学位論文要旨



No 116614
著者(漢字) 鈴木,由希
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ユキ
標題(和) 珪長質マグマ噴火のマグマ過程の岩石学的研究 : 特に脱ガス,発泡,結晶作用からみたマグマ上昇過程について
標題(洋) Petrological study on magmatic process in felsic magma eruption : Especially on magma ascent deduced from degassing, vesiculation, and crystallization in the ejecta
報告番号 116614
報告番号 甲16614
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4064号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤井,敏嗣
 東京大学 助教授 石井,輝秋
 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 教授 永原,裕子
 東京大学 教授 中田,節也
内容要旨 要旨を表示する

 榛名火山二ツ岳では6世紀中頃に,プリ二アン,火砕流,溶岩ドーム形成と推移した,珪長質マグマ噴出を主とする噴火が起きた.噴火初期の軽石の灰色部・溶岩ドームは,苦鉄質,珪長質マグマの混合産物である.珪長質端成分は,時期によらず均一で,噴火中期に混合なしに噴出している.一方苦鉄質端成分は初期には無斑晶質,終期には斑晶質と違いがある.斑晶組成・組織によって,無斑晶マグマが斑晶質マグマのメルト相当組成と推定される.また噴火初期に噴出する珪長質マグマは,噴出前に苦鉄質マグマによる加熱,減圧を受けた.

 珪長質マグマは高斑晶量,高粘性であり,それ自身では噴出できなかったと考えられる.珪長質マグマに対し,噴火初期の加熱珪長質マグマ,混合マグマは,相対的に低粘性である.そこで,噴火推移,珪長質マグマの性質を考慮すると,苦鉄質マグマの珪長質マグマだまりへの注入は,珪長質マグマの粘性を混合もしくは加熱によって低下させ移動を容易にし,結果として噴火を引き起こしたものと推定される.また低粘性マグマによる火口開栓後,火道内の減圧によって,珪長質マグマの噴出も可能になったと考えられる.

 無斑晶質苦鉄質マグマは,珪長質マグマと比重が同程度にも関わらず,先に噴出し終わっている.この噴出順序を可能とするプロセスとして,注入により珪長質マグマが加熱され対流が生じ,viscous couplingによって苦鉄質マグマが上方に引き上げられる過程が挙げられる.混合マグマとして噴出した苦鉄質マグマの時間変化は,ある苦鉄質マグマが珪長質マグマだまりへと移動する過程で,斑晶が分離され,マグマ上部のメルト部分が先に注入したことを反映しているであろう.

 二ツ岳噴出物によって,マグマだまりからのマグマ上昇プロセスの,噴火を通じた変化も検討された.噴出物石基の発泡度,結晶組織,揮発性成分含有量の多様性は,噴火を通じた上昇過程の多様性を反映する.その一つは経路差であり,噴火初期(Fall lower)にはマグマだまり(3-4 kbar)から1-2kbarまで上昇後,いったん停滞するのに対し,以降は火口まで直接上昇する違いがある.

 石基のマイクロライトは斑晶に比べ数密度が高く,噴火に伴うマグマだまりからの上昇過程での,急激な物理条件変化で晶出したと推定される.石基ガラスの含水量から,急冷まで水の離溶が結晶作用に十分なリキダス変化を引き起こしたとみなせるため,マイクロライトはマグマ上昇に伴い晶出したといえる.十分な過冷却生成にも関わらず,マイクロライトを欠く噴出物もある.これは上昇過程で,過冷却の生成後,晶出までに必要とされる時間が経過する前に,マグマが急冷されたことを示す.過冷却生成から急冷までの時間は,マグマ上昇速度の増加と共に減少する.そこでマイクロライトを欠く噴出物を形成したマグマ上昇は,相対的に高速であったと推定される.この考えは水の離溶の点でも,石基ガラス含水量がマイクロライトを欠く噴出物で相対的に高く,低圧への平衡度の低さが推定されることと調和的である.マイクロライトを有する噴出物の比率は噴火進行と共に増加し,マグマ上昇速度は全体として次第に低下したと考えられる.これはマグマだまりの過剰圧は一定であったならば,火道径の減少を示す.

 マグマ上昇に伴う結晶作用では,上昇速度と共に核形成速度が増大することが推定される.これは,上昇速度増加と共に時間あたりの水の離溶,すなわちリキダス変化が大きくなること,さらに過冷却度が大きい程,核形成速度が大きくなることを反映している.以上の性質を二ツ岳に適用すると,プリニアン,火砕流噴火相には,顕著なマグマ上昇速度差がないことが推定される.

 Fall lowerマグマ(噴火初期)では,1-2kbarまでの減圧は斑晶のオーバーグロースに残されたのに対し,それ以降の減圧は結晶作用として残されていない.このマグマの1-2kbarから火口までの減圧時と,他のマグマの火口まで減圧時に起きたリキダス変化には,ほとんど相違がない.そこで,これら上昇で形成された組織の比較で,これら上昇過程の速度差が議論できる.Fall lowerマグマでマイクロライトを欠くことは,その1-2kbarから火口までの上昇が,他の時期のマイクロライトを有する噴出物を生成した上昇に比べ速かったことを示す.なおFall lowerマグマの1-2kbarでの停滞は,噴火準備段階での火道の形成を反映し,その後の高速上昇は火口の開栓を反映している可能性がある.

 初期含水量を考慮した発泡計算によって,Fall lower噴出物とマイクロライトを有する噴出物では,上昇過程での脱ガス(気泡の分離)があったことが示された.このことは上昇速度が低い程脱ガスが促進されるという,既存の研究の提案と調和的である.なおFall lowerマグマでの脱ガスは,1-2kbarまでの上昇で促進されたと推測される.

 有珠山2000年噴火,3月31日のマグマ水蒸気爆発産物を対象とし,マグマ上昇過程並びに,それに伴う結晶作用,脱ガス,気泡核形成の段階を明らかにした.本質物質(軽石,火山灰中のマイクロパミス)の岩石学的検討に基づき,噴火に関わったマグマの化学組成は均質であったといえる.メルトの含水量は,斑晶包有物の含水量と相平衡関係から,マグマだまりからの上昇直前に,約5wt.%であったと見積もられる.すなわち上昇過程では,2kbar深で水に飽和したものと考えられる.

 本質岩片には,発泡度多様性がある.多様性の原因の一つは,上昇するマグマに水冷の有無があったことである.マイクロパミスは細粒で水冷の特徴が顕著である.これに対しサイズが大きい軽石は,上昇するマグマが水冷されずに発泡し続けたため,高い発泡度を獲得したものと考えられる.一方,マイクロパミスの中での多様性は,石基ガラスの含水量が,発泡度上昇と共に減少する特徴から,水の離溶の程度差によるといえる.離溶の程度が多様となる過程として,水冷深度の多様性,マグマ内での離溶の不均一さ,マグマ上昇速度の変化によるマグマの低圧への平衡度の変化,などが挙げられる.なお石基ガラスの含水量は0.3kbar以下での水の溶解量に相当する.この圧力は,噴火に関与した可能性の高い帯水層での圧力に比べ高い.

 石基のマイクロライトは斑晶よりも数密度が高く,噴火に伴うマグマだまりからの上昇過程でのような,急激な物理条件変化で晶出したといえる.マイクロライト組成は本質物質によらず均一であることから,その晶出は,岩片によらず類似した条件下で起きると共に,また水冷による冷却とも無関係であったものといえる.石基ガラスの含水量から,急冷,水冷までに,結晶作用に十分なリキダス変化が起きたとみなせ,マイクロライトは減圧に伴い晶出したといえる.発泡度の多様なマイクロパミスのそれぞれは,水の離溶に伴い帯水層近傍で起きた現象の,様々な段階を記録しているといえる.結晶作用については,これらマイクロパミスに組織差が認められないので,帯水層深度に達する前に完了していたものと推定される.

 同様に発泡の進行についても検討された.気泡サイズ分布による定量的比較によって,上昇過程での2度の気泡核形成の可能性が示された.また2度目の気泡核形成で生成した気泡の成長度の相違によって,マイクロパミスの発泡度多様性が生じたことが示された.

 一般に気泡核形成は,メルト中での水の過飽和で引き起こされる.マグマ上昇過程での過飽和は,減圧速度,メルトの粘性,気泡数密度などの条件でコントロールされる.1度目の核形成は,マグマが初めて水に飽和した2kbarで起きた.これに対し2度目の核形成は,マグマが西山地下を通過した後と推定される.それは西山地下までの移動では,減圧に対し水の離溶が平衡であったことが,観測から推定される移動のタイムスケールと,減圧実験結果から判断されるためである.このように複数の要素によって離溶の平衡度は決定されるものの,上昇速度の増加により,容易に非平衡な離溶が引き起こされる.噴火前の状況を考慮すると,気泡核形成をもたらしたマグマ上昇の加速は,火口の開栓に伴う,マグマ頂部の減圧に伴って引き起こされたと推定される.このように2000年マグマの上昇過程は,速度の点で,西山地下1-2km深まで(減圧過程-I)と,それ以降(減圧過程-II)に2分される.また発泡計算の結果,気泡分離が減圧過程-Iで起きたことが推定される.減圧過程-Iでの比較的低速なマグマ上昇が,気泡分離の効率を高めたと推測される.

 2噴火から,噴火最初期のマグマの上昇は,途中で停滞があったり(二ツ岳),上昇の初期で低速な(有珠),特徴が見い出された.これら特徴は,マグマだまりから初めに移動し始めるマグマの上昇が,火道の形成と共に進んだり,既存の火道を使用する場合にも充填する物質を排除しながら進行することを,反映しているといえる.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる.このうち,第1章はイントロダクションであり,第5章はサマリーである.第2章は,榛名火山でおきた6世紀中頃の噴火を例にとり,噴火時におけるマグマプロセスについて述べられている.第3章では,同噴火の噴出物に見られる岩石組織と化学組成の時間的変化に注目し,噴火時のマグマ上昇プロセスについて述べている.また,第4章では,2000年におきた有珠山噴火の噴出物を用いて,マグマ上昇プロセスのうち,結晶作用と発泡作用の時間関係について述べている.

 第2章で述べられている榛名山,二ツ岳の6世紀中頃の噴火では,爆発的な噴火によって火山灰の堆積,火砕流の堆積,および,溶岩ドームの形成が連続的に起こった.論文提出者は,噴出物は斑晶に富むデイサイトであるが,噴火の初期と末期には苦鉄質マグマの混合の証拠があることに気づき,噴火に先立って苦鉄質マグマが注入し,その混合加熱によってデイサイトマグマの粘性が低下し噴火が引き起こされたと提案した.また,噴火に先立ってマグマが地下で一旦停滞した証拠を見つけ,噴火に先立ち火道が形成される途中段階を示しているものと解釈した.苦鉄質マグマが最初の噴出物に見られるのはマグマ溜りの中でデイサイトマグマが対流した際に引きずり込まれたためであるというモデルを提案している.

 第3章においては,二ツ岳噴火のデイサイトには石基マイクロライトを含む軽石と含まない軽石があり,噴火の進行と共に前者の割合が増加することを見いだした.論文提出者は,マグマ上昇時の減圧によって起こるリキダス温度上昇に伴う過冷却によって,メルト中でマイクロライトの結晶化が起こると考え,マイクロライトの組成やサイズ分布を検討した.その結果,上昇速度の違いで結晶化の効率が異なることを見いだした.上昇速度が大きい場合には,メルトからの十分な水の解離,マイクロライトの結晶化が起こらないうちに噴出するという考えにたどり着いた.そこでは,減圧による過冷却から噴火による系の凍結までの時間と結晶化のリスポンス時間との駆け引きがあり,それは,刻々と変化するメルトの物性にも左右される.論文提出者は,二ツ岳噴火では,大局的に見てマグマの上昇速度が時間とともに減少したために,効率的な結晶化が後ほど進んだものとしている.見積もったマグマの上昇時間は,噴火の初期で5日以内,後半で約16日である.このような上昇速度が減少した原因として,火道口径が時間とともに小さくなった可能性を提案している.

 第4章では,有珠山の2000年におきたマグマ水蒸気爆発の軽石を研究対象にし,第3章で議論したマグマ上昇時におけるマグマプロセスの内,特に,結晶作用と発泡作用の時間関係について検討した.軽石は上昇の途中に水冷されてたため,様々な発泡度と含水量を持ち,両者には逆の相関がある.気泡のサイズ分布からは2回の発泡現象,すなわち2回の減圧が起こったことを見いだした.一方,石基マイクロライトの量や化学組成には軽石毎にほとんど変化が認められない.これらのことから,1回目の減圧では発泡とマイクロライトの結晶化が起こったが,2回目の減圧では発泡のみが起こったと考えた.メルトの粘性が上昇していたために結晶化が起こる前に,地下水によって冷却したというモデルである.

 マグマ上昇に伴うマグマプロセスについての研究は,世界的にも比較的新しい分野のものであり研究者人口も少ない.論文提出者は,噴出物を用いた再現実験やイオンプローブを用いた水の直接定量は行わなかったが,その他の使用可能なほとんどの実験手法を駆使して,莫大な量のデータを集めて岩石学的考察を試み,マグマ上昇に伴うマグマプロセスについて世界的に議論できるレベルの論文に仕上げた.榛名火山の6世紀の噴火という観察記録のない噴火の変遷を岩石学的に料理し,マグマ上昇に関する岩石学的モデルを作り上げ,地球物理観測記録が充実している有珠山噴火の噴出物でそのモデルを検証した.榛名火山については単純な解析結果ではなかったが,複雑なマグマ上昇過程を丹念に紐解いた.有珠山ではそれらのうちのいくつかの要素の相互作用に関してさらなる理解をすることができた.本論文の各章の内容だけでなく,これらの研究の展開も博士論文として十分な内容のものであると言える.

 なお,この博士論文研究は全てが論文提出者独自の成果である.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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