学位論文要旨



No 116660
著者(漢字) モハメド ハフス ナスル アブデルラハマン
著者(英字) MOHAMED HAFZ NASR ABDELRAHMAN
著者(カナ) モハメド ハフス ナスル アブデルラハマン
標題(和) 12TW−50fsレーザーとガスジェットプラズマとの相互作用による相対論的超短電子シングルバンチ生成
標題(洋) Generation of Relativistic Ultrashort Electron Single Bunch via Interacting 12TW-50fs Laser Pulse with Gas-Jet Plasma
報告番号 116660
報告番号 甲16660
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5072号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 吉田,善章
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 出町,和之
内容要旨 要旨を表示する

 近年のT3 (Table-Top Terawatt)レーザーの急速な進歩によって、レーザー励起プラズマによる電子加速の分野において多数の様々な研究が誘起されてきている[1]。

 本論文の第1章では、レーザープラズマに基づく先進的な加速器を構成する主要な概念の背景にある基礎的な物理について概観している。特に注目しているのはレーザー航跡場加速における標準的な枠組みである。そこでは、臨界密度未満の低密プラズマ中に入射された超短パルス大強度レーザーによってFp∝∇|E2|と表されるようなレーザーパルスの包絡線と結びついた動重力が発生し、大振幅のプラズマ波(航跡場)が誘起される。そこではプラズマ波の波長は(密度1018〜1019cm-3に対して)10〜100μm程度であり、加速された電子の軸方向バンチ長もこの範囲内になることが期待される。そこで我々は、図1に示すように、より簡単な単一の超高強度レーザーパルスを用いて超短パルス電子バンチを生成する手法を提案している[2]。従って、本研究の目的は100 fs以下のパルス幅を持つ相対論的(数十MeV)電子シングルバンチをレーザープラズマ相互作用によって生成することである。我々の体系はそれ自体加速器としても、あるいはさらなるレーザープラズマ加速や高周波加速のための入射系としても用いることができる。ここで土台となる概念はプラズマ波の砕波によってプラズマ電子の一部を非線形プラズマ波中に捕獲して加速することである。波の破砕点では多数の電子が加速され、高エネルギー化してプラズマから放出される。

 第2章では数値計算結果について述べている。図2は、12TW-50fsレーザーを10μmまで集光し、γ=ωLaser/ωplasma=18.6に対応する密度を持つ低密プラズマに入射した際の、2次元PIC計算の結果である。このパラメータは前述したレーザー航跡場加速の枠組みに対応している。この数値計算においてプラズマ密度分布は図1に示すような台形型を持つ。プラズマ密度は真空領域から長さ500μmの立ち上がりを持ち、500μmの平坦部を経過した後、500μmの立下りを示す。平坦部のプラズマ密度は5×1018cm-3である。図2(a)に軸方向位置に対する電子の軸方向運動量分布を示す(p1-x1位相空間)。数値計算領域の最も端(図中x=1.31×104 (c/ω0))にある粒子が最初にプラズマから真空領域へ抜け出す粒子である。それらの電子の平均エネルギーは6.5MeVであった。プラズマ中への電子捕獲の過程は図2(b)および図2(c)に示す通りである。それらの図はプラズマ最終端付近でのプラズマ電子密度の等高線を示している。図2(b)は1.38mm進行後であり、図2(c)は1.40mm進行後である。赤い半円は電子プラズマ波に対応する。時間t=11592/ω0では、図2(b)に示すように、波1中のいくつかの電子はプラズマ波の側面から横方向に入射され始めている。同様に、波2の中央からも電子は入射されている。時間t=11760/ω0においては、図2(c)に示すように、両方の波から電子の入射が明確に起こっている。入射点において、プラズマ波の波長はプラズマ密度の減少のために増加している。そのような波長の伸長によって波の規則的な構造が乱され、波の中から一部の電子がこの過程によって失われる。ここでの電子発生機構は「横方向の砕波」と呼ばれる。本計算ではこの現象はプラズマの終端でのみ起こっている。そのため、生成された電子のエネルギーはあまり増加せず、この過程は有効とは言えない。図3は、平坦部のプラズマ密度が5×1019/cm3であり、その他の条件は前の計算と同じである場合の数値計算結果である。図3(a)および図3(b)はプラズマ波に捕獲され、最大110MeVまで加速されたプラズマ電子の軸方向位相空間を示している。それら非常に高エネルギーの電子はレーザープラズマ相互作用の初期に加速が始まったものである。図3(a)において、レーザーの通過距離が0.49mmとなる時点で、既に多くの高エネルギー電子が加速位相の範囲に含まれていることが見て取れる。文献[3]では、この場合の電子発生に対応するプラズマ砕波メカニズムについて提案が成されている。しかしながら、相対論的強度を持つレーザーパルス(a=eElm0cω>1)においてはもうひとつ別の電子発生メカニズムが存在する。動重力の表式は分母に相対論因子γを持つため、その電子加速に対する効果は相対論的レーザー強度と伴に減少することになる[4]。

ここで、γおよびaは時間平均されていることを意味する。a>1の場合、この力はレーザー強度の増加に従ってaと同じように増加する。動重力とは対照的に、相対論的な力はa2に従って増加し[5]、レーザーの進行方向に沿って作用する。この相対論的な力によって、レーザー波長と同程度の波長を持ち、レーザーと伴に進行する波が形成される。この波における最大の電子エネルギーは電子運動量の軸方向線分によって決定される。

これらの波の波長はプラズマ波の波長λp=2πc/ωpよりも非常に短いため、レーザーパルスの背後ではこの波は航跡場中へ破砕され、高エネルギー電子を生成する。それらの電子はその後に続く相対論的波への電子源として働き、図3に示すように電子はレーザーパルス直後のバンチにおいて最大のエネルギーを獲得する。短い波長の波はレーザーパルスの背後に現れ、長い波長を持った航跡場の中へ破砕されていく。この砕波は航跡場加速のひとつの電子源となる。これらの電子発生および加速の過程はレーザーパルスが相対論的かつ高エネルギーである限り有効である。しかし、レーザーはプラズマ中を進むに連れて分裂、劣化し、回折および散乱によってプラズマからはじかれてしまう。従って、図3(b)に示すように、相対論的波とそこでの電子の秩序だった構造とエネルギー分布もまた大きく乱されることになる。そこで、レーザーパルス劣化後の波と最大エネルギー電子の無秩序化はこのメカニズムのひとつの証拠を与えることになる。図3(b)に示されるように、捕獲された電子のバンチ形状の劣化にもかかわらず、それらの電子は最大エネルギー110MeVを持つシングルバンチとしてプラズマから放出される。全電子の平均エネルギーは22.5MeVであった。ただし、ここでのエネルギー分散は100%となっている。それでも、より多くの電子を含む、より大きな平均および最大エネルギーをもつシングルバンチが生成可能であることから、本計算でのビーム特性は有望であると言える。シケイン型磁場配列を用いることで、より小さなエネルギー分散を持つ電子ビームを選択的に取り出すことが可能であると考えられる。

 第3章は実験装置に関する記述に当てられる。実験体系を図4に示す。レーザー光は軸外し放物面鏡によってパルス駆動超音速ガスジェット上1mmから2mmの位置に集光された。見積もられた真空中でのレーザースポットサイズとレーザー強度は12.6μmおよび4×1018W/cm2である。最大の背景ガス圧は〜80気圧であり、ヘリウムおよび窒素ガスが使用された。高い圧力によって高いプラズマ密度を達成することが可能である。ノズルの形状は直径2mmの円形の底面を持つコーン型である。ガスジェットの密度分布はMach-Zender型干渉計によって測定された。図5は80気圧の圧力で放出されたヘリウムガスの分布である。ノズル上3mmの位置でのガス密度は〜1.38×1020cm-3である。図に示されているように密度分布はガウス分布であるが、Lavalノズルを使用することで一定の密度分布を作ることが可能である[7]。レーザー部はチャープパルス増幅法に基づく、波長0.8μmの全固体チタンサファイアシステムである。そのシステムはパルス幅50fsを持つピークパワー12TWのレーザーパルスを生成可能である。レーザーシステムは発振器(FEMTOSOURCE-20)およびパルス伸長器、増幅器、圧縮器の複合体(ALPHA-10S-12)から構成されている。レーザー設備の詳細な運転手順と性能は文献[2]に記述されている。

 第4章では実験結果について述べる。真空中に設置されたファラデーカップによって電子ビームの全電荷量が測定された。図6は3つの異なった条件で生成された電子ビームの電荷量を示している。ヘリウムガス圧およびレーザーパワーはそれぞれ50、60、70気圧および5、7、9TWである。真空容器内のみで現れる特定の電気回路の問題のために測定された信号は正電荷であったが、後述するように、真空容器外での測定によって電子生成を確認することができた。電荷測定における揺らぎと不安定性は恐らく、高出力レーザーとガスジェットの空間的時間的ジッターによるのではないかと思われる。生成電荷の平均値は、図6に見られるように、レーザーパワーとガス圧に依存する。同じファラデーカップを用いて真空容器の外側でも測定を行った。ファラデーカップはレーザープラズマ相互作用の位置から20cm離れた前方に設置された。電子の取り出し口として厚さ20μmのチタン窓が使用された。鉛のコリメータをファラデーカップの前に設置することで、検出可能な電子の発散角を0.07rad (4.2°)までに抑えた。この測定の結果、パルス当たりの平均電荷は15pCであった。レーザーパワー4TWにおいて様々なガス圧にて発生したヘリウムガスからの電子ビームの横方向分布を図7に示す。ガス圧は図7(a)から図7(c)までそれぞれ42、52、62気圧である。この分布は電子源から200mm前方に設置されたイメージングプレートを用いて真空内で測定された。図7の各像は約200パルスの積算を行った物である。図7(a)および図7(b)に示された電子ビームはほぼ横方向にガウス分布を持ち、電子源からそれぞれ約9°および7°の角度広がり(FWHM)を持つコーン状に放出されている。図7(c)においては、より高いガス圧のためにビーム分布はガウス分布から外れている。さらに高圧かつ高出力レーザーを用いた測定では電子ビームの2成分空間分布が観測された。同様の振る舞いはより長いレーザーパルスを用いた過去の実験例においても観測されている。

 最後に第5章にて本研究の結論が述べられる。本研究により得られた結論は以下の通りである。

1) 2次元PIC計算および実験によって超短「50fs」大強度「12TW」レーザーパルスとの相互作用によるプラズマからの電子ビーム生成が確認された。

2) 比較的高いガス密度を用いた場合の数値計算結果における発生電子ビームの各特性は、(i)最大電子エネルギー100MeV以上、(ii) 65MeV以上の電子に対して、バンチ長〜10fs、電荷量〜600pC、エネルギー分散8%、エミッタンス0.7πmm mrad、であった。

3) 実験では超音速ガスジェットからのヘリウムガスに12TW-50fsレーザーを集光することで、全電荷量と横方向プロファイルを測定した。ビームは発散角5°程度でレーザー進行方向に放出される。多成分空間分布を持つ電子ビームが高圧ガスおよび高出力レーザーを使用した際には観測された。真空容器外の電荷測定によって15pCの電荷量が観測された。

参考文献

[1] E. Esarey et al, IEEE Trans. Plasma Sci., PS-24, 252 (1996), and references therein.

[2] N. Hafz et al, Nucl. Instr. Meth., vol. A455, pp. 148-154 (2000).

[3] S. Bulanov et al., Phys. Rev. E. 58 (1998), R5257-R5260.

[4] B. Quesnel and P. Mora, Phys. Rev. E58, 3719 (1998)

[5] A. Zhidkov, A. Sasaki, T. Utsumi et al., Phys. Rev. E62, 7232 (2000)

[6] S. Y. Chen et al., Phys. Plasmas 6, (1999) 4739-4749.

[7] V. Malka, et al., 71, 2329, (2000).

図1:レーザープラズマ相互作用と波の破

図2:PIC計算結果(12TWレーザーと密度5×1018/cm3のプラズマとの相互作用)

図3:PIC計算結果(12TWレーザーと密度5×1019/cm3のプラズマとの相互作用)

図4:電子発生実験体系

図5:ガス密度プロファイルのMach-Zender干渉模様

図6:様々なレーザーパワーおよびガス圧での電子ビーム電荷量

図7:様々なガス圧での電子ビームのIP像

審査要旨 要旨を表示する

 近年のテーブルトップテラワットレーザーの急速な進歩によって、レーザー励起プラズマによる電子加速の分野において多数の様々な研究が盛んとなっている。本論分では、超短パルス大強度レーザーとガスジェットプラズマとの相互作用によって、1つのレーザーパルスのみを使って相対論的エネルギーを持った極短電子パルスを生成することを目的として、2次元PICシミュレーションを用いた数値計算および12TW50fsレーザーを用いた実験の両面から研究が行われている。

 第1章では、レーザープラズマに基づく先進的な加速器を構成する主要な概念の背景にある基礎的な物理について概観している。さらに、本研究において採用されている加速機構である、単一の超高強度レーザーパルスを用いて超短パルス電子バンチを生成する手法について解説を行っている。特に本手法では、外部からの電子入射が不必要なこと、プラズマ航跡場砕波による電子入射の実証の2点が強調されている。10fs程度の極短電子パルスが安定に生成できれば、放射線化学研究の時間分解能も数十fsと格段に向上される。

 第2章ではレーザープラズマ相互作用に対する2次元PICシミュレーションとその計算結果について述べている。計算コードは原研開発のものとUCLA開発のOSIRISの2つを併用した。前者はプラズマ長200micro-mが限界であるが、後者はmoving window機能があるため、その制約はなく、実験と同様の2mm程度も可能である。そこでは、台形型密度分布を持つ臨界密度未満のプラズマに対して、単一の超短パルス高強度レーザーが入射した際に生じる航跡場によるプラズマ電子の加速機構について、数値計算による解明が成されている。2種類のプラズマ密度に対応する数値計算により、プラズマ波の「砕波」が支配的な役割を果たす状況とそうでない状況における加速された電子のエネルギー分布、電荷量等の諸特性を明らかにしており、高強度レーザーとプラズマとの相互作用によるプラズマ波の砕波とその後のレーザー航跡場による電子加速が高エネルギー電子ビーム生成に有効であることを確認している。特に高密度5x10,19cm,-3(2mm口径のガスジェットで数気圧)で15fs程度の電子シングルバンチ(エネルギー分散は100%)の生成を確認した。これら数値解析は砕波入射法に関する2次元での世界で初めてのものとなっている。さらには、砕波のみならず、高出力レーザーの電磁場による前段加速の重要な役割を果たしているモデルを新たに提案した。

 第3章は実験装置に関する記述に当てられている。そこではパルス駆動ガスジェットとテーブルトップテラワットレーザーの組み合わせによるレーザープラズマ相互作用の実験体系の製作と、それによって発生する電子の諸特性を評価する測定系の設計・製作が行われている。ガスジェットの最大の背景ガス圧は〜80気圧であり、高い圧力によって高いプラズマ密度(10,20cm,-3台)を達成することが可能である。ガスジェットの密度分布はMach-Zender型干渉計によって測定され、十分高密度のガス密度を達成することが可能であることが確認されている。

 第4章では実験結果について述べている。実験では、ガスジェットからのヘリウムガスに12TW50fsレーザーを集光することで発生する電子ビームの全電荷量と横方向プロファイルを測定している。真空チャンバから50micro-m厚のTi窓を通して数MeV,14pC/ショットの電子を測定した。イメージングプレートによる測定により、横方向にガウス分布を持ち、電子源からそれぞれ約9°および7°の角度広がり(FWHM)を持つコーン状に放出されている電子ビームの生成を確認している。エミッタンスは数πmm.mradと良好であった。また、高圧ガスおよび高出力レーザーを使用した際には多成分空間分布を持つ電子ビームが観測されることを確認し、プラズマ不安定発生の可能性も示唆している。数値解析、実験、理論解、最近のフランスでの20TW35fsレーザーによる実験結果との比較では、おおよその一致が確認され、12TW50fsレーザーでは数値解析で想定したプラズマ密度5x10,19cm,-3が、10fs、数MeV電子ビーム生成には最適であることが明らかになった。

 第5章では上述の成果がまとめられており、本研究の総括が述べられている。要約すれば、12TW50fsレーザー単一でのガスジェットプラズマ相互作用による10fsレベルの極短電子ビームの生成の2次元数値解析がなされた。そこではプラズマ航跡場砕波とレーザー電磁場によるプラズマから航跡場への電子入射は重要な役割を果たすことが判明した。実験では数MeV,14pC/ショット、数πmm.mradの電子ビームを計測した。数値解析、実験、理論解との比較検討より、今後の世界に先駆ける10fs電子シングルバンチ実証のための最適実験パラメータを明らかにした。

 以上のように、本論文における研究成果は、高い独創性を有しており、レーザープラズマ相互作用、および先進ビーム工学の研究分野では非常に有用なものである。また、システム量子工学の発展に寄与するところが大きいと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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