学位論文要旨



No 116640
著者(漢字) カーン ムナワール アリ
著者(英字) KHAN MUNAWWAR ALI
著者(カナ) カーン ムナワール アリ
標題(和) 活性汚泥からのバクテリオファージの単離とその性質、およびバクテリオファージが活性汚泥に及ぼす影響
標題(洋) ISOLATION, CHARACTERIZATION OF BACTERIOPHAGES AND THEIR POTENTIAL SIGNIFICANCE IN THE ACTIVATED SLUDGE PROCESSES
報告番号 116640
報告番号 甲16640
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5052号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 助教授 木暮,一啓
 東京大学 助教授 滝沢,智
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、活性汚泥プロセスからのバクテリオファージについて検討した物である。これまで、活性汚泥中の微生物群集に関する解析は多く行われてきているが、バクテリオファージをあつかった研究は非常に限られている。バクテリオファージは活性汚泥プロセスによる下廃水中の汚染物質の除去を直接になうことはないが、活性汚泥プロセスにおける水質浄化作用を担っている細菌などの微生物群集の構造に大きな影響を与えうる活性汚泥微生物生態系の構成要素の一つであると考えられる。

 本研究は、活性汚泥から実際にバクテリオファージを単離し、その宿主域などの基本的な生態的特性を解析することを通じて、活性汚泥中におけるバクテリオファージの持つ重要性について検討したものである。そのために、(1)活性汚泥からの宿主細菌およびバクテリオファージの単離、(2)バクテリオファージの宿主域の解明、(3)活性汚泥細菌中の溶原性バクテリオファージに関する検討、をおこなった。また、活性汚泥中でのバクテリオファージの挙動を解析したり、あるいは、バクテリオファージの宿主特異性を利用して活性汚泥中の細菌を同定するための手法として、(4)蛍光バクテリオファージプローブ法について検討を行った。本研究の成果は、本論文を以下のように構成としてまとめた。

 まず、第1章において研究の背景などの序論を述べ、また、研究の目的を提示した。第2章において、既往のバクテリオファージに関する研究をレビューした。第4章から第7章までの4つの章は、本研究における実験的検討について述べた章であり、第3章ではこれら4つの章に共通する手法について述べた。第4章では、活性汚泥からの宿主細菌およびバクテリオファージの単離について述べた。第5章はバクテリオファージの宿主域について検討を行った。第6章は、バクテリオファージプローブ法の導入について、基礎的な検討を行った。第7章は、活性汚泥から単離された細菌中に存在する溶原性バクテリオファージについて、検討を行った。以上の成果に基づいて、第8章において、活性汚泥中のバクテリオファージの果たしている役割について議論した。これに続けて、第9章に結論と今後の展望を述べた。

 活性汚泥中のバクテリオファージに関する研究は、非常に限られている。また、その中の多くは流入下水と同時に活性汚泥プロセスに流入してくる腸管系細菌に寄生するバクテリオファージに関する研究である。特に主要な研究として、Ewert and Paynter(1980)、およびHantula et al.(1991)をあげることができ、これらの研究は活性汚泥中におけるバクテリオファージが存在していることを示している。海洋等環境中のバクテリオファージに関する研究は広く行われており、溶菌による炭素循環への寄与や、宿主域の広いバクテリオファージによる遺伝子水平伝達の媒介の可能性が示唆されている。海洋生態分野における研究成果は、活性汚泥中の微生物群集においてもまたバクテリオファージが非常に重要な役割を担っている可能性があることを示唆している。

 第4章では、実際に活性汚泥プロセスから細菌を単離し、それを宿主としてバクテリオファージの単離を試みた。細菌の単離は、平板培地法による。また、バクテリオファージは活性汚泥プロセスの反応槽上澄水、または、活性汚泥混合液からのビーフエキストラクトによる誘出水、または、これらを供試細菌と培養し、バクテリオファージを集積した集積液のいずれかを、対数増殖期の供試細菌と寒天培地上で培養することにより、プラークの形成をはかった。さらに、単離した細菌の性状を、主としてグラム染色法およびBiolog法により調べた。

 単離した細菌は、19株がグラム陽性、18株がグラム陰性と確認できた。

 人工下水を流入水として用いる系では、計30株の従属栄養細菌を単離し、そのうち16株においてプラークが形成された。また、実下水を用いた系では15株の宿主について検討し、そのうち9株がプラークを形成した。

 人工下水を用いた系での検討において、初期においてグルコースを主成分とする培地を用いた結果、10株の細菌の内2株のみにプラークの形成が見られた。一方、培地に酢酸を添加した場合、20株中14株にプラークの形成が見られた。プラーク形成のために酢酸基質の方がよい結果が得られたが、これは、用いた活性汚泥が酢酸を主成分とする人工下水により馴致されていたためかもしれない。

 ほとんどのバクテリオファージは、上澄水中ではなく、ビーフエキストラクトによる誘出液中に見いだされた。その数は、人工下水で馴致した活性汚泥混合液中で2.5×102〜3.5×102程度であった。一方、実下水処理活性汚泥プロセスでは、1.5×103〜3.5×104程度であった。

 人工下水処理活性汚泥から単離されたバクテリオファージは直径1〜2mmのプラークを形成したのに対し、実下水処理活性汚泥から単離されたバクテリオファージは2〜3mmの直径のプラークを形成した。いずれも、形成されたプラークはほとんどのばあい透明であった。一つのプラークからバクテリオファージを拾い、宿主細菌を含む平板培地上で培養を繰り返すことによりバクテリオファージの純化を行った。

 45株の細菌のうち、8株について対象の寒天培地上でプラークの形成が観察された。細菌細胞中に溶原性バクテリオファージが存在していることがわかった。

 第5章では、第4章で単離したバクテリオファージの宿主域について検討した。人工下水で馴致した活性汚泥の場合、13株のバクテリオファージの内6株についてグラム陽性と陰性の宿主の双方でプラークの形成が見られた。また、実下水処理活性汚泥から単離したバクテリオファージでは、8株について試験し、2株についてグラム陽性と陰性の双方の宿主でプラークの形成が見られた。このような広い宿主域をもつバクテリオファージはこれまで報告されていない。宿主域試験の際に溶原性バクテリオファージが活性化された可能性は否定できないものの、活性汚泥中には種特異性がきわめて低いバクテリオファージが存在することが明確に示された。

 また、宿主域試験の結果、もともとの宿主にプラークを形成しないバクテリオファージが9例見られた。宿主がバクテリオファージによる溶菌への抵抗性を獲得する現象はこれまでにも報告されているが、25株のバクテリオファージのうち、9例、すなわち、全体の4割弱という高い確率でバクテリオファージによる溶菌への抵抗性の獲得が観察された。溶原性の獲得が頻繁に観察されるということは、活性汚泥中においてバクテリオファージと細菌との関係が非常に緊密であることを示唆していると考えられる。

 第6章では、蛍光染色したバクテリオファージを細菌に作用させることにより、宿主細菌を蛍光染色して顕微鏡下で観察する、FLP法(fluorescently labeled phage法)の適用を試みた。活性汚泥から単離した、比較的プラーク形成が速やかに見られるバクテリオファージφP30を選び、DAPIを添加した液体培地中で対数増殖中にある宿主細菌P30に感染させ、完全に宿主を溶菌させた。DnaseおよびRnaseにより遊離の核酸を分解し、限外ろ過法(分画分子量5万)により精製・回収し、さらにクロロホルムによる精製を行って、ろ過し、105〜106PFU/mlの蛍光ラベル化バクテリオファージ溶液を得た。なお、この蛍光ラベル化バクテリオファージの調整は、Hennes et al. 1995によった。

 蛍光ラベル化バクテリオファージを宿主細菌と混合した結果、直後から数分間は安定して宿主細胞を蛍光観察することができた。また、2時間程度の後には、宿主細胞が溶菌していることが観察された。

 蛍光ラベル化バクテリオファージ法を宿主域の検討のために応用し、第5章でのプラーク法による宿主域と比較した。φP30はプラーク法ではP30、P30a、P35株にプラークを形成した。一方、蛍光ラベル化バクテリオファージはP30およびP30aは染色したが、P35株はほとんど染色しなかった。この原因は明らかではないが、蛍光ラベル化バクテリオファージ法は真の宿主域とはことなる結果が得られる場合があるものの、宿主域の確認のために一定の範囲で有効であることが確認できた。

 また、蛍光ラベル化バクテリオファージをもとの活性汚泥に対して適用した結果、P30株とは形態的に異なる細菌が染色された。蛍光ラベル化プローブ法は、活性汚泥中の細菌を迅速に同定するために用いることができると考えられるが、適用性には限界があるようである。

 第7章では、活性汚泥中の溶原性細菌について検討した。細菌の培養液にMitomycin Cを添加し、溶原バクテリオファージを刺激し、一定の時間後、培養液の濁度および上澄中のバクテリオファージ様粒子のDAPI染色による観察を行った。15株の細菌について試験したが、そのうち14株についてバクテリオファージ様粒子の形成が観察された。

 以上の結果から、活性汚泥中においてバクテリオファージが非常に重要な役割を果たしていることがわかった。非常に広い宿主域を持つバクテリオファージが存在すること、宿主とバクテリオファージは、どうやら緊密な関係にあること、また、溶原性を持つ細菌が非常に多いことが確認できた。また、バクテリオファージの宿主域を調べたり、あるいはバクテリオファージを利用して微生物群集構造を調べる技術として、蛍光ラベル化プローブ法について検討した。本研究が、活性汚泥中におけるバクテリオファージに関する研究の今後の発展に寄与することを願う。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は活性汚泥中におけるバクテリオファージの存在について基礎的な検討を行ったものである。活性汚泥は下廃水を処理する際に用いられる、さまざまな細菌や原生動物等からなる微生物の集塊である。活性汚泥中の細菌の種構成や役割について検討しようとする研究が近年非常に活発におこなわれている。活性汚泥中の細菌に寄生するバクテリオファージも存在すると思われ、処理水質や細菌の種構成にも大きな影響を与えている可能性があるが、しかしながらそうしたバクテリオファージに関する研究はこれまでほとんど行われてこなかった。本研究では、活性汚泥中の細菌に寄生するバクテリオファージを単離すること、そしてそれらの宿主域や宿主との関係を明らかにすることを中心に、活性汚泥中におけるバクテリオファージの役割を明らかにしようとしたものである。

 本論文は「ISOLATION, CHARACTERIZATION OF BACTERIOPHAGES AND THEIR POTENTIAL SIGNIFICANCE IN THE ACTIVATED SLUDGE PROCESSES(活性汚泥からのバクテリオファージの単離とその性質、およびバクテリオファージが活性汚泥に及ぼす影響)」と題し、8章からなる。

 第1章は「はじめに」であり、本研究の背景および目的について述べている。

 第2章は「既往の研究」であり、活性汚泥プロセス中のバクテリオファージに関する研究の他、海洋や湖沼など他の環境中のバクテリオファージに関する研究についてレビューしている。

 第3章は「方法」であり、第4章から第7章について共通する実験方法について述べている。

 第4章は「活性汚泥プロセルからの細菌及びバクテリオファージの単離である。ここでは活性汚泥からバクテリオファージを単離する方法について検討しており、活性汚泥から単離した45株の細菌のうち25株についてバクテリオファージが存在することを見いだした。実験室で人工下水を用いて馴致した活性汚泥からも多くのバクテリオファージが得られたことから、活性汚泥の常在細菌にも寄生するバクテリオファージが存在することがわかった。

 第5章の「活性汚泥から単離されたバクテリオファージの宿主域」では、第4章で単離したバクテリオファージおよび宿主細菌を用いて、バクテリオファージの宿主域について検討した。21株のバクテリオファージについて検討した結果、複数の宿主にプラークを形成するバクテリオファージが多数見いだされ、そのうち8株はグラム陽性と陰性の双方にプラークを形成した。

 第6章の「蛍光染色バクテリオファージ法に関する検討」では蛍光染色したバクテリオファージを用いて宿主域について検討する方法(FLP法)について基礎的な検討を行った。バクテリオファージ1株について検討したのみであったが、プラーク法で確認された宿主域ととFLP法により確認された宿主域は、若干の違いは見られたもののほぼ一致していた。また、蛍光染色したバクテリオファージを活性汚泥に適用した結果、特異的に染色される菌が見いだされた。しかし、その形状はもとの宿主とは異なっていた。

 第7章の「活性汚泥から単離された細菌の溶原性」では活性汚泥から単離された細菌に抗生物質(mitomycin C)を適量作用させ、溶原化しているバクテリオファージの存在の可能性について検討した。15株の細菌について検討した結果、14株からDAPIで染色される粒子が細菌から菌体外に放出されることがわかった。これら粒子はバクテリオファージである可能性が高く、活性汚泥中の細菌の多くが溶原性をもっていることが示された。

 第8章の「結論と今後の展望」では、以上の結果に基づいて、活性汚泥中に広くバクテリオファージが存在すること、そしてそれらが宿主と緊密な関係をもって生活していることを示した。また、非常に幅広い宿主域を持つバクテリオファージが見いだされたことは、活性汚泥中での遺伝子の水平伝播の広さを示していることを指摘した。さらに、FLP法は活性汚泥中の細菌を簡便に同定するために用いることができるかもしれないことを指摘した。また、今後の展望として、活性汚泥中のバクテリオファージの役割についてさらに明確に明らかにする方法について議論した。

 本論文は、これまでほとんど研究されてこなかったまったく新しい研究分野に精力的に取り組んだものである。活性汚泥中の多くの細菌がバクテリオファージと相互作用をすること、非常に幅広い宿主域を持つバクテリオファージが存在することを示したこと、また、バクテリオファージの生態について検討するためにFLP法を導入したことは、非常に高く評価することができる。今後、微生物を用いた下廃水処理プロセスの基礎的なメカニズムを明らかにすることにつながっていく研究成果が得られた。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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