学位論文要旨



No 116666
著者(漢字) 山本,勝俊
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,カツトシ
標題(和) 疎水的モレキュラーシーブに関する研究 : 合成、有機官能基化、及びその触媒への応用
標題(洋) Studies on hydrophobic molecular sieves : Synthesis, organic functionalization, and catalysis
報告番号 116666
報告番号 甲16666
学位授与日 2001.09.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5078号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 水野,哲孝
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 橋本,和仁
 東京大学 助教授 大久保,達也
 横浜国立大学 教授 辰巳,敬
内容要旨 要旨を表示する

 ゼオライトやメソポーラスシリカのようなモレキュラーシーブ(分子ふるい)物質は、広い表面積、均一な径の細孔を持つため触媒や吸着剤としての利用が期待されている。このような触媒や吸着剤としての特性には、その表面疎水性が大きな影響を与える。例えば、表面疎水性の低いモレキュラーシーブは熱安定性、水熱安定性が低く、触媒として用いた場合、高温での使用時や再生時に構造破壊を起こしやすいことや、水存在下の反応における触媒活性が低いということが知られている。そこで本研究では、疎水性の高いモレキュラーシーブを合成するための新しい手法を開発し、表面疎水性の向上を通して、構造安定性、触媒活性などの向上させることを検討した。

 第1章は研究の背景として、モレキュラーシーブの構造、疎水性・親水性の起源、及び疎水性と他の物性との関係について述べた。また疎水性を向上させる手段と、それらの方法がモレキュラーシーブの構造に与える影響について考察した。

 第2章では、メソポーラスシリカMCM-41に対する新しいpost-synthesis的有機修飾方法として、Grignard試薬を用いた修飾を行った。Grignard試薬はMCM-41の表面シラノール基により容易に分解されるため、この有機官能基化では、まず焼成したMCM-41をBuOHで処理して表面シラノール基をエステル化し(以下BuO-MCM-41)、その後MeMgIと反応させ、表面をメチル化する(以下Me-MCM-41)という手法を用いた。

 これらの物質の13C MAS NMR (Figure 1a)を測定したところ、BuO-MCM-41に見られるBuO基起因のピークが、Grignard試薬との反応後は見られず、代わりにSiと直接結合を持つC種に起因するピークが0 ppm付近に現れた。また、29Si MAS NMRスペクトル(Figure1b)においても、Me-MCM-41には、BuO-MCM-41には見られないT3、T2に帰属されるピークが見られた。ここからGrignard試薬との反応によりSi-C結合を形成しながら表面が有機修飾されたことがわかった。これらの水吸着量を測定したところ、そのH2O吸着等温線において、全吸着量、初期の吸着量ともにMe-MCM-41は修飾前より小さな値を示しており、表面修飾によりより疎水性が向上したことがわかった。

 これらの水熱安定性を評価したところ、水吸着測定では高い疎水性が得られていたBuO-MCM-41は、水熱処理によりその構造はかなり劣化しており、表面修飾を施していないMCM-41と同程度の水熱安定性しか持たないことがわかった。一方、より加水分解に強いSi-C結合を持つMe-MCM-41では2時間のリフラックス後もその構造はかなり保持されており、高い水熱安定性を示した(Figure 2)。

 第3章では、有機基がSi間を架橋する形の有機シランを用いてTi含有メソポーラスシリカを合成し、直接法による有機修飾を行った。この様なSi源を用いることによりTi含有メソポーラスシリカに高い疎水性を付与することに成功した。また、この物質を過酸化水素水を酸化剤に用いたオレフィンのエポキシ化反応に触媒として用いたとき(Table 1)、高い触媒活性、及び選択性を示すことを見いだした。

 第4章では、Si間をメチレン基で架橋した構造を持つBis(triethoxysilyl)methane(BTESM)をSi源に用いてゼオライトを合成することにより、骨格のシロキサン結合(Si-O-Si)の一部をメチレン基で置換(Si-CH2-Si)しながらゼオライトを有機官能基化することに成功した。この手法により合成した有機−無機ハイブリッドゼオライトは、無機材料であるゼオライトに新しい機能を付与することが期待できるだけでなく、その骨格と細孔内に導入されたゲスト物質との親和性をコントロールすることが可能となり、ゼオライトのホスト化合物としての利用の範囲を広げるという面でも意義深い。

 用いる有機テンプレート、合成温度などの条件を変えることにより、MFI、MOR、BEA、LTAなどの構造を持つ有機−無機ハイブリッドゼオライトが得られた。Figure 3に、型剤としてtetrapropylammonium hydroxideを用いて得られた物質のXRDパターンを示す。MFI型ゼオライトに特有のパターンを示しているが、そのピーク位置は通常のMFI型ゼオライトであるSilicalite-1のそれより低角度側にシフトしている。これは、通常のSi-O-Siより長い結合距離を持つSi-CH2-Siが導入されたことによるものであると考えられる。

 これらの生成物の29Si、及び13C MAS NMRからSi-C結合の存在が確認され、このゼオライトが有機基を含有していることが示唆された(Figure 4)。しかしその一方でSi-CH2-Si結合の一部は開裂しており、それにより生成した有機基を持たないSi種が主となってゼオライトが合成されたことがわかった。この物質の13C MAS NMRを3種のパルスシーケンスを用いて測定したところ(Figure 5)、この物質はメチレン基とメチル基の2種のC種を持っており、その存在比はメチレン基:メチル基=6:4であることがわかった。IRスペクトルにおいてもメチレン基による吸収がみられ、有機基がゼオライト中に骨格(Si-CH2-Si)として存在していることが確認できた。

 このようにして得られた有機−無機ハイブリッドゼオライトはC含有量が増加するに従いH2Oの吸着量が減少する一方、n-hexaneの吸着量は著しく増加しており(Table 2)、有機基骨格の導入により有機物に対する親和性が増加していることが示唆された。

 第5章では、ゼオライトUTM-1の構造を解明し、その合成条件を最適化することにより純シリカ組成とし、高い疎水性を実現した。その高い疎水性と強い固体酸性からUTM-1がエステルの加水分解に対して活性を示すことを見いだした。酸素8員環という小さな細孔サイズはその触媒活性を制限していたが、一方でUTM-1は広い外表面積を持ち、外表面で進行する酸触媒反応に高い活性を示すことを明らかにした(Table 3)。

Figure 1.13C and 29Si MAS NMR spectra of organically modified MCM-41 materials.

Figure 2.XRD patterns of MCM-41 materials after hydrothermal stability test.

a) calcined MCM-41, b) BuO-MCM-41, and c) Me-MCM-41

Table 1. Catalytic activities of Ti-MCM-41 materials in cyclohexene oxidation

Figure 3.XRD pattern of ZOL-1 synthesized from BTESM and TPAOH.

Table 2 Adsorption properties of LTA type materials

Figure 4.29Si MAS NMR of ZOL-5.

Figure 5.13C MAS NMR spectra of ZOL-A using three different pulse sequence, a) dipolar decoupling, b) dipolar dephasing, and c) Torchia pulse sequence.

Table 3. Physical and catalytic properties of H-UTM-1 and H-ZSM-5.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文「Studies on hydrophobic molecular sieves ---Synthesis, organic functionalization, and catalysis---」は、疎水性な性質を持つモレキュラーシーブを合成するための様々な手法を開発し、得られた物質のキャラクタリゼーションを通じ、その表面特性、構造安定性、及び触媒活性などへの影響について論じている。ゼオライトやメソポーラスシリカのようなモレキュラーシーブは吸着剤、触媒としての利用が期待されているが、その疎水性は構造安定性、触媒活性等に大きな影響を与えることがわかっており、このような表面の疎水化は非常に意義深いものと考えられる。疎水的モレキュラーシーブを得る手段として、有機官能基化による方法、及び高シリカ化による方法が試みられ、そのうち有機官能基化については、モレキュラーシーブ表面を有機修飾するpost-synthesis的手法と、有機シランをSi源に用いてモレキュラーシーブを合成する直接的手法が用いられており、それぞれの手法で得られた物質の特徴についても言及されている。

 第1章は研究の背景として、モレキュラーシーブの構造、特徴と共に、その疎水性の起源、疎水性向上のための手法について述べられている。

 第2章では、post-synthesis的有機修飾方法の新しい手法として、Grignard試薬を用いたメソポーラスシリカの有機官能基化を行っている。この手法を用いることによりメソポーラスシリカに高い疎水性を賦与することに成功している。さらに、Grignard試薬を用いることにより有機基は加水分解に対して安定なSi-C結合を通じてシリカ表面を有機修飾していることが確かめられており、そのためこの物質は高い水熱安定性を持つことが明らかにされている。様々な有機基がGrignard試薬を通じてシリカ表面にグラフトできることが明らかにされており、この手法はメソポーラスシリカの多機能化、高機能化に有効であると思われる。

 第3章では、直接法による有機官能基化として、これまで報告例の多い末端有機基を持つ有機シランではなく、Si間架橋有機基を持つ有機シランを用いてモレキュラーシーブを合成し、得られた物質を触媒として応用している。このような有機シランをSi源として用いて得られたTi含有メソポーラスシリカは、有機基を導入していないものに比較して高い疎水性を示すことが明らかにされ、これを過酸化水素水を酸化剤として用いたオレフィンのエポキシ化に触媒として用いたところ、高い活性、選択性を示すことが見いだされている。

 第4章では、同様の架橋有機基を持つシリカ源を用いたゼオライトの合成について検討されており、無機骨格内の酸素原子の一部をメチレン基で置換した構造を持つゼオライトの合成に初めて成功している。用いる型剤や合成条件を変化させることにより、数種の構造を得ることに成功しており、他の構造を持つゼオライトの合成にも応用可能な合成方法であると考えられる。このようにして得られた有機−無機ハイブリッドゼオライトは通常のゼオライトと同等の表面積、細孔径を有している一方、有機基含有量が増加するに従い有機物対する吸着量は著しく増加しており、有機基骨格の導入により有機物に対する親和性が増加していることが明らかにされている。このようなゼオライトの有機基修飾は、無機材料であるゼオライトへの新しい機能の付与が期待できるだけでなく、ホスト化合物としての利用の範囲を広げるという面でも意義深い。またこのような有機シランをSi源とすることによる新規ゼオライトの合成の可能性についても言及されている。

 第5章では、疎水的ゼオライトを得るもう一つの手段として、有機テンプレートを用いた高シリカゼオライトの合成を行っており、ゼオライトUTM-1の構造を解明し、合成条件の最適化により純シリカ組成からなる物質の合成に成功している。また、このゼオライトが工業触媒として広く用いられているZSM-5と同等の酸強度と広い外表面を持つことを見いだし、外表面で起こる酸触媒反応に対して高い触媒活性を示すことを明らかにしている。

 以上のように本論文は、疎水的なモレキュラーシーブ合成の為の新しい手法を提案し、適切なキャラクタリゼーション方法を用いて合成された物質の特徴的な性状を明らかにしている。またそれらの物質について今後考えられる応用範囲や、用いた手法の今後の展開についても的確な言及がなされている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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