学位論文要旨



No 116655
著者(漢字) 三浦,真
著者(英字)
著者(カナ) ミウラ,マコト
標題(和) 自己形成Ge/Siナノ構造の生成過程と光学特性に関する研究
標題(洋) Studies of formation process and optical properties of self-assembled Ge/Si nano-structures
報告番号 116655
報告番号 甲16655
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5067号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 白木,靖寛
 東京大学 教授 前田,康二
 東京大学 教授 五神,真
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 助教授 高橋,敏男
内容要旨 要旨を表示する

 現在の半導体デバイスにおいて、シリコン(Si)の果たす役割は極めて大きい。微細化によるデバイスの性能向上が次第に頭打ちになっている今日、Siの特性そのものを向上させるということは重要であり、現代の情報化社会の発展においても急務である。

 10年ほど前から急速に発達してきた分子線エピタキシー法は、良質なヘテロ構造の作製を可能にし、低次元性など様々な特性を半導体に付加することが出来るので、特性の向上・改善に大きな可能性を持っている。この分子線エピタキシー法によって作製された、同じIV属半導体であるゲルマニウム(Ge)とのヘテロ接合は、Siにバンドエンジニアリング、移動度の向上など様々な利点、及び可能性を与え、既にSi/Geヘテロバイポーラトランジスタが開発、実用化されるなど、大きな進歩を得ている。また、低次元構造作製により、従来発光には全く向いていなかった、間接遷移型半導体であるSiの光学特性の大幅な向上が期待でき、光デバイスと電子デバイスの融合という究極のデバイスへの可能性が開ける。

 SiとGeの間に存在する約4.2%の格子不整合は、Si上へのGeの成長時に歪みをもたらし、ある一定のGe膜厚以上で歪み緩和によるGeの三次元成長を誘起することが知られている。三次元成長により生じる構造を自己形成島と呼ぶが、Si/Geヘテロ接合において、この自己形成量子ドットが実現すると、大きな特性の向上が期待される。それは、振動子強度の大幅な増大、状態密度の離散化など通常の量子ドットの特性に加え、波数空間でのエネルギー分散関係の消滅による擬似的な直接遷移への移行という大きな効果が期待できるからである。また、欠陥の生成を伴う人工的なプロセスを必要としないため、自己形成Ge島により量子ドットが実現すると、物性の変化という物理的な興味と共に、発光特性の大幅な改善が期待できる。しかし、自然発生的な形成過程に起因して、そのサイズや位置、密度の制御は非常に困難である。また、Ge島のサイズそのものも非常に大きく、横方向のキャリアの閉じ込めが非常に弱い。自己形成島のサイズを制御する方法は今までにいくつか試みられてきたが、未だに量子ドット実現には至っていない。本論文では、Ge島の形成メカニズムを解明し、島の均一化と微小化を実現させることを目的に、様々な構造の提案、作製を行うと共に、島の形成過程、発光特性を調べた。

 本研究では、試料はガスソース分子線エピタキシー(GSMBE)法を用いて作製した。この方法は急峻な界面を得ることが出来るという点で、良質なヘテロ界面を必要とする光学特性の研究には有用である。評価には、原子間力顕微鏡(AFM)、フォトルミネッセンス分光法(PL)、透過型電子顕微鏡(TEM)、X線回折装置を用いた。

 一般的に島のサイズ、位置が均一化するとして知られている、図1に示す自己形成島の多層構造を作製し、その自己組織化過程、及び自己組織化メカニズムの成長温度依存性を調べた。

 成長温度600度においては、Siの中間層厚の減少と共に、表面Ge島のモフォロジーには、埋め込まれたGe島からの歪みの影響が現れ始め、Si中間層厚39nmのところで、島のサイズの増大、密度の減少と共にサイズの均一化が見られた。しかしながら、さらなるSi中間層厚の減少では、逆に不均一さが増加するという結果が得られた(図2)。これにより、島間の歪み場の相互作用がSi中間層厚によって大きく変化し、均一化、不均一さの継承という二つの異なる作用を示すことが分かった。成長温度が525度の場合、Si中間層厚の減少に伴うGe島の自己組織化は同様に観測された(図3)。

 しかし、この場合の自己組織化の仕方は600度の場合と大きく異なり、均一化と共に、島密度の増加、サイズの減少を伴うことが分かった。この温度による自己組織化のメカニズムの違いは、埋め込まれた島からの歪み場と、成長のkineticsの関係で説明でき、熱平衡状態により近い高温では均一化と共に島のサイズ増加、密度の減少が起こり、低温ではGeの表面拡散が小さいため、微小な島がサイズをさらに減少しながら均一化することが分かった。

 埋め込まれたGe島の歪みがSi表面上のGe島形成に与える影響をより詳細に調べるため、薄いSi中間層を介してGe島を二層積層させたときの効果について述べる。それぞれ特徴的なGe島の形状、密度を示す8.0ML、18.0MLのGe層の上に、Si中間層7nmを介して、島の臨界膜厚以下の6.0MLのGeを成長させたとき、臨界膜厚以下にも関わらず、上部Ge層において島の形成が確認できた。また、その島は、サイズ、密度が下地のGe島のものをそのまま引きずって成長していることが分かった。これは下のGe島の強い歪み効果を示しており、埋め込まれたGe島がSi表面でGeにとって安定なサイトを供給し、Ge島が形成されやすくなったことに起因し、サイズの再現が起こったことから、この歪みは非常に強く、島のサイズ制御に有効であることが分かる。

 この強く相関した系においては、Geの成長速度の低減、及び熱処理によってもGe島の形状は変化しないことが分かる。Ge島一層構造においては、成長速度の低減、熱処理は熱平衡状態へ近づくことによるサイズの増大、密度の減少が見られるが、この場合の積層構造においては、これらの変化は全く見られず、微小な島が安定に存在することが分かった。

 また、Si中間層厚を増加させると、Si中間層が薄いときに全く見られなかった熱処理の効果が再び現れることが分かる。このことから、歪み場はSi中間層厚の大小に応じて、上部のGe島をSi表面内に閉じ込めることが分かる。従って、積層構造作製によって熱的に非常に安定な微小島が作製可能であることが分かった。

 上述の結果で、Si中間層の薄い場合におけるGe島積層構造においては、Ge島の形成を制御する可能性が提唱されたので、サイズの微小化、島の形成過程の更なる制御を目的とし、温度変化を伴う積層構造を考案した。まず、島のサイズが小さい500度で第一層目のGe島を成長し、その上に薄いSi中間層を介して第二層目のGe島を600度で堆積させた。これにより、第二層目のGe島の密度、サイズは通常の600度での成長の場合に比べ、極めて高密度、かつ微小になることが分かった(図4)。

 これは埋め込まれた低温成長層での微小島が、Si表面におけるGeの表面拡散を大幅に減少させ、島の上部の微小領域にGeを強く束縛し、島の微細化をもたらしたことを示している。この結果は、結晶欠陥の少ない高温領域でも微小島が形成可能であることを示唆すると共に、形成過程の制御に関して大きな指針を与えるものであるといえる。

図1:Ge島の多層構造

図2:600度で成長したGe島多層構造のサイズ分布

形状の異なる二つの島についての分布を載せてある。

図3:525度で成長したGe島多層構造のサイズ分布

比較のために600度で均一化した試料のサイズ分布も添付する。

図4:温度変化を伴った積層構造、及び600度で成長したGe島一層の表面AFM像600度で作製したGe一層の構造と比べ、サイズの減少、密度の増加が顕著に見られる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、Si(001)基板上に自己形成したGe三次元島の形成メカニズムを解明すると共に、Siに埋め込まれたGeによる量子ドット実現に向け、島のサイズの微小化及びサイズ、位置の均一化に指針を与えることである。論文は6つの章から成り立っている。

 第一章では背景として、Siに発光特性を持たせることの有用性を、集積回路などSiを用いた電子デバイスに新たな機能を付け加える、また機能を大幅に向上させるといった観点から述べる。また、間接遷移型半導体であるSiの発光効率向上のためには、量子ドットによるキャリアの三次元閉じ込めが必要であること、そして人工的な加工を必要としない自己形成三次元構造が、発光効率を考慮した上での量子ドットの実現に向け、極めて大きな可能性をもつことを示す。

 第二章では、自己形成半導体三次元構造について、形成プロセス、形態等、構造の形成にかかわる理論的な議論に関して、今までに行われてきた研究を述べる。熱平衡状態における三次元構造の形成に対するエネルギー的な理論と共に、分子線エピタキシー(MBE)法などによる実際の成長の際に生じる、表面拡散等kineticsの影響についても簡略に述べる。自己形成した三次元構造のサイズ、及び位置を均一化させる最も適した方法である積層構造の作製についても簡単に説明し、埋め込まれた三次元構造の歪みの効果により、積層された三次元構造が徐々にサイズ、位置の均一化を行う過程を示す。また、Si中にGe量子ドットが実現された場合のキャリアの閉じ込めによる擬似直接遷移化、歪みの効果によるバンド構造の変化について、Siの発光効率向上という観点から述べる。

 第三章では実験手法を述べる。Ge島を作製した分子線エピタキシー(MBE)法について、Si基板準備から成長過程、装置の概要について述べる。測定法について、フォトルミネッセンス法、原子間力顕微鏡(AFM)、透過型電子顕微鏡(TEM)、X線回折装置について簡略に述べる。

 第四章ではSi(001)基板上のGe島の形成プロセスについて調べた。Ge島のサイズ、形状は、成長温度・成長速度等の成長のパラメータに大きく依存するという、今までに知られている傾向をより詳しく調べると共に、不安定でサイズが小さい島の形成プロセスの制御が成長のkineticsの調整により可能であることを示した。成長のkineticsの影響が強い600度の成長温度においては、サイズが小さく不安定な島が、より安定でサイズの大きな島よりも選択的に形成され、Ge膜厚の調整により、サイズの小さな島が高密度で得られることが分かった。また、Ge島をSiGeに混晶化する、歪みを有効に利用した構造の作製で、島の下部のGe二次元層厚を薄くする、といった工夫を施すことにより、Ge島へのGe原子の取り込みを抑制し、微小なGe島が高密度で作製可能であることを示した。

 第五章では、島の積層構造がもたらす島のサイズ均一化について調べ、さらに積層構造は埋め込まれた島上へのGe島の選択的成長、微小な島の安定化等をもたらすことを見出した。異なる温度でのGe島のサイズ、位置の均一化について、成長温度600度では、Ge島層の間のSi層がある一定の膜厚を有するときにのみ島のサイズ、位置の均一化が起こり、均一化は島のサイズの増大、密度の減少を必然的に伴うことを示した。一方、成長温度が525度と低い場合においては、同様にサイズ、位置の均一化は起こるものの、成長のkineticsの影響で島のサイズは減少し、密度は増加することが分かり、微小かつ均一で高密度の島の作製に有効であることを示した。Ge島積層構造においてSi中間層を薄くすることにより、埋め込まれたGe島のサイズ、密度の正確な再現を上部のGe層において可能にし、さらにサイズが小さく、熱的に不安定な島が上部Ge層では安定化することを示した。この現象を利用して、低温で成長した微小なGe島の上に、Si中間層を介して高温で成長したGe島を作製するという新しい構造を提案し、埋め込まれた低温成長微小Ge島が、上部Ge島の大幅なサイズの減少、密度の増加をもたらすことを示した。このことにより、結晶欠陥の少ない高温領域における微小で均一、かつ高密度なGe島の作製に指針を与えた。

 第六章では総括として、Si上へのGe島の形成プロセスを、成長のkineticsの影響という観点から明らかにし、さらに島の積層構造を利用することにより、島のサイズ、位置の均一化と共にサイズの減少、密度の増加を可能にした。

 以上を要するに、本論文では、Siを母体とする量子構造材料としてGe量子ドットを取り上げ、その形成機構の解明と、実用化に向けた制御性の向上に関して、極めて有意義な知見を得ており、物性工学の進展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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