学位論文要旨



No 116630
著者(漢字) アンディ
著者(英字) Andi
著者(カナ) アンディ
標題(和) 建設事業における欠陥設計の発生メカニズムに関する研究 : ヒューマンエラーに対するシステムアプローチの適用
標題(洋) REPRESENTING CAUSAL MECHANISM OF DEFECTIVE DESIGN : A SYSTEM APPROACH CONSIDERING HUMAN ERRORS
報告番号 116630
報告番号 甲16630
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5042号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 野城,智也
 東京大学 助教授 小澤,一雅
 東京大学 助教授 湊,隆幸
内容要旨 要旨を表示する

 建設事業において設計図書が重要であることは論を待たない。欠陥設計は、施工段階における契約紛争や設計変更の主要な原因であると考えられてきた。特に日本においては、建設事業の成功を左右する最も決定的なリスクと見なされている。しかし、施工段階に関する研究は数多く行われてきたが、設計段階に関する研究は、その重要性にも関わらず殆どされていない。本論文は、建設事業における欠陥設計を引き起こす要因と、その連関を明らかにすることを目的とした。まず、日本の建設会社および建設コンサルタント会社を対象として、設計図書の品質に関する専門家への質問票および聞き取り調査を行った。この調査結果に基づき、設計図書の品質に影響を与える要因を特定し、設計に関わる問題が建設プロセスへ与える影響を分析した。

 事前の処置によって欠陥設計を減らすためには、欠陥設計がどのようにして、何故生じるかについての総合的な理解が必要である。すなわち、欠陥設計を引き起こす固有の要因間の因果関係を知ることが不可欠である。そこで、設計図書の品質に関する専門家への質問票および聞き取り調査の実施と並行して、設計プロセスに影響を与える様々な潜在的要因間の相互作用を考慮することにより、欠陥設計の発生メカニズムを明らかにした。このメカニズムにおいては、ヒューマンエラーの分析におけるシステムアプローチを用いて、欠陥設計が、設計者の「活動的失敗」と、その欠陥を発見する「防護策」としての設計レビューにおける失敗とに起因していることを明示した。同時に、ヒューマンエラーを誘発する要因には「職場要因」と「組織要因」があることを示し、これらの要因によって失敗が生成する過程を明確にした。「職場要因」は、設計者の作業条件に関わる事項で、時間的制約、過重労働、動機付けの不足、知識および技術の欠如等が含まれる。「組織要因」は、経営的要素および組織的要素からなり、発注者および建設コンサルタントの企業体あるいは会社の状況に左右される。そして、欠陥設計に至る経路には「活動的失敗経路」と「潜在的失敗経路」の2通りが存在することを示し、「組織要因」がどのように欠陥設計を誘発するかを明らかにした。「活動的失敗経路」において、「組織要因」は、「職場要因」を誘発することによって間接的に「活動的失敗」を引き起こす。一方、「潜在的失敗経路」において、「組織要因」は、直接的に「防護策」の効力を損なわせることによって、「防護策」としての設計レビューにおける失敗を引き起こすことを示した。

 この発生メカニズムを分析し実証するために、101の建設事業から抽出された119の欠陥事例を対象に事例研究を行った。これらの事例にコレスポンデント分析を適用することによって、欠陥設計が発生する幾つかのパターンを明らかにした。そして、これらのパターンは、チームエラー、主要なエラー、および副次的エラーの3つのグループに集約することができた。チームエラーと主要なエラーは、「組織要因」からより強い影響を受け、副次的エラーは、「職場要因」に影響を受けることが分かった。

 本論文は、これらのパターン分類から得られた知見を利用し、欠陥設計のリスクをマネジメントするための実践的ツールとしてCOMPASS(Company Profile Assessment System)を開発した。COMPASSは、多項ロジスティック回帰を組み込んでおり、「活動的失敗」の構成比の事前予測を可能としている。このシステムは、欠陥設計の発生を減少させるために、マネージャーが「職場要因」および「組織要因」に焦点をあてた、短期的および長期的なマネジメント戦略を立案するための有力な支援ツールと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 建設事業において、よい品質のものを安いコストで実現するために、設計図書の役割が重要であることは論を待たない。設計図書における不具合や欠陥(以下欠陥設計と称す)は、その後の施工段階における設計変更の主要な原因となり、品質の低下やコストの増加をもたらすこととなる。我が国の建設事業において、欠陥設計は、発注者および受注者の両者にとって、事業の成否を左右する重要なリスクと位置づけられてきた。それにも関わらず、設計段階に関する調査研究は、数多く行われている施工段階に比較して、殆ど行われていないのが現状といえる。

 本論文は、建設事業における欠陥設計を引き起こす要因とその連関を明らかにすることを目的としている。まず、日本の建設会社および建設コンサルタント会社を対象として、設計図書の品質に関する専門家への質問票と聞き取り調査を行い、その結果に基づき、設計図書の品質に影響を与える要因を特定すると共に、設計に関わる諸問題の建設プロセスへの影響を分析している。欠陥設計を減らすためには、欠陥設計がどのようにして、何故生じるかについての総合的な理解が必要であるとの視点にたち、欠陥設計を引き起こす様々な固有の要因相互の因果関係を明確に認識することを目指し、欠陥設計の発生メカニズムを明らかにすることを試みている。メカニズムを明示するために、ヒューマンエラーの分析におけるシステムアプローチを用いて表現し、欠陥設計が、設計者の活動的失敗に起因する場合と、その欠陥を発見する防護策としての設計レビューにおける失敗に起因している場合があることを論証している。それと同時に、ヒューマンエラーを誘発する要因は、職場要因と組織要因とがあることを示し、これらの要因によって失敗が生成する過程を明確にしている。職場要因は、設計者の作業条件に関わる事項で、時間的制約、過重労働、動機付けの不足、知識および技術の欠如等が含まれ、組織要因は、経営的要素および組織的要素からなり、発注者および建設コンサルタントの企業体あるいは会社の状況に左右される。また、本論文は、欠陥設計に至る経路には、活動的失敗経路および潜在的失敗経路の二種類があることを示し、組織要因がどのように欠陥設計を誘発するかを明らかにしている。活動的失敗経路の場合、組織要因は、職場要因を誘発することによって間接的に活動的失敗を引き起こすこと、潜在的失敗経路の場合、組織要因は、直接的に防護策の効力を損なわせることによって、防護策としての設計レビューにおける失敗を引き起こすこと、等を示している。

 構築した欠陥設計の発生メカニズムの妥当性を検討するために、101の建設事業における119の欠陥設計を対象に事例研究を行っている。コレスポンデント分析を適用することによって、欠陥設計が発生する場合のパターンを、チームエラー、主要なエラー、および副次的エラーの3つのグループに集約している。チームエラーと主要なエラーは組織要因から強い影響を受け、副次的エラーは職場要因に影響を受けることを検証している。

 本論文では、欠陥設計の発生メカニズムから得られた知見を利用し、欠陥設計の発生を低減させるための支援ツールとして、COMPASS(Company Profile Assessment System)の開発に成功している。COMPASSは、多項ロジスティック回帰を組み込み、活動的失敗の種類の構成比を、事前に予測することを可能としている。したがって、COMPASSは、建設事業の設計段階において、設計作業を管理する立場の責任者が、欠陥設計の低減を目指して、職場要因および組織要因に着目して短期的および長期的なマネジメント戦略を立案する場合の有力な支援ツールと考えられる。

 本論文における、建設事業の欠陥設計を引き起こす要因とその発生メカニズムに関する研究成果、および欠陥設計の発生を低減させるための支援ツール;COMPASSの開発は、建設事業において、設計図書の品質を高度化するために、極めて斬新で数多くの有益な知見と示唆に富むものと認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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