学位論文要旨



No 116615
著者(漢字) 武田,哲也
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,テツヤ
標題(和) 新しい散乱重合法に基づく深部地殻構造マッピング : 広角反射法データへの適用
標題(洋)
報告番号 116615
報告番号 甲16615
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4065号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 纐纈,一起
 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 東京大学 教授 笠原,順三
 九州大学 助教授 松本,聡
内容要旨 要旨を表示する

1.はじめに 大陸地殻では、1980年代よりCOCORPやLithoprobe計画によって高密度の深部地殻構造探査が行われるようになった。これらの研究では、浅部構造探査や石油探査に使用していた反射法解析を導入することにより、それまで明らかにされていなかった下部地殻の不均質構造(reflective lower crust)の状態やMoho面の形状といった地殻深部の構造を『視覚的』にマッピングすることに成功した。一方、島弧地殻から構成される日本では、屈折法(広角反射法)を主体とする探査が行われ、P波・S波やその反射波等の走時のみを使用して地殻の速度構造が求められてきた。しかし、屈折法探査による波形データには、しばしば大きな振幅を持つ広角反射波が確認される。これらの広角反射波には、記録時の観測測線が長いために地殻深部からの情報が含まれており、地殻深部構造をマッピングすることができる可能性がある。これらの広角反射法データを使って反射法的に波動場全体をマッピングする研究は、これまで吉井(1990)以外にはほとんど報告されていない。本論文では、この屈折法探査の波形データを用いて波動場全体をマッピングする新しい手法を開発し、最終的に実データに適用して島弧における深部地殻構造の新しい知見を得ることを目的とした。

2.新しい手法開発 これまでの反射法解析の主要な方法としてCMP重合法と散乱重合法とがある。CMP重合法では、共通な反射点(CMP)をもつ発震点と受振点の組み合わせで観測された波形記録を、あたかもCMP直上に発震点と受振点を共に設置して記録したように変換し(NMO補正)、更に反射波だけを強調するためにCMP毎に足し合わせる。この手法は計算が簡便であるため、比較的変化の緩やかな構造の場合には地下のイメージを容易に得ることができ、また得られたイメージは比較的シャープである。しかし構造が水平方向に不均質であったり、反射面が大きく傾斜したりする場合には正しい像が得られない。一方、散乱重合法では等方一次散乱を仮定し、受振点の波形記録の振幅は、散乱点と考えられる場所全てからの足し合わせであると考え、その振幅を散乱点全てに等しく振り分ける。そして全波形記録の振幅を振り分けし、それを足し合わせることによって真の散乱点だけが強調される。この手法は傾斜の大きな面に対しても正しくマッピングすることができる(migration効果)が、そのためには十分な精度の速度構造に基づいて計算する必要がある。また重合数が不十分であるとイメージを劣化させる欠点がある。元々、広角反射法データは粗い観測点密度のもとで記録されており、重合数はかなり不足する。また島弧の地殻構造では、一般的に水平方向の不均質は大きい。したがって、これらの手法をそのまま適用しても十分なイメージを得ることはできない。そこでこの島弧の広角反射法データに適用可能である新しいマッピング手法を開発した。これは散乱重合法を基本としながらも散乱重合法とCMP重合法の利点を合わせ備えた特徴を持つ。従来の散乱重合法との違いは、等走時曲線上に振幅を振り分ける際に、散乱角の2等分線の鉛直方向から角度θを使用し、同時にcontrol factorとして"F"という量を導入したことである(図1)。control factorの導入により、これまで別々の手法であったCMP重合法と散乱重合法を一つに結びつけただけでなく、control factorの値を変化させることにより、シャープなイメージが得られるCMP重合法からmigration効果のある散乱重合法へと容易に調節でき、その両手法の中間にあたる処理が可能となった。そしてcontrol factorの適切な値を選択することにより、求める条件にもっとも合ったイメージを得ることができる。そして、マッピングの際に必要となる散乱波走時マップの作成には、有限差分による走時計算法を採用する。この利点は、速度場全体で発震点からの走時場と受振点からの走時場を求めて、単にそれらを足し合わせるだけで一気に速度場全体の散乱波走時が求められる点である。この方法は、全グリッドに散乱点を仮定して一つずつ走時を求めていくray tracingなどの走時計算法よりもはるかに簡単で早い。

3.テスト 広角反射波のようにその走時が初動に近い相を使用する場合には波形が引き伸ばされるストレッチング効果が問題となる。最初にその影響について検証することにした。その結果、全てのデータを無条件に使用した場合では、明らかにストレッチング効果によりイメージが劣化している。そこで、使用するデータに引き伸ばし比率に制限を設けた(例えば190%)。これにより引き伸ばされた波形の与えるイメージの劣化を相当抑えることができる。そして次に散乱波走時マップを作成するときに発生するヘッドウェーブによる誤マッピングの可能性について検証した。これは、下層が上層より速度が速い場合に、オフセットが大きくなるにつれてその層境界直上付近では直接到達する波より下方より到達するヘッドウェーブの方が早くなり、誤った散乱波走時場を作るために生じる。そこでテストではヘッドウェーブを含む場合と含まない場合の走時場を用意し、両者を用いた計算結果を比較した。それによると、ヘッドウェーブの影響により誤った位置にマッピングされてもその振幅値は小さいことが確かめられた。また、先程のストレッチング上限の設定とcontrol factorの導入により、誤マッピングする領域は予め殆ど除去されており、結局ヘッドウェーブの影響を考慮しなくてもよい。そして今度は、前2つのテストの結果を踏まえてcontrol factorに伴うマッピングイメージの変化を確かめた。F=1のときは散乱重合法にもっとも近い。確かに傾斜面は正しい位置にマイグレーションされているが、観測密度不足から生じる人工的ノイズによるイメージ劣化が表れている。CMP重合法にもっとも近いF=320の場合では、人工的ノイズによるイメージ劣化はないが、連続性が乏しく、よく注目すると反射面は1枚に収束しておらず、その傾斜角も正しくイメージングされていない。一方F=40はその中間の処理にあたり、人工的ノイズも抑えられ、反射面の連続性もあり、前二者の欠点を補ってバランスがよい。従ってcontrol factorを調節することにより、求める条件のイメージを得ることができる。そして最後に、同じ速度構造モデルで波形データに人工的に走時と振幅にノイズを加えた場合のテストを行った。これは後に適用する実データは全体的にS/N比が小さいので、このようなノイズの大きなデータに対するcontrol factorの効果を検証した(図2)。その結果を見ると、従来の散乱重合法(F=1)ではノイズに埋もれ、CMP重合法(F=320)では連続性に乏しく、両者とも反射面のイメージが得られていない。しかしF=40の場合はノイズの中にも傾斜する2枚の反射面をはっきりと確認できる。つまり、これまで目的に応じてcontrol factorを自由に選択していたが、ノイズが大きくなるとその選択範囲は狭くなりF=40といった中間の処理がきわめて有効となる。

4.実データへの適用 紀伊半島をほぼ南北に走る河内長野−紀和測線と琵琶湖を東西に走る藤橋−上郡測線の2つの広角反射法データに本手法を適用した。その際使用する速度構造は初動走時を用いたインバージョンにより推定した。両結果とも、ノイズテストの場合と同様にCMP重合法や散乱重合法だけからでは得られなかった地殻深部のイメージをcontrol factorの調節により得ることができた。そしてその得られたイメージからは、河内長野−紀和測線では紀伊半島下で北西に沈み込むフィリピン海プレートの沈み込み角が深さ40kmほどで大きく変化していることを発見し、また沈み込みのプレート上面と震源分布には10kmのギャップが少なくとも深さ50kmまで続いて存在することがわかった。これはそれまでのCMP重合法による過去の研究からではわからなかったことである。そして藤橋−上郡測線では、reflectiveな下部地殻での不均質の程度を『視覚的』に捉えることができた。この地域の下部地殻はかなり不均質度が強く、これは白亜紀後期からの火成活動によって熱的に地殻の改変を受けたためだと考えられる。また琵琶湖北部の深さ50kmに存在する反射面は、震源の深さ分布の外挿からフィリピン海プレートの上面を捉えている可能性が高い。

5.まとめ 本研究では、粗い観測密度の広角反射法データに対してもマッピング可能な手法を開発した。今回control factorを導入することにより、散乱重合法とCMP重合法による処理だけでなく、その両手法の中間に当たる処理をも可能にした。これにより求める条件に合ったcontrol factorを自由に選択できる上、ノイズが大きいデータを扱う場合でも適切なcontrol factorの選択によりデータの持つ情報を最大限引き出すイメージングが可能になった。また本手法を2つの測線に適用して、新たな地殻深部のイメージを得ることができ、実際のデータに対する有効性も実証された。この手法は、これまでマッピングが困難であった他の地域の広角反射法データにも適用可能である。

図1 新しい散乱重合法によるマッピング概念図。

Aは振幅値、θは散乱角2等分線の鉛直からの角度、Fは本手法に導入したcontrol factor、Gは幾何減衰補正項、Lは散乱波等走時曲線長、dlはその線素である。

図2 ノイズの大きなデータに本手法を適用した結果。

波線は設定した反射面を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 地震学的手法による深部構造のマッピングは、地殻構造分野の主要なテーマに一つであるが、わが国ではその地形的な制約などから反射法よりも屈折法による探査が長く行われてきた。しかし、マッピング結果については、視覚的に深部構造を再現できる反射法の方が優れていることが明らかであるので、屈折法探査の波形データから広角反射波を抽出して反射法的解析を行うことは長年の課題であった。本論文はこの課題に取り組み、さらに得られた手法を実際の波形データに適用を行ったものである。

 本論文は「新しい散乱重合法に基づく深部地殻構造マッピング−広角反射法データへの適用−」と題し、全6章で以下のように構成されている。

 第1章では深部構造マッピングの歴史を概観し、大陸地殻における反射法探査の成果を踏まえて、わが国における島弧地殻構造探査の現状が述べられている。近年までダイナマイト震源による屈折法探査が主に行われ、バイブロサイス震源による反射法探査が行われるようになったのは最近のことである。また、不均質性の強い島弧地殻ではバイブロサイス震源によりモホ面からの反射を得ることが難しいため、ダイナマイト震源による広角反射データの重要性が指摘され、このデータに適用可能な解析手法の開発と島弧地殻への応用という本論文の目的と方向性が示されている。

 その後まず第2章では、解析手法開発の前提として、従来のCMP重合法と重合後マイグレーションを広角反射データに適用することの問題点が指摘されている。この問題点を克服するため、マイグレーション処理を含んだ重合法である散乱重合法の採用が検討され、さらに受振点間隔や発震点数が不足しがちなダイナマイト震源による探査では、散乱重合法でも問題点が多いことが述べられている。ここでは散乱重合法とCMP重合法を組み合わせることでこれら困難に対応し、組み合わせの重み(control factor)を可変にして個々のデータセットの品質の違いにも対応する手法を提案している。また、散乱重合法に必要な散乱場における走時計算法についても触れられている。

 続いて第3章では、第2章で述べられた手法の検証が行われている。既知の地下構造に対して理論的に合成された波形データを用いて手法を適用し、ノイズフリーの場合はcontrol factor 80程度で再現画像のシャープさと,反射面の連続性の双方を兼ね備えた結果が得られている。一方、合成波形に人為的なノイズを与えて解析を行うと、CMP重合法あるいは散乱重合法単独では反射面を判別することさえできないのに対して、両者を組み合わせた本論文の手法をcontrol factor 40前後で用いると、明瞭な反射面を再現できている。このほか、重合前の前処理であるNMO補正のストレッチング効果やヘッドウェーブ除去に関する検討も加えられている。

 提案された手法は第4章で実際のデータに適用されている。データは、1988年の河内長野−紀和測線及び1989年の藤橋−上郡測線での屈折法探査の際に得られた、ダイナマイト震源による波形である。また、散乱重合の際に必要な速度構造モデルのインバージョンも同時に行われた。合成データに比べ実データでは欠かせないS波除去やデコンボリューション処理を含め、解析処理の流れが詳述され、処理の結果どちらの測線でも、やはりcontrol factor 40前後で妥当な結果が得られている。

 第5章では4章の結果に対して、地殻構造論やテクトニクスの立場からの検証が行われている。河内長野−紀和測線の結果では紀伊半島を北に傾斜するフィリピン海プレート上面がイメージされ、その傾斜角は20°から深さ35km以深で30°に変化していることが認められた。また、プレート上面は地震の震源分布に比べ10kmほど浅く、地震が沈み込む海洋性マントル内の脆性破壊に関連して起こっていることを示唆した。一方、藤橋−上郡測線では、下部地殻における強い不均質性や深さ50kmの反射面などを明らかにし、島弧の進化過程やスラブの脱水などとの関連が論じられている。

 最後に第6章では、本論文で得られた解析手法やその適用結果をまとめるとともに、他地域への適用などの発展性が述べられている。

 以上のように本論文は、粗密度長測線の広角反射データに対する新たな解析手法を提案し、合成データ・実データの両面からその妥当性を検証した。また、実データの解析では、これまで捉えることのできなかった沈み込むフィリピン海プレートの傾斜変化や、島弧下部地殻の不均質性などを明らかにし、地球惑星科学にもたらす意義は大きい。

 なお、本論文第2, 3章は岩崎貴哉氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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