学位論文要旨



No 116646
著者(漢字) 謝,正海
著者(英字)
著者(カナ) シャ,セイカイ
標題(和) KIVAによる燃焼器解析とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 116646
報告番号 甲16646
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5058号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 助教授 畔津,昭彦
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

 ガスタービン燃焼器の設計、開発段階で設計者が自らその設計業務の一部として数値解析を行う時代になりつつある。しかし、実機への適用例としては,現状では燃料の混合等を含め燃焼反応を含まない計算は設計支援に役立っているが,燃焼を含んだ解析は実用レベルにあるとは言い難い。現在までの燃焼器開発は,リグテスト装置等を用いた燃焼計測データによって実施されてきている。当面,実験を基本にした開発が継続すると考えられるが,今後の,より効率的で計画的な開発を行うために,燃焼計測技術と共に実用的な燃焼解析ソフトの早期開発が期待される。従って、精度の良い実用的な燃焼解析ソフトが利用できれば,現在多くの資源と期間をかけて行われている新しい燃焼器開発等を,短時間で効率的に実施できる可能性が高い。

 KIVAは米国Los-Alamos国立研究所T3グループにより、内燃機関の筒内流れ解析を目的として開発してきた。多成分流れにおける液体燃料噴霧粒子の飛散、蒸発、混合、点火、化学反応、熱伝達など3次元の非定常過程に合わせたさまざまな機能を組込まれ、全サイクルのエンジン筒内の流動計算を行うものである。しかしながら、基本となるプロセス構造はモジュール化されており、主なオプション(燃料噴射、蒸発、化学反応、乱流モデルなど)の多くは個々に選択できるようになっている。安価な上にソースコードで入手できるため、それぞれの使用目的に合わせたモデルの改造や付加が可能であることから、エンジン以外の実用燃焼問題に適用できると考えられる。ガスタービン燃焼器とエンジン燃焼室との共通点から、KIVAで燃焼器へのCFD解析も可能と判断される。

 近年、窒素酸化物(NOx)を有効に削減するため、希薄予混合燃焼方式の普及が拡大している。LPC(Lean Premixed Combustor)燃焼器の研究について実験的にかなりなされているが、燃焼を含む複雑流れ現象を数値的に予測することは世界の研究者に悩ませているところである。現時点でKIVAコードを用いるLPC燃焼器における解析報告はまだ見当たらない。本研究はコジェネレーションシステムの原動機に用いられる小型のガスタービンを対象に、KIVA-3Vのソースコードに基づき、一般燃焼器解析向きの修正と新たな機能の追加により希薄予混合燃焼法を用いた都市ガスを燃料とするガスタービン燃焼器解析方法を確立し、さらに設計ツールを開発しようとするものである。

 Fig.1に示している研究対象となる実用2MW級ダブルスワラー燃焼器は、希薄予混合二段燃焼方式を採用しながら、広い燃焼範囲において低NOxと安定燃焼が実現できる新型LPC燃焼器である。燃料系統はパイロット,一次(プライマリ),二次(セカンダリ)の3系統からなり,それぞれ半径流型スワラを持つ一次、二次の予混合ノズルが同心二重環の構造で,各自12枚,16枚羽根の半径流型スワラを設けられ,その上流から羽根の間に燃料ガスが周方向に噴射される。ノズルの内側には軸流スワラを持つパイロットノズルが配置され,その中心には点火栓が組み込まれている。パイロット火炎は一次希薄予混合火炎の燃焼を維持し,中心の一次希薄予混合気の空気比は、安定燃焼が得られ,かつNOx排出量が大きくない一定の値(1.4〜2程度)に設定する。一次火炎の周囲に噴出する二次混合気は,一次よりさらに希薄な空気比範囲(2以上)でガス量を制御する。単独では火炎を伴う燃焼が不可能なほど希薄な二次混合気は,一次火炎と接触し,熱活性基等の供給を受けて燃焼反応が可能となる。二次火炎は非常に希薄なためほとんどNOxを生成せず,また一次火炎も希薄な二次によって冷やされるため,一次火炎からNOx生成量も抑制される。このように広い範囲において負荷対応ができ,低NOxと安定燃焼が得られる。

 本研究でUnix,Linux系のワークステーションおよびWindows系のパソコンでの研究環境においてKIVAの適用修正を行って現存コードに幾つのバッグを直した。コード信頼性を確かめるため、3つの実用問題について数値解析を行った。まず、HSDIディーゼルエンジンについて解析を行い、燃焼様子、筒内圧力変化の解析結果は実験と定性的に合うことが分かった。Fig.2に+6ATDC時点で燃焼室の縦断面での温度分布と筒内圧力変化を示している。エンジン設計の観点から燃焼室形状による空気流動スワールの変化特性にも評価した。それからティーポット問題を対象とし、はじめてChen k-ε乱流モデルをエンジン解析適用することを確認し、レイノルズ応力モデル(SSGモデル)、RNG k-εおよびk-εモデルなどでの解析結果と比較した。続いて実用燃焼器解析におけるKIVA-3V適用版を用いて、F.K.Owenの同軸噴流実験を対象にしてシミュレーションをした。Fig.3には計算速度ベクトルと流線を示しており、その中CRZ(Corner Recirculation Zone)とCTRZ(Central Toroidal Recirculation Zone)という二つの循環区域が鮮明に現れ、計算と実験の流れ様子はよく似ていることが分かった。軸流速度成分の実験対照から、実験と定量的に一致することも示した。以上から、KIVAの燃焼器解析適用は相対的によい予測精度を持ち,実用燃焼器に応用できると考えられる。

 本研究ではガスタービン燃焼器における燃料噴射、冷却と希釈空気流入或いは予混合気流入など多数個入口対応など機能をKIVAに加えることにより,ガスタービン燃焼器の複雑反応流解析に適用できるようになり、燃焼器の一般解析手法を確立した。

 本研究では、軸対称(Fig.1)モデルと3つの3次元モデル(パイロット燃料噴射、希釈流方式により分ける)で燃焼器の解析を行い、燃焼器解析上の一般方法とコードの有効性を確立した。計算中、燃焼反応に関与している化学種として、CH4,O2,N2,CO2,H2O,H,H2,O,N,OH,CO,NOの12成分を考えることとした。定常計算結果を求めるため、計算上初期からある時間ステップまで流れ計算を行い,計算領域の上流側流れがおよそ安定してから、点火モデルによって点火領域で(Fig.1参照)着火させ、十分な燃焼が広がるまで火を消さないよう配慮した。Fig.4には一つの3次元モデルで計算した温度、密度と縦中心断面での速度ベクトルを示している(cgs単位)。燃焼器の入口では旋回器によって旋回流を発生させ,中心部に生じる負圧による循環渦(CTRZ)で燃焼ガスを戻して火炎を安定させることと、1次ノズルから流れが急激に拡大され、1次燃焼室に入って生成される循環渦(CRZ)によって高温燃焼ガスを巻き込み,火炎の安定化を行うことは、Fig.4に示している。または、2次ノズルで燃料が希薄過ぎて燃焼は主に中心部に集中して膨張され、希釈流の影響にも下流側の温度、密度など分布から分かった。

 本研究はメタンの燃焼反応機構に着目して、下記の1段階反応(式1)、2段階反応(式2)と4段階反応(式3)を用いて燃焼解析を行った。計算結果と参考実験値を比較しながら、LPC燃焼器について数値解析上の問題点を検討した。

 本研究での燃焼器解析は実験に示した燃焼火炎面の位置をよく予測していることを確認した。3つのメタン反応機構において、4段階は一番予測精度を持ち、それに続いて2段階、1段階の順である。4段階反応機構は燃焼反応中H2、COの役割を強調した結果、予測温度は実験に近いもので、燃焼器解析に適切な反応機構と考えられる。

 本研究で燃焼器の解析精度を向上させるため,乱流モデルを中心とし、旋回流に対応する幾つのRANS乱流モデルを用いて解析を行った。従来KIVAに使われているk-εモデル、RNG k-εのほかに,LPS k-ε,Chen k-ε、陽的代数応力モデル(EASM)をKIVAコードへ組み込み,燃焼器旋回流の流れと燃焼解析を行い、乱流モデルが予測温度分布に与える影響を考察し、次の知見を得た:LPC燃焼器の数値シミュレーションは,流体力学だけの問題と違って燃焼モデル、化学反応機構が致命的になる可能性がある。それらの使用において特に注意を払わなければならない。

 本研究で反応流と旋回流を主眼にして燃焼反応機構と乱流モデルの両面から燃焼器解析精度に与える影響を考察した後、数値解析手法を用いるパラメータ設計への一歩を踏み出した。設計パラメータ(入口空気旋回度、負荷、空気希釈量)の値を動かした時の特性への影響調査を机上ででき、即ち、燃焼器の出口排ガスCO,NOx、出口温度の均一化評価MWSD(mass-weighted standard deviation)或いはPF(pattern factor)など性能を定量的に評価することができた。

 環境保存の観点から、LPC燃焼器は今後益々使われるようになり、その燃焼器内の燃焼現象をよく表す乱流予混合燃焼モデルとその検証データの蓄積が必要である。燃焼器内反応速度が有限で燃料,空気等乱流スカラーは不均質性を持ち、これを考慮する確率密度関数(PDF)燃焼モデルを燃焼器解析へ導入することは今後の課題の一つである。または、できる限り多くの化学種、素反応レベルの化学反応機構で燃焼解析を期待しており、今後CHEMKINコードと組みあわせて燃焼器における一層実用的に精度高い解析ソフトを開発し続けることとする。

Fig.1ダブルスワラー燃焼器概念と解析モデル

Fig.2 温度コンター(左,K)と筒内圧力変化(右)

Fig.3 計算速度ベクトル(cm/s)と流線(左:計算値;右:実験値)

Fig.4 三次元モデル計算結果(左:温度;中:密度;右:速度ベクトル)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はエンジン解析コードKIVAのソースコードを出発点とし,ガスタービン実用燃焼器への応用を目指し,論文提出者によるその修正と新たな機能の追加を行い,汎用性の高い燃焼器解析方法を確立したものである.燃焼器設計に応用可能にするために,液体燃料噴霧を含め,乱流RANSモデル,渦消散モデル,アレニウス燃焼モデル,多段階反応機構モデルを用いて計算コードは構築されている.

 従来の燃焼器解析は,燃料の混合等を含め燃焼反応を含まない計算は設計支援に役立っているが,燃焼を含んだ解析は実用レベルにあるとは言い難い.これは,燃焼器の中は物理過程と化学反応過程が同時に進行し,互いに影響を及ぼし合う複雑な場であるために,理論的にそれを正しく予測することが極めて困難であることによる.従って,現在までの燃焼器開発は,リグテスト装置等を用いた燃焼計測データによって実施されてきた.しばらくの間は,実験を基本にした研究開発が続くものと考えられるが,より効率的で計画的な開発を行うために,燃焼計測技術にあわせて,実用的な燃焼器解析ソフトの開発が期待されている.精度の良い実用的な燃焼解析ソフトを用いることにより,設計パラメータを動かしたときの特性への影響調査をシミュレーションで行うことができ,現在多大な資源と期間をかけて行われている新しい燃焼器開発を,短時間で効率的に実施できる可能性が高い.

 近年,計算機の発達および低価格化と,燃焼の数値解析法の発展に伴って,従来非常に困難であった燃焼器の数値解析が行われるようになってきた.多くの反応性熱流体汎用解析コードが市販されていることにより,燃焼器の設計・開発段階で設計者が自らその設計業務の一部として数値解析を行う時代になりつつある.しかしながら,現段階において,実用的な燃焼器数値解析コードが必ずしも普及するには至っていない.通常の市販コードは高価で,ソースコードも非公開であり,信頼性の問題を含めて,使用者の各々の要求に応じられない欠点を持つ.これらと比較し,KIVAはすべてソースコードとして公開され,その改変を自由に行うことができる.エンジン燃焼室向けに開発された本数値解析コードが,論文提出者の博士課程における研究活動として,ガスタービン燃焼器にも応用可能と判断した.従って,本論文で燃焼器解析研究のコードとしてKIVAを選択した.

 本論文では,まずKIVAでディーセルエンジンの液体噴射,拡散燃焼における数値計算を行い,実験とよく一致することを確認した.つづいて、コードを修正することにより,実用燃焼器の多数個流入口を持つ流れを表現することができ,検定問題として,同軸噴流実験と定性的に合うことを示した.さらに,ガス希薄予混合燃焼器LPC(Lean Premixed Combustor)の実験を比較対象とし,軸対称モデルおよび3種類格子の3次元モデルで燃焼解析を行い,燃焼器解析における汎用性の大きいシミュレーション手法を確立した.

 本論文の解析対象であるダブルスワラー燃焼器は,近年開発されてきたLPC燃焼器の一種で,希薄予混合二段燃焼方式を採用しながら,広い燃焼範囲において低NOxと安定燃焼を実現できるものである.本燃焼器の実験は,企業の研究所において実施され,その一部が公表されているが,燃焼数値解析について研究が公表されたことはまだない.ダブルスワラー燃焼器で旋回流や複数の再循環領域は存在し,希薄メタンはPilot, 1st, 2ndノズルの3個所から,空気は冷却スロットと希釈孔から燃焼器に流れ込む.極めて複雑な流れおよび燃焼形態が現れ,数値解析するためには精度のよい乱流モデル,および燃焼モデルが要求されている.本論文で反応流と旋回流を主眼にして燃焼反応機構と乱流モデルの両面から燃焼器解析の精度に与える影響を考察した.即ち,メタンの1段階,2段階および4段階反応機構の各々のモデルで実験の火炎面位置を正確に捕らえることができた.特に4段階反応機構においては,温度分布などの定量的特性を正確に表現できることを確認した.段階を増すにつれて,反応機構のメカニズムが物理,化学的に実際の現象に近づくことが明らかになった.また,乱流モデルを中心とし,旋回流に対応できると言われる幾つかの乱流モデルを用いて解析を行った.従来KIVAに使われているk-εモデル,RNG k-εのほかに,LPS k-ε, Chen k-ε,陽的代数応力モデル(EASM)をKIVAコードへ組み込み,乱流モデルによって予測温度分布に与える影響も検討した.しかし,LPC燃焼器解析においては,乱流モデルよりも,化学反応機構が重要な役割を果たすことが明らかになった.最後に,研究開発された解析コードを用いて設計への応用を試み,入口空気旋回度,負荷,空気希釈量などの設計パラメータを動かした時の特性への影響調査を行った.評価基準として,燃焼器の出口排ガスCO, NOx, 出口温度の均一化評価パラメータMWSD(mass-weighted standard deviation)あるいはPF(pattern factor)などを定量的に評価することによって,設計の方向性を明確に示すことができた.

 なお,本論文で申請者は液体燃料噴射,燃焼,乱流等を含む膨大なKIVAコードの構造,数値解析方法を詳しく調査した上,コードの多数のバグを直し,世界に普及しているコードの信頼性を高めた.KIVAを改造することによって燃焼器解析へ適用することにより,そのコードの普遍性と拡張性を示すことができ,燃焼シミュレーションの分野に大きな貢献を行った.特にLPC燃焼器解析において,KIVAを用いる解析は世界初の試みである.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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