学位論文要旨



No 116638
著者(漢字) 藤田,昌史
著者(英字)
著者(カナ) フジタ,マサフミ
標題(和) 嫌気好気回分式活性汚泥の微生物群集構造解析と生物学的リン除去活性の遷移過程のモデル評価
標題(洋)
報告番号 116638
報告番号 甲16638
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5050号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 迫田,章義
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
内容要旨 要旨を表示する

 単一反応槽で処理を完結できるコンパクトさに加え,一連の処理工程を時間的に制御できるフレキシブルさを有する回分式活性汚泥法は,近年,栄養塩類除去の必要性が高まっている小規模下水処理において,有望視されているプロセスのひとつである.しかしながら,時々刻々と水質が変動する流入下水に対して,安定した処理を行うための運転管理手法は十分には確立されていない.運転管理手法を検討するためには,IWA活性汚泥モデルに代表されるように,再現性の高い処理プロセスモデルを用いることが,特に,高度技術者の不足する小規模下水処理においては,非常に有用であると考えられる.

 これまで,活性汚泥処理モデルについての研究は,流入下水と処理水質のデータセットや汚泥濃度,汚泥リン含有率などの数値データを用いて,モデルの検定,検証が行われ,その有効性や限界点が検討されてきたが,一連の予測計算に直接寄与するバイオマス成分の再現性については,まったく検討されていない.さらに汎用性や精度の高い処理モデルを構築するためには,上述した従来の検討に加えて,活性汚泥微生物群集に着目してモデル開発を進める必要があると考えられる.

 活性汚泥微生物群集についての研究は,化学分類学的な手法や分子生物学的な手法が利用されることにより,従来,ブラックボックス的に捉えられていた活性汚泥の微生物群集構造が次第に明らかになりつつある.そのようななかで,生物学的リン除去において,主要な役割を果たしていると考えられているポリリン酸蓄積細菌についても,その正体を明らかにすべく研究が進められているが,その大多数が人工下水を処理する汚泥を解析対象としており,実下水を処理する汚泥を解析した例は非常に限られている.また,ポリリン酸蓄積細菌についての知見が蓄積されつつあるが,統一した見解は得られておらず,モデル計算におけるポリリン酸蓄積細菌の挙動を検討できるレベルには至っていない.

 そこで本研究では,微生物動態を再現可能な処理モデル開発を目指すために,特に,回分式活性汚泥法における生物学的リン除去に着目し,大きく2つの目的を設定した.

1)実下水を処理する嫌気好気回分式活性汚泥の微生物群集構造を,キノンプロファイル法およびPCR-DGGE法を組み合わせて生物学的リン除去活性の遷移過程で解析するとともに,これらの微生物群集解析データと生物学的リン除去活性との関係を統計学的に解析することにより,ポリリン酸蓄積細菌の指標を検索する.

2) IWA ASM2dを基礎に開発した回分式活性汚泥処理モデルを,生物学的リン除去活性が遷移する過程を追跡した人工下水および実下水による処理実験結果に適用することにより,モデルの有効性や限界点を検討する.

 第1章では,本論文の背景として,まず小規模下水処理の現状を述べ,活性汚泥処理モデルと活性汚泥微生物群集解析に関する研究をリンクさせることの重要性を指摘し,本論文の目的および構成を示した.

 第2章では,回分式活性汚泥法やそのモデル化,生物学的リン除去についての既存の知見や,本論文で微生物群集解析手法として用いたキノンプロファイル法およびPCR-DGGE法の原理や適用例について整理した.

 第3章では,生物学的リン除去活性の評価方法やその結果をもとにポリリン酸蓄積細菌濃度を動力学的に推定する方法について述べた.また,本論文で用いた水質や汚泥分析の方法を整理するとともに,キノンプロファイル法やPCR-DGGE法の分析方法についてまとめた.さらに,活性汚泥処理モデルによる計算で必要となる流入下水の有機物組成濃度を推定する方法として,酸素利用速度を用いる方法についてまとめた.

 第4章では,PCR-DGGE法により得られたバンドデータの統計学的な取り扱い方について検討した.

 まず,PCR-DGGE法によって検出されたすべてのピークのなかから,DGGEバンドとは無関係なピークを取り除くための閾値の設定方法について,統計学的な概念のひとつである非類似度を用いて検討した.その結果,可視バンド程度のバンド数を解析対象にすることが望ましいことが明らかとなった.

 次に,必ずしも対応する微生物種の存在量を反映しているとは限らないDGGEバンドデータを,多次元尺度構成法やクラスター解析に適用する際,DGGEバンドデータを標準化することにより,DGGEバンド強度の大小によらず個々の変化に着目して,微生物群集構造を評価する方法を提案した.

 さらに,DGGEバンドデータとキノンプロファイルデータを統合することにより,DGGEバンドデータから対応する微生物種の存在量を統計学的に推定する方法についての理論的な検討を行った.

 第5章では,嫌気好気回分式活性汚泥の微生物群集構造を評価するために,生物学的リン除去活性が遷移する過程を追跡した実下水による処理実験結果やキノンプロファイル法およびPCR-DGGE法を用いて微生物群集構造を解析した結果をまとめた.

 まず,種汚泥として標準活性汚泥を用いて,実下水に酢酸を添加することにより,生物学的リン除去活性が増加する過程を追跡した実験では,実験前の予想に反して種汚泥にリン除去能が認められたものの,実験開始後6日目から9日目にかけて,生物学的リン除去活性が増加した.種汚泥のキノンプロファイルを調べたところ,ユビキノンの優占分子種はQ-8であり,これに次いでQ-10, Q-9が検出された.メナキノンについては,MK-8(H4)が優占分子種であり,これに次いでMK-10, MK-7が検出された.この結果は,過去に報告されている都市下水を処理する標準活性汚泥のキノンプロファイルと同様の結果を示した.実験期間を通じてユビキノンの優占順位は変わらなかったが,生物学的リン除去活性が増加した6日目から9日目にかけて,MK-10とMK-7の順序が入れ替わり,メナキノンの優先順位は,MK-8(H4), MK-7, MK-10の順序になった.これらの変化を定量的に評価するために,実験期間におけるキノンプロファイルデータから非類似度を算出した.その結果,実験期間におけるサンプル間の非類似度がすべて0.1以下だったことから,実質的な微生物群集構造の変化は起こらなかったと判断された.解析の分解能を高めるために,ユビキノンとメナキノンを別に,同様に非類似度を算出したところ,ユビキノンを持つ微生物種の群集構造は,実験開始日から4日までに相対的に大きく変化しており,一方,メナキノンを持つ微生物種の群集構造は,6日目から9日目までに大きく変化していた.上述したように,生物学的リン除去活性が増加した6日目から9日目にかけて,メナキノンを持つ微生物種の群集構造が相対的に大きく変化していたことから,生物学的リン除去に関係する細菌が有するキノン種は,メナキノンである可能性が考えられた.

 PCR-DGGE法を適用したところ,各実験日のサンプルで20本程度の可視バンドが認められた.第4章で検討した方法によりノイズピークを削除した後,バンド強度を標準化してクラスター解析を行ったところ,実験開始日と2日目がひとつのクラスターに連結され,4日目,6日目,9日目,17日目がもうひとつのクラスターに連結された.実験期間において最も低い生物学的リン除去活性を示した4日目とそのときの約2倍の生物学的リン除去活性を示した9日目における微生物群集構造が類似していたと判断された.

 実下水に酢酸ナトリウムを添加して生物学的リン除去活性を安定させた状態から,酢酸ナトリウム添加量を段階的に削減することにより,生物学的リン除去活性が低下する過程を追跡した実験では,実験開始後2日目で既に処理水にリンが残存し,リン除去の悪化が認められた.実験期間にわたって行ったリン放出活性試験の結果から,ポリリン酸蓄積細菌の活性汚泥に占める存在割合を動力学的に推定したところ,実験開始日では15.6%と見積もられたが,実験の経過とともに減少しつづけ,実験終了22日目では8.3%と見積もられた.実験開始日のキノンプロファイルは,上述した生物学的リン除去活性の増加過程を追跡した実験において,リン除去が十分に安定した後のユビキノンとメナキノンの優占順序と一致していた.実験開始4日目から20日目のキノンプロファイルデータから非類似度を算出したところ,4日目から20日目の間には,微生物群集構造に小さな変化が起こっていたと判断された.また,クラスター解析を行ったところ,実験の経過とともにクラスターが連結されていたことから,微生物群集構造は実験の経過とともに次第に変化していったことが明らかとなった.

 上述した2ケースの実験では,生物学的リン除去活性の有無が明確に区別されるような過程を追跡できていないことや対照系を設けていないことが課題として考えられた.

 そこで,対照系を含めた4系列の処理実験を行った.種汚泥として,実下水に酢酸ナトリウムを添加して生物学的リン除去活性を安定させた嫌気好気回分式活性汚泥を用いた.その汚泥を4系列の処理装置に同時に植種した.ケース1では,流入下水への酢酸ナトリウム添加を継続し,さらにリン酸を添加した.ケース2では,酢酸ナトリウム添加をストップした.ケース3では,酢酸ナトリウム添加をストップして,流入下水に硝酸性窒素を添加した.ケース4は,酢酸ナトリウム添加を継続する対照系とした.

 実験期間にわたってそれぞれのケースについてリン放出活性試験を行い,ポリリン酸蓄積細菌の活性汚泥に占める存在割合を動力学的に推定したところ,実験開始後38日目では,ケース1で約40%と見積もられたのに対し,ケース3ではゼロと見積もられ,明確な違いが認められた.実験開始日から33日目までは,ポリリン酸蓄積細菌の存在割合の大きさは,ケース1,ケース2,ケース4,ケース3の順に推定されたが,38日目では,ケース2とケース4の順序が入れ替わり,ケース1,ケース4,ケース2,ケース3の順序になった.酢酸ナトリウムを添加したことにより,嫌気工程におけるリン放出量がケース2よりも高かったケース4では,通常よりも高い有機物濃度の下水が頻繁に流入したことにより,さらにリン放出量が高くなり,それに続く曝気工程で放出したリンを回収し切れなかったために,実験結果に表れていたように汚泥リン含有率がケース2よりも低くなるとともに生物学的リン除去活性も低くなり,その結果から動力学的に推定されたポリリン酸蓄積細菌の存在割合も低く見積もられたものと考えられる.

 実験期間にわたってそれぞれのケースのキノンプロファイルを調べ,非類似度解析を行ったところ,いずれのケースでも実質的な微生物群集構造の変化は認められなかった.また,実験開始後39日目における各ケースのキノンプロファイルデータから,各ケース間の非類似度を算出したところ,動力学的に推定したポリリン酸蓄積細菌の存在割合に明確な違いが認められたケース1とケース3でさえも,微生物群集構造に実質的な違いはないと判断された.

 PCR-DGGE法により得られたDGGE泳動図には,いずれのケースでも,Rhodocyclus属と予想されるバンドが認められた.生物学的リン除去活性の有無によらず,Rhodocyclus属が存在したことを意味する.従来,ポリリン酸蓄積細菌は比増殖速度が比較的遅い微生物種であると考えられており,生物学的リン除去活性の低下過程ではwash outするものと考えられていたが,酢酸ナトリウム添加をストップしたケース2やそれに加え硝酸性窒素を添加することにより嫌気状態が確保されず,無酸素好気運転となったケース3でも,このバンドが存在し続けたことから,従来考えられていたポリリン酸蓄積細菌像とは異なるタイプの微生物種であると考えられる.

 DGGEバンドデータを,上述した方法により処理して,多次元尺度構成法を行ったところ,解析の制約上,変化の程度は明らかではないが,対象系でも実験の経過とともに微生物群集構造が遷移していることが明らかとなった.流入下水の影響を受けて微生物群集構造が変化していたものと予想される.ケース2に加え,生物学的リン除去活性に明らかな違いが見られたケース1とケース3も,この遷移過程とほぼ同様の傾向を示した.多次元尺度構成法による解析では,本来,異なるケース間における各サンプルの布置位置を直接比較することはできないが,大局的には,それぞれがほぼ同様の傾向を示したことから,各ケース間の微生物群集構造に大きな違いはない可能性が示唆された.今後の課題であるが,これを確認するためには,多次元尺度構成法によって得られた微生物群集構造の遷移傾向に,どのようなDGGEバンドが関与しているかを,各ケースごとに調べる必要があると考えられる.もし,それぞれのケースの遷移過程で共通したDGGEバンドが存在すれば,上述した解釈は支持され得るものと考えられる.

 以上まとめると,嫌気好気回分式活性汚泥の微生物群集構造は,生物学的リン除去活性の有無によらず,大きくは違わない可能性が示唆された.

 第6章では,ポリリン酸蓄積細菌の指標となり得るキノンバイオマーカーやDGGEバンドについて検索した.上述した処理実験における生物学的リン除去活性の変化と個々のキノン種やDGGEバンドとの関係を定量的に調べた.

 生物学的リン除去活性の増加過程を追跡した実験では,生物学的リン除去活性が増加した6日目から9日目にかけて,MK-7およびMK-8(H4)の存在比率も増加していたことから,生物学的リン除去活性の増加過程に何らかの関係のある細菌が有するキノン種である可能性が示された.

 生物学的リン除去活性の低下過程を追跡した実験では,動力学的に推定したポリリン酸蓄積細菌の存在比率の変化と同様の傾向を示したキノン種は認められなかったが,他のキノン種に比べればMK-7およびMK-8(H4)の変化が,相対的に似た傾向を示した.

 4系列の処理実験では,いずれのケースでも,動力学的に推定したポリリン酸蓄積細菌の存在比率の変化と同様の傾向を示したキノン種は認められなかった.また,生物学的リン除去活性に明確な違いが見られたケース1とケース3でも,上述した検討で生物学的リン除去に関わると考えたMK-7やMK-8(H4)の存在比率に,生物学的リン除去活性ほどの違いは認められなかった.

 個々のDGGEバンドと動力学的に推定したポリリン酸蓄積細菌の存在比率を,第4章で述べた方法により標準化して,非類似度解析をすべてのケースについて行った.そして,ポリリン酸蓄積細菌を示し得るDGGEバンドを検索することを試みた.その結果,4本のDGGEバンドが選択された.ひとつは,上述したRhodocyclus属と予想されるバンドである.このバンドは,酢酸ナトリウム添加を継続したケース1とケース4では,動力学的に推定したポリリン酸蓄積細菌の存在比率の変化と高い類似性を示したものの,酢酸ナトリウム添加をストップしたケース2とケース3では,低い類似性を示した.このような傾向を示したバンドはもうひとつ存在した.これらのバンドに対応する微生物種がポリリン酸蓄積細菌であるとするならば,活性汚泥に存在する通常の細菌と同じ程度の比増殖速度を有するため,生物学的リン除去機能を発揮できない環境条件でも,系内に存在し続けることができるものと考えられる.一方,嫌気状態で酢酸が存在する環境条件では,生物学的リン除去機能を発現することができるものと考えられる.つまり,生物学的リン除去機能の切り替えを行うことができる微生物種である可能性が考えられる.選択された4本のうち残る2本は,最も生物学的リン除去活性が高かったケース1だけで存在したバンドとすべてのケースで類似性の高かったバンドであった.後者については,比増殖速度の遅い,いわゆる従来から考えられていたポリリン酸蓄積細菌像と一致する微生物種であると考えられる.本論文では,これらのバンドの塩基配列を解読するまでには至らなかったが,視覚的にDGGEバンドパターンを評価するのではなく,統計学的に類似性を評価したことにより,ポリリン酸蓄積細菌の指標となり得る可能性の高いDGGEバンドが見出された.

 第7章では,IWA ASM2dを基礎に開発した回分式活性汚泥処理モデルを,生物学的リン除去活性が遷移する人工下水と実下水による処理実験結果にそれぞれ適用し,その有効性や限界点を検討した.

 いずれのケースの計算でも,標準値として提案されている動力学的定数では,汚泥濃度や嫌気工程におけるリン放出が実験値よりも過小評価される結果となった.IWA ASM2dでは,従属栄養微生物の細胞内貯蔵物質が考慮されていないため,自己分解プロセスや加水分解プロセスが本来の意味で表現されていないことが,生物学的リン除去プロセスを計算するうえで限界があることが明らかとなった.

 第8章では,本論文によって得られた成果を総括し,今後の展望や課題について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,嫌気好気活性汚泥による生物学的リン除去に着目して,実下水を用いた回分式活性汚泥プロセスの処理実験を行い,脱リン機能の発現や低下過程における活性汚泥中の微生物群集構造変化を解析し,ポリリン酸蓄積細菌の指標をキノンプロファイルやPCR-DGGEバンドから検索を行った研究論文である.また,生物学的リン除去活性の遷移過程の実験結果に対して,IWA活性汚泥モデル(ASM2d)を基礎にした回分式活性汚泥処理モデルを適用することにより,モデルの有効性や限界点及び標準的なモデル係数値の妥当性も検討している.論文は,8章より構成されている.

 第1章では,研究の背景と目的,および論文構成を述べている.

 第2章では,回分式活性汚泥法やそのモデル化,活性汚泥による生物学的リン除去に関連した従来の基礎的な知見や,活性汚泥中の微生物群集の解析手法に関する文献調査結果を整理している.そして,主にキノンプロファイル法やPCR-DGGE法による解析結果例とその評価方法について詳説するとともに,IWA ASM2dの構造や特長を説明しながら,回分式処理に適用する際に留意すべき点を整理している.

 第3章では,活性汚泥の生物学的リン除去活性の評価方法と活性データに基づく動力学的なポリリン酸蓄積細菌濃度推定手法を説明している.また,本研究で適用した微生物群集解析手法であるキノンプロファイル法やPCR-DGGE法の分析手順を整理している.さらに,活性汚泥処理モデル計算における入力データとして必須となる流入下水の組成濃度を酸素消費速度データから推定する方法の手順を示している.

 第4章では,PCR-DGGE法により得られたバンド強度データを統計的に解析するためのデータ処理について検討を行っている.まず,ノイズバンドを判定する閾値の検討を行い,取り出されたバンドデータを用いた多次元尺度構成法やクラスター解析のあり方を論じている.さらに,時系列バンドデータと動力学的に推定されたポリリン酸蓄積細菌濃度の変化との関連づけを行うために,バンド強度を標準化することを提案している.また,本研究では適用していないものの,PCR-DGGEデータとキノンプロファイルデータを統合して重回帰分析することにより,定量性の低いバンド強度データに微生物量の情報を補完的に付加して,バンドに対応する微生物種の存在量を統計学的に推定する手法を理論的に検討している.

 第5章では,標準活性汚泥を種汚泥として,酢酸を添加した実下水を用いて嫌気好気運転処理することで生物学的リン除去機能を発現させるスタートアップ実験,その後生物学的リン除去が安定した状態から酢酸添加をストップしたり,硝酸塩を強制添加してリン除去活性の低下を追跡する実験を行った結果をまとめている.実験期間内の処理水質特性だけでなく,汚泥のリン放出能から推定したポリリン酸蓄積細菌濃度,汚泥のリン含有量,キノンプロファイル変化を詳細に調べている.特に,実下水の流入水質が日々変化することから,対照系を含み,リン除去活性の影響因子を変化させた同時4系列処理実験を行ったケースでは,38日間にわたる処理特性データを詳細に入手して,リン除去活性の変化を流入水質データや運転条件との相互関係から考察している.

 経時的なキノンプロファイルやDGGEバンドパターン変化をもとに非類似度を計算したり,多次元尺度構成法によって経時的な微生物群集構造変化を定量的に評価している.その結果,わずかに群集構造が変化しているものの,すべての実験系において明確な群集組成変化が起こったとは判断できないレベルであると評価している.

 第6章では,複雑な混合培養系である活性汚泥中に存在するポリリン酸蓄積細菌の指標となりうるキノン種やDGGEバンドを検索することを試みている.まず,処理実験における生物学的リン除去活性の変化過程とキノンプロファイルの変化過程を相互比較することにより,リン除去活性関連するリン除去速度の増加と連動して増加するキノン種としてMK-7とMK-8(H4)を見出している(ここで,n個のイソプレン側鎖を持つメナキノンをMK-nと表現,側鎖上の水素飽和度xの違いにより,MK-n(Hx)).また,ショ糖密度溶液を利用した汚泥の比重の違いを利用して,高リン含有汚泥を分画する手法を嫌気好気活性汚泥に適用して,同様に高リン含有汚泥がMK-7とMK-8(H4)を含むことを確認した.しかしながら,生物学的リン除去を安定させたのち,除去能を低下させた実験では,これらのキノン種の減少傾向を明確には捉えることができなかと判断している.

 ボリリン酸蓄積細菌推定濃度の変化とDGGEバンド強度率変化との類似性を評価するためにユークリッド距離を求めたところ,二つの酢酸添加実験系において4つのバンドが共通して当該細菌濃度の変化と類似性が高いと認めることができた.そのうち,ひとつは最近酢酸培養系で生物学的リン除去機能を有する微生物としてほぼ同定されてきているRhdocyclus spp.と思われるバンドであった.しかし,このバンドはもう一つのバンドとともに,酢酸添加停止系や硝酸塩強制添加系でのポリリン酸蓄積細菌推定濃度の変化とは類似性が見られなかった.同時運転4系列で共通して類似性のある一バンドを見つけている.このバンドの塩基配列は未分析であるものの,リン除去機能と類似性のある数バンドを発見した点は非常に評価できる.

 第7章では,人工下水と都市実下水による嫌気好気処理実験データを対象に,IWA ASM2dを基礎とした回分処理モデルでのリン除去活性の再現性について検討を行なっている.そして,人工下水組成に合わせた動力学定数を与えることで,非定常な処理過程をかなりの精度で再現できることを示した.同時に,実下水の実験に関してはASM2dで標準値として提案されている動力学定数では,微生物の死滅プロセスや懸濁性有機物の加水分解プロセスの再現性が低いために,ポリリン酸蓄積細菌の動態を表現することができず,その結果として生物学的なリン除去特性が再現できないことを示唆している.

 第8章では,上記の研究成果から導かれる結論に加え,本研究の最終的な目標である微生物群集解析データと活性汚泥モデルとをリンクさせ,微生物組成の動態も定量的に評価するための今後の課題や展望が述べられている.

 以上の成果は,嫌気好気回分式活性汚泥の生物学的脱リン機能に着目して,微生物群集構造を解析する手法としてキノンプロファイル法とPCR-DGGE法を組み合わせて適用し,その手法の有効性と限界を定量的に評価している.そして,群集解析データの数学的な評価方法を検討しただけでなく,微生物動態を再現可能な処理モデル開発を目指す上で貴重な知見を提供しており,都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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