学位論文要旨



No 116649
著者(漢字) 李,湧権
著者(英字)
著者(カナ) リ,ヨンクオン
標題(和) マイクロ空気圧システムによるソフトアクチュエーション
標題(洋)
報告番号 116649
報告番号 甲16649
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5061号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 下山,勲
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 中村,仁彦
 東京大学 教授 稲葉,雅幸
内容要旨 要旨を表示する

 人のいる環境で作業するロボットには安全性の確保のため柔軟な材質と動作が必要であり,ロボットの動きの柔軟さを作り出すソフトアクチュエータが欠かせないものとなる.そこで本研究ではソフトアクチュエータとしてマッキベン型ゴム人工筋と呼ばれる空気圧人工筋を小型化し,その評価のために人間の骨格模型を利用したソフトロボットハンドを試作した.また小型空気圧人工筋の制御装置としてマイクロバルブやマイクロコンプレッサを試作しテストを行った.本研究で試作された空気圧人工筋やマイクロバルブはそれらを組み合わせることで,軽量かつコンパクトなマイクロ空気圧システムを構築することができ,将来福祉用ロボット用の駆動系として応用が可能である.

 空気圧人工筋は内部圧力の増大と共に筋肉のような収縮運動をするもので,空気の圧縮性による本質的な柔らかさを備えており,ロボット用のソフトアクチュエータとして注目されている.しかし,既存のものはサイズが大きく,実際,人間の筋肉のような配置は困難である.そこで本研究では図3のように空気圧人工筋の力学モデルを解析し,各要素のパラメータを最適化することで小型化を図り,最終的に図1のような直径1mmのマイクロ人工筋を試作した.その人工筋の収縮特性を図2に示す.

 マイクロ空気圧人工筋は図3のような要素から構成され,内部のゴムチューブの膨らみが外側の編物スリーブによって収縮運動や長さ方向の力(収縮力)に変換される仕組みになっている.

● F:人工筋の発生力,

● ΔL:人工筋の収縮量,

● E:チューブのヤング率,

● υ:チューブのポアソン比,

● t:チューブの肉厚,

● Q:スリーブ係数=(ΔL/ΔD)/(Lo/Do),

● L0:スリーブの初期長さ,

● D0:スリーブの初期太さ(直径),

● ΔD:スリーブの直径の変形量.

 マイクロ空気圧人工筋は内圧が0.6MPaのとき約21%の収縮率を示し,最大で3.5Nの収縮力が出せる.またマイクロ空気圧人工筋は下記のような特徴を持っており,人間型福祉ロボットなど様々なロボットのソフトアクチュエータとして応用が期待される.

● 動きや素材が柔らかい.

● 構造が簡単で軽量である.

● 負荷反応型アクチュエータである.

● 生体筋と類似した特性を持つ.

● 骨格模型上に直接配置が可能.

● 空気消耗量が少なく大きい力が出せる.

 本研究ではMEMSの技術を用いてマイクロ空気圧人工筋の制御機器であるマイクロバルブの試作を行った.試作したマイクロバルブは厚さ2mm, 19mm×25mmのサイズで6チャンネルの出力ポートを有し,6個の人工筋を同時に制御することができる.図4は試作したマイクロバルブである.またその構造を図5に示す.図5の左上はマイクロバルブの断面図で、左下は平面図、右はSMAアクチュエータのパターンである。

 マイクロバルブはパイレックスガラスとシリコンウェハーからなる流路部と空気圧の流れを切り換えるためのアクチュエータ部によって構成される.流路部の製作にはMEMS技術である異方性エッチングを用いた.シリコンとパイレックスガラスは陽極接合を用いて接合を行った.

 アクチュエータ部は1枚のSMA薄膜シート上に,6個のバネ状アクチュエータをパターニングすることによって製作した.本研究で使用したSMAは膜厚35μのもので,YAGレーザを用いてパターニングを行った.

 一方,本研究ではマイクロ空気圧人工筋とマイクロバルブからなるマイクロ空気圧システムのアプリケーションとしてソフトロボットハンドを試作した.このハンドは人間の骨格模型上に人間の手の解剖学を参考に空気圧人工筋を配置することで試作を行った.試作したソフトロボットハンドは素材や動きの柔軟なアクチュエータによって駆動されるため,精密な制御は難しいものの,人間の手のように柔らかい動作ができ,外部に対しても柔軟な対応が可能である.

図6は試作したソフトロボットハンドである.

 本研究は福祉ロボットのためのソフトアクチュエータとして小型空気圧人工筋の製作及び応用を第一目標として進められた.その結果,本研究では直径1mmのマイクロ人工筋の製作に成功した.またマイクロ空気圧人工筋を駆動するための小型制御デバイスの設計及び製作を通してマイクロ空気圧人工筋に適合した制御手法を提案することができた.更にマイクロ空気圧人工筋を人間の手の骨格模型上に生態筋のように配置することで,ソフトロボットハンドの製作を行った.これによってマイクロ空気圧人工筋及びその制御デバイスの有効性とマイクロ空気圧システムを全体的に評価することができた.

図1 マイクロ空気圧人工筋

図2 マイクロ空気圧人工筋の収縮特性

図3 空気圧人工筋の力学モデル

図4 マイクロバルブ

図5 マイクロバルブの構造

図6 ソフトロボットハンド

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「マイクロ空気圧システムによるソフトアクチュエーション」と題し、4章から構成される。人のいる環境で作業するロボットには安全性の確保のため柔軟な材質と動作が必要であり、ロボットの動きの柔軟さを作り出すソフトアクチュエータが欠かせない。本論文では空気圧で駆動する小型人工筋及びマイクロバルブを組み合わせることで、小型空気圧ソフトアクチュエータを含むマイクロ空気圧システムを構築することを目的とし、安全性が重要視される福祉ロボットなどの駆動系として応用することができるとしている。

 本研究ではソフトアクチュエータとしてマッキベン型ゴム人工筋と呼ばれる空気圧人工筋を小型化し、その評価のために人間の骨格模型を利用したソフトロボットハンドを試作した。また小型化した空気圧人工筋(以下、マイクロ人工筋)の制御装置としてマイクロバルブを試作し、テストを行った。本研究で試作したマイクロ空気圧人工筋やマイクロバルブを組み合わせることで、軽量かつコンパクトなマイクロ空気圧システムを構築したことを述べている。

 第1章「序論」では、福祉ロボットに適したソフトアクチュエータとして、生体筋に類似したソフトアクチュエータである空気圧人工筋の従来の研究について述べている。また空気圧人工筋や空気圧システムの小型化の必要性を述べている。

 第2章「マイクロ空気圧人工筋」においては、空気圧人工筋の小型化に伴う問題点を検討している。また、空気圧人工筋を小型化するための力学モデルの解析やマイクロ空気圧人工筋の製作過程、製作されたマイクロ人工筋の各種特性について述べ、マイクロ空気圧人工筋のための制御手法を提案している。更にマイクロ空気圧人工筋を用いたソフトロボットハンドの製作過程とその動作や制御などについて記述している。

 本研究で試作したマイクロ空気圧人工筋は、モデル解析結果をもとにしたゴムチューブ及び編物スリーブから構成され、直径1mm、長さ20cm、重さ0.3gと小型・軽量である。また印加圧力0.6MPaのときに最大で約21%収縮し、約4Nの最大収縮力を発生させることができる。収縮速度も約90msecで、全体的に小型・軽量で、出力・応答性とも優れたソフトアクチュエータである。

 第3章「マイクロバルブ」においては、マイクロ空気圧人工筋を含むマイクロ空気圧システムの構築について述べている。マイクロ空気圧システムの動的モデル解析や実験結果との比較、制御デバイスであるマイクロバルブの製作及びその特性などについて詳しく記述している。マイクロバルブはMEMS技術である異方性エッチングや陽極接合、レーザ加工などを用いて製作を行い、19mm×25mm×2mmのサイズに6チャネルのマイクロ流路や制御ポートが形成されている。SMAの薄膜アクチュエータを用いて、約0.6MPaの圧力下で800cc/minの流量の制御ができ、マイクロ人工筋の制御デバイスとして十分使用可能であることを示している。

 第4章「結論」においては、本研究の結論について述べ、研究成果及び考察としてマイクロ空気圧人工筋とマイクロ空気圧システム及びソフトロボットハンドの特性について述べている。また今後の展望としてマイクロ空気圧人工筋やマイクロ空気圧システムの活用の可能性などについて記述している。

 本論文の結論は以下の通りである。

 空気圧人工筋のモデル解析により直径1mmのマイクロ空気圧人工筋を試作することで、空気圧人工筋の小型化のための設計法を明らかにしている。マイクロ空気圧人工筋の制御デバイスとしてMEMS技術を用いマイクロバルブを試作し、それによってマイクロ空気圧人工筋に適合した駆動法を提案している。更にマイクロ空気圧人工筋を人間の手の骨格模型上に生体筋のように配置し、ソフトロボットハンドを製作することで、マイクロ空気圧人工筋及びその制御デバイスの有効性とマイクロ空気圧システムの有用性を実験的に評価している。

 本論文は以上のような研究成果をもとにマイクロ空気圧システムを用いて、ソフトアクチュエータであるマイクロ人工筋が駆動できることを十分に立証したと言える。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク