学位論文要旨



No 116664
著者(漢字) 西山,伸宏
著者(英字)
著者(カナ) ニシヤマ,ノブヒロ
標題(和) 非侵襲的癌治療におけるドラッグデリバリーシステムの為のナノ組織化材料に関する研究
標題(洋) The Study on Nano-structured Materials for Drug Delivery System in Non-invasive Cancer Therapy
報告番号 116664
報告番号 甲16664
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5076号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 渡邉,正義
内容要旨 要旨を表示する

 近年、生体あるいはその構成要素(タンパク質、細胞など)とのインターフェースで機能するバイオマテリアルが非常に高い関心を集めている。その中で薬物を作用部位に望ましい濃度で送りこむことを目的としたドラッグデリバリーシステム(DDS)は薬物の副作用を軽減し、効果を増強するのに非常に有効な手段として注目されており、癌治療など様々な分野への応用が期待されている。非侵襲的な癌治療は外科療法では治癒できない進行癌や転移癌の治療を目的とするだけでなく、患者のQuality of Life(QOL)を向上するためにもその開発が必要とされ、DDSは非侵襲的癌治療を達成する上で非常に有効な手段である。本論文において、著者は白金錯体制癌剤であるシスプラチン(CDDP)の固形癌を標的とした新しいタイプのDDSとしてカルボキシル基を側鎖に有するポリアミノ酸とポリエチレングリコール(PEG)より構成されるブロック共重合体とCDDPの高分子−金属錯体形成を駆動力とした高分子ミセルを調製し(図1)、その特性解析と生物学的解析を行った。CDDP内包ミセルは非常に分布の狭い数十ナノメートルの粒径を有しており水中においては極めて安定であったが、37℃の生理食塩水中においてはミセルより白金錯体を徐放し、会合体としては10〜20時間の誘導期を持って解離する時間制御された崩壊挙動を示すことが確認された。また、このようなミセルの生理食塩水中における白金錯体のリリース速度および崩壊挙動はブロック共重合体の組成およびミセル内核を構成するポリアミノ酸の化学構造により制御可能であることが示された。このようなCDDP内包ミセルは担癌マウスを用いた体内動態試験において非常に高い血中滞留性を示し、その結果として効果的に腫瘍に集積する(24時間後においてCDDP単独投与の20倍)ことが確認された。またミセルの血漿Pt濃度推移は37℃の生理食塩水中におけるミセルの崩壊挙動を反映しているように思われた。さらにCDDP内包ミセルはCDDP単独投与において見られる投与直後の腎臓への集積を示さず、その結果としてCDDP治療において最も問題とされる腎毒性を大きく軽減した。抗腫瘍効果試験においてCDDP内包ミセルはこのような固形癌への高い集積性と腎への低い集積性の結果として毒性を示さずに高い抗腫瘍効果を示すCDDPの有効治療域を大幅に拡大することが確認された。

 次に著者は光力学療法(Photodaynamic therapy: PDT)の為の新しい光増感剤としてデンドリマーポルフィリン(図2)の開発を行った。ポルフィリン化合物などの色素分子の可視光励起により産生される一重項酸素(1O2)の高い細胞殺傷能を利用したPDTは臨床上非常に有効な非侵襲的癌治療法である。また、単分散な3次元分岐状高分子であるデンドリマーは近年、ドラッグデリバリーなど様々な分野において機能性ナノ組織化材料として非常に高い注目を集めている。本研究において著者は1O2産生効率、細胞への取り込み量、細胞内局在、in vitro PDT効果など様々な観点からデンドリマーポルフィリンのPDTの為の光増感剤としての機能解析を行った。また、PDTは光増感剤の皮膚などへの非特異的集積のために光過敏症などの副作用を示すことが知られているが、本研究でははデンドリマーポルフィリンの固形癌を標的としたDDSの開発を目的としてデンドリマーの表面電荷と反対電荷を有するブロック共重合体との静電相互作用により形成されるポリイオンコンプレックス(PIC)ミセルの調製を行った。

図1 シスプラチン(CDDP)内包ミセルの化学構造

図2デンドリマーポルフィリンの構造

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、非侵襲的癌治療におけるドラッグデリバリーシステム(DDS)の為のナノ組織化材料として、固形癌の標的治療を目的とした白金錯体制癌剤シスプラチン(CDDP)を内包する高分子−金属錯体ミセルと光力学療法(PDT)を目的とした金属ポルフィリンを中心分子とするデンドリマー型光増感剤の開発を行った研究をまとめたものであり、6章からなる。

 第1章は緒言であり、癌治療を目的としたDDSの開発の重要性とそれらに関する従来の知見を総括し、その中で近年高い注目を集めているナノ組織化材料としてのデンドリマーと高分子ミセルに関し概説するとともに、本論文の目的、構成について述べている。

 第2章では、これまで研究の少なかった高分子−金属錯体形成を駆動力として形成される高分子ミセルをカルボキシル基を有する二種類のブロック共重合体(ポリエチレングリコール−ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(PEG-P(Asp))及びポリエチレングリコール−ポリグルタミン酸ブロック共重合体(PEG-P(Glu)))とCDDPを水中で反応させることにより新規に調製し、その薬物担体としての可能性について高分子ミセルの物理化学性質の観点から様々な評価を行っている。その結果、Asp及びGlu残基に対して一定以上のCDDP反応率において形成されたCDDP内包ミセルは20〜40nmの非常に単分散な粒子径を有しており、水中(37℃)においては非常に安定であるが、生理食塩水中(37℃)においてはミセル内核よりCDDPを徐放し、会合体として10〜20時間の誘導期をもって崩壊することを明らかにしている。このような生理食塩水中におけるCDDPのリリース及びミセルの崩壊挙動は、ミセルを形成するブロック共重合体の化学構造および組成に大きく依存していることより、適切な共重合体構造の設計を通じて、CDDP内包ミセルは体内における崩壊挙動を制御することができる新しいDDSになりうるものと結論している。

 第3章では、第2章において調製されたCDDP内包ミセルの体内動態と抗腫瘍効果をルイス肺癌を移植したマウスを用いて評価している。その結果、体内動態試験において、CDDP内包ミセルはCDDP単独投与と比較して腎糸球体によるろ過排泄を免れることにより極めて長期化されたPtの血漿中滞留時間を示し、その結果、効果的にPtを腫瘍に集積させうることを明らかにしている。さらに、上記の体内動態試験より得られたPt濃度−時間曲線より血漿−組織分配係数(Kp)と曲線下面積(AUC)を算出し、詳細な解析を行うことにより、高分子ミセルの固形癌の受動的ターゲティングを目的とした薬物担体としての有用性を明らかにしている。また、抗腫瘍効果試験においては、CDDPが本来有する顕著な腎毒性及び全身毒性を示さずに高い治療効果を得られる投与量域、すなわち有効治療域が高分子ミセル化により大幅に拡大されることを明らかにし、CDDP内包ミセルは固形癌を標的とした有効かつ安全な製剤になりうると結論している。

 第4章では、第2章においてPEG-P(Asp)から形成されたCDDP内包ミセルの内核を構成するポリアスパラギン酸単独重合体(P(Asp))をCDDP内包ミセル調製時に添加することによる簡便な高分子ミセルの粒径制御方法を提案している。P(Asp)の添加はCDDP内包ミセルのコアサイズの増大に寄与し、ミセル粒径は20nmから100nmまで自由に制御できることを静的光散乱(SLS)及び動的光散乱(DLS)により明らかにしている。さらに、P(Asp)の添加はCDDP内包ミセルのNaClに対する安定性を向上させることを示している。

 第5章では、表面にカチオン及びアニオン性基を有する3世代のデンドリマーポルフィリン(DP32(+)及びDP32(-))のPDTの為の光増感剤としての機能評価を行っている。その結果、両デンドリマーは同程度の一重項酸素産生効率を有しているにも拘わらず、DP32(+)はDP32(-)と比較して160倍以上高い細胞殺傷能を有していることを明らかにしている。この様な顕著な違いは、負電荷を有する細胞膜と静電的に相互作用できるDP32(+)がDP32(-)とは異なる細胞内光損傷の標的部位を有するためであることをデンドリマーの細胞への取り込み量の定量や共焦点顕微鏡による細胞内局在の観察から推察している。さらに、デンドリマーのような特殊構造高分子材料を用いることで光増感剤の細胞内動態を制御することがPDT用光増感剤を新規に設計する上で有用な方法論であることを結論している。また、デンドリマーとその反対電荷を有するブロック共重合体とを混合することにより、数十nmの粒径を有するポリイオンコンプレックスミセルを調製できることを示し、このようなミセルがデンドリマー型光増感剤の固形癌への有用な運搬体になりうることを示している。

 第6章は総括である。

 以上要約するに、本論文は、非侵襲的癌治療の為のナノ組織化材料(高分子ミセル、デンドリマー)を新規に設計し、材料学的な観点と生物学的な観点から評価することにより、その有用性を明らかにしている。これらは今後、益々発展するであろうナノ組織化材料のバイオメディカル分野への応用に大きく貢献するものであり、新しいナノ組織化材料の設計の為の普遍的な知見を与えるものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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