学位論文要旨



No 116635
著者(漢字) 関戸,洋子
著者(英字)
著者(カナ) セキド,ヨウコ
標題(和) 小空間の認知特性に関する研究 : 空間容積の単位「包」の実験的考察
標題(洋)
報告番号 116635
報告番号 甲16635
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5047号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨 要旨を表示する

 住宅の戸数や規模が量的に確保された現在では、室空間の質的な豊かさを実現することへの関心が高まっている。この目的をみたす試みのひとつとして、逆に小さい空間を積極的に取り入れることが試みられるようになった。そうした小空間の価値を生かした事例は、古今東西にわたりみられる。

 小空間を取り入れた事例を考察してみるとその目的として、1)手の届く範囲の空間の各面を有効利用できる、2)ある程度の動きが限定されることから、プライバシーを確保しやすい、3)ひいては、自己対峙による人格形成、想像力の駆使、活力の再生産、安心感、親密感をもたらす、といったことが挙げられる。

 しかしながら、小空間の及ぼす心理的、行動的な影響、特にその肯定的な側面については、ほとんど研究されていないといってよい。

 小空間の利用様態の規定要因は、平面の大きさ、天井高、同室者の有無などがあると予測される。同室者のいる場合は、被験者どうしの向き、距離、姿勢、居場所などのとり方にも相違が生じると考えられる。このような居場所の様態を観察することにより、小空間の質的な意味が解明できるであろう。

 こういった心理的影響のみならず、小空間には、身体感覚に基づいた空間容積の単位となる可能性のあることが指摘されている。具体的には、高橋鷹志(1995)が、指示領域に関する一連の研究、立米型研究開発の成果等を基に、新しい容積の単位として次のように「包」を提唱している。「コルビュジェの2.26m立方(11.5m3)が有名な空間単位であり、私達の実験でも、他人の侵入を拒む個人の物理的・心理的自我領域を外包する直方体の容積がほぼ12m3であった。この空間容積単位を人間を包むという意味から『包』と呼んではどうかと考えている。」この背景として、従来の「m2」「nLDK」では表現しつくせない質的に豊かな空間を住宅市場に流通させるために、3次元的な空間の大きさを表す単位が求められていることが挙げられる。

 こうしたことを踏まえて、本研究では、小空間の肯定的な側面に着目し、実大空間を用いた実験研究をおこない、小空間が及ぼす影響と空間容積の単位「包」に関する基礎的知見を提示した。

 本論文は、序章と終章を含む合計5章から構成される。

 序章では、関連する既往研究の概観を通じて、本研究の背景、目的、位置づけを明らかにした。

 第1章では、小空間の及ぼす心理的、行動的な影響、特にその肯定的な側面に着目し、小空間の見た目の容積(実験1)や印象評価(実験2)について考察した。さらに、2人で小空間を体験した場合について、1人の場合と同様の手順で実験をおこない、空間の印象評価(実験3)および居場所様態(実験4)についても比較検討をおこなった。

 その結果、2畳・4.5畳程度の床面積の小ささ、H1800程度の天井の低さを持つ空間では、床座、臥位で体験した場合、相対容積は実容積より小さく評価され、心地よい圧迫感や落ち着きが得られるといえた。こういった空間を2人で体験した場合、親密感も得られた。すなわち、床面積の小ささ、天井の低さ、見かけの容積の小ささは、必ずしも否定的な要素ではなく、肯定的な要素としての心理的な影響を与えることがわかった。

 同室者のいる場合、被験者どうしの対人距離、体の向き、居場所様態については、床面積、天井高、空間の大きさ、入口の位置、同室者の向きなどの影響がみられた。したがって、ある範囲の床面積、天井高、容積の組合せによって、心理的、行動的な面において肯定的な意味をもつ小空間の存在することが、実験によって検証されたといえる。

 第2章、第3章では、先の空間容積を表す単位「包」の検証に初めて着手し、実験的考察をおこなった。

 第2章では、容積の単位と仮定した「包」を基準として、それより大きい空間の容積の判断がどの程度できるかを検討するために、基準空間「包」として、その容積の主な候補である約10m3、約12m3の2種類の立方体による実大モデル空間の実験をおこない、空間の見かけの容積(実験1)、空間の印象評価(実験2)についての考察をおこなった。

 その結果、基準空間「包」が10m3の場合と12m3の場合では、見かけの容積の評価、印象評価について、あまり大きな差異はみられなかった。また、全体を通して、容積の単位と仮定した「包」を基準として、それより大きい空間の相対容積は約70〜105%と評価されるが、空間の一辺あたりの評価の度合いからみれば、一辺あたり約95±5%の値として評価されていることがわかった。

 第3章では、第2章の結果をふまえ、身体感覚に基づいた空間の容積を表す単位として、約10m3の指示代名詞「コレ」の領域に着目し、「コレ」の領域を再現した実大モデル空間を作成し、その容積の知覚(実験1)や印象評価(実験2)について検討した。さらに、球体の「コレ」の領域と同容積で形態の異なるものを基準空間「包」とした実大空間の実験を行い、「包」の形態が見かけの容積(実験3)に与える影響についても考察した。

 その結果、容積の基準となる「包」がある場合、その容積が同程度であっても形態が異なることにより、それより大きい空間の見かけの容積、印象評価も異なることがわかった。また、容積を把握しやすい空間と肯定的な印象評価を得られやすい空間は、前者が「直方体」、後者が球体とそれぞれ異なる形態であるといえた。容積を判断する基準「包」としては、他の空間の容積を把握する場合、球体よりも「直方体」の方が正確な尺度となることがわかった。

 終章では、これまでに述べた本論での研究成果をふまえて、「小空間を計画する際の指針」のほか、「小空間のもつ可能性−空間容積の単位「包」として」をまとめ結論とした。

審査要旨 要旨を表示する

 小空間の認知特性に関する研究一空間容積の単位「包」の実験的考察

 本論文は、小空間の肯定的な側面に着目し、実大空間を用いた実験研究をとおして、小空間が人間に及ぼす影響と高橋鷹志(1995)が、指示領域に関する一連の研究、立米型研究開発の成果等を基に、新しい

 容積の単位として提唱した空間容積の単位「包」の有効性を検証することを目的としている。

 本論文は、序章と終章を含む計5章から構成される。

 序章では、関連する既往研究の概観を述べ、本研究の背景、目的、位置づけを明らかにしている。

 第1章では、小空間の及ぼす心理的、行動的な影響、特にその肯定的な側面に着目し、小空間の見た目の容積に関する実験、印象評価実験、さらに2人で小空間を体験した場合について、1人の場合と同様の手順で空間の印象評価実験および居場所様態実験を実施して考察を行っている。結果として、2畳・4.5畳程度の狭い床面積、1.8m程度の低い天井高の空間を床座、臥位で体験した場合、相対容積は実容積比より小さく判定され、心地よい圧迫感や落ち着きが得られる、また、2人で同様の空間を体験した場合、親密感が得られることを明らかにしている。なお、同室者のいる場合、被験者どうしの対人距離、体の向き、居場所様態に対して、床面積、天井高、空間大きさ、入口位置、同室者の向きなどに影響がみられ、ある範囲の床面積、天井高、容積の組合せによって、心理的、行動的な面において肯定的な意味をもつ小空間が存在することを検証している。

 第2、3章では、空間容積を表す単位「包」の検証のための、実験的考察をおこなっている。まず、第2章では、「包」を基準として、それより大きい空間の容積の判断がどの程度できるかを検討するために、基準空間「包」の容積の候補として約10m3、約12m3の2種類の立方体による実物大モデル空間での実験をおこない、空間の見かけの容積実験ならびに空間の印象評価実験を通した考察をおこなっている。結果として「包」を10m3とした場合と12m3とした場合とでは、見かけの容積の判定、印象評価では、大きな差異はみられず、「包」より大きい空間の相対容積は約70〜105%と判定されるが、空間の一辺あたりの判定の度合いでは約95±5%の値として判定されていることを明らかにしている。

 第3章では、第2章の結果をふまえて身体感覚に基づいた空間の容積を示す単位として、約10m3の指示代名詞「コレ」の領域を再現した実大モデル空間を作成し、その容積の知覚実験や印象評価実験を通した検討している。さらに、球体の「コレ」の領域と同容積で形態の異なるものを基準空間「包」とした場合の実物大空間実験を行い、「包」の形態が見かけの容積に与える影響についても考察している。結果として、「包」の容積が同程度であっても形態が異なると、それより大きい空間の見かけの容積も異なること、また、容積を把握しやすい空間と肯定的な印象評価を得られやすい空間は、前者が「直方体」、後者が「球体」とそれぞれ異なる形態であり、他の空間の容積を把握する場合、「球体」よりも「直方体」の方が正確な尺度となることを明らかにしている。

 終章では、これまでの研究成果をふまえて、まず「小空間を計画する際の指針」として、1)狭い床面積、低い天井高、小さな見かけの容積を肯定的な心理的影響を与える空間属性として積極的に活用すること、2)小空間の利用様態を事前に把握すること、3)心理的、行動的な面において肯定的な意味をもつ小空間とするには、空間のプロボーションや形態が重要となることを挙げている。

 次に、「小空間のもつ可能性−空間容積の単位「包」として」の考察では、小空間には、肯定的な心理的影響だけでなく身体感覚に基づいた空間容積を表す単位「包」となる可能性のあることを指摘し「包」の主な利点として、1)身体感覚に基づく空間容積の単位であること、2)「1包=10m3」とすると、換算が容易であること、3)大まかな容積を把握できることを挙げている。この利点を活かすために、本論文において、「「包(PAO)」とは、「1包=10m3」の身体感覚に基づく空間容積の単位である。」と再定義している。ただし、当然ながら「包」がすべての空間の容積を判定するのに適しているわけではなく、判定対象となる空間の規模には上限・下限が存在することを予想し、これらを今後の課題としている。

 以上のように、本論文は室空間の質的な豊かさを実現することへの関心が高まっている現在、小空間の及ぼす心理的、行動的影響に対する肯定的な側面を一連の実物大実験を通して解明しており、建築計画学の発展に寄与したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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