学位論文要旨



No 116650
著者(漢字) 鄭,魯澤
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,ノテク
標題(和) 液滴に関する高シュミット数問題の移動非構造格子を用いた直接数値シミュレーション
標題(洋) Direct Numerical Simulation of High Schmidt Number Flow about a Droplet by Using Moving Unstructured Mesh
報告番号 116650
報告番号 甲16650
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5062号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東京大学 教授 宮田,秀明
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 助教授 白山,晋
内容要旨 要旨を表示する

 温暖化ガスである二酸化炭素(CO2)の大量処理方法として海洋隔離法が考えられている。現在、海洋隔離の方法としては、深海貯留法、中層放流法、浅海溶解法の3方式に集約されている。ここでは現時点で最も経済的に現実性があり、生態系への影響が少ないと考えられている海洋中層放流法を取り上げる。中層放流法の技術的ポイントは、上昇したLCO2が気化して大気に戻る前に完全に溶解しなくてはならない点と、隔離期間100年以上を確保するためCO2が溶解した海水をある程度の深さ以下へ沈降させなくてはならない点、CO2溶解により酸性化した海水の生態系への影響を最小限にするよう、広範囲に希釈させなくてはならない点である。

 現在考えられている中層放流法のシナリオでは、火力発電所で分離・吸収された液化二酸化炭素(LCO2)を1,000m〜2,000mの深さの深海に固定した、または船で曳航したノズルから放出する。この後のCO2液滴の挙動とCO2の海水への溶解は上記問題点を予測するために重要である。

 深海における海域実験や高圧容器を用いた実験は高価であるため、CFDを用いた数値シミュレーションは有効である。そこで本研究では、上昇するCO2液滴の界面の変形・振動を精度よく表現するため、3次元非構造格子を用いたfront-tracking法を採用し、Navier-Stokes方程式を連続の式と共に解く。液滴付近には境界層を解像するため、薄いプリズム層を配置し、それ以外の部分には計算時間を短くするため四面体格子を生成した。変形・振動する界面の表現にはspine法を用い、ALE法の公式化を採用した。格子の変形はプリズム層をリメッシュして対応する。

 溶解CO2の海水中での拡散係数は、海水の動粘性係数に比べ2桁程度小さいため、液滴界面での濃度境界層の厚さは運動量境界層のそれよりオーダーが異なるほど薄い。この高Schmidt数問題に対処するため、界面に隣接したプリズム層の第一層内に、さらに薄い「Very Thin Layer」を生成し、濃度境界層の大勾配を解像した。この「Very Thin Layer」は濃度の移流・拡散方程式を解く際のみ使用され、また時間刻みが小さくなって計算時間が増大することを防ぐため、時間積分に陰解法を用いた。

 本手法の妥当性を確認するため、まず一様流中の固体球からの物質移動問題を、さまざまなReynolds数・Schmidt数に関して解析した。その結果、溶解を無次元化したSherwood数は、過去の実験式と良い一致となった。また渦放出と濃度境界層の相互作用により、溶解速度が変化することを示した。

 次に上昇する液滴からの物質移動に本手法を応用した。この現象を記述する無次元数は、Schmidt数、上昇速度ベースのReynolds数、界面張力と重力の比であるEtovos数、界面張力と粘性力の比であるOhnesorge数、上昇速度を主に決定する分散層と連続層の密度比、さらに分散層と連続層の粘性係数比である。この内、Ohnesorge数、密度比、粘性係数比を変化させて、抵抗係数や溶解速度に関して調べ、液滴界面に変形・振動がある場合、抵抗係数や溶解速度に大きく影響することを確認した。またそのメカニズムについて、液滴界面の変形・振動、渦形成や渦放出、濃度境界層の関係に関して議論した。

 また液滴が上昇しながら溶解し、徐々に径が小さくなるシミュレーションを行った。但し計算中では液滴サイズは変化させず、小さくなる効果を、与える無次元数を変化させることで表現した。これにより液滴が溶解しながら上昇していく様子を再現することが可能になった。

 さらに低濃度の汚染の影響について数値計算によって調べた。汚染は界面の一部を界面活性剤が覆うという現象となり、計算中では、液滴に緯度にして5〜15度のstagnation capを施すことにより表現した。その結果、この程度の汚染では抵抗係数や溶解速度はあまり影響されないことがわかった。

 本計算法によれば、液滴の種類・サイズ等に対し、抵抗係数と溶解速度のデータベースを作成することが可能となる。このようなデータベースができると、液滴スケールのシミュレーションと共に階層モデルを形成する局所海洋スケールのシミュレーションに対し、サブモデルを提供することができる。これにより、将来的にCO2の深海中の挙動をさらに精度良く再現することができ、隔離期間や生物影響のより高精度の予測が可能となる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、移動する非構造格子を用いた二相流の直接数値解析法に関するものである。解析対象はレイノルズ数50から1200程度の範囲で溶媒中を上昇する液滴であり、本論文の新規性は特に、高シュミット数での液滴界面からの物質移動を取り扱った点にある。上昇しながら溶解する液滴が対象であれば、液滴からの渦放出が溶解に影響することが考えられ、空間上任意の場所の計算格子を適宜細かくでき渦形成などの流体運動の空間解像度を上げることのできる非構造格子は有効である。また高シュミット数問題に関しては、物質移動を解く際のみ液滴界面に接する薄い格子一層をさらに細分化した格子によって急峻な物質濃度の勾配を解像するという手法(本論文ではVery Thin Layer法と命名されている)を提案し、移動する非構造格子を用いた二相流直接数値解析法に実装している。

 第1章は序論で、本研究の背景となった地球温暖化対策技術である二酸化炭素の海洋隔離を紹介した後、局所海洋スケールの海水流動数値シミュレーション法に必要となる液滴の上昇速度と溶解速度の実験式の精度が不十分であるため深海中での溶存二酸化炭素の希釈の予測精度が期待できない現状を説明し、局所海洋スケールシミュレーションの1ランク下の階層モデルとなる本研究の必要性について言及している。さらにこの工学的問題を解析するツールとなる二相流の直接数値計算法の過去の研究をレビューした後、本論文の目的は、従来の数値解析手法では取り扱えなかった高シュミット数の物質移動問題をターゲットにした、非構造格子でフロントトラッキング法を達成する二相流直接数値解析法の開発である旨を述べている。

 第2章では、二相界面の変形や合体・分離が容易で応用性に富むフロントキャプチャリング法を用いた上昇液滴についての数値計算法について説明し、その利点の反面、二次流れの方向が格子に依存して決定されてしまうという欠点を実際に数値計算によりシミュレートし、また本論文で取り扱うような高シュミット数問題に対しては、計算格子を多数生成しなくてはならないため計算時間や計算機容量に関して高価につく点を指摘し、フロントキャプチャリング法の限界について議論している。

 第3章は、本研究で開発した数値計算法の支配方程式、境界条件について述べている。流体運動の支配方程式は、二相流体おのおのに関するナビエ・ストークス方程式と連続の式であり、これに物質移動の移流拡散方程式を連立させている。

 第4章は、本研究で開発した非構造格子での有限体積法を用いた数値計算法について説明している。移流項には3次精度のコンパクトスキームを、流体の非圧縮性を達成するためRhie-Chow法を、時間刻み幅を大きくするため準陰的な数値積分法を、その時間積分には2次精度を確保するためCrank-Nicholson法を採用している。

 第5章は、本研究のポイントとなった高シュミット数問題に対する新しい数値解析手法についての説明である。速度勾配対比、空間的スケールがオーダーが異なるほど小さい物質濃度勾配に対して、流体の運動方程式を解く格子のうち界面に接する一層を、物質移動を解析するためだけに細分化するというVery Thin Layer法について解説している。

 第6章では本研究での界面に関わる数値的な取り扱いについてまとめている。圧力の反復計算に直接関わる界面の曲率の計算精度を向上させる手法、界面の変形に伴って格子を移動させる手法、界面での厳密な境界条件の数値的な取り扱いについて解説している。

 第7章では数値解析結果が示されている。まず抗力係数や物質移動速度に関して実験結果やそれを元にした実験式が既にいくつか提案されている固体球について、高シュミット数問題を解析し、それらと比較することでこの手法の妥当性(validation)を論じている。次に界面が変形する液滴を対象として、挙動形態が異なるいくつかの典型的なレイノルズ数について、液滴上昇の軌跡と液滴後方での非対称渦の発達や渦放出との関係、その際の液滴からの物質溶解の関係を計算結果を用いて説明している。界面張力の大きさを表現するオーネゾルゲ数を変化させたシミュレーションでは、液滴の変形が大きくなるとその面積変化の割合以上に物質溶解を促進することを示した。これは変形により渦放出の形態が変化するためであると説明している。さらに二相流体の粘性比の効果、密度比の効果、界面の汚染の効果についてシミュレーションを行い、物質溶解への感度について調べている。これらは定性的には従来から理解されていた現象であるが、定量的に評価できる計算法を開発した点が評価できる。すなわち本研究で開発した数値計算法を用いれば、深海中での二酸化炭素液滴の挙動や二酸化炭素の溶解を、高価なフィールド実験や圧力容器を用いた実験をすることなく、計算機上で再現することが可能となる。

 第7章では本論文の結論が述べられている。

 以上、本論文は、二酸化炭素の海洋隔離や化学プラント、バイオリアクターなどの工学的アプリケーションの中で重要となる、液滴が媒体中を上昇(下降)しながら溶解するという問題について、移動変形する非構造格子を用い、高シュミット数であるため運動量とは空間スケールの異なる物質移動現象に対して数値的な取り扱い法を提案し、新しい数値解析手法を開発した。そしてこの手法を用いたシミュレーション結果から、液滴の上昇形態と渦放出、液滴からの物質溶解の関係を明らかにした。この手法によれば、物性値が知られている液−液系二相の分散相の挙動や溶解は計算機による仮想空間上で定量的に評価できることとなる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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