学位論文要旨



No 116613
著者(漢字) マハセナ,プゥトゥラ
著者(英字) MAHASENA,PUTRA
著者(カナ) マハセナ,プゥトゥラ
標題(和) 「あすか」によるラピッドバースター(MXB1730−335)のII型バーストに関する新結果
標題(洋) New Results from ASCA on the Type II Bursts of the Rapid Burster (MXB 1730-335)
報告番号 116613
報告番号 甲16613
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4063号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 教授 中井,直正
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 村上,浩
内容要旨 要旨を表示する

 ラピッドバースターは、1976年に発見されたX線バースト源である。ラピッドバースターは、もっとも初期に発見されたX線バースト源のひとつでありながら、現在までに見つかっている約50のバースト源の中でも、とりわけ特異な天体である。たとえば、その活動期には、1日あたり1000回もX線バーストを起こすことがある。ラピッドバースターは、I型とII型の2種類のX線バーストを起こすのに対し、他のX線バースト源は、I型のバーストのみを起こす。現在では、I型バーストは、中性子星表面での熱核反応の暴走によると考えられており、一方II型バーストは、何らかの質量降着の不安定性により重力エネルギーの解放が間欠的になったために起こると考えられている。

 II型バーストは非常に多様なプロファイルを示し、また、バースト活動にいくつかの安定なパターン(モード)があることが良く知られている。ラピッドバーストの発見時には、2つの安定なモードが見つかった。いわゆるモード1では、継続時間が8-12秒の激しく繰り返すバースト(RRB : Rapidly Reperitive Bursts)の後に、継続時間が20-30秒の大きなバースト(LBB : Last Biggest Bursts)がひとつ起きて1サイクルが終ると言うパターンを繰り返す。これに対して、いわゆるモード2では、継続時間が5-25秒のバーストが比較的規則的な間隔(40-100秒)をおいて繰り返す。その後、モード0と呼ばれる、継続時間が長くて(約100秒以上)一定光度が持続するバーストで特徴づけられるモードもさらに見つかった。II型バースト中のエネルギースペクトルも、基本的には黒体輻射で表されるものの、黒体からのずれが見られることも報告されている。一般的に、バースト中に黒体輻射の温度はあまり変化せず、バーストの減衰にしたがい輻射領域の半径が小さくなっていくという傾向が見られる。

 RXTE衛星の全天モニターの観測が(1996年に)始まって、ラピッドバースターの日々の変化が追えるようになり、その活動期(アウトバースト)を通しての振舞いが良くわかるようになってきた。アウトバーストの初期(phase I)には、平均光度が大きくI型バーストのみが観測される。アウトバーストの経過につれて平均光度が下がってくると(phase II)、II型バーストが見られるようになる。II型バーストの発生パターンは、(大まかに平均光度の関数として)"モード0→モード1→モード2"と変わっていくようである。

 II型バーストは、緩和振動子のように振舞うことが知られている。降着物質は、中性子星近傍のどこかに、ある臨界量に達するまで蓄積される。臨界量に達すると、降着物質の一部が突如中性子星表面に落下し(これがバーストとして観測される)、また次の蓄積が始まる。したがって、次のバーストまでの待ち時間は、バーストで解放されたエネルギーに比例する。しかし、II型バーストを制御している正確なメカニズムについては、わかっていない。これまでに、大まかに言って2種類の質量降着不安定性が提案されている。ひとつは、中性子星の磁気圏に関連した不安定性であり、もうひとつは、降着円盤自身の不安定性である。前者は、中性子星が比較的強い磁場を持っている(表面で約1010ガウス以上)と仮定しており、後者は中性子星は弱い磁場(表面で約109ガウス以下)しか持たないと仮定している。

 最近、ラピッドバースター中の中性子星が弱い磁場しか持たない(109ガウス以下)証拠が見つかり始めてきた。そこで、本博士論文では、II型バーストを議論するのに、降着円盤の不安定性に注目する。

 1980年代以降、降着円盤の不安定性に関する研究は大きく進んだ。降着率(M)−表面柱密度(Σ)平面上でS字型で表される熱平衡解が存在すると、適当な条件のもとで、降着円盤はある半径において、降着率の大きい状態(スリム円盤)と降着率の小さい状態(標準円盤)を行ったり来たりする(リミットサイクル)可能性のあることが明らかになっている。降着率が大きい状態への間欠的な遷移により、中性子星表面への質量降着率の間欠的な増加が起きることになる。この様な現象が、E-Δt関係を一般的に示すようなII型バーストとして観測されるのかも知れない。

 上のような理論的考察を踏まえ、ラピッドバースターからのII型バーストをより良く理解するために、『あすか』はラピッドバースターの観測を数回行なった。過去の衛星に比べて、ラピッドバースターの研究をする上で、『あすか』には有利な点が少なくとも2つある。(1)過去の観測では、近傍の明るいX線バースト源(低質量X線連星4U 1728-34)が大変邪魔になったが、『あすか』はその位置分解能と撮像能力のおかげで、この天体からのX線の混入を防ぐことができる。(2)『あすか』は、約1keVまでのX線に感度があり、中性子星の周りに標準降着円盤があるとすれば、その輻射(温度0.6keVの黒体輻射で近似できる)を検出する上で、大変重要である。本博士論文では、『あすか』の2回の観測(1998年8月26-27日と1999年3月26-28日)の解析を行なう。

データ解析と結果

 『あすか』の2回の観測により、II型バーストの多様な振舞いのうち、モード1を中心としたものが観測された。

 個々のバーストについて、そのパラメータを調べた(フルエンス、継続時間、最大光度、黒体温度、次のバーストまでの待ち時間、時間平均したバースト光度、時間平均した定常放射の光度、1サイクル中の平均光度)。文献中に見られる過去の観測と比べて、これらバーストのパラメータに特に変わった点は見られなかった。しかしながら、(十分長い時間で取った)平均光度の関数として、モード1のバーストパターンの時間尺度が決まっていることを初めて明らかにした。これは、バーストパターンが、バーストに直接かかわっていない標準降着円盤のMdの関数であることを示唆する。良く知られたモード1のバーストパターンで、時間平均した光度が大きくなると、RRBでの2つの連続したバースト間隔は長くなり、RRBの全バースト数は少なくなる。

 全バーストサイクルを通してのスペクトル変化を調べるために、同程度のフルエンスのバーストを集めて、合成バーストを6つ作った。さらに、バーストサイクルを7つのフェイズに分けて、全部で42のエネルギースペクトルを計算した。この42のスペクトルについて、様々なスペクトル比を計算することで、モデルに依存しない方法で解析した。それにより、2つのスペクトル成分が存在する証拠が明らかになった。ひとつの成分は、7keV以上で卓越し、形は変わらないもののフラックスはバースト中に大きく変化する。もうひとつの成分は低エネルギー側で見られ、バースト中の形やフラックスは比較的安定である。

 これらのスペクトルを単一の黒体輻射で表すと、合いが悪く、いずれの場合も良く似た系統的な残差が残る。そこで、黒体輻射と多温度円盤モデルから成る2成分モデルでスペクトルフィットを行なった。このモデルでは、黒体輻射は、中性子星表面と降着円盤の間の境界層から放射されると考えられる。(モデルに依存しない解析から示唆される)特別な手順にしたがって、モデルの最適パラメータを決定した。また、最適パラメータが、仮定した吸収量にどのように依存するか調べ、NH=2×1022cm-2が最適値であるという結果を得た。この吸収量は、過去の多くの観測結果と一致している。

 既に述べたように、ラピッドバースター中の中性子星は弱い磁場しか持たないと考えられる。従来、II型バーストの輻射領域は、球対称を仮定して議論されてきたが、これは必ずしも適切でないかも知れない。このことは、(磁場の弱い)中性子星と降着円盤の間の境界層に関して、最近出版された詳細なモデルからも示唆される。そのモデルでは、スリム円盤の方程式を使って、境界層は降着円盤の一部として取り扱われる。スリム円盤の方程式には、効率的な冷却により、幾何学的に薄い標準ケプラー円盤から大きく外れ得る項が含まれている。このアプローチでは、ケプラー回転から中性子星の自転への角速度の低下は、中性子星表面での物質の拡散中に起こるのではなく、動径方向の降着中に起こる仮定している。II型バーストのピークで観測される黒体輻射の射影面積は、(I型バーストから求められる)中性子星の射影面積の3倍以上になることがわかっている。そこで、境界層を降着円盤の一部として扱い、適宜必要な修正を加えていくこととした。

 フィッティングから得られた最適パラメータによると、バースト中の中性子星表面への質量降着率は、標準円盤中のそれより常に大きく、定常状態では、逆になっている。これは、円盤不安定性の理論から予想される、降着円盤の2つの状態間の遷移という考えと一致している。

 円盤不安定性の考え方に立つと、バーストのフルエンスの大きさは、標準円盤がどこまでスリム円盤に遷移したかによって決まると考えられる。次のバーストまでの時間は、欠落した標準円盤が再びもとに戻るまでの時間と考えられ遷移を起こした円盤が大きい程、回復には時間がかかると考えられる。フィッティングで得られた最適パラメータからは、誤差を考慮すると、標準降着円盤の内縁の半径が、フルエンスの大きいバーストの後ほど大きいということは、はっきりとはわからなかった(ただし、その傾向は見られた)。しかし、観測された標準円盤中の降着率は、バーストの減衰部分付近で常に最大だった。この結果は、バーストが起こると、バーストの進行に従って密度波が外側に広がって行くという、不安定円盤の数値シミュレーションの結果と一致している。『あすか』の観測は、このような密度波の最初の直接的証拠かも知れない。これはまた、フィッティングから得られた最適パラメータの値が、ラピッドバースターのII型バーストを説明する円盤不安定性理論と一致している、ということも意味している。

 最後に、『あすか』で観測された範囲のモード1の振舞いを説明する、簡単な現象論的モデルを考察した。

審査要旨 要旨を表示する

 これまでに発見された多数のX線星の中には、「X線バースト」と呼ばれる、X線が突然急速に強くなり10秒くらいで元の強度に戻っていく現象を示すものがあり、現在までに約50例が知られている。X線星の多くは近接連星系を成す中性子星であると考えられており、このようなX線バーストは、連星の相手である低質量星から流出し中性子星の表面に降着した物質がある程度溜まることによって起きるヘリウムの暴走的熱核反応であると思われている。そんな中にあって、ラピッドバースターと呼ばれる天体MXB1730-335は、他のX線バースト源と同様のバースト(I型と称する)を示すのに加えて、他には見られない著しく様相の異なるバースト(II型と称する)をも示し、特異な存在である。このII型バーストは、何らかの質量降着の不安定性により重力エネルギーの解放が間欠的に起きることが原因と見られているが、理論的にはそのメカニズムが確定しておらず、観測的には直接的証拠が十分ではなく、未だ決定的ではない。なぜII型バーストが、このX線バースト源でしか起きないのか、という問いも未解決である。

 本論文は、X線科学衛星「あすか」によるラピッドバースターのII型バーストの観測を解析し、II型バーストの原因に関する上記作業仮説を観測的に証明せんとするものである。論文は全5章から成る。研究目的を述べた第1章に引き続き、第2章では、ラピッドバースターについてこれまでに明らかとなっている観測的特徴をまとめ、また、II型バーストのモデルとして提案されてきたモデルの中から、ラピッドバースターの磁場が弱いという観測的証拠を挙げて磁場が絡んだ不安定性機構を排し、降着円盤の熱的不安定性による緩和振動を有力なメカニズムとして挙げている。低質量星からの流出ガスが中性子星周辺に円盤を形成し、或る臨界量に達するまで円盤に蓄積されるものの、臨界量に達すると突如中性子星に落下して重力エネルギーが解放されてバーストとして観測されるというのが基本的作業仮説である。第3章では、「あすか」の観測機器の説明を行っており、第4章が、「あすか」観測データの解析方法とその結果を述べた本論文の中核をなす章である。ここで得られた結果について、第5章で、II型バーストの原因を降着円盤の不安定性による緩和振動であるとする見方と整合性があるか否かを議論している。第6章が全体のまとめである。

 本論文で扱った観測データは、「あすか」の高い位置分解能と撮像能力のために、従来の観測データでしばしば問題となった近傍のX線バースト源からのX線の混入の危険性がない。また、「あすか」は、他のX線衛星と違い、1 keV付近の低いX線エネルギーから10 keV近い高いX線エネルギーまでの広いエネルギー域で高い感度を持つことから、スペクトルを子細に解析し、中性子星の周囲に想定されている降着円盤からの輻射を他成分から分離して検出するのに有利である。

 論文提出者は、バースト規模毎に、個々のバーストを継続時間及び次のバーストまでの時間間隔により規格化した上で、バースト発生から減衰を経て静穏に至り次のバーストを再び起こすまでの位相毎に、X線スペクトルを解析した。その結果、全ての位相において2つのスペクトル成分が存在することを初めて明らかにし、これらのスペクトルを黒体輻射と多温度円盤モデルから成る2成分モデルでフィットを行い、最適パラメータを決定することに成功した。こうして決定したパラメータから、距離を想定した上で、黒体輻射成分は球対称に起きている中性子星への質量降着による輻射として、黒体輻射領域の半径と質量降着率を求め、また多温度円盤モデルを仮定して、円盤の内側半径、円盤への質量降着率を求めた。その結果は、円盤成分の決定精度が低いバースト極大期を除いて、円盤は中性子星より大きく、且つ、円盤の内側半径はバーストの減衰期に最大となっていることを明らかにし、降着円盤の不安定性による重力エネルギーの解放がII型バーストであるという作業仮説を支持する結論を得た。また、黒体輻射射影面積がI型バーストから求められる中性子星の射影面積に比べ約3倍以上も大きいことから、中性子星への質量降着は仮定した様な球対称ではないことを示し、或る種の理論モデルが想定している様に降着円盤の一部にまで広がった境界層から黒体輻射成分が輻射されているとする方が寧ろ整合性が取れることを示した。この考えを取り入れて解析した結果、中性子星への質量降着率は、標準降着円盤中の質量降着率より、バースト中は大きく、定常状態期には、逆に小さくなっていることを明らかにした。この結果は、円盤不安定性の理論が予測している、降着円盤が2つの状態間を遷移するという考えを支持している。

 以上要するに、本論文は、「あすか」によるラピッドバースターのII型バーストの観測結果を解析し、その結果が、II型バーストの原因が降着円盤の不安定性による緩和振動であるとする作業仮説と整合性があり、この作業仮説を観測的に支持できることを明確に示した。これは天文学、特に天体物理学に新たな知見をもたらすものである。

 尚、本論文は、井上一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び結果の検討を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、本論文提出者に、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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