学位論文要旨



No 116661
著者(漢字) アリ ノーハ シャーバン エルサッド
著者(英字) ALY NOHA SHAABAN EL SAYED
著者(カナ) アリ ノーハ シャーバン エルサッド
標題(和) 遺伝アルゴリズムを用いた半導体検出器のディジタル信号処理
標題(洋) Application of Genetic Algorithms to Radiation Signal Processing for Compound Semiconductor Detectors
報告番号 116661
報告番号 甲16661
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5073号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,篤之
 東京大学 教授 中澤,正治
 東京大学 教授 古田,一雄
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨 要旨を表示する

遺伝アルゴリズム(GA)は、理工学のさまざまな分野で最適化問題に有効に用いられつつある。非線形の複雑な関数に対して適用が可能であるため、注目されている。本研究においては、GAをコンパクト性、最近急速に普及しつつあるCdZnTe検出器の波形データ処理に用い、波高スペクトルの改善を図ることを目的として研究を行った。一般に放射線信号処理においてはパルス信号を対象とする場合が多い。放射線検出器から得られる信号は多くの場合、検出器内部での反応位置、粒子の種類・飛程など、放射線と検出器の間で生じた事象を反映した詳細な構造を持っているが、最近では、CdTe, CZT等の化合物半導体検出器のように信号の生成位置に応じて複雑な応答を示す検出器が普及しつつあるので、これまでごく一部において粒子弁別などの特殊な用途で利用されてきた信号波形の変化に対して、再度、新しい観点から検討がなされるべきであると考えられる。化合物半導体検出器においては、正孔の移動度が電子の移動度に比べて極端に小さいため、たとえ内部電場が一様な平行平板型の検出器にあっても、得られる信号波形は陽極からの距離に応じて大きく変化する。この場合正孔の収集時間が長くなるとその分だけ電荷捕獲等が生じ易くなるため、信号の大きさは減少することになる。したがって検出器中に電荷が生成した場所に応じた波高の変化が生じ、検出器のエネルギー分解能は大幅に劣化する。この場合波高の変化は波形の変化と直接関係付けられる。高精度のスペクトルを得るためには、このような波形の変化を検出することが重要になってくる。波形の変化を記述し、認識する手法には波形に対して波高値・立ち上り時間など、いくつかのパラメタを求め、それらのパラメタ空間で同定を行う手法や、ニューラルネットワークを用いる手法などさまざまなものが考えられる。たとえば、この問題に対してテンプレートマッチングの手法を取った場合、出現の予測されるテンプレートを予め作成しておき、測定されたパルス信号がそれらのうちのどれに分類されるかを各パターン間の距離を比較することで行うが、そうした手法をとった場合、実測波形をテンプレートとすることに起因する雑音の抑制が必要となる。また、単一の関数形を仮定してそれを当てはめた場合は、さらに高次な波形変化、すなわちエネルギーに依存して、検出器内の電荷生成場所がぼやけてくる効果を取り扱うことができなくなる。ここでは、波形の表現に、単に一つの関数形を用いるのではなく、検出器内部で複数回散乱した際に生じる複雑な波形変化を、波形ベクトルとして表し、個々のイベント毎に、どの位置でどの程度の大きさの反応が起こったかをあらかじめ用意した複数の関数を重ね合わせて推定することにより、取り扱うことを試みた。このため、まず、光子・電子モンテカルロ輸送シミュレーションコードEGS4を用いて、CdZnTe検出器中での信号生成についてのシミュレーションを行った。その結果、波形の表現として、立ち上がり時間を複数組み合わせて得られる簡単なベクトルが波形変化を表す上で有効であること、また、500keV程度のエネルギーでは、2-3回程度の散乱を扱えば、主要なエネルギー付与の過程を表すことができることなどが分かった。この結果をもとに、実際にCdZnTe検出器から得られるプリアンプ出力信号のパルス波形をディジタイズしたデータをベクトル化し、検出器内部での単一反応、複数回散乱した反応にGAを用いて分類し、それぞれ、検出器内部の反応位置に応じて、波高の減少を補うような信号処理を施すことを試みた。種々のエネルギーのγ線に対してこの信号処理法を適用した結果、数10keV以下の低エネルギー側においては、既にγ線による電荷の生成は、十分表面近傍で起こるため、エネルギー分解能の改善においてはそれほど寄与しないが、100keV以上の比較的高エネルギーの領域においては、全エネルギーピークのエネルギー分解能が数10%から数倍程度まで改善されることが分かった。本研究は、このように多重散乱のような複雑な信号生成の過程をGAを用いた非線形の繰り返し推定法により、適切に取り扱うことができることを示したものである。

Fig.1. Pulse height versus Interaction position after the correction process for 137Cs.

Fig.2. Pulse height spectrum after the correction process for 137Cs

審査要旨 要旨を表示する

遺伝アルゴリズム(GA)は、非線形の複雑な関数に対して有効であることからさまざま最適化問題への適用が進められてきている。一方、放射線計測分野において簡便であることから半導体検出器が注目されているが、検出器のエネルギー分解能が十分ではない。そこで本論文では、半導体検出器から得られる波形データに対してGAを適用することで波高スペクトルの改善を図ることを目的として研究を行い、多重散乱のような複雑な信号生成の過程を考慮することが可能になり、実験データへの適用によりその有効性を明らかにした。

第1章は序論である。放射線検出器の必要性にはじまり、化合物半導体検出器の特長について述べているが、同時に、現状における問題点を列挙している。特に正孔の回収率が悪いために、得られるエネルギー分解能が十分ではないことが説明されている。これを解決する最良の手段として材料改善があげられているが時間がかかることから、検出器から得られる波形信号を改善することを提案している。その方法として、信号を回路により直接改善するハードウエア処理とデジタル化した後コンピュータにより解析するソフトウエア処理が検討されており、ソフトウエア処理、特に遺伝アルゴリズムを用いた方法の特長が述べられている。

第2章では化合物半導体検出器について述べている。半導体の材料の特性、特に室温で動作可能なCdZnTeを中心に紹介している。次に、放射線検出器において重要となるガンマ線と物質との相互作用について、光電吸収、コンプトン散乱、対生成をガンマ線エネルギーに対応して検討している。これらを踏まえて、半導体検出器の電極への電荷の収集過程について検討を加え、そのモデル式を提案している。さらに多重散乱の効果を重ねあわせで表現し、検出器の応答関数を考慮している。

第3章では遺伝アルゴリズムの概観について述べている。まず、さまざまな最適化問題の解法について長短所を整理し、本論文で取り扱う問題に対して遺伝アルゴリズムが優れている点を明らかにしている。そこで遺伝アルゴリズムの方法論について解説し、用いるパラメータを決定している。

第4章では、遺伝アルゴリズムを化合物半導体検出器における電荷損失補正へ適用する方法論を検討している。ここでは、荷電粒子・光子モンテカルロ計算コードEGS4を用いてCdZnTe検出器から得られる信号を多重散乱まで考慮して計算機上で発生させ、それに本論文で提案した方法を適用しその有効性を検証している。ここで用いられているモンテカルロ法にもとづくEGS4コードについて詳しく説明されている。次に遺伝アルゴリズムを用いた波形分析の方法について述べている。まず、信号波形を16成分のベクトルに変換することにより信号の波高ではなく波形の特徴を抽出することが可能となる。そのベクトルデータをもとにして、半導体検出器内での電荷発生位置を遺伝アルゴリズムで再現し、EGS4のデータと比較し、多重散乱過程を含めてよく再現されていることを示している。これにより得られた電荷発生位置から入射ガンマ線のエネルギーを補正し、波高スペクトルの分解能が改善され、本論文の手法が有効であることを明らかにしている。

第5章では、この手法を用いて実験により得られるCdTeZn検出器のエネルギー特性の改善を行っている。まず実験装置の説明を行い、線源として137Cs(662 keV), 57Co(122 keV), 241Am(60 keV)という3つの異なるエネルギー領域について実験データを取得している。137Cs(662 keV)においては、実験データでは確認できない662 keVのピークを本手法では明確に再現でき、12.3 keV(FWHM)のエネルギー分解能を得ている。さらに多重散乱を考慮することによりエネルギー分解能を9.2keV(FWHM)まで改善している。また標準偏差の大きいデータを切り捨てることにより7.96 keV(FWHM)の分解能を得ている。多重散乱を考慮した結果、検出器表面から外部へ放出されるエックス線があるために現れるエスケープピークも再現することに成功している。次に241Am(60 keV)については、実験データの半値全幅が2.41 keVであるのに対して補正後では2.34keVが得られている。これは入射エネルギーが小さいため、ほとんどのガンマ線が検出器表面で吸収されるため、正孔の信号への寄与が小さく補正が有効に働かないためであるとしている。しかしながら、標準偏差により実験データを選別することにより半値全幅は1.56 keVに改善されている。さらに57Co(122 keV)の実験データにも本手法を用いており、標準偏差によるデータ選別によりエネルギースペクトルが改善されている。

最終章は結論であり、本論文で考案された手法が半導体放射線検出器に有効であるという成果がまとめられている。

以上のように、本論文は半導体放射線検出器の波形データへ遺伝アルゴリズムを適用することにより、波高スペクトルを改善できることを示したものであり、放射線計測の進展に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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