学位論文要旨



No 116626
著者(漢字) アランゲロフスキー,ゴラン
著者(英字) ARANGELOVSKI,GORAN
著者(カナ) アランゲロフスキー,ゴラン
標題(和) 破壊に近い有効応力状態での砂のねじりせん断試験
標題(洋) Torsional Shear Tests on Sand With Effective Stress State Lying Near Failure Conditions
報告番号 116626
報告番号 甲16626
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5038号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 佐藤,慎司
 東京大学 助教授 ロランド,オレンセ
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨 要旨を表示する

護岸や石油タンクなどの重要構造物が、地震時に大きく変形、沈下する事例が報告されている。これらの構造物の基礎地盤は、緩く飽和していることが多く、液状化が変形、沈下の原因だと考えられる。ところが、兵庫県南部地震で護岸が大きく水平変位した箇所において、背面地盤、基礎地盤ともに、液状化の痕跡が見られなかった。また、護岸模型の振動台加振実験(Ghalandarzadeh, 1997)では、背後地盤の有効応力がゼロになることは確認されなかった。これらの観察結果から、大変形は、液状化のためでなく、地盤の破壊条件に近い有効応力がかかったことによることが考えられる。地震により、せん断荷重が繰り返してかかることで、変形が累積したと考えられる。

 構造物の地震時の安定性は、必ずしも安全率、つまり耐力と実際にかかる力の比率で評価できるものではない。重要なのは、地震による永久変位の大きさである。これらの構造物では、変形が許容される程度に収まれば、安全率が1以下であっても構わない。この許容変位量は、構造物全体の安定性、使用性、修復にかかる時間を考慮して定めるべきである。

 砂の非排水条件での挙動は、初期せん断応力がゼロの状態からの載荷についてはよく調べられているが、多くの構造物では、常時から初期せん断応力がかかっていて、さらに地震による繰返しせん断が加わることが多い。この点に配慮した検討が必要である。

 本研究では、豊浦砂の中空供試体で、ねじりせん断試験を行った。試験では、初期せん断力、繰返し振幅、供試体の相対密度を様々に変えながら、軸圧縮力、ねじりせん断力ともに繰返し変動させた。

 初期せん断として、供試体高さ一定の非排水条件で1%ねじった後に、非排水繰返し軸圧縮載荷を行った。この繰返しの間、ねじりせん断力を一定に保ち、内セルの体積を一定に保ったところ、供試体は、軸圧縮応力が減少すると、応力比が大きくなり、せん断ひずみが大きく進んだ。総せん断ひずみ量と繰返し回数の関係は、対数目盛り上で直線的になった。

 次に、相対密度40%の供試体で、初期の有効拘束圧98kPaと196kPaを用いて、排水条件で所定の初期せん断応力まで単調載荷した後に、非排水条件で単調にねじりせん断をかけた。その結果、塑性流れ時のせん断応力は、初期せん断応力が大きくなるほど、急激に大きくなった。また、塑性流れ後のせん断ひずみ量は、初期せん断応力が大きいときには非常に小さくなった。

 次に、載荷速度の影響を調べた。載荷は、ひずみせん断応力を周期1200秒の応力制御で与えるのを標準としたが、ここでは、低速(0.000475%/sec)および高速(0.157%/sec)のひずみ速度一定の載荷も行った。せん断応力とせん断ひずみの関係からは、載荷速度による差は見られなかった。低速のひずみ速度一定の載荷では、第1サイクル目で小さな差があったが、応力経路に対する載荷速度の影響もほとんどなかった。

 これまでの実験結果から、繰返し回数と各1サイクルでのせん断ひずみの増加量をまとめると、対数目盛り上で直線的な関係が見られた。ねじりせん断ひずみの増加分は、各サイクルの載荷時のひずみと除荷時のひずみに分けられるが、載荷時のひずみに関しては、トータルのひずみと同じ傾向が見られたのに対して、除荷時のひずみは、各サイクルでほぼ一定値であった。また、第1サイクルでの挙動は、他のサイクルと異なる傾向があるが、第1サイクルと第2サイクルのせん断ひずみ増加量には、密度や繰返し応力の振幅によらない一意な相関があった。

 また、拘束圧が高い場合、繰返し応力の振幅が大きい場合、供試体が緩い場合ほど、ねじりせん断ひずみの増加量も大きくなった。各サイクルでの載荷時と除荷時のひずみ量の関係については、供試体の相対密度と繰返し応力の振幅の大きさの影響を受けていた。

 また、軸ひずみの増加量と繰返し載荷回数との関係も、対数目盛り上で直線的な関係になった。

 上記の、ねじりせん断ひずみと他のパラメータとの相関関係は、初期せん断応力下での砂の非排水挙動を予測するのに有用である。これらの実験結果から、せん断ひずみの累積を予測することが可能である。

審査要旨 要旨を表示する

 地震力によって土構造物に発生する変形は近年、大いに注目を集めている問題である。従来の手法では、震度法と許容応力度の組み合わせ、すなわち安全率の計算に依存して破壊の有無を判定するだけであった。しかしこの手法では、90年代以降に設計で想定される地震荷重が強大化するにつれ、1より大きい安全率を確保することが困難になって来た。材料としてのせん断強度に限りのある土を使う限り、耐震設計が困難になって来たのである。

 このような行き詰まりを打開するための戦略が、地震時の許容変形量に基づく設計思想である。土構造物には修復が比較的容易であるという特長があり、強大な地震動に見舞われても変形が一定の限度以下に収まれば、地震後の迅速な修復作業により、被害(社会への影響)を最小限に留めることが可能である。この変形の限度を地震時許容変形量と呼称し、残留変形量を予測して、これが許容変形量以内に収まれば可とするのが、新しい耐震設計法の考え方である。

 本論文では重力式の護岸構造物を対象として、その地震時残留変形の発生と蓄積過程を実験的に調べた。実験は従来の模型振動実験ではなく、応力やひずみの状態が明確な中空ねじりせん断装置による非排水せん断試験である。実際の護岸の基礎に平静時に存在している応力状態及び地震時に発生する繰返し応力を簡単化、理想化し、これを中空ねじりせん断試験の供試体に載荷した。したがって、供試体の圧密応力には静的なせん断の成分が含まれており、それに続く非排水繰り返しせん断は、実際の地震時の応力に対応するものである。

 本論文は八章から構成されている。第一章は研究の目的を説明し、論文全体の構成を概括している。第二章は、当該分野の既往の研究の紹介および護岸の地震被災例の解説である。

 第三章では実験装置の構造や試験方法の説明をした後、第四章で予備的に行なわれた実験の結果を報告している。まず本研究の中で重要な位置を占める初期せん断応力が、非排水単調せん断時の砂の挙動に及ぼす影響を調べ、等方圧密供試体に比べて大きな荷重を負担できることを示した。また、ひずみ速度が繰り返し非排水せん断試験結果に及ぼす影響についても議論があり、実地震に比べて本研究の装置が作動するひずみ速度がはるかに遅いことについて、検証された。それによると、初期せん断の影響でひずみが一方的に蓄積する挙動には、装置の能力の範囲内では、ひずみ速度の影響は無かった。

 本研究の中心テーマは、初期せん断応力の作用する砂に繰り返しせん断応力が重複した時の、変形の蓄積である。せん断変形が繰り返し載荷回数とともに増加する様子を第五章で調べるために、ゆる詰め砂に、静的安全率にして2程度に相当するねじりせん断応力を載荷した。この時、鉛直と水平応力の比率K=σh'/σv'は、実験毎に変化させるパラメータである。非排水条件でねじり応力を繰り返し載荷した時のひずみ(ねじりせん断変形)を、載荷サイクル数毎に追跡した。一サイクル毎のひずみ増分が、応力振幅によって変わること、大きな応力振幅ほどひずみ増分も大きいことは、当然である。しかし、サイクル毎のひずみ増分と繰り返しサイクル数との間には、両対数グラフの上で直線的な関係の存在することが応力振幅の大小によらず、見出された。圧密的の応力比K=σh'/σv'の影響についても実験があり、Kが小さい時(異方圧密の度合いがはなはだしい時)ほど、ねじりせん断変形は蓄積しにくかった。変形はむしろ、鉛直ひずみの蓄積に向かったものである。

 変形蓄積について、より定量的な考察を行なったのが、第六章である。応力の振幅が大きい実験と小さい実験、及び振幅が大小不規則に変動する実験とを比較した。そして、不規則載荷であっても一サイクル毎のひずみ増分は、その時点迄に蓄積しなかったひずみによって定まるところが大きく、規則的な載荷実験の結果から不規則載荷の結果が予測できることが判った。振幅一定の載荷によって生じるひずみは、第七章の方法によって推定される。

 本論文で考案した変形予測法は、第一サイクルのひずみ蓄積量を予測する経験公式と、第一サイクルでのひずみを使って後続サイクルでの増分を予測するモデルとから、構成されている。必要な入力データは、砂の相対的密度、繰り返し応力比、及びσv'とσh'の圧密応力である。また静的せん断応力の大きさは、現実を想定して、安全率=2に対応する値である。これからかけはなれた安全率の状態は、考慮されていない。予測と実測とを比較し、不規則載荷時の状況もよく再現することができた。八章は、まとめと結論及び今後の課題を示している。

 以上をまとめると本論文は、護岸に代表される構造物基礎地盤の地震時変形の予測という問題に向けて、非排水繰り返しせん断という立場から研究したものである。その成果は重力護岸施設の耐震性向上のために有用であり、地盤工学と耐震工学上の業績は大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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