学位論文要旨



No 116631
著者(漢字) 朱,平
著者(英字)
著者(カナ) シュ,ピン
標題(和) 橋桁の衝突を含む高架橋の3次元モデルによる地震応答解析と性能評価
標題(洋) Seismic Analysis and Serviceability Evaluation of Elevated Bridges Based on 3D Modeling with Pounding Effects of Girders
報告番号 116631
報告番号 甲16631
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5043号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 阿部,雅人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 助教授 目黒,公郎
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京工業大学 教授 川島,一彦
内容要旨 要旨を表示する

 近年,大地震により社会基盤施設が甚大な被害を受けている.大地震後の被害調査において高架橋における桁間の衝突が,構造物全体の崩壊につながる原因の一つであることが指摘されている.高架橋では桁間の衝突の影響により橋軸方向に大きく変位することがあり,落橋現象に繋がる可能性がある.一方,橋軸直角方向に桁が変位すると,桁間の伸縮装置や落橋防止装置など,桁に連結されたデバイスに損傷を与える結果となる.さらに,都市内の高架橋が大きな被害を受けると,1995年兵庫県南部地震にみられるように交通施設が稼動不能となり地震後の救援活動に支障をきたすこととなる.

 しかし,既往の衝突モデルでは,桁の衝突現象を点の衝突とみなしてモデル化している.そのため,実状況を反映した任意の3次元的な衝突現象を再現するために,十分な精度を有しているとは言い難い.本研究では,高架橋全体の地震時挙動を精緻に予測するための,3次元地震応答解析システムを構築する.特に本解析システムでは,桁間の衝突現象を精緻にモデル化するとともに,それを応用して衝突の影響を低減するための対策について検討する.

 第1章では,以上の背景をふまえ既往の研究を整理するとともに,以下に示す目的を掲げた.

 1)隣接する桁間において生じる衝突現象に着目し,高架橋の地震応答解析のための精緻な3次元地震応答解析システムを構築する.

 2)構築した解析システムを応用し,衝突現象を含む橋梁の3次元的な地震時挙動を解明する.

 3)解析システムを応用し,桁間における衝突の影響を低減させるための対策,ならびに地震時における高架橋の使用性について定量的に評価する.

 第2章では,摩擦力を含む3次元の接触解析モデルを提案する.本接触解析モデルでは接触面が平面であると仮定し,接触が予測される節点と接触面とがオーバーラップすることを許している.さらに実用化されている既往の接触解析モデルの長所を融合している.本モデルは,橋梁の桁間における任意の衝突問題に対して適用でき,さらに動的解析の数値積分に簡単に組み込むことが可能な汎用的ものである.

 第3章では構築した接触解析モデルを検証するための実験について述べる.本実験では,桁と橋台を含む橋梁模型を作成し,1次元と2次元の衝突現象を再現した.また,桁の剛体運動を画像計測手法により空間的に計測し,桁の衝突現象を精緻に把握することに成功した.さらに実験結果と提案した接触解析モデルによるシミュレーション結果とを比較したところ,本モデルにより橋軸方向,橋軸直角方向ともに実験で計測された衝突現象を精緻に再現できることがわかった.

 第4章では,高架橋システムをモデル化する手法について詳細に述べる.本研究では高架橋が免震用積層ゴム支承を用いた水平2方向免震構造を採用しているものと想定し,既往の水平2方向モデルをバネ要素として導入している.橋脚にはファイバーモデルを用いている.さらに桁のモデル化では梁要素を用い,基礎のモデル化においては地盤と等価な力学特性を有する単一の梁を用いている.また,高架橋全体が3次元の地震動を受けることを前提とし,動的応答解析のための数値積分法について説明している.

 第5章では,4章にて述べた各構造部材のモデルを統合し,オブジェクト指向プログラミングによる高架橋の地震応答解析のための汎用的な解析システムを構築している.さらに本システムを応用し,鋼桁を用いた3径間連続高架橋について種々の状況を想定した地震応答解析を行っている.ここでは隣接する桁間の衝突現象を考慮し,高架橋が直橋である場合と斜橋である場合の2ケースを解析の対象としている.その結果,特に曲線橋の場合において桁の剛体回転が衝突の影響により,著しく増加することがわかった.

 第6章では,高架橋の桁間における衝突の影響を低減させるための対策について述べる.これまでにいくつかの対策手法が提案されているものの,ここでは現在広く利用されている落橋防止装置を例にとり,上述した解析モデルを応用して定量的な評価を行っている.その結果,落橋防止装置は直橋の場合において橋軸方向の応答ならびに桁の剛体回転を低減することがわかった.一方,斜橋の場合には,直橋の場合ほどの効果はえられないことがわかった.次いで本解析モデルを用いて,地震時における高架橋の使用性について定量的な評価を行っている.具体的には,積層ゴム支承を採用している直橋ならびに斜橋の2つのモデルを対象として,落橋防止装置を採用している場合と採用していない場合を想定した計4ケースについて,交通車両の通過の可能性を定量的に評価している.ただし,通過の可能性を評価する指標として,ここでは解析モデルによる桁間の最大相対変位応答を用いている.その結果,一般的に橋軸方向の桁間の相対変位はそれほど大きくないものの,すべてのケースにおいて積層ゴム支承に生じる最大変位が,特に橋軸直角方向について破断に達するほど大きなものである.そのため桁間に大きな永久変形が生じ,結果として車両が通行できない可能性が高いことがわかった.

審査要旨 要旨を表示する

 近年,大地震により社会基盤施設が甚大な被害を受けている.大地震後の被害調査において高架橋における桁間の衝突が,構造物全体の崩壊につながる原因の一つであることが指摘されている.高架橋では桁間の衝突の影響により橋軸方向に大きく変位することがあり,落橋現象に繋がる可能性がある.そのため,1995年兵庫県南部地震直後より,橋梁の地震時安全性の観点からその重要性が指摘されていながら,検証実験の困難さやモデル化自体の難しさから,ほとんど研究が進んでいなかった分野である.

 一方,橋軸直角方向に桁が変位すると,桁間の伸縮装置や落橋防止装置など,桁に連結されたデバイスに損傷を与える結果となる.さらに,都市内の高架橋が大きな被害を受けると,1995年兵庫県南部地震にみられるように交通施設が稼動不能となり地震後の救援活動に支障をきたすこととなる.しかし,これまで高架橋の周辺環境を統合的にモデル化し地震応答を精緻にシミュレーションするためのシステムは存在せず,高架橋の地震時挙動ならびに地震後の交通施設の使用性などについて定量的な評価を行うことは困難であった.

 本研究では,高架橋全体の地震時挙動を精緻に予測するための,3次元地震応答解析システムを構築している.さらに本解析システムでは,桁間の3次元的な衝突現象を精緻にモデル化するとともに,それを応用して衝突の影響を低減するための対策について検討している.

 第1章では序論として上述の背景を踏まえ,衝突モデル,橋梁の地震応答解析システムおよび落橋防止装置に関する既往の研究ついて整理するとともに,研究の目的と方向性を明らかにしている.

 第2章では,摩擦力を含む3次元の接触解析モデルを提案している.本接触解析モデルでは接触面が平面であると仮定し,接触が予測される節点と接触面とがオーバーラップすることを許している.さらに実用化されている既往の接触解析モデルの長所を融合している.ここで提案したモデルは,これまで1次元に簡略化されバネモデルとして扱われてきた衝突現象を理論的にかつ3次元的にモデル化しており,地震工学,計算力学の分野において学術的に価値が高く,国際学会でも高い評価を受けている.また,動的解析のための数値積分に簡単に組み込むことが可能なため,実用的である.

 第3章では構築した接触解析モデルを検証するための実験について述べる.本実験では,桁と橋台を含む橋梁模型を作成し,1次元と2次元の衝突現象を再現したものである.また,桁の剛体運動を画像計測手法により空間的に計測し,桁の衝突現象を精緻に把握することに成功している.さらに実験結果と提案した接触解析モデルによるシミュレーション結果とを比較し,本モデルにより橋軸方向,橋軸直角方向ともに実験で計測された衝突現象を精緻に再現できることを示している.今後,提案した衝突モデルを応用することで桁間の衝突により生じる落橋現象などを精度よく予測することが可能となった.

 第4章では,高架橋システムをモデル化する手法について詳細に述べている.本研究では高架橋が免震用積層ゴム支承を用いた水平2方向免震構造を採用しているものと想定し,既往の水平2方向モデルをバネ要素として導入している.橋脚にはファイバーモデルを用いている.さらに桁のモデル化では梁要素を用い,基礎のモデル化においては地盤と等価な力学特性を有する単一の梁を用いている.また,高架橋全体が3次元の地震動を受けることを前提とし,動的応答解析のための数値積分法について説明している.

 第5章では,4章にて述べた各構造部材のモデルを統合し,オブジェクト指向プログラミングによる高架橋の地震応答解析のための汎用的な解析システムを構築している.さらに本システムを応用し,鋼桁を用いた3径間連続高架橋について種々の状況を想定した地震応答解析を行っている.ここでは隣接する桁間の衝突現象を考慮し,高架橋が直線橋である場合と曲線橋である場合の2ケースを解析の対象としている.その結果,特に曲線橋の場合において桁の剛体回転が衝突の影響により,著しく増加することがわかった.

 以上のように本研究では,周辺地盤,基礎構造,橋脚,橋桁など橋とその地震時応答に影響を与えうる周辺環境を統合的にモデル化し,3次元応答を精度良くシミュレーションするシステムを開発することに成功し,橋梁の地震応答解析に新たな研究アプローチを編み出している.この業績は,耐震設計のあり方に新たな展開をもたらす基盤技術であると評価されており,現在,内外の研究者のみならず,耐震実務技術者からも注目を集めている.また,本解析システムは積層ゴム支承やダンパーの任意のモデルを解析システムに導入できるため,橋梁全体システムの応答を考慮した免震・制振装置の最適化への応用も期待される.

 第6章では,高架橋の桁間における衝突の影響を低減させるための対策について述べている.これまでに桁間の相対変位を低減させるための手法がいくつか提案されているものの,ここでは現在広く利用されている落橋防止装置を例にとり,上述した解析モデルを応用して定量的な評価を行っている.その結果,落橋防止装置は,直線橋の場合において橋軸方向の応答ならびに桁の剛体回転を低減すること,斜橋の場合には直線橋の場合ほどの効果はえられないことを示している.次いで本解析モデルを用いて,地震時における高架橋の使用性について定量的な評価を行っている.具体的には,積層ゴム支承を採用している直線橋ならびに斜橋の2つのモデルを対象として,落橋防止装置を採用している場合と採用していない場合を想定した計4ケースについて,交通車両の通過の可能性を定量的に評価している.ただし,通過の可能性を評価する指標として,ここでは解析モデルによる桁間の最大相対変位応答を用いている.その結果,1)一般的に橋軸方向の桁間の相対変位はそれほど大きくない,2)すべてのケースにおいて積層ゴム支承に生じる最大変位が橋軸直角方向について破断に達するほど大きなものである,ことを示している.そのため地震時には桁間に大きな永久変形が生じ,結果として車両が通行できない可能性が高いことがわかった.

 以上のように本研究では,桁間の衝突現象を含む高架橋の地震時挙動を精緻に予測するための解析システムを構築するとともに,それを応用して衝突現象の影響を低減させるための装置,ならびに地震時における車両の通行性について定量的な評価を行っている.今後,結果を視覚化するためのポスト処理システムの構築など課題も残されているものの,本研究は信頼性・安全性の高い橋梁の設計を確立していく上で大きく貢献するものと判断される.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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