No | 116659 | |
著者(漢字) | 張,嵐 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チョウ,ラン | |
標題(和) | 化合物半導体検出器の放射能測定への応用 | |
標題(洋) | Application of Compound Semiconductor Detectors to Radioactivity Measurement | |
報告番号 | 116659 | |
報告番号 | 甲16659 | |
学位授与日 | 2001.09.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第5071号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | システム量子工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1 はじめに 化合物半導体は、医学用イメージング、宇宙物理、核物理など、現在、様々な工業上の応用に期待されている。化合物半導体は、広いバンドギャップを持つことからノイズが低い、常温でよい分解能が得られる、大きな原子番号と密度から検出効率が高い、抵抗率が大きいことからリーク電流が少ない、深刻な偏極現象が起きないなど、様々な利点を持っている。現在、製造過程の進歩により、均質で低価格、数平方cm程度の大型の結晶が得られるようになってきている。しかしながら、放射能測定の分野にこの検出器を応用した場合には、まだよい結果を得られず、更なる努力が必要となっている。そこで、我々の目的は、この新しい技術を放射能測定の分野へ応用し、実際的な測定性能の向上を図るものとする。 従来用いられているγ線スペクトロスコピーは、NaI(Tl)シンチレータやGe半導体検出器が使われている。Ge半導体検出器は、高いエネルギー分解能が得られるが、液体窒素を必要とするため、環境測定などの用途には向いていない。NaI(Tl)検出器は、通常in-situ測定などに使われているが、エネルギー分解能が悪いという欠点がある。そのため、長期間の測定にわたって、高効率、高エネルギー分解能、常温動作を併せ持つ可搬型のγ線スペクトロスコピーシステムが求められている。本研究では、これを解決するためにCdTeやCZT化合物半導体を適用した場合の可能性について検討を行った。これらの検出器は、通常、ホールの移動度が低いため、エネルギー分解能が悪いという欠点がある。そこで、CZTのエネルギー分解能を改善するために、新しい信号処理法−クラスタリング法を開発した。 化合物半導体をパルス計測用の検出器として用いた例は、あまり多く報告されていない。そこでわれわれは、化合物半導体を低レベル放射能測定の分野に応用した。1グラム以下の小さなサンプル量で14C年代測定を行うために、新しい複合型ガスカウンタを開発した。この検出器は、外部放射線バックグラウンドを低減させるためにCdTe半導体検出器をガードカウンタとして用いている。この検出器は、東京大学総合研究博物館の次期C-14年代測定システムとして用いられることになっている。 2 CdZnTe検出器の可搬型γ線スペクトロスコピーヘの応用 化合物半導体のホールの移動度は通常遅いため、信号の形と大きさは初期電荷が作られた場所に依存して大きく変化し、さらにこの変化により検出器の分解能は劣化する。近年、これを改善するために、立ち上がり時間による補正法、パターンマッチング法、coplanar gridを用いた単電荷計測法など、様々な方法が行われている。特に、coplanar法による方法では、大体積CdZnTe検出器のエネルギー分解能を改善することが可能である。しかしながら、グリッド電極間に暗電流を増加させ、またその電極の構造が比較的複雑なのが問題となっている。 適切な検出器の信号モデルが得られる場合、パターンマッチング法は信号が複雑な場合でも柔軟性があり、またディジタル信号処理法にも適している。しかしながら、製造過程上、半導体検出器の特性は各々の検出器で異なっているのが普通であり、また、電極のコンタクト、結晶欠陥、検出器内部での電場の不一様性、成分比など、いまだよく分からない因子が存在するため、検出器の応答は極めて複雑である。そのため、理論的な計算のみから検出器の正確なモデルを構築することは難しい。そこで、より実際的に正確なモデルを得るために、クラスタリング法を開発した。 測定された信号波形は、クラスタリング法によりその波形情報を元にしていくつかのグループ(クラスタ)に分類される。プルアンプ出力の信号波形には検出器内部で作られた初期電荷の位置情報などが保存されているので、似たような波形を持つ信号は、同様な電荷収集過程を経てきたものと考えられる。このようにして、分類された各々のグループ内の信号に対しフィルタリング、スペクトルを作成し、電荷補正量を決定する。 計算機の負荷を少なくするため、各波形は有限の要素を持ったベクトルWiで表される。 ここで、nはベクトルの要素数である。ひとつの波形から、信号の立ち上がり時間を用いてベクトルの要素を作成する。立ち上がり時間は、波高値の10%から9%まで5%おきで求めた。 波形がどれくらい類似かを判断するのには、各ベクトルの距離(distance)を用いた。二つの波形ベクトルWiとWjの距離は、以下の式で定義される。 各々の波形について上式の距離を計算し、距離がある閾値より小さな値である場合には、その波形郡は同じクラスタに分類される。クラスタリング後、あるクラスタに属する波形ベクトルは以下の式を用いて平均化される。 Nは、クラスタに属するベクトルの数である。この平均ベクトルがそのクラスタの参照用パターンとして用いられる。このパターンは、パターンマッチング法のパターンとして用いることも可能である。最後に、電荷ロスを補正してパルスハイトスペクトルを作成する。このクラスタリング法の有効性について調べるため、CdZnTe検出器と137Csγ線源を用いて実験を行った。図1にこの処理を行ったときのスペクトルと処理前のスペクトルの比較を示す。処理により、662keVの全吸収エネルギーピークの分解能は、8keV(FWHM)へと改善した。 3 14C年代測定のための新しい複合型ガスカウンタヘのCdTe検出器の応用 14C年代測定法は、サンプル中の14Cによるβ線をガス比例計数管などにより測定して濃度を決定しその年代情報を得るものである。この目的用のガス検出器の開発は従来行われており、Oeschger型の薄い壁型のガス検出器が通常用いられている。この検出器は、multi-elementガスカウンタ(MEPC)の構造をしており、中心部の芯線でβ線のカウントを行い、周辺部に設置したいくつかのガードカウンタと中心部のカウンタの非一致同時計数を取ることで外部放射線によるバックグラウンドの影響を取り除くようになっている。しかしながら、これらの内部の構造は非常に複雑であり、有感体積比は56%に限られている。内部に挿入されたたくさんの電極によりチャンバーの体積が増加し、よって、たくさんのガスが必要となってしまっている。 そこで、我々は、小さな体積を持った新しい複合型ガスカウンタを開発した。ガスチャンバーの壁には、ワイヤによるガードカウンタの代わりに放射線に感度のある壁を設置する。すなわち、壁としてCdTe検出器を用いてバックグラウンドの影響を取り除く。この方式を用いれば、サンプルガスを無駄にすることなく外部の放射線を検出することが可能である。東京大学総合研究博物館にはOeschger型14C検出器(2.21容積、実効有感体積1.21)が設置されているが、これを改善させるため、この新しい方式の適用を行った。 検出器は、重い物質を用いてシールドすることで、環境の放射線や宇宙線の低いエネルギー成分はほとんど無視できるレベルにまで減少させることが出来る。シールドを通過してくるもので重要なものは、中性子やミューオンなどの宇宙線のハードな成分によって生じる二次的なγ線がある。このγ線が検出器に付与したエネルギーよりもCdTe検出器のノイズレベルが大きい場合、非一致計数回路でバックグラウンドの成分を取り除くことが出来なくなる。この複合型ガスカウンタの非一致計数効率を評価するため、EGS4による計数機コードを用いてシミュレーションを行った。70keVをノイズの閾値として、複合型ガス検出器の非一致計数効率は99.8%以上あることが分かった。 このシミュレーションの結果を元に、図2に示すように、通常のガス比例計数管とCdTe化合物半導体を組み合わせた新しい複合型ガスカウンタを設計した。作成上の都合から、立方体の形状を用いている。CdTeガードカウンタのノイズレベルを減らすため、各面上で検出器はいくつかの検出器に分割され、総数は32個となっている。すべてのCdTe検出器は放射性の物質のない石英の上に固定されている。この構造を用いることで、検出器の体積は0.131へと大幅に減らすことが出来た。 この新しい複合型ガスカウンタを作成し、その性能について調査を行った。32個のCdTe検出器のノイズレベルについて求めたところ、24keVより小さくなり、99%以上の非一致計数効率が期待できることが分かった。 検出器全体の非一致計数効率は、Ar90%+CH4 10%ガス中で、5つのγ線源(241Am,57Co,22Na,137Cs,60Co)のエネルギーで測定を行った。これには、比較のため、従来から用いられている検出器でも測定した。この実験では、32個のCdTe検出器は、ひとつの電荷増幅型プリアンプに接続されている。複合型検出器の非一致計数効率は、およそ70% to 80%となり、従来の検出器とほぼ同じような値となった。効率が小さくなったのは、CdTe検出器のない二つの孔と検出器間の隙間の面積が21.74%あるためと考えられる。従来の検出器の不感面積は検出器の両端面にありその面積比は13.78%である。 4 結論 CZT検出器を可搬型γ線スペクトロスコピーに応用するために、新しい信号処理法−クラスタリング法をエネルギー分解能の改善を目的として開発した。不完全な電荷収集を補正することで、662keVのγ線のエネルギー分解能は8keV(FWHM)へと改善した。この方法は複雑な電極構造などを用いることなく、測定信号波形を分類し、またパターンマッチング用の正確なパターンを提供することが出来る。クラスタリングの手法は、検出器の校正の意味合いがあり、また、使用前に一度行えばよい。この方法は信号波形のみを用いており、検出器側に特に何の条件も必要ないので、どんなタイプのものや大きさの検出器にも適用可能である。 化合物半導体をC-14年代測定用に新しい複合型ガスカウンタとして適用した。放射線に有感なCdTe壁検出器を用いることで、計数体積を0.131に減少させることが可能となり、また外部放射線を遮断する能力を表す非一致計数効率が、70%〜80%あることが分かった。化合物半導体とガス検出器を組み合わせたのは初めての試みであり、またガス検出器の壁に放射線に有感な検出器を用いたのも初めてである。この構造は、低レベルな放射能測定用の非一致計数回路システムのみならず、ガス中での測定で壁が重要な効果をもたらす他のガス検出器への用途、例えば低速中性子測定での壁効果によりエネルギーロスが生じこれを補正する必要がある場合など、様々な方法に適用することが可能である。 図1:The comparison between the corrected spectrum and the original one for a 137Cs gamma source 図2:Design of the hybrid gas counter (vertical view without the upper CdTe guard counter) | |
審査要旨 | 現在、放射線計測の分野では、SiやGeのような半導体検出器が40年近く利用されているが、いくつかの点で改善すべきものと考えられ始めてきている。1つは、液体窒素という冷却剤で冷やして使われなければならない点であり、もう1つは、エネルギー分解能が目的によっては不充分という点である。最近、前者については、常温で使用できる化合物半導体が出現しつつあり、後者については、超伝導検出器の出現が、この2つの問題の解決の方向を示しているのが研究の現状である。今回の論文は、前者の化合物半導体の利用法に関するもので、冷却不要となった検出器の簡易な構造という特徴を活かして、C-14年代測定用の検出器として利用するものであり、論文は4章と3つの付録より構成されており、英文である。 第1章は、序章であり、いわゆる半導体検出器として利用可能な8種の物質の特性値について比較検討をしている。そのうち、CdTe及びCdZnTe(CZT)が有望であるとして、これについて更に深いサーベイを行なっている。特にいずれも正孔の移動度が少さいので、何らかの工夫が必要なこと、またCdTeのバンドギップ巾が1.52eVに対し、CZTは1.64eVと若干大きいので、常温時の抵抗もCdTeが109オームに対し、CZTが1011オームと大きくなり、従って雑音成分は、CZTの方が少さくなるという利点があることを述べている。その他検出器特性等について、効率、分極効果、エネルギー分解能、利用の範囲等につき比較検討し、最後にC-14年代測定用の構成について述べ、本研究ではCdTe又はCZTを、このC-14測定器のアンチコインシデンス用の検出器として用いるという研究目的を紹介している。 第2章は、ガンマ線のスペクトロスコピー用にやや優れているCZT検出器を対象に、まずこの検出器をポータブルなガンマ線スペクトロスコピー用の検出器として使うことを目的に研究した成果をまとめている。特に正孔の不完全収集に基づいて、信号自身が測定器内の放射線反応位置に応じて変わってしまう効果、つまり電荷の不完全収集効果をディジタル信号処理法とクラスタリング法によって、補正を行なうことがスペクトロメータにするための要点である。このクラスタリング法の詳細を説明し、例えばセシウム−137のガンマ線ピークに対しても、補正なしではピークの半値巾を求められなかったが、補正後は8keV(FWHM)と良好な値になっており、ガンマ線利用のスペクトロメータとして利用できることを示している。 第3章は、上記の補正法によりγ−スペクトロメータとして使えるようになったCdTe検出器を用いてC-14年代測定用の検出器を試作した結果について述べている。実際、従来のC-14年代測定用検出器は、いわゆる壁なしのガス検出器という構成であり、壁の部分には多数本のワイヤが張られている。そして、外部からきたガンマ線が壁の部分で反応して、更に中心のガスカウンター部に入るものを管壁部の多数ワイヤで検出してアンチコインシデンス法により防ぐものであった。この従来方式は、多数ワイヤを用いるのために、サンプルガスを大量に検出器中に入れなければならず、その分だけ微量のC-14試料の年代測定に問題を生じていた。この多数ワイヤの部分を固体型のCdTe検出器により置きかえた方式が今回の論文の目標とする測定器であり、実際にこの新方式の検出器は、従来と同じようなアンチコインシデンス特性を示しつつ、サンプル試料ガスは0.131倍と少なくて済むこと、つまり検出器全体を小さくできることが分った。 第4章は結論であり、上記の成果をまとめている。また付録Aは、それぞれ室温で使える半導体検出器(CdTeおよびCZT以外のもの)の例、付録BはCdTeとCZTの特性の詳細、付録CはCdTe及びCZT検出器の性能向上法の比較例についてまとめている。 以上のように、本論文はCdTe検出器を小型γスペクトロメータとして利用できることを示し、かつ、C-14年代測定用検出器として利用できることを新たに示した点でシステム量子工学、特に放射線計測学に寄与するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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