質分裂を行って増殖できることから、ミオシンIIに依存しない細胞質分裂メカニズムが存在すると考えられている。GAPAとDGAP1の局在とミオシンIIの関わりを調べるために、ミオシンII欠損株におけるGFP-GAPAおよびGFP-DGAP1の局在を観察した。その結果、いずれの場合も正常な局在パターンを示したことから、GAPAとDGAP1の局在にミオシンIIは必要ではないことがわかった。既に知られるように、GAPA欠損株でミオシンIIが分裂溝に集積することと、GAPA欠損株が基質上でも細胞質分裂の欠陥を示して多核化することを考えあわせると、GAPAとDGAP1がミオシンII非依存性の基質上の細胞質分裂に関わることが示唆された。

 細胞質分裂におけるGAPAとDGAP1の役割を知る手がかりを得るために、それぞれの結合タンパク質の同定を試みた。GAPAとDGAP1は、ヒトIQGAP1のC末端側約半分の領域に相同性を持ち、IQGAP1と同様に、その中央部にはGAP-related domain(GRD)と呼ばれる、RasGAP(GTPase activating protein)の触媒領域として同定された機能ドメインがある。ヒトIQGAP1はRasGAP活性は持たないが、GRD領域を介してRhoファミリーの低分子量Gタンパク質であるRacやCdc42にエフェクターとして結合し、アクチン系細胞骨格の制御に関わると考えられている。GAPAとDGAP1も、IQGAP1と同様にGRDを介してRhoファミリー低分子量Gタンパク質に結合するか、もしくは、Rasファミリー低分子量Gタンパク質に結合してGAPとして働くことにより、細胞質分裂に関わることが予想される。そこで、細胞性粘菌のさまざまな低分子量Gタンパク質のGST(glutathione S-transferase)融合タンパク質結合ビーズと、GFP-GAPAまたはGFP-DGAP1を発現した細胞性粘菌細胞の粗抽出液を用いて、in vitroでの結合をイムノプロッティングで検討した。8種類の細胞性粘菌低分子量Gタンパク質について調べたところ、既に報告されているGTP型のRac1A(ほ乳類Rac1ホモログの一つ)とGFP-DGAP1の結合のみが検出された。さらに、GFP抗体による免疫沈降法でGFP-GAPAおよびGFP-DGAP1の結合タンパク質の探索を行ったところ、GFP-DGAP1について特異的に結合していると思われる40kDaと83kDaのバンドを見い出すことができた。

 GAPAに対する結合タンパク質は今のところ同定されていないが、GRDを持つことから、なんらかの低分子量Gタンパク質と結合し、これを介して細胞質分裂に関わっていることが予想される。この可能性について検討するため、結合に重要と考えられるGAPAのGRD内のアミノ酸残基を予測し、これらを部位指定変異導入により置換した変異型GAPAを作製して、GAPA欠損株の遺伝的相補性解析を行った。GAPAのGRDがヒトのRasGAPであるp120GAPのGRDと同様の立体構造をとると仮定し、すでに解明されているRas-p120GAP複合体の立体構造を参考にして変異を導入する残基を決定した。Rasとp120GAPの結合において、p120GAPのR903とK935の正電荷残基が重要であると考えられている。この2残基は、ヒトIQGAP1やGAPA、DGAP1でも保存されており、GAPAではR442とK474に相当する。これらの残基をそれぞれ負電荷のグルタミン酸に置換したGAPA(GAPA-R442E,GAPA-K474E)を作製し、GAPA欠損株中で発現させた。これらの変異型GAPAはいずれの場合もGAPA欠損株の細胞質分裂欠陥を相補することができなかったことから、GAPAのGRDが何らかの低分子量Gタンパク質と結合し、その結合が細胞質分裂に関わっている可能性が示唆された。さらに、GAPA-R442EとGAPA-K474EのGFP融合タンパク質を作製し、その細胞内局在を観察したところ、野生型のGFP-GAPAと同じ正常な局在パターンを示したことから、想定される相互作用は、GAPAの細胞表層や分裂溝への局在には不要であり、それ以外の重要な役割を細胞質分裂において果たしていると考えられた。

 IQGAP様タンパク質においては、GRDのみならず一構造上その前後にも高い相同性を示す領域が長く続いており、この領域はp120GAPなどのRasGAPには存在しない。GAPAにおいてこれらGRD以外の保存領域の役割を調べるために、NまたはC末端から様々な長さの領域を欠失させた変異型GAPAを作成し、遺伝的相補性を調べた。その結果、IQGAPと相同性を持たないN末端の87残基を欠失したGAPAΔNはGAPA欠損株を相補したのに対し、174残基を欠失したGAPAΔPは相補しなかった。また、C末端16残基のみを欠くGAPAΔXを含む他の変異型GAPAは相補しなかった。このことから、GRDのみではなく、保存領域全体がGAPAの細胞質分裂における機能に重要であることがわかった。また、相補しない変異型GAPAに加え、全長を3つの領域に分割した変異型GAPAのGFP融合タンパク質を作製し、細胞内局在に必要な領域の特定も試みた。その結果、GRDよりもC末端側の領域を含むGAPAは細胞表層に局在し、その領域を含まないものは細胞表層に局在せず、細胞質全体に拡散して存在した。また、いずれにおいても細胞質分裂時の分裂溝への集積はみられなかった。このことから、GAPAがGRDよりもC末端側の保存領域を介して細胞表層に局在すること、分裂溝への濃縮には保存領域全体が必要であることが示唆された。

 以上の結果より、細胞性粘菌の細胞質分裂において、実際にIQGAP様タンパク質GAPAとDGAP1が細胞質分裂時に分裂溝部分に集積し、他のタンパク質と相互作用して何らかの機能を果たしている可能性が示唆された。今後、結合タンパク質の同定も含め、さらに細胞質分裂におけるGAPAおよびDGAP1の局在や機能に関する分子機構を明らかにすることが重要な課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、細胞分裂における時間的、空間的制御の分子メカニズム解明のため、細胞性粘菌Dictyostelium discoideumを用いた分子生物学的、生化学的研究、特に、細胞性粘菌で細胞質分裂に関わることが知られているIQGAP様タンパク質の機能解析を行った。

 まず第1章では、IQGAP様タンパク質(GAPAとDGAP1)の機能を知る手がかりとして、GAPAとDGAP1の細胞内局在を調べた。それぞれのN−末端にgreen fluorescent protein(GFP)を融合させたGFP-GAPAとGFP-DGAP1を作成し、それぞれの欠損株に発現させた。いずれのGFP融合タンパク質も、それぞれの欠損株の欠陥を相補したことから、GAPAもしくはDGAP1としての機能を保持していることが示された。蛍光顕微鏡による観察から、GFP-GAPAとGFP-DGAP1は、いずれも主として細胞表層に一様に局在していることがわかった。GFPのみではこのような表層への局在は見られなかった。さらに、細胞質分裂中の局在を観察したところ、いずれも細胞表層に局在するだけでなく分裂溝部分の表層に濃縮してくることがわかった。この集積は、分裂溝陥入の初期から分裂直後まで続いていた。GAPAとDGAP1は、なんらかの機構で分裂溝部分に集積し、分裂溝局所で細胞質分裂に関わっていると考えられる。また、GFP-GAPAについては、界面活性剤存在下で主として高速沈殿画分に回収されることから、表層の細胞骨格と相互作用をしていることが裏付けられた。

 次に、GAPAとDGAP1の局在とミオシンIIの関わりを調べるために、ミオシンII欠損株におけるGFP-GAPAおよびGFP-DGAP1の局在を観察した。その結果、いずれの場合も正常な局在パターンを示したことから、GAPAとDGAP1の局在にミオシンIIは必要ではないことがわかった。既に知られるように、GAPA欠損株でミオシンIIが分裂溝に集積することと、GAPA欠損株が基質上でも細胞質分裂の欠陥を示して多核化することを考えあわせると、GAPAとDGAP1がミオシンII非依存性の基質上の細胞質分裂に関わることが示唆された。

 第2章では、細胞質分裂におけるGAPAとDGAP1の役割を知る手がかりを得るために、それぞれの結合タンパク質の同定を試みた。細胞性粘菌のさまざまな低分子量Gタンパク質のGST(glutathione S-transferase)融合タンパク質結合ビーズと、GFP-GAPAまたはGFP-DGAP1を発現した細胞性粘菌細胞の粗抽出液を用いて、in vitroでの結合をイムノブロッティングで検討した。8種類の細胞性粘菌低分子量Gタンパク質について調べたところ、既に報告されているGTP型のRac1AとGFP-DGAP1の結合のみが検出された。さらに、GFP抗体による免疫沈降法でGFP-GAPAおよびGFP-DGAP1の結合タンパク質の探索を行ったところ、GFP-DGAP1について特異的に結合していると思われる40kDaと83kDaのバンドを見い出すことができた。

 次に、結合に重要と考えられるGAPAのGRD内のアミノ酸残基を予測し、これらを部位指定変異導入により置換した変異型GAPAを作製して、GAPA欠損株の遺伝的相補性解析を行った。さまざまなGAPA変異体(GAPA-R442E,GAPA-K474E)を作製し、GAPA欠損株中で発現させた。これらの変異型GAPAはいずれの場合もGAPA欠損株の細胞質分裂欠陥を相補することができなかったことから、GAPAのGRDが何らかの低分子量Gタンパク質と結合し、その結合が細胞質分裂に関わっている可能性が示唆された。さらに、GAPA-R442EとGAPA-K474EのGFP融合タンパク質を作製し、その細胞内局在を観察したところ、野生型のGFP-GAPAと同じ正常な局在パターンを示したことから、想定される相互作用は、GAPAの細胞表層や分裂溝への局在には不要であり、それ以外の重要な役割を細胞質分裂において果たしていると考えられた。また、NまたはC末端から様々な長さの領域を欠失させた変異型GAPAも作成し、遺伝的相補性を調べた。その結果、IQGAPと相同性を持たないN末端の87残基を欠失したGAPAΔNはGAPA欠損株を相補したのに対し、174残基を欠失したGAPAΔPは相補しなかった。また、C末端16残基のみを欠くGAPAΔXを含む他の変異型GAPAは相補しなかった。このことから、GRDのみではなく、保存領域全体がGAPAの細胞質分裂における機能に重要であることがわかった。また、相補しない変異型GAPAに加え、全長を3つの領域に分割した変異型GAPAのGFP融合タンパク質を作製し、細胞内局在に必要な領域の特定も試みた。その結果、GRDよりもC末端側の領域を含むGAPAは細胞表層に局在し、その領域を含まないものは細胞表層に局在せず、細胞質全体に拡散して存在した。また、いずれにおいても細胞質分裂時の分裂溝への集積はみられなかった。このことから、GAPAがGRDよりもC末端側の保存領域を介して細胞表層に局在すること、分裂溝への濃縮には保存領域全体が必要であることが示唆された。

 以上の結果は、真核細胞の細胞質分裂にIQGAP様タンパク質がどのように関わっているかを示唆しており、細胞質分裂機構の理解に貢献するものである。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク