学位論文要旨



No 116643
著者(漢字) アン ピッチ ハッダ
著者(英字) An Pich Hatda
著者(カナ) アン ピッチ ハッダ
標題(和) 都市部との関係性から見た農村部における雇用創出と所得向上の実態に関する研究 : カンボジア・プノンペン特別市パリファリー地区における事例研究
標題(洋) Contemporary Study on Rural Employment Creation and Income Generation in the Face of Urban Changes : A Case Study in Periphery Areas of Phnom Penh Municipality, Cambodia
報告番号 116643
報告番号 甲16643
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5055号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 ピーター・マルコチュリオ
 東京大学 講師 アンドレ・ソレンセン
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、雇用創出と所得向上に関して、その実態と特質、決定要素、制限要因、諸問題、そして今後の可能性について経験的根拠から明らかにし、計画的提案を行うことを目的としている。具体的には、雇用および収入に関して、その構造、創出過程、現況、そして将来における改善の可能性を説明するため、生計を得るための4つの基本構成要素−即ち、人、立地、経済活動、そして外部からの補助・援助−について分析を行った。

 調査の結果、対象地区の農村人口全体で、教育レベルの低さ、技能とその教育の不足が農村人口全体で確認された。立地について見てみると、ほとんどの世帯が、都市サービス・センターへのアクセスが困難であるという特徴を有していることがわかった。農業活動は、給与所得、肉体労働、小規模な商売、工芸、修理工といった農業以外の所得によって大きく補われていた。農村に基盤を置いた経済活動の現代化過程においては、外部からの補助・援助は極めて弱いものであった。その結果として、製品およびサービスは依然として低いレベルに留まっている。

 雇用と収入の現況については、以下のような構造によって顕著に特徴づけられた。生産性の低い農業部門における雇用が大きいこと、不完全雇用状態が広範囲にわたっていること、さらに、高い人口増加率と過度の土地資源利用により貧困が拡大していること、小規模産業や伝統的サービス業というセクターが欠如していること、識字率と職能が低いこと、技術が立ち後れていること、基礎インフラが欠如していること、人々の考え方が柔軟性に欠けること、組織・制度において弱さ・機能的問題が見られること、矛盾した開発モデルや都市に偏重した政府のアプローチが存在すること、外部による開発プログラムやプロジェクトは限定的な補助や補償であり、信頼性や一貫性に欠けること、等である。

 雇用と所得の構造を決定する主な要素は、生産労働力の規模、空間的特質、経済活動及び収入源の数、所有する資源・資本、教育レベルに関連する質、であった。世帯収入の規模は、世帯主の個人的資質一すなわち、年齢、性別、教育レベル、経営期間−及び世帯における生産性に係わるその他の資産−家族規模・生産労働力・世帯メンバーの教育度・土地所有規模等−によって独自に決定された。空間的特質に関しては、移動手段に応じた、都市サービス・センター及びその他の基本的なインフラストラクチャーからの距離とそこまでのアクセス性が、労働力移動と経済活動従事に対する意向についての空間的な決定要素となっていた。農業経営の範囲と生産性については、実質的には、生産資源所有の可能性とその効率的な利用、非農業活動から得られる世帯収入、市場へのアクセス度、技術利用のレベルによって決定されていた。また、特に若い女性は高い就業要求があるにも関わらず、若者のおよそ3分の1は、年の3分の1が不完全就業状態にあった。こうした若者は、男女ともにより高い教育を受けたいという動機を有しており、伝統的な職種から、現代的な給与労働や自営業といった現代的な職種への移行を希望している。なお、その他の要素を考慮せず、土地と資本に限定して見た場合、調査対象地区では、2haの土地と約3,120,000リエル(US$800)の借入金が、1世帯が持続的に生活水準を向上させていくために必要であると推定された。

 地域・農村開発計画及び政策決定においては、従来のものから、現代的な生産・サービス方式への体系的かつ安定した移行が求められる。その際、内性的(人的)な構成要素−人々自身とその活動、そして外性的な構成要素−場所と外部による援助、これら内性・外性の結びつきの構造こそが、システム全体にダイナミズムを与えることを可能とする。さらに国家開発計画における、従来の指針・規範を改善するためには、地域ネットワーク戦略を通し、都市と農村間のより相補的関係を目指した協調努力が求められる。また私営企業の活動を、地域で彼らの役割を果たすべく促進し奨励することも非常に重要なことである。個人資本の観点から見れば、安価な土地価格と労働力、順応性のある労働環境と言う点で、調査対象地区は魅力的である。例えば、家畜飼育における資本強化、生産過程における下請負契約、工業用地やより高所得者向けの住宅用地等、当地区において資本は非常に多様な方式で投資が可能であると考えられる。

 最後に、生産に関する雇用と長期的に信頼に足る収入確保のための理想的な状態は、高度に整備されたインフラ、極めて低い人口増加率、高い教育と職能を有する労働力、そしてしっかりと確立された社会保障制度に基づくべきであることを提言した。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、カンボジアの都市近郊農村地域を対象として、雇用創出と所得向上に関して、その実態と特質、決定要素、制限要因、諸問題、さらに、今後の発展可能性について経験的根拠から明らかにし、計画的提案を行うことを目的としている。具体的には、雇用および収入に関して、その構造、創出過程、現況、そして将来における改善の可能性を説明するため、生計を得るための4つの基本構成要素−即ち、人、立地、経済活動、そして外部からの補助・援助−について分析を行っている。

 調査対象農村地域における詳細な世帯経済状況インタビュー調査を実施し、その結果、生産性の低い農業部門における雇用が大きいこと、不完全雇用状態が広範囲にわたっていること、さらに、高い人口増加率と過度の土地資源利用により貧困が拡大していること、小規模産業や伝統的サービス業というセクターが欠如していること、識字率と職能が低いこと、技術が立ち後れていること、基礎インフラが欠如していること、人々の考え方が柔軟性に欠けること、組織・制度において弱さ・機能的問題が見られること、矛盾した開発モデルや都市に偏重した政府のアプローチが存在すること、外部による開発プログラムやプロジェクトは限定的な補助や補償であり、信頼性や一貫性に欠けること等の知見を得た。

 分析の結果、雇用と所得の構造を決定する主な要素は、生産労働力の規模、空間的特質、経済活動及び収入源の数、所有する資源・資本、教育レベルに関連する質であることを明らかにし、とりわけ、空間的特質に関して、移動手段に応じた、都市サービス・センター及びその他の基本的なインフラストラクチャーからの距離とそこまでのアクセス性が、労働力移動と経済活動従事に対する意向についての空間的な決定要素となっていた。また、農業経営の範囲と生産性については、実質的には、生産資源所有の可能性とその効率的な利用、非農業活動から得られる世帯収入、市場へのアクセス度、技術利用のレベルによって決定されていることを明らかにした。

 本研究は、以上のような知見を踏まえ、以下のような提言を行っている。すなわち、地域・農村開発計画及び政策決定においては、従来のものから、現代的な生産・サービス方式への体系的かつ安定した移行が求められる。その際、内性的(人的)な構成要素−人々自身とその活動、そして外性的な構成要素−場所と外部による援助、これら内性・外性の結びつきの構造こそが、システム全体にダイナミズムを与えることを可能とする。さらに国家開発計画における、従来の指針・規範を改善するためには、地域ネットワーク戦略を通し、都市と農村間のより相補的関係を目指した協調努力が求められる。また私営企業の活動を、地域で彼らの役割を果たすべく促進し奨励することも非常に重要なことである。

 本論文は、基礎的データの不足しているカンボジアの農村部において、詳細な世帯経済特性に関する基礎的情報を提供するものであり、さらに、そのデータの分析に基づき、カンボジアにおける都市周辺農村における産業活動が都市と農村の関係性の中で形作られつつある実態を初めて明らかにした。さらには、そのオリジナルな知見に基づき、今後の地域開発計画における有用な提言を行っている。この意味で、本論文は優れた学術的な価値を有すると同時に、有益な実用的価値をあわせて有している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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