学位論文要旨



No 116621
著者(漢字) 王,新宇
著者(英字)
著者(カナ) ワン,シンウ
標題(和) 河川空間の自然度と景観評価構造及びレクリエーション活動に関する研究 : 多摩川を例として
標題(洋) A Study on Evaluation Structure of Riverscape and Recreation Activity Based on Naturalness of River Space : in Case of Tama River
報告番号 116621
報告番号 甲16621
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5033号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 篠原,修
 東京大学 教授 小池,俊雄
 東京大学 教授 安岡,善文
 東京大学 助教授 沖,大幹
 東京大学 講師 寺部,慎太郎
内容要旨 要旨を表示する

 近年の都市化の進行に伴う自然環境の減少により、都市部において自然との触れあいに対する住民の欲求は高まっている。河川空間は都市内に残る自然度の高い貴重なオープンスペースであり、高度化する土地利用の中での河川空間の保全・整備とその活用は、今後の都市環境を考える上で重要な課題である。特に河川空間の質をどう考えるかは、人間の利用と河川の機能との関係、さらには生態学の問題を含めた非常に複雑な問題として我々の前に存在する。しかしながら、河川空間の評価や利用に関する研究はこれまで手薄であり、人々がどのような河川空間を評価し、河川を利用した活動がどのような条件で発生しているかについては、ほとんどわかっていない。

 本研究は、河川景観の評価に関する構造の解明とその植生的自然度との関係、および、河川を利用した活動との関係の分析を行うことを目的とした。季節によって植生状況が変化し、場所によってさまざまな自然環境が存在しうる河川景観の特徴を踏まえ、季節変動による河川景観変化、河川空間の自然度と景観評価の関係を主な着眼点としている点が特徴である。

 研究方法は、独自に収集した各季節における60箇所の定点写真を用いたSDテストを主体とするアンケート調査とその分析が中心となっている。

本研究で得られた主な知見は以下の通りである。

1.河川景観の評価構造について

・日本人の評価予測因子は季節を通じて非常に類似しており、これは評価の構造が季節に関わらず安定していることを示している。評価予測因子は、自然性、親密性、選好性、秩序性の4つである。

・河川景観はこれらの因子を用いて、自然風景タイプ・整然タイプ・準自然風景タイプ・荒地タイプの4つのタイプに分類される。

・季節による河川景観の認識および評価の変化は、水面と植生の条件に大きく影響を受けていることがわかる。

2.景観評価の季節変化について

・非常に自然が豊かな地点、あるいは、非常に人工的な地点では、季節による景観評価の変化は小さい。

・景観構成が単純で、景観を構成する要素が少ない地点では、季節による景観評価の変化は小さい。

・季節による評価変動は「秩序性」の評価予測因子の変化によるものが顕著である。水面や植生の季節変動が「秩序性」の変化に強い影響を与えている。

3.生態学上の「自然度」と認識上の「自然評価」の対応について

・生態学上の自然度が非常に高い地点、または非常に低い地点においては、その自然評価は自然度を比較的正確に反映し、評価者による個人差が少ない。

・自然度が中庸である地点の自然評価は評価者による個人差が大きい。こうした地点では景観構成が複雑な場合が多く、評価者によって着目する評価要素が異なるためと考えられる。

・水面および自然植生の存在は自然評価を高める。逆に人工的な植栽および設備の存在、背景における人工物は自然評価を低める。

4.河川を利用した活動について

・河川空間で行われる活動を季節によって類型化した結果、季節によって類型が変動しない活動(安定的活動)と、変動する活動(季節変動活動)に分かれる。

・河川空間における活動は以下の6種類に類型化できる:水面関連活動、スポーツ、沿川活動、観賞活動、自然観察活動、休息活動

・安定的活動が発生する場所の条件は限定されており、特定の河川景観タイプがこれに対応する。

5.河川景観評価と河川利用活動に関する中国人と日本人の比較

・評価構造については、差異が明白な点も多少あるが、全体としては一致する傾向が見られる。

・活動については、中国人と日本人の間で明確な差異が見られる。このことは、文化や習慣の違いが河川空間における活動の発生に強く影響していることを示すと考えられる。

・両国における河川条件の違い、特に河川空間の維持管理程度の違いが、河川の活動に対して強い影響を与えているためと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、多摩川の60地点の写真を使用したSDテストとアンケートをもとに、景観の評価構造とその季節変化、生態学上の自然度と認識上の自然評価、河川における活動の分析、河川景観評価と河川利用活動における中国人と日本人の比較などを行っている。

 これまで、河川環境に関連する研究は河川工学、生態学、景観工学などの分野で独自に行われてきた。実際の河川空間の計画・設計の際には、これらの視点を統合して適用することが不可欠であることを考慮すると、景観、生態学、人々の活動の相互関係を取り扱った本論文の視点は、極めてユニークであると同時に有用性が高いと評価できる。

 具体的な成果として以下の点が高く評価できる。

(1)河川景観の評価構造およびその季節変化に関する分析

 河川景観の写真を使用したSDテストにより、従来感覚的に使用されていた景観評価の用語を科学的方法によって位置づけ、日本人の評価構造を明らかにし、評価に大きな影響を与える条件を抽出した。具体的には以下の事項である。

・河川景観に対する日本人の評価因子を「自然性」「親密性」「選好性」「秩序性」として示し、それらが季節に関わらずほぼ一定であることを示した。

・評価因子を用いた分析により、河川景観を「自然風景タイプ」「整然タイプ」「準自然風景タイプ」「荒地タイプ」の4種類に分類した。

(2)生態学上の「自然度」と認識上の「自然評価」の対応に関する分析

 生態学で用いられる「自然」と認識上の「自然」は異なる概念であるが、それらの差異や対応関係については明確にされずに見過ごされてきた。本分析では客観的な自然度のデータとSDテストの成果を用い、「自然度」と「自然評価」の対応関係を明らかにした。具体的には以下の事項である。

・「自然度」が非常に高い地点、または非常に低い地点では、「自然評価」は自然度を比較的正確に反映し、一方「自然度」が中庸の地点では「自然評価」のばらつきが大きいことを示した。

・自然評価を高めやすい要素として水面および自然植生、逆に低めやすい要素として人工的な植栽や設備、背景における人工物があることを示した。

(3)河川を利用した活動と河川景観との対応

 河川における活動と河川景観との対応について分析し、河川空間の計画・設計に有用な以下のような知見を得た。

・河川空間における活動を、水面関連活動、スポーツ、沿川活動、観賞活動、自然観察活動、休息活動の6種類に分類した。

・河川空間における活動は、季節によって類型が変動しない活動(安定的活動)と変動する活動(季節変動活動)に分かれることを示した。

・安定的活動が発生する場所の条件を示し、特定の河川景観タイプが対応することを示した。

(4)河川環境評価と河川利用活動に関する中国人と日本人の比較

 (1)〜(3)で行った分析の一部を中国人を対象に行い、日本人との比較を行った。これにより、河川景観の評価構造は両者の傾向が似ているのに対し、河川を利用した活動については明確に異なることを示した。その理由として、文化、習慣の違いの他に、両国の河川空間の維持管理程度の違いがあることを指摘した。

 以上のように、本論文は河川空間を総合的に捉える視点に立っており、その成果は今後の河川空間の計画・設計への利用価値が高く、工学的貢献が大であると認められる。

 よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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