学位論文要旨



No 116644
著者(漢字) 中野,龍児
著者(英字)
著者(カナ) ナカノ,リュウジ
標題(和) 振動モードの切替えによる斜張橋斜材ケーブルの制振方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 116644
報告番号 甲16644
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5056号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 金子,成彦
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 須田,義大
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は,斜張橋の斜材ケーブルに発生する風による自励振動の制振を目的として新たに考案した「振動モード切替え制振法」について,その制振原理,有効性及び設計変数の設定法を理論的に検討し,風洞実験及び実橋実験を行って理論検討の妥当性を検証するとともに,実大斜材ケーブルの振動に対する有効性を確認した結果について述べたものである。

 斜張橋の構造部材の中でも斜材ケーブルは細長く,かつ減衰が非常に小さいために,風によって振動しやすいという特徴を持っている。この振動には渦励振,レインバイブレーション及びウェイクギャロッピングという3種類の振動がある。このうち,斜材ケーブルにおいて特に問題となるのは,振幅が非常に大きくなる後者2つの振動である。これらはいずれも自励振動であり,1次や2次といった低次モードで振動が発生するという特徴を持っている。

 このような振動は,橋の利用者に不安感を与えるばかりでなく,ケーブルの疲労破壊を招く危険性があるため,確実に低減する必要がある。そこで,従来より粘性せん断形ダンパや連結ワイヤといった制振対策が施されている。粘性せん断形ダンパは,ケーブルの桁側定着点付近と橋桁を連結する形で設置するダンパであるが,その性能の温度依存性が問題となることがあるため,温度依存性の小さな制振対策が望まれている。また,連結ワイヤは異なる長さのケーブルを細径のワイヤで連結することで,質量増加や構造減衰の増加を狙ったものであるが,設置の困難さ,橋の美観の阻害及びワイヤ自体の疲労破壊などの問題点を抱えている。

 そこで,斜材ケーブルに発生する風による振動であるレインバイブレーションやウェイクギャロッピングの制振のために,経済性,温度特性,維持管理性に優れ,斜張橋の特長である美観性を阻害しない制振対策を提供することを目的として,新たな制振対策を考案した。考案した制振対策は,ケーブルの空力振動現象が低次の振動モードに発生する現象である点に注目したもので,風によって振動しているケーブルに敢えて空力的に安定な高次モードを発生させることで振動エネルギーの減衰を促進し,振動の成長を抑制する対策である。このように,ケーブルの振動モードを低次モードから高次モードに切り替えて制振することから,「振動モード切替え制振法」と呼んでいる。本制振法は,空力的に安定な振動モードを発生させることでケーブルの内部減衰を有効に利用して制振を行うという新しい考え方の制振方法である。

 振動モード切替え制振法では,ケーブルの振動の状況に応じて振動モードを切り替えることが必要になるが,斜材ケーブルに対してはこの切替え動作をパッシブで実現する必要があるため,そのデバイスとして永久磁石を利用する。永久磁石をケーブルの桁側の定着点付近と橋桁の間にケーブルから少しの隙間(この隙間をギャップと呼ぶ)を空けて設置すれば,ケーブルが振動して磁石に達したときに拘束され,振動が成長して復元力が磁石の吸着力を上回ったときに解放されるという拘束・解放の切替え動作がパッシブに実現される。その結果,ケーブルには切替え動作のたびに高次モードが励起される。

 永久磁石は,上記のように振動モード切替え制振法の実現に非常に適した機能を持っているだけでなく,この他にも温度特性が安定しており寒冷地でも使用可能である,経年劣化がほとんどない,またオイルを使用しないためメンテナンスフリーであるなどの特長をもっている。これらの特長は,斜材ケーブルの制振装置に対して求められる条件を満足するものである。

 本論文では,考案した振動モード切替え制振法について,以下のことを明らかにすることを目的として,理論的及び実験的に検討を行った。

 (1)ケーブルの拘束・解放動作発生時の高次モードの発現

 (2)ケーブルに発生する自励振動に対する有効性

 (3)本制振法の設計変数の設定法

 (4)実大ケーブルのレインバイブレーションに対する有効性

 以下には,上記の目的に対して得られた成果を示す。

(1)ケーブルの拘束・解放動作発生時の高次モードの発現

 ギャップがゼロの場合について,拘束状態から解放状態に切り替わる瞬間及び解放状態から拘束状態に切り替わる瞬間のモード間のエネルギー変化を解析した。解析は,ケーブル振動を振動モードごとに分解した解析モデルを用いた。拘束状態では磁石位置を固定端と見なし,磁石の両側のケーブルを独立したケーブルとして扱ってそれぞれを振動モードごとに分解した。ケーブルに状態の切替えが発生した場合には,切り替わる瞬間のケーブルの変位と速度を切り替わった後の状態の固有モードで展開することで新しい状態でのケーブルの変位と速度を計算した。そして,切替え前後のポテンシャルエネルギーと運動エネルギーを比較して高次モードの発生状況を解析した。なお,ケーブルには単一のモードの自励振動が発生すると仮定した。

 解析の結果,拘束状態から解放状態に切り替わる瞬間及び解放状態から拘束状態に切り替わる瞬間のいずれにおいても高次モードが発生することが確認された。また,特に拘束状態から解放状態に切り替わるときのポテンシャルエネルギーが高次モードの発生に寄与することが明らかになった。

(2)ケーブルに発生する自励振動に対する有効性

 ギャップを考慮した場合について,振動モードごとに分解した解析モデルによる時刻歴解析を行って自励振動に対する本制振法の有効性を検討した。ケーブルの励振力はモードごとに線形の空力減衰として与えた。自励振動は1次モードに発生すると仮定し,解放状態の1次モードと拘束状態の長スパン側ケーブルの1次モードに空力負減衰を与えた。初期条件として,解放状態の1次モードにモード変位を与え,その後のケーブル振動を解析した。

 解析の結果,解放される瞬間に多くの高次モードが発現し,これによって振動が低減されることが確認された。また,ギャップが大きくなるほど振動の低減に必要な吸着力も大きくなることがわかった。加えて,制振時のケーブルの挙動を解析した結果,ギャップや吸着力の大きさに応じて,拘束状態が支配的な振動と解放状態が支配的な振動があることが確認された。

 さらに,全長4.58m,直径20mm,ケーブル間隔60mmの並列ケーブルに発生するウェイクギャロッピングを風洞内で再現し,様々なギャップや吸着力に対して制振実験を実施した。その結果は上記の時刻歴解析の結果とよく一致しており,本解析法の妥当性と風洞内で発生するウェイクギャロッピングに対する本制振法の有効性が確認された。

(3)本制振法の設計変数の設定法

 ギャップを考慮した場合について,等価空力減衰比という概念を導入し,空力的に不安定な振動モードのみを考慮したケーブルの振動解析を行った。等価空力減衰比とは,解析で無視した空力的に安定な振動モードのエネルギーを不安定な振動モードの増加分として見なして得られる仮想的な負減衰であり,磁石の設置位置と安定な振動モードのモード減衰比から容易に計算できる。この値を不安定モードの空力負減衰に加算して不安定モードのみを考慮した解析を行うことにより,計算負荷の大きい時刻歴解析を行うことなく,許容変位以内にケーブルを制振するための設計変数を設定する方法を提案した。

 この方法によって得られる設計変数の設定値は,上述の風洞実験において制振可能となったギャップと吸着力の組合せとよく一致しており,提案した方法の有効性が確認された。

(4)実大ケーブルのレインバイブレーションに対する有効性

 上述の設計法に従って,ネオジウム磁石を利用した実大制振装置を製作し,実大ケーブルにおいて制振実験を実施した。制振装置は全長88.3mのケーブルの端部から3.1m(ケーブル長に対して3.6%の位置)に設置した。ギャップを2.5mm,吸着力を2.43kNに設定した装置に対する加振実験の結果,実大ケーブルにおいても拘束・解放の切替え動作によって高次モードが発生することが確認された。

 また,上記の設定の制振装置を設置することによって,実際に発生したレインバイブレーションを効果的に低減されることが確認された。さらに,制振時のケーブルには,装置の動作によって高次モードが発生していることが確認された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,「振動モードの切替えによる斜張橋斜材ケーブルの制振方法に関する研究」と題し,斜張橋の斜材ケーブルに発生する風による自励振動の制振を目的として新たに考案した「振動モード切替え制振法」について,その制振原理,有効性及び設計変数の設定法を理論的に検討し,風洞実験及び実橋実験により理論の妥当性を検証するとともに,実大斜材ケーブルの振動に対する有効性を確認した結果について述べたものである。

 斜張橋の斜材ケーブルは細長く,減衰が非常に小さいために,風によって振動しやすいという特徴を有する。風による振動の中でも,特に,レインバイブレーションやウェイクギャロッピングという自励振動では,1次や2次といった低次モードで大振幅の振動が発生する。

 このような振動は,橋の利用者に不安感を与えるばかりでなく,ケーブルの疲労破壊を招く危険性があるため,従来から様々な制振対策が施されてきた。しかしながら,これらの対策は,温度特性,メンテナンス性及び経済性などにおいて課題を持っており,より優れた制振対策が期待されていた。

 本論文では,これらの課題を解決するために,「振動モード切替え制振法」とよばれる新たな制振対策が考案されている。本制振法は,ケーブルの空力振動現象が低次の振動モードに発生する現象である点に着目し,ケーブルに敢えて空力的に安定な高次モードを発生させることで振動エネルギーの散逸を促進し低次モードの空力振動を制振するという新しい考え方の制振方法である。

 本制振法では,永久磁石をケーブルの桁側の定着点付近と橋桁の間に,ケーブルから少しの間隙(以下,この間隙をギャップと呼ぶ)を空けて設置し,ケーブルが振動して磁石に達したときに拘束され,振動が成長して復元力が磁石の吸着力を上回ったときに解放されるという拘束・解放の切替え動作をパッシブに実現することで,ケーブルの振動モードを切り替え,高次モードを発生させている。

 本論文では,考案した振動モード切替え制振法について,ケーブルの拘束・解放動作発生時の高次モードの発現,自励振動に対する有効性,設計法及び実大ケーブルの自励振動に対する有効性を明らかにすることを目的として,理論的及び実験的に検討が行われ,その結果,以下のことが明らかにされている。

 ギャップがゼロの場合については,拘束状態から解放状態に切り替わる瞬間及び解放状態から拘束状態に切り替わる瞬間のモード間のエネルギー変化を解析した結果から,拘束状態から解放状態に切り替わる瞬間及び解放状態から拘束状態に切り替わる瞬間のいずれにおいても高次モードが発生することが確認された。特に拘束状態から解放状態に切り替わるときのポテンシャルエネルギーが高次モードの発生に寄与することが明らかにされた。

 次に,ギャップを考慮した場合については,振動モードごとに分解した解析モデルによる時刻歴解析による自励振動に対する本制振法の有効性を検討した結果,解放される瞬間により多くの高次モードが発現し,これによって振動が低減されることが確認された。また,ギャップが広くなるほど振動の低減に必要な吸着力も大きくなることが明らかにされた。加えて,制振時のケーブルの挙動を解析した結果,ギャップや吸着力の大きさに応じて,拘束状態が支配的な振動と解放状態が支配的な振動があることが確認された。

 さらに,並列ケーブルに発生するウェイクギャロッピングを風洞内で再現し,様々なギャップや吸着力に対して制振実験を実施した結果より,解析法の妥当性と風洞内で発生するウェイクギャロッピングに対する制振法の有効性が確認された。

 特に,ギャップを考慮した場合については,「等価空力減衰比」という概念を導入し,計算負荷の大きい時刻歴解析を行うことなく,許容変位以内にケーブルを制振するための設計法を提案している。また,この方法によって得られる設計変数の設定値は,風洞実験において制振可能となったギャップと吸着力の組合せとよく一致することが確認されている。

 また,実機での有効性に関しては,実大ケーブルにおいて実際に発生したレインバイブレーションに対する制振実験を実施し,この制振装置によって高次モードが発生し,これによりレインバイブレーションを効果的に低減できることを確認している。

 以上のように,本論文の中で展開されている研究は,機械工学特に振動制御工学の発展に大きく貢献するものである。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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