学位論文要旨



No 116647
著者(漢字) 張,衛紅
著者(英字)
著者(カナ) チョウ,エイコウ
標題(和) 膜構造の座屈後解析に関する研究
標題(洋)
報告番号 116647
報告番号 甲16647
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5059号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久田,俊明
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 陳,献
 東京大学 助教授 吉川,暢宏
 東京大学 助教授 鈴木,克幸
内容要旨 要旨を表示する

 膜構造は様々な分野で応用されて来たが,代表的な例として,大型宇宙展開物や東京ドームのような大型構造物が挙げられる.膜構造は今後も様々な用途に供されていくと考えられるが,その一層の普及に当っては,定性的だけではなく,定量的な数値シミュレーションが合理的設計や安全性評価に不可欠であると考えられる.

 大型膜構造に加わる風荷重や雪荷重は不確定性が大きいため,設計の基準として相当保守的な荷重が用いられている.膜構造では膜材は非常に薄いため,圧縮力への抵抗が弱く,膜面に生じた圧縮応力はしわ状座屈を生じることにより開放される.しかしこのようなしわ状座屈を生じでも,構造はすぐには崩壊しない.このため,膜構造の崩壊荷重を求めるには座屈後の応答を求める必要がある.また設計上は静的座屈が重要な指標となる.

 本研究では膜(薄いシェル)構造に着目し,膜構造の極限的な変形まで解析することが可能な数値解析手法,及び効率よく静的荷重に対する崩壊荷重を評価することのできる数値解析手法を提案する.

 従来,膜構造の有限要素解析には膜要素が用いられている.膜要素は二次元平面応力要素に相当する要素であり,曲げ剛性がゼロになるため,膜が張った状態のみ解析が可能であるが,しわ状座屈をシミュレートするのは非常に困難である.しわ状座屈をシミュレートするため,曲げ剛性を有するシェル要素を用いることが考えられる.しかし,膜材が非常に薄いため,シェル要素を用いて,膜構造の解析を行うと,解が非常に固くなり,ロッキングと呼ばれる数値的な異常現象が生じる.ロッキング現象を回避するため,最近の20年に数多くのLocking Free要素が開発された.DK型シェル要素とMITCシェル要素は代表的なLocking Free要素である.本研究ではまず二種類のLocking Freeシェル要素3, 6節点のDiscrete Kirchhoff(DK)シェル要素,4, 9, 16節点のMixed Interpolation Tcnsorial Components(MITC)シェル要素の定式を示した上,これらの要素について膜構造の解析における数値特性の検討を行い,DK型シェル要素とMITCシェル要素はほぼ同じ数値特性を表していることを数値的に検証した.

 また,従来の非線形方程式の解析手法として座屈後の不安定経路を解析する外力が"Dead"荷重である場合の弧長増分法,外力を圧力とする圧力弧長増分法の定式化を用いる要素に対して具体的に行い,次のことを明らかにした.シェルの厚みが薄くなると,構造の非線形性も強くなってくる.弧長増分法で膜構造の解析を行う場合,膜材が非常に薄いため,多くの問題では座屈後変形経路が多数存在することにより,解析をある程度まで進めていくと荷重変位曲線が迷走し,解を先に進められないが或いは戻ってしまう現象が起る.しかしメッシュを充分細かく分割すると,要素の種類に依存せず,同じ(迷走する)平衡経路に収束する.メッシュが粗い場合は,座屈後の迷走する平衡経路は要素の種類とメッシュの分割に依存する.また,膜構造のしわ状座屈モードもメッシュの分割に依存する.しわがでる場所が明らかな簡単な問題(例えば片持ちエアービーム)について,しわが出る場所の近傍でメッシュを充分細かく分割すれば現実と近い変形モード(しわ)を求められるが,しわがでる場所を予測できない複雑な問題においては,メッシュを充分細かく分割することができないため,実際と異なる誤った変形モードが得られる可能性がある.低次のMITCシェル要素で得られた応力分布の傾向はおかしくはないが,得られた応力値の精度は高くない.一方,高次要素によればより正確な応力場が得られるが,計算効率の観点からすると低次要素のほうが望ましい.このため,本研究では,以後,MITC4要素を用いて膜構造の座屈後解析を行う.

 膜構造の座屈後解析においては弧長増分法で求めた膜構造の座屈後の平衡経路は迷走するため,膜構造の崩壊荷重を評価するには適していないと考えられる.一方,静的問題をいったん擬似的に動的問題に置き換え,人工的な質量と減衰を導入することにより,静的解を求める手法−DR法およびDR弧長法は極限的な座屈変形まで解析可能であるため,膜構造の崩壊荷重を評価するには適している.本研究ではこれらの方法に対する定式化を示し,DR法で用いられる質量マトリックス,減衰手法,荷重負荷履歴,時間積分法などが計算効率及び解へ及ぼす影響について検討を行う.

 DR解析を優れた効率で実行できる質量マトリックスとしては仮想質量マトリックス,減衰手法としては運動減衰とRushton及びUnderwoodの減衰,時間積分法としては中央差分法とNewmark法が挙げられることを数値的に検証した.また,図1に示すモデルについて,弧長増分法,DR法,DR弧長法で解析を行い,これらの解の数値特性について検討を行った.求めたA点(図1)における荷重変位曲線を図2に示す.また図2における点A, B, Cでの変形を図3に示す.

 弧長増分法で解析を行うと,解曲線が迷走するが,DR法およびDR弧長法では質量マトリックスを導入することにより,静的問題における特異問題が緩和されるため,弧長法で解が求められない問題でも解が求められるようになる.しかし,DR法では各荷重モードに対して独立に解を求めるため,変形経路を連続的に追跡することができない.DR法で求めた座屈後の解は連続解,つまり一つ経路上の解ではないことが考えられる.また,より複雑な問題ではDR解は粘性減衰を導入する時点や荷重負荷履歴に依存する.一方,DR法と異なりDR弧長法は系の全弧長が拘束条件として導入されることにより,より連続的な解が求められる.特に多く分岐経路が存在しない座屈後領域では,この長所は明確に見られる.しかし,変形経路が多く存在している非常に強い非線形領域ではDR弧長法でも連続的に解を追跡することができない.

 本研究では最後に膜構造の動的解析手法として,"Spurious"高次モードを消去可能で,数値減衰を導入することができ,かつ非線形問題にも無条件安定であるEnergy Decaying解法Generalized Energy Momentum法(GEMM)の定式化をMITC4要素について行い,動的解析を用いて静的崩壊荷重を評価する手法に関する数値的検討を行う.

 DR弧長法で大型膜構造の座屈後の平衡経路を追跡すると計算効率が非常に悪い.効率よく大型膜構造の座屈後の崩壊荷重を評価するには,遅い荷重負荷速度で荷重を線形的に与え,準静的状態の構造応答をシミュレートすることにより,崩壊荷重を評価することが考えられる.しかしこの場合,動的解析で用いられている時間積分法,荷重負荷履歴,時間増分ステップなどは崩壊荷重の評価に大きな影響を及ぼす.このような動的解析を用い図4に示す大規模エアチューブに図6の風圧分布を与える場合の崩壊荷重を評価した.8sで20m/sまでの風圧を加える場合について,異なる時間積分で求めた荷重変位曲線を図5に,異なる風圧による変形を図7に示す.

 動的解析で膜構造の崩壊荷重を評価する場合,非常に遅い荷重負荷速度で荷重を加える必要がある.時間積分法として,Newmark法や,GEMM法のような陰解法を用いる場合注意すべき点は,(a)陰解法を効率よく実行するため,自動的に時間増分ステップを調節する必要がある.但し時間増分ステップを調節する手法として,(i)時間積分法の"Local Error"を用いる,及び(ii)各時間増分ステップの収束状態により時間増分ステップを調節する,の二つの手法が挙げられる.なお(i)の手法を用いる場合,非常に小さな時間増分ステップで解析を行わなければならないため計算効率が悪い.また(ii)の手法を用いる場合,時間増分ステップが大きいことによる数値誤差が座屈荷重の評価へ影響を及ぼす.(b)陰解法において導入する数値減衰は一層の安定効果を与える.ただし数値減衰は動的座屈が発生する時点への影響は及ばないが,座屈後の動的応答へ影響を及ぼす.そのため,陰解法で膜構造のしわ状座屈が発生した後の崩壊荷重を求める場合,数値減衰に依存して異なる崩壊荷重が求められる.従って膜構造の崩壊荷重を評価するには,数値減衰を導入しない陰解法が望まれる.(c)数値減衰を導入しない通常の陰解法で解析を行う場合,計算効率を向上させるため(a)の(ii)の方法で時間増分ステップを調節すると,時間増分ステップが大きいことに起因する数値誤差により,座屈後不安定な数値現象を生じることがある.一方,Energy Momentum法はエネルギー保存則を満たすため,常に安定な解を求めることができる.(d)時間増分ステップの大きさは座屈が発生する前の動的応答へ余り影響を及ぼさないが,動的座屈が発生する時点の評価には大きな影響を及ぼす.Δtを大きくとると,数値誤差により,より大きな動的座屈荷重が求められる.(e)GEMM法は安定に動的解析を行うことができるが,非対称行列を解く必要があるため計算効率は通常の陰解法より悪い.中央差分法は陰解法と比べ桁違いに小さい時間増分ステップで解析しなければならないため,計算効率は陰解法(時間増分ステップを調節する場合)より悪いが,座屈荷重をより正確に評価できる.また,陽解法は一次方程式を解く必要がないため,並列計算にも適している.

図1:半円形エアチューブ

図2:A点の荷重−変位曲線

図3:DR−弧長法により得られた変形図

図4:チューブの形状

図5:A点における垂直方向変位−時間曲線

図6:風圧係数の分布

図7:動的解析で求めた変形図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は注気膜構造を対象として,「膜構造の座屈後解析に関する研究」と題し,8章よりなる.

 膜構造は様々な分野で応用されて来たが,代表的な例として,大型宇宙展開物や東京ドームのような大型構造物が挙げられる.膜構造は今後も様々な用途に供されていくと考えられるが,その一層の普及に当っては,定性的だけではなく,定量的な数値シミュレーションが合理的設計や安全性評価に不可欠であると考えられる.大型膜構造に加わる風荷重や雪荷重は不確定性が大きいため,設計の基準として相当保守的な静的荷重が用いられる.膜構造では膜材は非常に薄いため,圧縮力への抵抗が弱く,膜面に生じた圧縮応力はしわ状座屈を生じることにより開放される.しかしこのようなしわ状座屈を生じでも,構造はすぐには崩壊しない.このため,膜構造の崩壊荷重を求めるには座屈後の応答を追跡する必要がある.ただし設計上は静的座屈が重要な指標となる.

 本研究は,膜構造の極限的な変形まで解析することが可能な数値解析手法,及び効率よく静的荷重に対する崩壊荷重を評価することのできる数値解析手法を提案することを目的として,次のように構成されている.

 第1章では,本研究の背景・目的及び関連分野における従来の研究を述べる.

 第2章では二種類のLocking Freeシェル要素,即ち3, 6節点のDiscrete Kirchhoff(DK)シェル要素,9, 16節点のMixed Interpolation Tensorial Components(MITC)シェル要素,の具体的な定式を示す.

 第3章ではDKTシェル要素及びMITCシェル要素を用いて膜構造の解析における数値特性の検討を行い,DK型シェル要素とMITCシェル要素はほぼ同じ数値特性を示すことを数値的に検証する.その上で膜構造の座屈後の変形経路・変形モード(しわ)がメッシュの分割に依存することやMITC4シェル要素が計算効率の観点から膜構造の解析に適していることを数値的に検証する.

 第4章では極限的な変形まで解析が可能な数値解析手法−DR(Dynamic Relaxation)法およびDR弧長法の具体的な定式を示す.また,DR法で用いられる時間積分法としてNewmark法,中央差分法及びγ−Dissipationを有する陽解法,DR法で用いられる質量マトリックスと減衰手法についても示す.

 第5章では優れた効率で膜構造のDR解析を実行する為に,質量マトリックスとしては仮想質量マトリックス,減衰手法としては運動減衰とRushton及びUnderwoodの減衰,時間積分法としては中央差分法とNewmark法が挙げられることを数値的に検証する.なお,DR法及びDR弧長法は通常の弧長法で解析できない問題も解析できる.一般にDR解は粘性減衰を導入する時点や荷重負荷履歴に依存し一つの経路上の解ではない.しかしDR弧長法では系の全弧長が拘束条件として導入される為,より連続的な解が求められる.

 第6章では虚偽の高次モードが消去可能で,数値減衰を導入することができ,かつ非線形問題にも無条件安定であるEnergy Decaying解法−Generalized Energy Momentum法(GEMM)の定式化をMITC4要素について行う.

 第7章では遅い荷重負荷速度で荷重を線形的に増加させ,準静的状態の構造応答をシミュレートすることにより崩壊荷重を評価する手法に関する数値的検討を行い,動的解析で用いる時間積分法,荷重負荷履歴,時間増分ステップなどが崩壊荷重の評価に大きな影響を及ぼすことを数値的に検証する.

 第8章「結論」では,以上の成果を総括している.

 以上を要するに,本研究は注気膜構造のしわ状座屈発生後の崩壊荷重評価に対して有効な有限要素解析理論ならびに計算プログラムの開発を新たに行い,これにより従来解析が困難であった膜構造の極限的な変形までを解析する問題や,静的荷重に対する崩壊荷重を評価する問題に対して,数値解析の観点から多数の知見を得たものであって,工学上・工業上寄与するところが大きい.よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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