No | 116627 | |
著者(漢字) | ハジ,ナセル | |
著者(英字) | KHAJI,NASER | |
著者(カナ) | ハジ,ナセル | |
標題(和) | 地殻変動の先端数値解析法の開発と東海地方への適用 | |
標題(洋) | Development of a Versatile Numerical Method for Crustal Movements and its Application to Tokai District, Central Japan | |
報告番号 | 116627 | |
報告番号 | 甲16627 | |
学位授与日 | 2001.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5039号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では,大地震が発生してから次の地震が発生するまでの期間における,沈み込み帯の挙動を評価するための数値計算手法を開発し,これを日本の東海地域に適用する.本論文で提案する地殻の数値モデルは,力学と地震学の視点から,様々な重要なパラメータを考慮しており,この点に関して,他の手法にない新しい研究であると思われる. 大地震が発生してから次の地震が発生するまでの期間では,地殻のある深さの領域では固着しているが,それよりも浅い部分と深い部分ではプレート間の固着が剥れ,定常的な滑りが進行していると考えられている.東海地域では,近年の高密度GPS測地データや,従来の潮位などの測地データを利用することで,逆解析により,フィリピン海プレート(沈み込み側)と大陸プレートの境界における固着強度の空間的な分布を,詳細に調べることができる.本研究では,準静的な状態を仮定して,最小二乗法から導かれる逆問題の標準的な方程式を解くことにより,二つのプレート間境界での滑りベクトルを推定する. 地殻変動における沈み込み帯の挙動を逆解析する場合,これまでに解析的な手法が多く使われていたが,解析的な手法には,いくつかの限界がある.その重要な限界の一つは,沈み込み帯の滑りを,一様媒体もしくは半無限均質媒体における,四角形の平面上の均一滑りと仮定することである.実際には,震源域はより複雑であり,一様すべりを仮定したモデルでは,滑りの一次近似を表現しているに過ぎない.他にも,解析的手法の限界としては,材料特性では等方性や均質性があり,また,半無限媒体を用いる場合では,地表面を平らとし,地勢は考慮されない. 一方,有限要素法(FEM)では,沈み込み帯における複雑な境界面の形状や,媒体における材料特性の空間的な不均一性を扱いやすい.また,FEMは,多様な震源形状や地勢,地質構造を考慮することができる. 本研究の新しい点の一つは,FEMを用いてGreen関数行列を評価することである.これにより,これまでに行われた解析的な手法の全ての限界を克服することができる.言い換えれば,本手法のGreen関数は,プレート境界面の形状の関数であるのみならず,テクトニック力や境界における遠方領域の取扱い,領域の地勢,地質構造等のような,これまでの解析的な手法では考慮されなかったパラメータの関数でもある. 本FEMプログラムでは,対応する様々な境界条件や幾つかの異なる2Dと3Dの有限要素を考慮している.また,局所的にメッシュを細かくすることができるので,これにより好みの分解能を持つメッシュを作成することができる.これは,特に,地殻モデルの浅い領域において,細かなメッシュを作成するのに便利である.さらに,本プログラムは並列化できるので,巨大な数値モデルに対しても適用できる. FEMは連続体を基礎とするので,本手法では,断層の滑りを表現するために,簡便で効率的なSplit Node Techniqueを用いる.この方法は,自由度を増加することも無いし,等方性要素を用いる場合において,要素にモーメント力が加わらない.さらに,本手法は,接触問題で用いられる方法や,ジョイントエレメント等のような手法に共通した特性である,繰り返し計算を必要としない.Split Node Techniqueの概念は,従来1Dの問題において用いられていたが,本研究では,これを2D,3Dの問題へ発展させている. 大陸プレートの側面の境界条件は,すべて剛性定数が未定のバネとし,一種の擬似境界条件を表現することを試みる.もし,バネの剛性定数をゼロとすれば,対応する自由度は自由端となる.一方,剛性定数が無限大であれば,その自由度は固定端となる.本手法では,これらの剛性定数は,数値モデルから得られる地殻の地表面の変位パターン等が妥当であるように逆算される. フィリピン海プレートと太平洋プレートの固着と,太平洋プレートの西方への動きが,フィリピン海プレートの動きの主な原因であると考えられている.これらの要因は,フィリピン海プレートの側方のノードに力が未定であるテクトニック力を加えることにより考慮する.このテクトニック力も,境界条件におけるバネ定数と同様に,逆解析により,適切な値が推定される. 他の一般的な逆解析の問題としては,係数行列の特異性がある.この問題は,特に,自由度の数が多いほど危機的になる.アルゴリズムとしては,計算結果を出力するが,その結果である滑りベクトルは間違った結果となる.たとえ,この滑りベクトルを元の方程式に代入し,それから得られる自由表面での変位が妥当である場合でも,間違った滑りを得ることがある.特異値分解を用いることで,何が問題であるかを正確に判断することができ,また,幾つかのケースでは,特異値分解により問題を判断するだけでなく,その問題が解ける場合もある. 本研究の主な成果の一つとして,近い将来に起きると考えられている東海地震の固着域を推定する.さらに,微小地震の発生パターン等と比較することで検証を行い,本研究において提案される手法が妥当であることを示す. | |
審査要旨 | 本論文は,プレート沈み込み帯において大地震が発生してから次の地震が発生するまでの期間における,プレート境界近傍の挙動を評価するための数値計算手法について包括的な考察を行い,さらにパイロットプログラムを作成し,これを我が国の東海地域に適用したものである。 プレート沈み込み帯の地震発生から次の地震発生までの期間では,下盤側プレートの沈み込み運動に伴って,上盤側プレートは引き込まれ,ひずみエネルギーを蓄積して次の地震の準備をする。この接触問題は複雑であるが,プレート境界のある深さの領域では二つのプレートは固着し,それより浅い部分およびそれより深い部分ではプレート間の固着が剥れ定常的クリープ的なすべりが進行していると考えられている。この現象の理解なかんずく固着域が同定できれば,地震予知のための集中観測をトリガーでき,強震動の精密予測を可能にし,さらに地震の短期予知を可能にするため,重要な研究課題となっている。 この解析の基本となるのは,推定対象であるプレート境界すべりと,観測データである地殻変形を関係づけるGreen関数の計算である。適当なGreen関数が得られると標準的な逆問題を解くことにより,プレート境界でのすべりを計算できる。本論文で提案された地殻の準静的な運動のGreen関数は,3次元有限要素法を基礎とするもので,力学と地震学の視点から見て重要なパラメータを網羅的に考慮しており,これまでに提案されたモデルと比較しても包括的なものである。 またこのモデルを東海地域に適用して,近年の高密度GPS測地データを用いた逆解析により,フィリピン海プレート(沈み込み側)とユーラシアプレートの境界における固着強度の空間的な分布について検討を加え,微小地震の震源分布,震源メカニズムおよび主応力方向の分布等との照合を通して,本研究において提案される手法の妥当性を検証している。これは現時点では完全なものとは言えないが,さらに多様なデータを織り込むことにより,当初の目標を達成できる見通しがつけられている。 プレートの沈み込み運動を含む地殻変動のGreen関数の計算においては,これまで多くの場合,解析的な公式が使われてきた。しかしこの方法では,計算の制約の故に,地殻は一様な半無限弾性体とされ,地表面の形状は考慮されなかった。またプレートの相対すべりは,平面境界上の均一すべりと仮定された。これらの単純化の誤差は大きく,そのため逆解析の結果も分解能が悪く,定量的な議論は困難であった。これに対して有限要素法を用いる場合には,沈み込み帯における境界面の形状の複雑さ,地殻物質の空間的な不均一性,多様な震源形状などを一括して考慮できる。しかし,この方法にはいくつかの特有の問題が存在するのであって,これを如何に克服するかが本研究の主要な問題になる。 まず本研究の有限要素生成法によれば,容易に局所的にメッシュを細かくすることができ,これにより所要の分解能を持つメッシュを作成することができるが,これは表層地殻の不均質性に対応するために効果的である。また,本プログラムは並列化されるので,巨大な数値モデルに対しても適用できる。 境界条件としては,未定剛性バネの概念を使って,一種の擬似境界条件を表現することを試みている。この方法では,剛性定数が未定のバネを,大陸プレートの側面の境界上に配置し,その剛性定数は,モデルの出力である地表面地殻の変位パターンの妥当性から逆算される。プレートの駆動力やマントルの対流は,プレートの側方の節点にテクトニック力を加えることにより考慮する。未知数であるテクトニック力やバネ要素の剛性定数は,逆解析の結果として得られる。 断層の滑りを記述するためには,簡便で効率的なSplit Node Techniqueを導入している。この方法は,自由度を増加することがなく,他の手法と違って,繰り返し計算を必要としない。Split Node Techniqueの概念は,従来1次元の問題において用いられていたが,本研究では,これを2次元および3次元へ拡張している。 本論文では,沈み込み帯における滑りベクトルの評価は,準静的な状態を仮定して,最小二乗法により行うが,逆解析に宿命的な問題として係数行列の特異性がある。この問題は,本研究のように自由度の数が多い場合には重大になり,計算結果が正常に出力されて,それから得られる自由表面での変位が妥当である場合でも,結果であるすべりベクトルは間違った結果となる。そこで本研究では特異値分解を用いることにより,特異性の由来を判断したり,場合によってはその問題が解ける場合もあることを示している。さらに本研究では,係数行列の特異性を避けるために,地表面の変位に対して敏感なすべりベクトルの配置を見つけるための新しい手法や幾つかの拘束条件を導入している。 以上のように、本論文は、プレート境界すべりと,地殻変形データを関係づけるGreen関数を,3次元有限要素法によって計算し,適切な逆問題を解くことにより,プレート間境界でのすべりを推定できるようにしたものであって,ここで提案された地殻の準静的な運動のGreen関数は,重要なパラメータを包括的に考慮している。またこのモデルを東海地域に適用して,近年の高密度GPS測地データを用いた逆解析により,フィリピン海プレート(沈み込み側)とユーラシアプレートの境界における固着強度の空間的な分布について検討を加えている。これによって,プレート境界地震の予知,強震動の精密予測の必須要件である固着域の同定手法の構築に大きく寄与するものとなっている。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |