学位論文要旨



No 116665
著者(漢字) 濱本,孝一
著者(英字)
著者(カナ) ハマモト,コウイチ
標題(和) チタン酸バリウム単一粒界におけるドメイン構造と電気的性質
標題(洋)
報告番号 116665
報告番号 甲16665
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5077号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桑原,誠
 東京大学 教授 佐久間,健人
 東京大学 教授 堀池,靖浩
 東京大学 助教授 幾原,雄一
 東京大学 助教授 小田,克郎
 東京大学 講師 宮澤,薫一
内容要旨 要旨を表示する

 電子材料として用いられるセラミックスの中でも、強誘電体は高い誘電率を有するだけでなく、焦電性及び圧電性を同時に持ち合わせた特異な材料として知られている。代表的な強誘電体材料の一つであるチタン酸バリウム(BaTiO3)は、その高誘電率を利用したキャパシタ材料としてだけではなく、微量のドナー元素を添加して半導体化させることにより、Curie温度(120℃)以上で大きな電気抵抗の上昇を示す"PTCR特性"と呼ばれる特異な粒界物性を示す。この特性は、定温発熱体や温度センサとして広く応用されている。さらにこのPTCサーミスタは、キュリー温度付近で顕著なピエゾ抵抗効果(圧力により電気抵抗が変化する現象)を示すことも知られており、同一の材料を様々な用途に使用でき、電子物性の多機能化という点において非常に興味深い材料である。

 PTCR特性およびピエゾ抵抗効果の発現機構は、共に粒界物性であることから、Heywangより提案された粒界障壁層モデルにより説明されているが、個々の粒界が示す多様な特性について説明できないことも多く、粒界構造が物性に与える影響の詳細について、十分理解されてはいない。

 現在、粒界の個体差を無視できないほどにデバイスの小型化が進みつつあり、さらなる応用のためには粒界物性の厳密な理解及びその制御法の確立が不可欠となっている。このことから、本研究では純粋に単一な粒界を有する、図1の様なBaTiO3半導体粒子が直列に結合した細線試料を作製し、これを用いて粒界電子物性の評価および強誘電ドメイン構造観察とを同時に行うことで、粒界物性の機構解明を目指した。また、応用の観点から物性制御を目的とした人工的な界面形成の可能性について検討を行った。

 純粋に単一な粒界を用いて、抵抗−温度特性を測定した結果、単一粒界が示すPTCR特性は、典型的に3種に分類できることが分かった。それは、図2−(a)に示した、バルク体で見られるキュリー点以上で、なだらかな抵抗の上昇を示すもの(通常型)、(b)のようなバルク体では見られないキュリー点で急激な抵抗の上昇を示すもの(鋸歯状型)、あるいは全く抵抗のジャンプが見られないものである。また、単一粒界は、多結晶体には見られない大きな測定電圧依存性や、測定電圧の極性ごとに得られる電流値が顕著な整流性を示すことも確認された。このため、図2の結果それぞれにおいて、測定電圧の極性に対して得られる電流値の差(ΔI)を温度に対してプロットすると、図3に示すようにキュリー温度以下で特に顕著なΔIを発現する結果が得られた。この結果は、自発分極の温度依存性(図3-(b)に見られる結果に類似)およびその電界依存性(図3-(a)に見られる結果に類似)に非常に類似した結果であり、自発分極の存在が電気伝導に強く影響を及ぼすことを示唆している。また、図3(a)では、キュリー温度以上でもΔIを生じており、ΔI=0になる温度は図2(a)における各測定電圧における最大抵抗値を示した温度(Tpmax)に、ほぼ等しいものであった。このことから、Tpmaxを示す温度域までは、キュリー点以上の温度であっても、分極が残存しているものと考えられる。

 これを証明すべく、偏光顕微鏡により構造観察を行った。これにより、図4に示すような、キュリー温度以上での電界に誘起された分極の複屈折に伴う偏光が、粒界近傍で観察された。これから、電界により誘起された分極によって、個々の粒界が示すPTCR特性の多様性が決定づけられていると結論した。

 次に、単一粒界におけるピエゾ抵抗効果の測定を行った結果、図5に示すような、これまで観察されたことのない3桁にも及ぶ電流値の変化を室温で示す巨大なピエゾ抵抗効果を発現する粒界の存在が初めて確認された。また、図6に示した偏光像は、図5の測定と同時に観察を行った結果であり、それぞれの図中のa-hは同じ時点における、電流値と偏光像である。この偏光像変化から分かるように、粒界部のドメイン構造が大きく変化した場合に電流値が大きく変化することが確認された。また、偏光像から得られる情報から分極軸方位を見積もることにより、粒界部に生じる自発分極による電荷量の変化が、抵抗変化と直接関係する結果が得られた(図7,詳細は本文参照)。以上の結果から、チタン酸バリウム半導体が示す粒界物性は、自発分極による粒界表面アクセプタ準位の補償度合いの変化に起因したものであると結論した。

 BaTiO3半導体の示す粒界物性の発現が、粒界近傍での強誘電ドメイン形態に深く起因するものであることが分かった。しかしこれらの優れた特性を、単一粒界素子などへの応用を考えた場合、自然に形成される粒界では、物性制御が非常に困難である。そこで物性制御可能な界面形成を目指し、細線試料中に形成された単一粒子へ30keV:Ga+集束イオンビーム装置(FIB)、および2MeV:Mn+をタンデム型の加速器を用いて、Ga+およびMn+イオンを細線断面方向および表面に局所的に照射して粒界形成を試みた。

 評価は、抵抗−温度特性の測定により行った。その結果、粒内測定では本来キュリー温度において抵抗値のジャンプを全く示さない(図8-a)が、イオン注入を施した領域を挟む粒内において、通常の単一粒界に比べて小さいながら、抵抗のジャンプが観察された(図8-b)。この結果から、イオン注入により人工的な粒界形成は可能であると考えられる。同様にMn+イオンを1×1016ions/cm2注入した試料においても小さいながら抵抗率のジャンプが観察された。しかし、注入条件によっては、測定の復路ににおいて室温抵抗が上昇してしまい抵抗のジャンプを示さなくなるものも存在した。この原因は図9に示した偏光像から説明可能である。それは、イオン注入によって乱された構造(図9-b)が注入直後には粒界としての働きをしたものの、測定時の熱処理による構造の回復により(図9-c)粒界物性を示さなくなったためと考えられる。このことから、安定した界面形成にはイオン注入により乱した構造をピンニングする条件等を検討する必要があると考えられる。

また、TEM観察から、FIBを用いて形成された注入直後の人工界面の構造は、照射部直下の20nm程度までは完全なアモルファス相、その下の数百nmにアモルファス相もしくはナノサイズのクラスタからなる領域が存在すると考えられる。さらにイオン注入部分の両側の母結晶には、ドメイン構造が乱された領域が存在することも確認された(図10)。また、アモルファス領域の熱処理挙動を検討するためTEMによるその場観察を行った。その結果、照射部直下に存在したアモルファス領域は、100℃程度から徐々に母結晶とは方位の異なった数nm程度の粒子が形成しはじめ、250℃以上で10nm程度の粒子に成長している様子が確認された。また、この再結晶化はイオンの注入量の増加によって阻害されることもEDXによる解析から明らかとなった。よって、注入イオン種、量、熱処理等の最適化により、構造制御した界面形成の可能性が期待できると考えられる。

 以上、PTCR特性及びピエゾ抵抗特性の発現に粒界近傍のドメイン構造形態が深く影響を及ぼしていることを明らかにした。さらに、ピエゾ抵抗特性の測定により、抵抗の変化率とドメイン構造変化による粒界面に生じる電荷量の変化が比例関係にあるという結果から、ドメイン構造形態の変化により表面アクセプタ準位の補償度合いが変化することで障壁高さが変化するという考え方が妥当であると言える。このことから、ドメインにより生じている粒界部の電化量を定量的に解析することが特性発現の完全な理解には不可欠であると考えられる。また、物性制御された界面を形成する技術としてイオンビームを用いた人工界面の形成を試みた結果、結晶粒子の任意の場所に人工的に界面を形成できる可能性が示された。イオンビームにより、ドメイン構造を自在に制御出来るようになれば、これまでにない高機能デバイスの開発や、薄膜プロセスとの組み合わせによる、マイクロセラミックスデバイスの開発も期待される。

図1.BaTiO3単一粒界細線SEM像

図2.BaTiO3単一粒界が示した抵抗-温度特性。

(a):通常型、(b):鋸歯状型。

図3.図2の測定結果から得られたΔIの温度依存性。

(a)、(b)は図2に対応。

図4.キュリー温度以上での電界に誘起された分極の複屈折に伴う偏光a:粒界部の透過光像、b:高感度CCDカメラを用いた偏光顕微鏡像

図5.単一粒界が示した室温でのピエゾ抵抗特性

図6.図5の測定と同時に行った偏光顕微鏡観察から得られたドメイン構造変化

図7.〓特性

図8.抵抗率−温度特性a:粒内、b:人工粒界

図9.Mn+イオン注入で作製した人工界面の顕微鏡像

図10.人工界面のTEM像

審査要旨 要旨を表示する

 微量のドナー元素(La,Nb等)をドープしたチタン酸バリウム(BaTiO3)半導体セラミックスは、そのキュリー点(120℃)以上で異常な正の抵抗温度係数(PTCR)特性を示し、サーミスタあるいはスイッチング素子等として広く用いられている。このPTCR効果は強誘電−常誘電相転移に起因した粒界電子物性であることは分かっているが、その発現機構は完全には解明されていない。BaTiO3半導体セラミックスはまた、キュリー点近傍の温度で大きなピエゾ抵抗(抵抗の圧力感応性)効果を示すことも良く知られているが、このピエゾ抵抗効果も粒界電子物性であることを除き、その発現機構についてはほとんど理解されていない。本論文は、BaTiO3半導体セラミックスのPTCR効果及びピエゾ抵抗効果の機構解明を目的として、半導体単一粒子が直列に結合したセラミックス細線を作製し、その細線中に形成された単一粒界の電子物性について行った研究を纏めたものであり、全6章よりなる。

 第1章は序論である。BaTiO3の結晶構造と強誘電性の関係について述べた後、ドナー添加型BaTiO3半導体セラミックスにおけるPTCR効果とピエゾ抵抗効果に関して、特にそれらの発現機構の観点から既往の研究について調査した結果を述べている。また、これまでに行われてきたBaTiO3半導体セラミックスの粒界電子物性研究における問題点についても言及し、本研究の背景と目的について述べている。

 第2章では、高純度BaTiO3粉体を用いたBaTiO3半導体単一粒界セラミックス細線の作製について述べている。半導体化元素としてLaを用い、高純度BaTiO3粉体に適当量の分散剤とバインダーを添加してスラリーを作製し、このスラリーから曳糸法によりBaTiO3グリーン(未焼成)細線を得た。このグリーン細線(長さ1〜2cm)を大気中1370℃、2hの条件で焼成することにより、直径10〜20μm、長さ10〜100μmのBaTiO3半導体単一粒子が直列に結合したセラミックス細線を作製した。得られたBaTiO3セラミックス細線は0.1%程度までの圧縮及び引張り歪を与える応力に耐え、また曲率半径=4mm程度の曲げに耐えることを確認している。また、偏光顕微鏡を用いた自発分極分域(ドメイン)構造の観察用として、円柱状ではなく平板状のセラミックス細線も同時に作製している。

 第3章では、BaTiO3半導体セラミックス細線中に形成された単一粒界に対して測定された抵抗-温度特性、電流-電圧(直流)特性及びピエゾ抵抗特性の結果について述べている。50以上の単一粒界に対する抵抗−温度特性の測定から、BaTiO3半導体単一粒界の示すPTCR特性は通常型(キュリー点以上で抵抗がゆっくり上昇する型)、鋸歯状型(キュリー点で抵抗が3桁程度不連続的に上昇し、その後直ちに温度と共に減少する型)及び平坦型(キュリー点で抵抗がほとんど変化しない型)の3つの型に大別でき、セラミックス細線の線径が小さくなるほど鋸歯状型のPTCR特性が頻度高く観測されることを見出している。単一粒界の電流−電圧特性は、キュリー点以下ではほぼ全ての粒界が顕著な非対称性(印加電圧の向きに対して)を示すのに対して、キュリー点以上では鋸歯状型のPTCR特性を示す粒界は対称的な電流−電圧特性を示すが、通常型のPTCR特性を示す粒界の電流−電圧特性にはPTCR特性の抵抗最大値を与える温度まで微弱ながらも非対称性が見られることを明らかにした。また、ピエゾ抵抗特性の測定においては、単一粒界は室温で顕著なピエゾ抵抗効果を示し、ゲージ因子(単位歪あたりの抵抗変化率)で105を超える巨大なピエゾ抵抗効果を示す粒界も存在することを初めて明らかにした。さらに、自作した周期的圧力印加装置を用いたピエゾ抵抗特性の測定により、測定に用いた粒界は全て30kHzまでの周期的圧力に対して完全に追随した動的ピエゾ抵抗効果を示すことを確認した。

 第4章は、PTCR特性及びピエゾ抵抗効果の発現における自発分極の役割を明らかにする目的で、圧力、温度及び電界の印加による粒内及び粒界部での自発分極ドメイン形態の変化を偏光顕微鏡により観察した結果を述べている。細線試料に圧力を印加すると、90°ドメイン壁が粒内を移動し(その移動量と細線の伸び(縮み)は比例する)、ドメイン壁が粒界に達したとき粒界部のドメイン形態が瞬時に変化することを見出した。この粒界部でのドメイン形態の変化と粒界抵抗の変化が同時に起こっており、ピエゾ抵抗効果の発現は粒界部での自発分極ドメイン形態の変化に起因していることを明らかにした。また、PTCR効果の発現機構に関連して、通常型のPTCR特性を示す粒界において自発分極(あるいは電界誘起分極)が120℃以上の温度で存在する可能性について、電界印加下での複屈折現象の観察により調べた。その結果、PTCR特性の最大抵抗温度付近まで電界印加による顕著な複屈折現象(電界誘起分極)が粒界近傍に現れ、PTCR効果の発現においても自発分極が重要な役割を果たしていることを明らかにしている。

 第5章は、BaTiO3半導体粒界電子物性の新しい応用技術の開発を目指して、イオンビーム照射法によりBaTiO3半導体結晶内部に人工粒界(界面)の形成を試みたものである。人工粒界面の形成には、集束イオンビーム装置によるGa+イオン(加速電圧30keV)と高エネルギー加速器によるMn+イオン(加速電圧2MeV)を用いた。作製された人工粒界はいずれも明確な鋸歯状型のPTCR特性を示し、イオンビーム照射法により粒界と同じ電子物性を示す人工界面の形成が可能であることを示した。

 第6章は、本論文の総括である。

 以上のように、本論文は、BaTiO3半導体セラミックス細線の作製と単一粒界電子物性の測定により、セラミックスの新しい粒界電子物性研究の方法を提案しており、電子セラミックス材料における物性研究の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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