学位論文要旨



No 116624
著者(漢字) エスパダ イアン セレブラード
著者(英字) ESPADA IAN CELEBRADO
著者(カナ) エスパダ イアン セレブラード
標題(和) 大規模交通プロジェクトにおける公共/民間セクターの効率的な連携のための契約設計
標題(洋) Efficient Public/Private Partnership (P/PP) Contract Design for Large-Scale Transportation Projects
報告番号 116624
報告番号 甲16624
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5036号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 家田,仁
 東京大学 教授 森地,茂
 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 拓殖大学 教授 吉田,恒昭
内容要旨 要旨を表示する

 現在,特に発展途上国において,LRTや高速道路といった交通需要の増加に対応するための大規模な交通インフラ投資プロジェクトを遂行する際に,政府財源の確保が困難なことが大きな制約となっている.このような問題を解決するために,公共インフラへの投資プロジェクトに対して民間資本を導入するという,Public/Private Partnership(以下P/PPと記す)の枠組が提案されている.しかしながら,たとえ民間資本が参加したとしても,多くの国において政府財源の制約はなお問題となっており,通常,プロジェクトに優先順位を付けて投資を行うことで対応している.同時にまた,政府の支出を最小に抑えながらプロジェクトが遂行できるような,効率的なP/PP契約の枠組みを設計することも重要である.本研究では,後者の問題を取り扱うこととする.この問題は,絶対的な建設コストが大きい大規模なプロジェクトにおいては,効率的なP/PP契約による節約可能額も大きくなるため,特に重要となる.同時に,政府は最小限の支出でプロジェクトを遂行させることが可能になり,結果として交通インフラに対する多数の投資プロジェクトを同時に進行することができる.

 本研究の究極的な目的は,効率的なP/PP契約の枠組みを設計するための指針を作成することにある.効率的なP/PP契約の枠組みについて,過去になされた議論はそう多くない.しかし,現在入手可能な知識ではこの問題に完全な解を与えることは不可能であることが,いくつかの論文によって示されている.最大の問題は,実際に行われたプロジェクトの数が少なく,かつプロジェクト固有の事情によって左右される要素が大きいために,いくつかの事例から帰納的に結論を導くことが困難であるという点にある.そこで本研究は,この問題に対して経済モデルを構築することにより,演繹的に結論を導くことを試みる.この手法は,多くのデータを必要としないかわりに,モデルの思い切った単純化が必要である.そこで,本モデルより得られた知見と,過去の実績のレビューや専門家へのインタビューの結果と比較することで,本研究の妥当性を確認することとする.

 本研究の構成は以下の通りとなっている.はじめに,第1章・序論において,本論文の実務的背景・学術的背景,目的と構成が示される.第2章では用語の定義やP/PPのメカニズムなど,P/PPに関する基本的な事項が示される.第3章においては,インタビュー調査や文献調査によってP/PPが現在直面している問題が集められ,最も重要な問題について細部まで議論される.これらの問題についての分析に基づき,第4章において数学的なモデルを構築し,このモデルより,本論文の目的である効率的なP/PP契約の枠組みに関するいくつかの定理が導かれる.第5章において,いくつかのケーススタディを通して,本モデルより得られる理想的なP/PP契約の枠組みと,実際に行われているP/PPの契約を比較することにより,本モデルの妥当性が確認される.

 第3章においては,はじめに,文献調査によって,以下に示されるようなP/PPが現在直面している様々な種類の問題が集められた.

 ・計画・制度に関する問題 ・法規制のあり方に関する議論 ・契約の締結

 ・政府の支援 ・交通需要の予測 ・通行料金の設定や改訂

 ・資金投入の枠組みや財源 ・世論の反応 ・参入企業の果たすべき役割

しかしなら,これだけでは政府サイドが関心を持っている問題については明らかではなかったため,インタビュー調査を行い,特にプロジェクトのフィージビリティに関して政府が考慮している条件として,以下に示される4点を得た.

 (1) 政府の財政支出を最小限にとどめる必要性

 (2) 民間企業の採算が取れるという制約

 (3) 政府の予算制約を超えてはならないという制約

 (4) 社会的に許容されるようなプロジェクトでなければならないという制約

 第4章においては,第3章で明らかにされた4条件に基づき,公共セクターと民間企業が代理人契約モデルに従うと仮定のもとで,数学的なモデルが構築された.本モデルを一般的に記述すれば,以下の通りとなる.ここで重要な仮定として,政府はリスク中立的であるのに対し,民間企業はリスク回避的であるとしている.

 Min (政府の支出額)

 s.t. (民間企業の採算が取れるのに充分な政府の支援がある)

 (政府の予算額を超えない)

 (利用料金が社会的に受け入れられる水準である)

 また,上に示される基本モデルにおいては,公共と民間の間に情報の非対称性は存在しないと仮定されているが,モデルの拡張として,i)民間企業が有利となるような情報の非対称性が存在する場合,ii)公共セクターが有利となるような情報の非対称性が存在する場合,さらに,iii)情報の非対称性は存在しないがプロジェクトが複数存在する場合,についても検討した.これらのモデルにより,以下に示すような,P/PP契約の枠組みの設計に関する有用な知見を得た.

 1.公共セクターの関与の度合いについて…公共セクターは,P/PP契約への関与をできる限り増すと同時に,利益を民間企業と共有することによって投下資本を回収するという枠組みが望ましい.

 2.民間企業への補填の程度について…当該プロジェクトがもたらす損失と利益の可能性を考慮しながら,民間企業への補填量はできるだけ小さくしておくことが望ましい.

 3.損失と利益の共有…損失が発生した場合には,政府がリスクの種類に関わらずにある定額の補償を行うという形で,リスクが公共と民間で共有されることが望ましい.また,過剰な利益は政府が吸収し民間企業の収入の上限を設定するという形で,利益についても公共と民間で共有されることが望ましい.

 4.リスクシェアリングの回避…情報の非対称性が存在する場合には,それがどちらのセクターに有利になる場合でも,リスクを共有する枠組みは破棄されるべきである.

 5.利用料金の設定…利用料金は,社会的に受け入れられる上限値を超えない範囲において,収入を最大にするように設定されるべきである.

 第5章においては,マクロ的な視点とミクロ的な視点の双方からケーススタディを行い,前章で導かれた定理の妥当性が確認された.マクロ的な視点によるケーススタディとしては,各国で実際に導入されたP/PPの枠組みに関する以下に示されるような傾向が,本研究により導かれた定理から得られる示唆と一致することが確認された.

 1. 多くのP/PPプロジェクトの契約において,直接交渉による契約よりも競争入札による契約が行われている.

 2. 交通インフラのプロジェクトにおいては,財政基盤が大きい国ほどP/PP契約における公共セクターの関与の度合いが大きい.一方で,通信インフラへのプロジェクトにおいてはそのような関係は認められない.

 3. P/PP契約の形態としては,民間企業の被る損失や得る利益が過剰とならないよう,民間企業の収入の下限と上限が定められたものが主流となっている.

 4. また,為替リスクに対しても,外国企業が為替の変動によって過大な利益をあげた場合には政府が利益の一部を共有し,多大な損失を被った場合には損失の一部を補填するという形で,外国企業の収入の下限と上限が定められた契約形態が主流となっている.

 5. 政府は,P/PP導入によって建設された高速道路の通行料を,収入を最大にする値か,もしくは社会的に受け入れられる上限値に設定することが多い.

 第5章の後半においては,P/PP契約の形態がそれぞれ異なる5つのLRTプロジェクトをケーススタディとして,本研究の定理の現状再現性が,ミクロ的な視点から検討された.専門家へのインタビュー調査によって得られたリスクの評価値や契約に関する情報をもとに,モンテカルロ・シミュレーションを行うことにより得られた理想的な契約形態が,実際の契約形態と同様の傾向を示すことが確認された.これら2種類のケーススタディにより,本研究で得られた定理の妥当性が確認された.

 第6章においては,上記の定理から得られた示唆を実務に生かすために,交通インフラプロジェクトにおける効率的なP/PPの契約と実行のためのマニュアルが作成された.このマニュアルは,契約の設計方法を,手順ごとにいくつかの実例に沿ってわかりやすく記述されている.また,作成にあたっては,実際のP/PP業務に携わる人々の意見が取り入れられている.

 結論として,本論文で得られた成果は以下の通りである.

 ・P/PPにおける現状の問題点を調査し,P/PP実務における最大の問題点を明確にした.

 ・P/PP契約の枠組みを設計するための経済モデルを構築した.

 ・最適なP/PP契約の枠組みに関するいくつかの定理を得た.

 ・ケーススタディを通して過去の実績と本研究で得た知見との比較を行った.

 ・効率的なP/PP契約を行うために,実務のニーズに応じかつわかりやすいマニュアルを作成した.

審査要旨 要旨を表示する

 現在,特に発展途上国において,交通需要の増加に対応するための大規模な交通インフラプロジェクトを遂行する際に,政府財源の確保が困難なことが大きな制約となっている.このような問題を解決するために,公共インフラへの投資プロジェクトに対して民間資本を導入するPublic/Private Partnership(以下P/PPと記す)の枠組が提案されている.P/PP実施に当たっては,政府の支出を最小に抑えながらプロジェクトが遂行できるような,効率的な契約の枠組みを設計することが極めて重要である.

 本研究の目的は,現実の問題に即したP/PP契約の経済モデルを用いることによって,効率的なP/PP契約の枠組みを設計するための指針を作成することである.

 本研究の構成は以下の通りである.はじめに,第1章において,本論文の実務的背景・学術的背景,目的と構成が示される.第2章では用語の定義やP/PPのメカニズムなど,P/PPに関する基本的な事項が示される.

 第3章においては,文献調査,インタビュー調査によって,特にプロジェクトのフィージビリティに関して政府が考慮している条件として,以下に示される4点が得られた.

 (1) 政府の財政支出を最小限にとどめる必要性

 (2) 民間企業の採算が取れるという制約

 (3) 政府の予算制約を超えてはならないという制約

 (4) 社会的に許容されるようなプロジェクトでなければならないという制約

 第4章においては,以上の4条件に基づき,公共セクターと民間企業が代理人契約モデルに従うと仮定のもとで,数学的なモデルが構築された.ここで,公共と民間の情報に関して,両者の情報が対称の場合,民間企業が有利となるような情報の非対称性が存在する場合,公共セクターが有利となるような情報の非対称性が存在する場合,情報の非対称性は存在しないがプロジェクトが複数存在する場合,について検討している.これらより,以下の知見が得られた.

 1.公共セクターは,P/PP契約への関与を増すと同時に,利益を民間企業と共有することで投下資本を回収するという枠組みが望ましい.

 2.当該プロジェクトがもたらす損失と利益を考慮しながら,民間企業への補填量はできるだけ小さくすることが望ましい.

 3.損失が発生した場合には,政府がリスクの種類に関わらずにある定額の補償を行うという形で,リスクが公共と民間で共有されることが望ましい.また,過剰な利益は政府が吸収し民間企業の収入の上限を設定するという形で,利益についても公共と民間で共有されることが望ましい.

 4.情報の非対称性が存在する場合には,それがどちらのセクターに有利になる場合でも,リスクを共有する枠組みは破棄されるべきである.

 5.利用料金は,社会的に受け入れられる上限値を超えない範囲において,収入を最大にするように設定されるべきである.

 第5章においては,マクロ,ミクロ双方の視点からケーススタディを行い,前章で導かれた定理の妥当性が確認された.まず,マクロ的な視点からは,各国で実際に導入されたP/PPの枠組みに関する次の傾向が,先の定理から得られる示唆と一致することが確認された.

 1. 多くのP/PPプロジェクトの契約において,直接交渉による契約よりも競争入札による契約が行われている.

 2. 交通インフラのプロジェクトにおいては,財政基盤が大きい国ほどP/PP契約における公共セクターの関与の度合いが大きい.一方で,通信インフラへのプロジェクトにおいてはそのような関係は認められない.

 3. P/PP契約の形態としては,民間企業の被る損失や得る利益が過剰とならないよう,民間企業の収入の下限と上限が定められたものが主流となっている.

 4. また,為替リスクに対しても,外国企業が為替の変動によって過大な利益をあげた場合には政府が利益の一部を共有し,多大な損失を被った場合には損失の一部を補填するという形で,外国企業の収入の下限と上限が定められた契約形態が主流となっている.

 5. 政府は,P/PP導入によって建設された高速道路の通行料を,収入を最大にする値か,もしくは社会的に受け入れられる上限値に設定することが多い.

 また,P/PP契約の形態がそれぞれ異なる5つのLRTプロジェクトを対象として,本研究の定理の再現性を,ミクロな視点から検討している.専門家へのインタビュー調査によって得られたリスクの評価値や契約に関する情報をもとに,シミュレーションを行うことにより得られた理想的な契約形態が,実際の契約形態と同様の傾向を示すことが確認された.

 最後に,第6章では,上記の定理から得られた示唆を実務に生かすために,交通プロジェクトにおける効率的なP/PPの契約と実行のためのマニュアルが作成された.

 本論文では,P/PPの実務上の問題点を明確にした上で,P/PP契約の枠組みを設計するための経済モデルを構築した点,ならびに最適なP/PP契約の枠組みに関するいくつかの定理を得た点において,過去にない新たな知見が得られた点が高く評価できる.また,効率的なP/PP契約を行うために,実務のニーズに応じかつわかりやすいマニュアルを作成している点で大変有用な方策を提示している.

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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