学位論文要旨



No 116641
著者(漢字) 高,暁路
著者(英字)
著者(カナ) ガオ,シャオルー
標題(和) ミクロ経済学の手法による戸建て住宅地における住環境改善と土地の有効利用に関する計画学的研究
標題(洋) Micro-economic Studies on the Improvement of Residential Environments and Effective Land Use in Detached Housing Areas
報告番号 116641
報告番号 甲16641
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5053号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
 東京大学 講師 SORENSEN,Andre
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、ミクロ経済学の手法を用いて、ミクロな物的住環境を定量化し、戸建て住宅地における住環境改善と土地の有効利用の問題を分析している。本論文は6章で構成されている。第1章は研究の背景と目的について論じ、第2章ではミクロ経済学の手法、特に本研究に用いるヘドニックアプローチの理論と実用上の課題から展開し、本研究のサンプル地選定、分析に用いたデータについて詳述している。

 第3章ではミクロな住環境要素の外部効果について分析している。本論文では世田谷区の住宅地について、ミクロな住環境要素を加味したヘドニック分析を行った。広範なミクロ的住環境要因について、敷地規模による変化も含めて価値を定量化した結果、単価の75.6%を説明する線形回帰モデルが得られた。説明変数の中でも、ミクロな住環境要因に関する結果が重要である。これまで価値の定量化が難しいとされていた日照時間、駐車場の有無、間口、近隣の状況、緑地への接近性、近隣の土地利用混合などについても有意な価値を安定的に定量化できた。この中で、特に日照時間は意義がある。というのも、建設行為による外部効果を計量化できたからである。さらに、4時間以上の日照時間というダミー変数が有意であった。このことは、戸建住宅において4時間日照を適切な水準として考えて良いことを示唆している。公共緑地に面していることは、敷地面積が小さいときに正であり、近隣の土地利用混合は敷地が大きい時に正であることも示された。さらに、得られた結果を応用することにより、敷地細分化の無視できない弊害が定量的に示し、公園については規模の効果および形状の効果を示した。本分析により、戸建住宅地における都市計画規制の意義や効果、最適計画手法の導出なども可能となる。

 第4章では、戸建用長方形敷地の形状や敷地規模について、道路拡幅事業の費用便益を計測した。その結果、敷地規模に応じて道路拡幅の効果が大きく異なることが示された。戸建て住宅用敷地として利用するにはある程度の敷地規模が必要である。その最小敷地規模は、間口が広いときには純便益が非負の条件によって、また間口が狭い場合には利用可能な最小限敷地規模や奥行きの条件によって決まる。間口が大きくなるにつれて、最小敷地規模は増加する。敷地規模が一定とすると、敷地の奥行きと間口の比に限界がある。奥行き間口比が大きいほど、純便益は増加する。容積率制限の緩和はある程度純便益を改善する効果を持つことが示された。ただ、狭小間口の敷地には有効ではなかった。閾値よりも間口の大きな敷地でも、敷地規模が小さい敷地よりも大きな敷地の方が容積率制限緩和の効果は大きい。このため、狭小敷地の住宅地では容積率制限の緩和は道路拡幅事業への動機付けにはあまり適切でないことが示された。家屋付き土地のヘドニック価格分析をもとに費用便益分析を行うという手法は、現実の都市計画に対しても大きな示唆を与える。例えば、土地区画整理事業における狭小敷地に対する対処方法や、そもそもどの程度の規模を狭小敷地と見なすべきか、敷地形状への配慮のあり方、負担方法(減歩率など)のあり方などを定量的に分析することができる。

 第5章では、隣接敷地の外部効果および土地細分化と併合の効果について分析した。戸建住宅の単位画地面積当たりの価格を分析することにより、隣接画地の規模による相互の有意な外部効果が見いだされた。第一に、最小隣地規模と当該画地規模の比には2次関数的な効果が見られた。すなわち、単位価格はそれらがほぼ同規模の時に最大となる。このことは、戸建住宅用街区を画地割りする際に重要な示唆となる。第二に、65m2という規模は画地規模に対して重大な閾値となっている。65m2未満の画地規模では、他の小規模(72.35m2未満)の隣接画地に対して負の外部効果を与える。本研究の結果から密集市街地における最低敷地規模規制のような規制の意義が実証的に示されたと言える。第三に、画地規模が314.5m2より小さい時に、最小隣地規模が130m2より大きいということが正の外部効果を持っていた。この結果から、130m2という敷地規模を望ましい標準的な敷地規模として考えることができる。

 これらの結果を正方形の敷地を2つに分割する問題に適用した。特に、敷地面積が165m2および260m2の場合に分割する大きな動機が存在する。また、経時的に総合価値が変化し、分割された場合の方が価値の逓減が早いことも示された。また、二つ敷地の併合について考察した。結果として、二つ狭小敷地の併合動機が根強く存在することを示した。容積率緩和が併合に促進することと、残余建物寿命が長ければ併合を大きく抑制することも明らかにした。敷地形状の影響が併合に及ぼすと予想したが、本章で判明しなかった。しかし、形状を表す変数を価格モデルに入ること、及び街区改良事業に際して土地併合問題を扱う必要性を指摘した。

 第6章では、各章の結論をまとめ、本研究の限界性と方向性の課題を述べている。

 本研究により、今まで難しかった住環境要素の評価、敷地規模や形状とその価値との関係、隣接敷地規模の外部効果、都市計画事業による敷地特性の違いによる影響度などを定量的に評価、検討することが可能となり、都市計画規制のあり方や密集戸建住宅地への政策的な対処法に有益な情報を与えている。このように、本論文の都市計画分野における学問的貢献は極めて大きいと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

審査要旨 要旨を表示する

 1980年代半ば以降の地価高騰により、東京圏では戸建住宅用の敷地の細分化・狭小化が進み、個々の平均敷地規模は大きく減少した。これにより、植栽の減少、庭の喪失、日照通風の不良など住環境上の悪化をもたらした。これらの問題を軽減するために、様々な規制手法が提案されている。しかし、これまでの計画研究においては、規制提案や計画提案を客観的に評価することが難しかった。客観的評価にはミクロな物的住環境を定量化することが不可欠である。

 そこで、本論文は、ミクロ経済学の手法を用いて、戸建て住宅地における住環境改善と土地の有効利用の課題を扱った。本論文は六章で構成されている。第1章は、研究の背景と目的について論じた。第2章には、ミクロ経済学の手法、特に本研究に用いるヘドニックアプローチの理論と実用上の課題から展開し、本研究のサンプル地選定、データ収集などを詳述した。第3章、4章、5章には、ミクロな住環境要素の外部効果、費用便益分析による敷地の規模と形状、隣接敷地の外部効果および土地細分化と併合の効果など、三つのテーマについて分析した。第6章で、以上各章の結論をまとめた上、本研究で採用した手法が住環境改善と土地の有効利用のために極めて有効であることを強調した。そして、本研究の限界性と方向性の課題、すなわち、データの空間属性の解析と、本研究の手法を実際計画に適用することを示した。

 次には、本論文の主要部分である第3章、4章、5章の内容を詳述する。

ミクロな住環境要素の外部効果

 外部効果を計測するには、経済学的な手法が有効である。本論文では世田谷区の住宅地について、ミクロな住環境要素を加味したヘドニック分析を行った。広範なミクロ的住環境要因について、敷地規模による変化も含めて価値を定量化する。分析の結果、単価の75.6%を説明する線形回帰モデルが得られた。

 説明変数の中でも、特に、ミクロな住環境要因に関する結果が重要である。これまで価値の定量化が難しいとされていた日照時間、駐車場の有無、間口、近隣の状況、緑地への接近性、近隣の土地利用混合などについても有意な価値を安定的に定量化できた。この中で、日照時間は特に意味がある。というのも、建設行為による外部効果を計量化できたからである。さらに、4時間以上の日照時間というダミー変数が有意であった。このことは、戸建住宅において4時間日照を適切な水準として考えて良いことを示唆している。公共緑地に面していることは、敷地面積が小さいときに正であり、近隣の土地利用混合は敷地が大きい時に正であることも興味深い。戸建住宅地における住環境の多くは、ミクロな要素に依存する部分が大きいため、分析結果を用いることにより、戸建住宅の住環境かつ開発設計・計画案をミクロに評価することが可能となる。

 このことを、単純な街区の例を用いて、敷地の細分化や小公園の配置方法について分析した。分析の結果、敷地細分化の無視できない弊害が定量的に示された。また、公園については、規模の効果および形状の効果について論じた。ミクロな住環境指標を取り入れた本分析手法を拡張すれば、戸建住宅地における都市計画規制の意義や効果、最適計画手法の導出なども可能となる。

費用便益分析による敷地の規模と形状

 さらに,戸建用長方形敷地の形状や敷地規模について,道路拡幅事業の費用便益を計測した。特に,4つの場合について考えた。

 A)建設費用を無視した場合の純便益:道路拡幅による社会効果と宅地喪失の効果の和が純便益となる。

 B)道路の敷設費用を考慮した純便益。

 C)家屋の再建築費用を考慮した純便益:再建築費用には固定費用も含まれると仮定することによって,妥当な結果が得られた。

 D)容積率制限の緩和効果。

 理論的には,本分析は第3章で得たヘドニック価格モデルをもとにしている。そして,道路拡幅による様々な要素の変化による価格変化を求めた。ミクロな住環境要素を変数に入れることにより,既存研究よりも,正確で信頼できる社会効果を計測することができた。

 それぞれの場合の仮定と分析結果について考察していった。特に,家屋の再建築費用の導入が重要である。建築費用には,床面積によって変わる部分と固定費用が含まれると仮定すべきであることが示された。

 一般には,地区改善には最小敷地規模が必要である.最小敷地規模は,間口が広いときには純便益が非負の条件によって,また間口が狭い場合には利用可能な最小限敷地規模や奥行きの条件によって決まる。間口が大きくなるにつれて,最小敷地規模は増加する。敷地規模が一定とすると,敷地の奥行きと間口の比に限界がある。奥行き間口比が大きいほど,純便益は増加する。

 最後の場合の分析によって,容積率制限の緩和はある程度純便益を改善する効果を持つことが示された。ただ,狭小間口の敷地には有効ではなかった.閾値よりも間口の大きな敷地でも,敷地規模が小さい敷地よりも大きな敷地の方が容積率制限緩和の効果は大きい。さらに,狭小敷地の住宅地では容積率制限の緩和は道路拡幅事業への動機付けにはあまり適切でないことが示された。

 本研究で採用した,家屋付き土地のヘドニック価格分析をもとに費用便益分析を行うという手法は,現実の都市計画に対しても大きな示唆を与える。例えば,土地区画整理事業における狭小敷地に対する対処方法や,そもそもどの程度の規模を狭小敷地と見なすべきか,敷地形状への配慮のあり方,負担方法(減歩率など)のあり方などを定量的に分析することができる。

隣接敷地の外部効果および土地細分化と併合の効果

 戸建住宅の単位画地面積当たりの価格を分析することにより、隣接画地の規模による相互の有意な外部効果が見いだされた。2つのモデルを述べたが,最初のモデルの方が優れていた。そのモデルでは,6つの隣接敷地規模の外部効果が有意であった。

 第一に、最小隣地規模と当該画地規模の比には2次関数的な効果が見られた。すなわち、単位価格はそれらがほぼ同規模の時に最大となる。このことは、戸建住宅用街区を画地割りする際に重要な示唆となる。

 第二に、65m2という規模は画地規模に対して重大な閾値となっている。65m2未満の画地規模では、他の小規模(72.35m2未満)の隣接画地に対して負の外部効果を与える。本研究の結果から密集市街地における最低敷地規模規制のような規制の意義が実証的に示されたと言える。

 第三に、画地規模が314.5m2より小さい時に、最小隣地規模が130m2より大きいということが正の外部効果を持っていた。この結果から、130m2という敷地規模を望ましい標準的な敷地規模として考えることができる。

 これらの結果を正方形の敷地を2つに分割する問題に適用した.特に,敷地面積が165m2および260m2の場合に分割する大きな動機が存在する。また,経時的に総合価値が変化し,分割された場合の方が価値の逓減が早いことも示された。

 また、二つ敷地の併合について考察した。結果として、二つ狭小敷地の併合動機が根強く存在することを示した。容積率緩和が併合に促進することと、残余建物寿命が長ければ併合を大きく抑制することも明らかにした。敷地形状の影響が併合に及ぼすと予想したが、本章で判明しなかった。しかし、形状を表す変数を価格モデルに入ること、及び街区改良事業に際して土地併合問題を扱う必要性を指摘した。

 本研究での手法により,住環境要素の評価,敷地規模や形状とその価値との関係,隣接敷地規模の外部効果,都市計画事業による敷地特性の違いによる影響度などを定量的に評価,検討することが可能となり,都市計画規制のあり方や密集戸建住宅地の扱いに関して極めて有効な情報を与えてくれるものであることを示している。今後さらに研究を発展させていきたい。

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