学位論文要旨



No 116633
著者(漢字) 小林,博
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒロシ
標題(和) 波の非線形性・不規則性および浜漂砂を考慮した新しい海浜変形モデルに関する研究
標題(洋) Study on A New Numerical Model of Three Dimensional Beach Deformation Due to Nonlinear Multi-directional Irregular Waves in Nearshore and Swash Zone
報告番号 116633
報告番号 甲16633
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5045号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 教授 玉井,信行
 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 佐藤,愼司
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
内容要旨 要旨を表示する

 海浜地形は沿岸環境の基盤であり,この変化を精度良く予測することは重要な課題である.3次元海浜変形モデルは,局所的な波・流れの諸量から漂砂量を算定し,水深変化量を予測するモデルである.従来のモデルでは,微小振幅波の仮定に基づく波・流れモデル,ならびに現象を単純化した漂砂量モデルが用いられており,非線形性・不規則性を有する現地海岸での漂砂現象を精度良く計算できない点に問題があった.

 そこで本研究では,波・流れモデルおよび漂砂モデルに非線形性と不規則性を考慮した新しい3次元海浜変形数値モデルを構築し,海浜変形を精度良く予測することを目的とした.従来は波と流れを分離して計算していたのに対し,本モデルは非線形分散波動方程式により波・流れの計算を同時に行う.これにより非線形で不規則な漂砂帯での底面流速を精度良く計算することが可能である.また,漂砂量モデルには物理現象に忠実な形で提案された漂砂量算定式を適用することにより,底面流速の計算精度に対応した漂砂量を計算できる.このように本モデルは,波・流れ計算と漂砂量計算で波の非線形性・不規則性が統一した精度で組み込まれており,実際の現象により近いモデルといえる.これまでこのような海浜変形モデルを平面場に適用した例はなく,本研究ではじめて多方向不規則波を対象とした平面計算を行うことが可能となった.さらに,これまで汀線は固定境界として扱われることが多かったが,本モデルでは波の遡上を考慮することにより汀線を移動境界とし,海岸線変化に大きく寄与する浜漂砂の算定を可能とした.

 構築したモデルは,水理模型実験データにより妥当性を検証した.多方向不規則波による海浜変形実験データが少ないため,本研究で新たに実験を行った.実験には多方向不規則波を用い,主要な海岸構造物である離岸堤・突堤・ヘッドランド・人工リーフを対象とした.実験値と計算値を比較した結果,本モデルは多様な海岸構造物に対して外力場および地形変化を精度良く計算できることが確かめられた.

 さらに,海岸保全における養浜工の重要性や海岸の生態系が底質粒径と深い関係にあり,今後,海浜変形モデルと生態系モデルを組み合わせて用いるようになることを鑑み,漂砂量モデルを均一粒径から混合粒径へ拡張して海浜変形を予測するこれまでにない試みを行った.2粒径砂を用いた大型造波水路実験の再現計算を行った結果,モデルは異粒径間の相互干渉による特徴的な漂砂現象を概ね捉えられることがわかり,本モデルの養浜工や生態系を含めた幅広い問題に対する適用の可能性を示した.

 以上のように,本研究では波の非線形性・不規則性を考慮することにより実際の漂砂現象に近く予測精度の高い3次元海浜変形モデルが開発されたとともに,混合粒径を考慮することにより適用範囲の拡大が図られた.本モデルは今後の海浜変形予測において有効な解析手法になるものと考えられる.

 以上

審査要旨 要旨を表示する

 近年、環境に関する諸問題が様々な場においてますます顕在化している。沿岸域もその例外ではなく、特に人口や人間活動が集中しているために、他に比べても深刻な様相を呈している。沿岸域における環境において基盤的な機能を果たすのは地形であり、とくに砂礫海岸においては海浜地形が外力によって変動しやすいことから、環境に関する諸問題が生じやすい。さらに、海浜地形は海岸災害や海岸の利用においても基盤的な条件となる。したがって、砂礫海岸における海浜変形を予測することは、海浜に対する人間活動の悪影響を回避し、さらに好ましい状態に維持するための基本的ツールとして重要である。本研究は、波の非線形・不規則性を考慮し、さらに浜漂砂まで取り込んだ新しい海浜変形モデルを開発することにより、従来に比べて海浜変形の物理的プロセスにより忠実で精度の良いシミュレーションを可能にしたものである。

 第1章は序論であり、本研究の位置付けおよび論文の構成が述べられている。

 第2章では、従来の3次元海浜変形の数値モデルをレビューするとともに、本研究で開発する新しい数値モデルの考え方を述べた後、そのモデルの内容について波・流れモデルと漂砂量モデルに分けて述べている。波・流れモデルでは、修正Boussinesq方程式に基づいて、波と流れを同時に計算する手法について、数値計算に用いる差分式を含めて示している。また、その中で使われる砕波モデルや遡上モデル、さらには境界条件の設定法を導入し、沖浜帯から遡上域まで一貫した計算を可能とした。ここで構築した波・流れモデルの妥当性を検証するために、計算結果を実験結果と比較し、妥当な結果を得ている。漂砂量モデルにおいては、シートフロー漂砂量式を、波と流れが斜めに交差する場合も含めて適用可能なように拡張し、モデルにおいて一般的な条件で用いることが可能となるようにした。そして、土砂の連続式から地形変化を求めるための計算式を示した。

 第3章では、不規則波を用いた水理実験を行い、その結果を本研究のモデルによる計算結果と比較している。まず、縦断地形変化については、2次元造波水路における移動床実験を行い、波高・水位・流速や地形変化の測定結果を計算結果と比較した。その結果、水面変動や流速変動について、砕波点付近のように非線形性が強い場合でも、精度良い計算が可能となったことを示し、従来の線形モデルに比べて精度が大幅に改善されたことが示された。また、縦断地形変化についても、計算された波・流れ場から漂砂量式を用いて予測できることが示され、従来のようにアーセル数による場合分けなどを用いなくても、波・流れによる砂移動を物理現象に忠実に直接表現できることが示された。次に、平面水槽を用いた3次元海浜変形については、まず、構造物がない場合の自然海浜の変形について実験し、その結果を計算結果と比較することにより、単純な場合においてモデルの妥当性を確認した。続いて、離岸堤、突堤、ヘッドランド、人工リーフといった漂砂制御構造物が設置された場合の波・流れ場と海浜変形を測定した。このうち、離岸堤のケースでは、離岸堤背後の循環流の位置などの計算精度が従来モデルに比べて改良されたことが示された。さらに、突堤、ヘッドランド、人工リーフについても同様な比較を行い、波浪場、海浜流場、地形変化ともに従来モデルよりも改善された結果が得られた。

 第4章においては、下北海岸における現地観測によって得られた現地スケールのデータとモデルによる計算結果を比較している。現地における地形測量は1999年の8月および10月に行われ、その間における地形変化が求められた。数値シミュレーションを実施する際には、入力波浪を適切に設定する必要があるが、波浪レベルごとの地形変化速度を求めておいて、波浪の頻度分布を用いて累積値を求める方法によった。その結果、侵食域と堆積域について、観測結果と計算結果の対応は良好であった。

 第5章は混合粒径砂の場合の海浜変形計算の試みが述べられている。混合粒径の場合の漂砂量式は未だに確立されているわけではない。そこで、既往の研究成果に基づいて粒径別漂砂量式を構築した上で、時々刻々の表層粒径分布を計算しながら、混合粒径の海浜地形変化が計算できるようにした。その結果を大型造波水路を用いた実験結果と比較したところ、ある程度の一致が見られ、モデルとしての枠組みの妥当性が示された。

 第6章は結論であり、得られた研究成果がとりまとめられている。

 以上のごとく、本研究は波浪の非線形性・不規則性を考慮してより現実に忠実な波・流れ場を再現することにより、漂砂量の評価も合理的に行い、精度の高い海浜変形モデルを開発したものである。よって,この研究業績は特に優れたものと認められ,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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